第254話「聖母一撃」

 ものすごい勢いでリアの籠が突っ込んできて大魔王イフリールをなぎ倒したため、盛大な砂煙が上がっている。


「大魔王はともかく、リアはマジで大丈夫なのか?」


 俺は、ぐったりしたララちゃんを片手に抱きながら見に行く。

 すると、砂煙が晴れた先から白銀の羽根を中空にたくさん浮かべて、大魔王イフリールと対峙するリアの姿が見えた。


「グハ……」


 血反吐を吐く大魔王イフリールは、すでに左肩から先がちぎれて無くなっている。

 左足も引きずり、辛うじて立っていられるだけだ。


「ええい、まだ死んでないとは是非もなくしぶといですね!」


 それはリアにも言えるんだが。

 どうやら籠は『白銀の羽根』の力で守られていたのか、リアは元気いっぱいだった。


 そうじゃなければ、音速の壁をぶち破る勢いで飛んだら籠がぶっ壊れてるはずだしな。

 腹に穴が開いても平気だったイフリールは、やけに苦しそうだ。


 そういえば、『白銀の羽根』の攻撃だけはイフリールに効果があったんだったか。


 竜乙女ドラゴンメイド全員の力で、『白銀の羽根』の力に守られた籠をぶち当てる。

 あくまで結果論だが、俺達がいまできるなかでは最高の攻撃だったのかもしれない。


 考えが読めないことに定評のある大魔王イフリールも、こんな攻撃は読めなかったのだろう。

 満身創痍の大魔王イフリールは、リアがピュンピュンと飛ばす『白銀の羽根』で容赦無いオールレンジ攻撃で追い詰められていく。


 その羽根は、そういう使い方もあるのか。

 まあ、何よりも無事でよかった。


「邪神アーサマの聖母め。グハッ……無茶苦茶しおって!」


 血反吐を吐きながら、大魔王イフリールが悪態を吐いている。

 こうなると、もう勝てるって感じだな。


「タケル、今より大魔王イフリールの動きを封じます」

「おう!」


「大魔王イフリール、アーサマの勅命によりその野望を討ち果たします。わたくしが来ましたからには、是非もなくもう安心ですよ!」


 飛び交う『白銀の羽根』により完全に動きを封じられた大魔王イフリールは、それでも笑った。


「フハハッ、フハハハハッ!」

「何がおかしいのです」


「教皇国ラヴェンナ大聖堂……聖創の間」

「なにを言ってるのです?」


 リアの顔色が変わった。


「貴様が……邪神の力を浴びせてくれたことで、ついに邪神アーサマの場所が捕捉できたのだ。そこに、本体がいるのだな?」

「だからなんです。貴方はもう、ここで是非もなくわたくしの勇者に討ち果たされるのですよ」


「貴様らにやれるものならばな!」

「タケル。動きは封じています、いまなら倒せるでしょう」


「おう……」


 俺は、ララちゃんを抱きながら魔法剣に力を込めた。

 あれ、さっきより力が強い。


 剣から噴き上がる『中立の剣』の出力が倍は出ている。


「タケルさん……」


 意識を取り戻した俺の腕の中でララちゃんが、目を開けた。

 そうか。


 大魔王イフリールは、ララちゃんを混沌母神の半身と言っていたな。

 混沌母神は、常人にはわけがわからない理由と、主にその場の勢いで加護を授けたりする。


 俺もその加護を授けられた一人だが、ララちゃんもまた混沌母神の加護を受けた存在なのだろう。

 そして、その力は今俺に注がれている。


 この力ならば、いける!


