第247話「スクエア大要塞陥落」
横付けされたシレジエ艦隊から、スクエア大城砦に向かって千門もの砲台が火を吹いた。
その爆轟の音は、腹にずっしりと響き渡る。
高さは四メートルを超え、長さは五キロにも及ぶ巨石でできた
大城砦から張り出した無数にある側塔からは、大量の矢が降り注ぐ。外壁の向こうからはカタパルトで撃ち上げたであろう丸い石の弾などが盛んに飛んでくる。
しかし、向こうの攻撃は、こちらの艦隊には届かず、虚しく海に落ちるだけだ。
カノン砲と石のカタパルトでは飛距離が違いすぎる。
ましてや、弓矢などいくら放っても届くはずもない。
これならば楽勝と思った瞬間、突如として艦隊左舷の船が爆発してゴウッと火の手が上がった。
ライル先生が船を駆けて、炎上する船に向かって
消化すると同時に、動揺する船員達に向かって叫ぶ。
「敵に中級レベルの魔術師団がいただけです。この程度は、消火できます。カノンを集中させて潰せばいい!」
横にまっすぐ飛ぶ攻撃魔法であれば、届くだけの飛距離があるというわけか。
木造の船に
俺はドレイク達に命じる。
「黒杉軍船を前に出せ。この船を盾にするんだ!」
あえて旗艦が敵の前に躍り出て、大要塞の出窓から飛び出してくる無数の
この黒杉軍船であれば、どれほど
これなら消火も必要がないぐらいだ。
ドレイクが号令をかける。
「王将ォ、こっちもやってやろうぜェ。撃ち方急げよ!」
こっちに撃ち込まれた攻撃魔法の仕返しに、こちらからも至近距離から嫌というほどカノン砲が放たれる。
攻撃魔法が飛んできた城砦に砲撃が集中することで、瞬く間に敵の魔法攻撃は沈黙する。
城砦を撃ち崩し、瓦礫に押しつぶされれば、中にいる魔術師団も無事では済むまい。
魔術師といっても、所詮はただの人間である。
「ハハハッ、上級でないのが惜しいですが、早々に敵の魔術師を潰せたのは僥倖、僥倖! 上級魔術師はいないんですかね、これでは手応えがありませんよ」
ライル先生、嬉しそうに高笑いするのはやめてください。
いくら砲撃の音が激しくても、それだけは何言ってるのかよくわかりますよ。
相変わらず戦争やってるとナチュラルハイになるらしい。
「王将ォ……砲……」
盛んに砲撃の音が響き渡るなかでドレイクが俺に何かを言っているが、こっちはほとんど聞き取れない。
さっきからドカンドカンと耳の近くでやられるせいで、耳鳴りがしっぱなしだ。
「ああそうか、わかった。どうせならあれをやれ。あの真ん中のデカい塔に当てろ!」
ドレイクの身振り手振りでようやくわかった。マジックアームストロング砲が撃てると言ってるんだな。
俺は、あのひときわ高い中央の城塔を狙えと指差した。
この大要塞の司令官がいるとすれば、見張り台にもなってそうなあそこだろう。
ドレイクの指示で、黒杉軍船の主砲である二門のマジックアームストロング砲が回頭して、バシュッと空気を切り裂いて回転する巨大な砲弾が飛ぶ。
その一発で、中央の城塔が一気に真っ二つになった。
この激しい砲撃の音の中で聞こえるはずもないのだが……。
砲弾に打ち砕かれて高い塔が倒れた瞬間、人のどよめきや悲鳴や断末魔の叫びが聞こえたような気がした。
なんとなく、肌の感覚で敵の雰囲気はわかる。
