第249話「魔獣使いハイドラ」
「あんた離しなさいよ!」
「私のリューを返せ!」
男の方は、うちの飛竜騎士だった。
女の方は、さっき大魔王イフリールと一緒にいたハイドラとかいう魔獣使いである。
ああそうか、
「タケル、あのハイドラとかいう女、捕まえたほうがいいのじゃ」
「言われるまでもないな」
俺は、
「ちょっと離しなさいよ! あれは私の飛竜なんだから」
「お前のじゃねえだろ!」
どこまで厚かましいんだよ。
「もう私になついてるもの、私のもんだわ!」
盗人猛々しいとはこのことである。
しかし、
「ハイドラとやら、お前には大魔王イフリールの行き先を吐いてもらうからな」
大魔王を逃したのは残念だったが、こいつを捕まえられたのは僥倖だった。
たしか、大魔王の一の側近と言っていたよな?
こいつを吐かせれば、大魔王の逃げた先がわかるだろう。
ララちゃんを救い出しに行かなければ。
「誰があんたなんかに話すもんですか!」
「いつまでそう言ってられるかな」
「うるさい! あんたさっきからどこ触ってるのよ! 手を離しなさいよ」
「ほー、離していいのか」
俺はポッと手を離してやった。
「ギャーー」
そのまま自由落下していくハイドラ。
「オラクル、頼む」
「ほいきた」
ビュッとハイドラのところまで飛んでいって、空中で暴れているところをまた捕まえる。
「あ、あんたぁ……本当に離すなんてないじゃない!」
「手を離せと言われたから離したんだが、どっちだよ?」
俺はぐっと掴んでる力を抜いてやると、ハイドラがしがみついてくる
「わかった。離さないで! 捕虜になってあげるから!」
「ふーん。じゃあ連れていくことにしよう」
俺はハイドラを逃がさないようにしっかり掴まえると、黒杉軍船へと戻ることにした。
※※※
船に戻っても、ハイドラは「私は魔軍魔獣隊長だから士官待遇にしろ」とか喚いている。
俺のところに、ハイドラから
「一体どうして、ああなったんだ?」
「はい。あのハイドラという私のリュー……リューというのはこいつの名前でして、
飛竜騎士は、自分の
「そうか、
勲章でもやって、帰ったら出世させてもいい。
ハイドラが、魔獣隊長なら隊長クラスを落としたってことだし、飛竜騎士団を再興したあとは隊長にしてもいい。
「ハッ、ありがたきしあわせ!」
飛竜騎士は、誇らしげに敬礼して胸を張った。
さて、ハイドラの処遇だが。
「ハイドラ、お前は大魔王イフリールがどこに行ったのか、どうしても話す気はないのか?」
「私が大魔王様を裏切るわけがないでしょ!」
やっぱアホだなこいつ。
そこは、どこに行ったのか知らないって言うべきだろ。
つまり、ハイドラは大魔王の行き先を知っているか、少なくとも目星は付いてるってことだ。
俺はハイドラの手足をギュッと縛った。
「少し手荒な真似をさせてもらうぞ」
「な、何をする気よ。あんた勇者なんでしょ、捕虜に拷問とかするわけないわよね」
勇者にどういうイメージを持ってるか知らんが、俺はそういうのと関係ないからな。
「悪いがララちゃんがさらわれた今となっては手段を選んでる暇はない。クックック、裸みたいなかっこしてるよな」
「なによ、まさか乱暴する気?」
この無防備な脇腹、攻めてくれと言わんばかりだろ。
男の俺が女の捕虜を肉体的に尋問するのも差し障りがあるので、シェリー達にやらせてやろう。
「おい、みんな。こいつがしゃべる気になるまで、くすぐり倒せ」
「はーい!」
「いやー離せぇ! 捕虜に拷問とかギャハハハハハハハ」
ハイドラは奴隷少女達に持ち上げられて、別室へと連れて行かれる。
特にロールが、めっちゃ嬉しそうに足の裏をくすぐってる。
あいつら、ああいうの好きだからな。
「大魔王の居場所を吐かせるんだ。ララちゃんを助けるためだ、徹底してやってやれ」