「大魔王イフリール。お前は、間違ったな」

「なんだと?」


「混沌母神の本質は、闇でも光でもない。それは、調和で中立なんだ!」


 俺がそう言うと、大魔王イフリールの口元から嘲笑が消えた。


「貴様がそのような戯言を吹き込んでいるだけだ!」

「だとしても、これは俺の祈りだ。混沌母神も神ならば、祈りも聞き届けてくれる」


 俺は願いを込めて、『中立の剣』を静かに一閃した。

 この世界を終わりになどさせてはいけない。


 双黒剣ブラッティーツインソードで受け止めるが、もはや片手しかないイフリールのそれは、威力が半減していた。

 ゆっくりと、力負けした大魔王イフリールの身体が、肩から真っ二つに斬り裂かれていく。


「ぐあぁぁぁあああああ!」


 俺はただ湧き上がる力のままに、剣を振り下ろすだけ。


「邪神の使徒どもめ。貴様らが……混沌母神の本質を歪めたのだ!」


 俺の剣は振り下ろされて、大魔王イフリールの身体は崩れ落ちた。


「さらばだ。大魔王イフリール」

「ふっ、フハ、ハハハ……」


 崩れ落ちたイフリールは、まだ口を利く。


「まだしゃべるのか」

「これで、勝ったつもりか。これで我が身は、混沌母神の源に、全ては、さだ……ぶぇ」


 叫び続ける大魔王イフリールの頭に、俺は最後の一撃を下した。

 潰れたそれはもはや、ただの死骸にすぎない。


「終わったな」


 後は、大魔王イフリールが出した魔獣を倒すだけ。

 そう思って振り返ると、竜乙女ドラゴンメイド達の一団がすでに竜の首を全て刎ねていた。


 本当に、こいつら段違いだな。

 リアと俺じゃなくて、こいつらだけでも普通に力押しで大魔王イフリールを倒せたのでは?


 そう思って笑おうとした瞬間に、激しい地揺れが起こった。


「なんだ?」

「タケル。……アーサマが、逃げろと言っています」


「逃げろって、どこへ?」

「とにかく、ここから遠くへです!」


 地揺れは、収まるどころか激しさを増している。

 ライル先生が叫ぶ。


「では、魔都の港まで戻りましょう。いざとなったら、艦隊で撤退します」


 ちゃっかりと、鉄鋼竜メタルドラゴンを一匹使役していたハイドラが呼びかけた。


「じゃあ、港まで全力疾走でいくわよ。みんな乗って!」


 さっきまで敵だったお前が仕切るのかよと思いながら、鉄鋼竜メタルドラゴンの背中に乗って逃げ出す。

 逃げ遅れたものは、竜乙女ドラゴンメイド達が掴んで飛んでいく。


 鉄鋼竜メタルドラゴンの背中に揺られていた俺は、ふと後ろを振り返って驚いた。


「丘が、裂けている!?」


 丘の谷間がパックリと割れて、開いていた。

 中から、大量の魔獣が溢れ出てくるが様子がおかしい。


 魔獣達は、まるで何かから逃げ惑っているようだ。

 そうやって観察していたら、巨大な何かが、ゆっくりと頭をだそうとしているのが見えた。


「なんだありゃ?」

「ともかく、良いものではなさそうですね」


 ため息を吐いてライル先生が言う。

 その間にも、何かが、地の底から顔を出しつつあった。


 巨大すぎてもうよくわからないが……これは、女?

 オラクルが言う。


「タケル、これは儀式が一部成功してしまったと見るべきじゃな」

「いや、でも大魔王イフリールは倒して」


「それじゃ。大魔王イフリールは、混沌母神に加護を受けたタケルやララの生き血を注いで、混沌母神の復活を促そうとしておったようじゃが……加護を受けていたのは、もう一人いるじゃろ?」

「大魔王イフリール本人か」


「ただの魔族や人族の死体を放り込んでも、使役できる魔獣がわんさと出てくる穴じゃ。それに加えて大魔王イフリールの死骸が注ぎ込まれれば、それを呼び水として混沌母神の一部が目覚めてもおかしくはないのじゃ。いや、もとからイフリールは予備の策として自らを生け贄にすることを考えていたんじゃろうな」

「それで、これってどうなる?」


 かなり距離が離れてきたからだんだんと様子がわかってきた。

 長い髪の女の形をした巨大な何かは、ゆっくりと両手をついてぱっかりと割れた地獄淵マッド・ボルケーノから這い出ようとしている。


「わしにも、皆目わからんのじゃ。とりあえず、アビス大陸全土が立ち上がるなんてことはなくて済んだが、あれはもしや……」

「なあ、オラクル。俺、あれと似たようなものを見たことあるんだが?」


「奇遇じゃな。わしもじゃ……」


 地獄淵マッド・ボルケーノを破って這い出してきたのは、ニュルニュルと見覚えのある巨大な触手を持つ巨大生物。

 ぐるりと振り向いた、美しくも不気味な無表情。


 上半身は、無表情な美人の女。

 下半身は、蠢く無数の触手で構成されたそれは……全長百メートルの触手お姉さんだった。

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