砕かれたのは、中央の大きな塔だけではない。
艦隊からは無慈悲な砲撃が続き、巨石の城は半ば砕けて、中から盛んに煙が上がっている。
石の城といっても建築資材には木材などの可燃性の材料も使っているので、撃ち砕かれると火災が発生する。
いつしか、飛んでくる矢や石弾も止んでいた。
城砦にいた兵士達は、もはや攻撃どころではなくなったのだろう。
火災が起こっている城の中は、おそらく地獄だ。
崩落に巻き込まれて押しつぶされるか、火災に巻き込まれて蒸し焼きになるか。
途中で街に続く跳ね橋が降りていたので、そこから逃げた兵もいるだろう。
この大城砦のなかで死んだ兵士だって、もしかしたら俺の味方になってくれたかもしれないと思えば残念だった。
後はどれだけ砲弾を撃ちこんでも、崩れかけた大城砦からは何の抵抗もない。
これはもう落ちている。
見掛け倒しの要塞は、艦砲射撃だけでいともたやすく陥落したのだった。
「どうも、敵が見えないと勝ったという気がしないよな」
「まったくだ。船の上から大砲撃ってるだけで勝敗が決するとは、おっそろしい時代になったもんだなァ」
自分の指揮で大要塞を撃ち砕いておいて、ドレイクはそんなつぶやきをもらしていた。
港から性懲りもなく特攻を仕掛けてくる敵の艦隊の姿も、まったく見えなくなった。
全く反応がなくなったのだが、タンムズ・スクエアの街のほうはどうなっているのだ。
「国父様!」
街に偵察でも送ろうか。
そう思っていた時、街の中に潜入して工作を進めてくれていた、カアラとオラクルが飛んできた。
「おー、二人とも無事だったか」
二人が来たということは、街での仕事は終わったということだ。
「海将ダモンズ麾下の二万の兵が、アタシが開いた南の英雄門よりタンムズの都になだれ込みました。ロングキャッスル島が落ちるのを見て、旧タンムズ国の首脳部も大魔王イフリールに反旗を翻すことを決断してくれました」
カアラはあらかじめ街の中に作っておいた魔法陣で転移魔法で兵を中に引きれて、街を守る城壁の南門を占拠したのだ。
後はそこから、ダモンズ達上陸軍が入場するだけである。
あっけないものだ。
まあ、転移魔法なんて外壁が無効になる
港を守る大要塞は陥落し、落ちるまでもなく占拠された後ろの街門から、兵が雪崩れ込む。
この情勢を見て、内応を約束していた旧タンムズ国の軍はこちら側寝返りを決めた。
すると残りの敵は、大魔王麾下の旧ニスロク国の駐留軍一万だけになる。
一気に形成は逆転して、敵は自分が占領してた街の真ん中で囲まれる立場となった。
そりゃ抵抗がなくなるはずだ。
「この街も落ちたな……」
結局のところ、陽動作戦が役に立って大魔王はこちらに来られなかったということか。
これはもう、街の占領政策を考える段階だ。
そうして、このまま一気に魔都ローレンタイトまで強襲する。
大魔王イフリールとの対決はそこになるだろう。
そこまで考えたところで、騒ぎは起こった。
「西の海から、なんか近づいてきます!」
マストの上から見張りの船員が声を張り上げる。
ものすごいスピードで近づいてくるそれは、すぐに俺達にも目指できる大きさになった。
巨大な鉄の塊。
いや、あれは鋼鉄でできた竜なのか?