ハイドラの笑いが遠ざかっていって、バタンと扉が閉められた。
こっちはこれでよし。
そこに、ドレイクと相談していたらしいライル先生がやってくる。
「タケル殿。座礁した船は残して、このまま魔都ローレンタイトへの侵撃を開始しましょう。シレジエ艦隊をローレンス川に遡らせる準備はすでに済んでます。タンムズ・スクエアの占拠と戦後統治に、もう少し時間を掛けたかったのですが、そちらはタンムズ殿に任せるしかありませんね。どうやら事は一刻の猶予も許さないようですので」
先生がそう言ってくれるなら、今の戦力でもなんとかなるということか。
ぶつかって、敵の兵器レベルが低いということもわかった。うむ、なんとかなるよな。
「ではすぐにローレンタイトに向かいましょう。ドレイクも頼んだぞ」
「おう。本当はこの港で傷ついた旗艦の補修もしといたいところなんだが、川を遡るぐらいならなんとかするぜェ」
時間との勝負になるから仕方ないな。
「タケル殿、胸のところが輝いてます」
「えっ……ああ『白銀の羽根』が」
大魔王イフリールとの戦いで力を使い果たした羽根は、半ば風化している。
手の中でキラキラと煌めきながら崩れて、風に舞った。
その途端、耳元にザーーと砂嵐のような音が聞こえた。
なんだこれ、ラジオのノイズみたいな音だ。
「ザーザー……てすてす、聞こえますか」
「アーサマですか!」
かなり音は遠いが、アーサマの声だった。
「良かった通じましたね……。こちらも事情は見えました……すでに一刻の猶予もありません」
「アーサマすみません。羽根は俺が持っておくべきだったんですね」
大魔王に『白銀の羽根』が効くなら、リアのほうに持たせてしまったのは失敗だったかもしれん。
「いや、それはいいのです。聖母ステリアーナは、封印に長けた聖女です……そのまま魔王のもとに向かわせて、混沌母神の復活の儀を阻止させれば……ザーザー」
また音が遠のいていく。
持っていた『白銀の羽根』が、完全になくなってしまったのか。
「アーサマ、わかりました。ありがとうございます」
「……本来……すみ……これ以上の……が」
そこで、プツっと音が途絶えた。
俺はその場に居た飛竜騎士に声をかける。
「一仕事終えたばかりで悪いが、もう一つ伝令を頼まれてくれないか」
「ハッ、なんなりと」
「バアル州から北に向かって侵撃してるであろうリアに、すぐにローレンタイトまで来てくれるように伝令してくれ。大魔王による混沌母神復活を阻止するためには、リアの力が必要となる」
「では早速いってまいります」
「敵地を渡る危険な任務になるが頼む」
「では、行ってまいります」
即座に飛び立つ飛竜騎士を見上げて、リア達は今頃どこあたりにいるのだろうと思った。
なんか新しい国を築いたという話は聞いたのだが、大陸内部の話は全然届かないのでこちらからはわからない。
だが、リアには
ローレンタイトまで、飛ぼうと思えば飛べるはずだ。
全ては定めのままにか。
不思議と、全てが符合していってローレンタイトで決着が付く。
そんな風に流れているように感じる。
宿命のようなものがあるとすれば、誰がそれを定めているのか。
正直なところ、俺にはいまさら混沌母神を顕現させようとする大魔王イフリールの考えていることも。
アーサマの考えていることも、よくわからない。
俺は俺のなすべきことをなすだけだ。
そう思って、強く聖槍を握りしめた。
「おっと、この
※※※
シレジエ艦隊は、そのままローレンス川を遡ってアビス大陸内陸部にある大湖に向かっている。
ダモンズ達もタンムズ・スクエアの戦後処理が終われば、兵を載せてガレー艦隊で来てくれる手はずとなっているが、事は魔都ローレンタイトの占領で終わらない。