「いまごろ、新しい魔獣……」
信じがたいタイミングだった。
新手を繰り出すのであれば、スクエア大要塞が落ちる前だろ。
そうすれば、こちらの艦隊を挟み撃ちにすることもできた。
そんな合理的な判断をあざ笑うかのように、巨大な鉄の竜はこちらに向かって一直線に飛ぶ。
「ドレイク、何をやってる砲撃だ!」
「てえめら、撃ち方ァ!」
このタイミングで新手とは、意表を突かれたとはいえる。
慌てて放たれた大砲のほとんどは、空を高速で飛ぶ鉄の塊には命中しない。
まぐれ当たりの一発も、巨大な鋼鉄の竜の装甲を撃ち砕いたようには見えない。
あの鉄の鱗は、伊達ではないようだ。
「グガアアアアアッ」
生物に本能的な恐怖を感じさせる竜の叫び声は、砲撃の音にも増して戦場を響き渡り、海兵達の気力を萎えさせた。
シレジエ艦隊は前方から飛来する巨大な鉄の塊に突き飛ばされて、為す術もなく撃沈していく。
「ああ、てめえらぁ何をやってやがる。海の男の根性はねえのかァ!」
竜には強い免疫を持っているので平気なドレイクは叫ぶが、普通の船員達に根性で竜に立ち向かえといっても無理だろう。
しかもあれは、装甲が金属でできている。
いかに最新型のカノン砲を備えた船でも、木造船では太刀打ちできない。
鉄の塊が空を飛ぶとか、まったく
「ドレイクもういい、あれは俺がやる」
超常の魔獣には、やはり英雄が立ち向かわなくてはならない。
ここには勇者である俺がいる。高位の魔族であるカアラやオラクルもいる。
なんとかなるだろうという気持ちはあった。
ライル先生ではないけど、このまま終わっちゃ手応えがないというものだ。
自分で起こした戦争でもあるのだから、ケリはつけないとな。
こっちの船を突き崩して進む鋼鉄の竜は、見る間に大きくなった。
全長五メートルにも達するデカブツ。
あいつの相手は、普通じゃ無理だ。
「王将ォ、あいつはまっすぐこっちに来やがるなァ。すまねえが、あのスピードだと威力のある主砲は当たらねえ」
「危ないから、みんなを下がらせてくれ。俺達だけでやるから」
ホント、いろいろとやってくれるな敵も。
ついに突進する敵の鋼鉄竜が、こちらの船に到達する。
そのままガチンとぶつかった。
勢い良く、巨大な竜にぶつかられて突き飛ばされそうになる黒杉軍船。船が大きく左右に揺られて、ものすごいスピードで船が港に向かって押しまくられる。
ドレイク達が驚愕のあまり叫んでいる。
「おおおお!」
さすがに外装が鋼鉄より堅い黒杉でできている軍船だ。
鋼鉄竜の突進にも一度は耐えたが、船体がギシギシと激しく軋んだ。
鋼鉄竜は、大きな牙を向いて舳先に噛み付きながら巨大な腕をぶつけている。
竜は、黒杉軍船を自分と同じような巨大生物と思っているのだろうか。
押しつぶされようとする軍船が、ミシ、ミシと不吉な音を立てる。
このままダメージを食らうと外装はともかく、木材でできた船体部分が持たない。
「まあとりあえずやってみるか。カアラとオラクルも頼むぞ!」
「はい!」「わかったのじゃ!」
俺は
鉄でできた鱗が砕ける。その痛みに咆哮する鋼鉄竜。
「みんな、王将閣下に続け、オラーッ!」
出なくていいといってるのに、船員達が舳先近くにあるカノン砲に張り付いて、竜の鼻先めがけてぶっ放した。
牽制のつもりか叫び声を上げながら、マスケット銃をぶっ放す勇敢な兵士もいた。
至近距離のカノン砲にはさすがによろめいた鋼鉄竜だったが、小うるさそうに巨大な腕を一振りする。
たったそれだけで、勇敢なる船員達は一掃された。
だから、出なくていいといったのに。
「おめぇら、根性見せたなァ!」
ドレイクが号泣して、こちらまで吹き飛ばされてきた船員の身体を抱きかかえた。
竜の鉄の爪でやられたのだから、やはり生身の人間ではひとたまりもなく、事切れている。
ドレイクや奴隷少女達に、無理されて死なれても困る。
余計な犠牲が出ないように、ライル先生に見てもらっておかないとな。
「先生、ドレイク達が無理しないように後方に下がらせてください」
「はい。ですが、あれをどうされます?」
「なんとかしますよ!」
そのために、俺達がいるのだ。
その時だった。
「アハハハッ、いい気味。我が
鋼鉄竜の頭の上からひょこっと、魔族の青ざめた肌もあらわな際どいボンテージアーマーに身を包んだ女が姿を現した。
「もしかして、大魔王ってやつか?」
まさかと思うが聞いてみる。
「ちっ、違うわよ。見たらわかるでしょう。よく覚えておきなさい、そこの黒髪の騎士。私は、この最強の魔獣シルバーを操る大魔王イフリール様の一の側近、いと気高く美しき魔獣使いハイドラ様よ!」
あっ、こいつアホだと、一目でわかった。
ちょっと勝ったと思ったら、すぐ勝ち名乗りを上げるやつだ。
どこにでもいるよな、こういうお調子者。
敵の魔獣使いを引き出せたのだから、さっきの船員達の犠牲もまったく無駄ではなかった。
こいつが魔獣使いなら、こいつを倒せば
俺は、無言で
それに続いて、カアラやオラクルもハイドラという女魔獣使いに向かって衝撃波を放つ。
「キャー!」
「ちっ、外したか」
出る時も唐突なら、引っ込む時も素早い。
隠れたハイドラは、
船体に鉄の巨大な鞭のような尻尾まで打ち付けてくる。
このままでは、本当に船が転覆させられてしまう。
さて、どうするか。
こちらの攻撃で、
俺の攻撃でいえば、やはりアーサマの加護が効かないのが痛い。
残っているのは混沌母神の加護なので、それを銃弾に込めてはいるのだが威力半減になっているのか効き目が悪い。
そこに、真新しいミスリルの鎧を着た、ベレニスとクレマンティーヌがやってきた。
そういやいつも俺の護衛がとかうるさいのに、こんなときにどこに行ったのかと思ってたが。
クレマンティーヌが、銀色に輝く巨大な
「我がマンチーヌ家の初代当主、『
「それはわかるよ。クレマンティーヌ、お前これどうやって船まで持ち込んだ?」
転移魔法の重量オーバーで運べなかったはずだよな。
そう思って、カアラを振り向くと。
「どうしてもと頼まれまして」
「あとから運んだのか」
俺が時代遅れの武器はやめろと言ってたから、隠していたらしい。
まあ、運ぶ機会はあったから輸送品に混ぜたのか。
「勝手をして申し訳ありませんが、これも運命かと思われます。どうかこのクレマンティーヌにお任せ下さい。この生命に換えても、あの邪竜を討ち果たしてご覧にいれましょう」
銀色に輝く聖槍であれば、
まさか、時代遅れのクレマンティーヌのおねだりが役に立つとは思わなかった。
「そうか……」
一瞬、俺はクレマンティーヌを見つめた。澄んだ青い瞳をしている。
クレマンティーヌの一世一代の覚悟を目前にして、女は下がれとはいえないだろう。
生命よりも誇りを大事にするのが、騎士という生き方だ。
「……クレマンティーヌ、どこを狙う?」
「額を狙います。我が曽、曽、曽祖父にあたる『
俺はクレマンティーヌの持つズッシリと重い
ほのかに、銀色が輝きを増したようにも見えた。
「よし、クレマンティーヌ任せた。ただ生命に換えてもは許さん。どこまでも生き抜いて竜を討ち取れ!」
「はい!」
「他の者は一斉に
俺は、全力で
次々と、竜の額から鋼鉄の鱗が剥がれていく。
禿頭にしてやる!
「おい、ベレニス」
「うぁぁあああ!」
ベレニスが前に駆けていくと、砲手のいなくなったカノン砲に取り付いて、砲を抱えるようにして放った。
竜の額に向けて至近距離からの斉射。
「グォオオオオン!」
鉄の弾を頭に打付けられて、
巨体の竜に比べて、その小さな身体はあまりにも弱々しい。
「ベレニス!」
あのまま叩き潰されてしまった船員と同じようにやられてしまうのではないかと一瞬危惧したが、ベレニスはしたたかに甲板に叩きつけらながらも、ズタボロになりながらも生きていた。
まったく無