魔国の崩壊ではこの戦争は終わらない。大魔王イフリールを倒して、混沌母神の復活を阻止しなくてはならない。
この戦争の目的は、そっちのほうに移ってしまった。
そのためにも、ハイドラに大魔王イフリールがどこへ向かったのかを吐かせないといけない。
俺は別室に連れて行かれたハイドラの様子を見に、船室へと入った。
「あれ、あいつらどこにいったんだ」
遠くから、女の笑い声が聞こえてくる。
下の船倉のほうか。
「おい、どんな様子だ……」
「あははははは、誰か、うははは、とめぎゃははははは」
「素敵な笑顔だなハイドラ」
俺が、行くと奴隷少女達がくすぐる手を止める。
こいつら凄いな。
このハイドラの足の指の間をくすぐっているブラシとか筆とか、どっから持ってきたんだ。
「ひっ、ひひっ、死ぬ! しむう!」
「くすぐられるのが嫌なら、さっさと大魔王がどこに行ったか吐くんだな」
「言います。なんでも言いますから!」
「ふうむ、じゃあ話してもらおう」
俺がそう尋ねると、ハイドラは早口でしゃべりはじめた。
「魔王様は、魔都ローレンタイト近くの
なるほど。
冷徹にハイドラを見下ろしているシェリーに尋ねる。
「シェリーどう思う?」
「大魔王一の側近が、すぐに白状するなんてありえませんね。これは嘘を吐いてると思われます」
ハイドラは必死に、縛られている手足をバタバタさせて叫ぶ。
「全部本当! 知ってることは全部言ってます!」
「なるほど、これは信用ならんな。くすぐり続行だ」
奴隷少女達は総出でコチョコチョコチョコチョと、くすぐりを始めた。
「うそ、やだ、ぎゃぁはははははは」
ロールがどっかからもってきた、馬の毛を使ったブラシが足の裏やら指の間やらをシュパパパパパと、こそぐりまわっている。
うわー、これはやられたくない。
「いひひひひひひ」
なんかこう男の俺が見てるのも悪い気がするから、時間を置くか。
「じゃあ、頼んだぞシェリー」
「はい。なんとしても本当の情報を吐かせてみせます」
「もう吐いてる! 全部吐いてる! あははははははははは」
※※※
しばらくたって見に行くと、凄いことになっていた。
なんかこう、なんとも表現しようがないのだが……床が盛大に湿っている。
くすぐられ続けると、人間ってドロドロになっちゃうんだな。
身体中の穴という穴が開いて色々と漏れだしてるハイドラは、ちょっとこれは、うわーって感じだ。
なんでわざわざ船室じゃなくて、船倉まで運んだのかと思ったが。
床が汚れるのを予想して、船倉で尋問をやったのか。
さすがシェリーである。
敵に回したくないタイプだ。
「シェリー、もういいだろう」
「はい」
シェリーの合図で、ピタっとくすぐりの手が止まる。
もはや、息も絶え絶えになっているハイドラにもう一度尋問してみる。
「たひけて……」
「助けて欲しければ、本当のことを言うんだ」
「もうくすぐり、やめで、言ってまふ。最初から言ってまふ」
何度聞いても、同じ事を答えるハイドラ。
「本当か?」
「あやまるがら、もうやめで、なんでもしまふから……」
瞳から涙を垂れ流し、鼻から鼻水を垂らし。
口から盛大にヨダレを垂らして、ぐちゃぐちゃになっているハイドラがこうまで言う。
全身が弛緩し、舌がベロンと出っぱなしの状態で、もうまともな言葉も喋れなくなっている。
尋問しようにも、ここらが限界だな。これ以上やるとほんとに死にそうだ。
「どう思うシェリー?」
「ここまでしても言うのですから、本当なのではないでしょうか」
ずっと観察してたシェリーもそう判断したので、ハイドラの言うことを信じることとし。
ローレンタイトの
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます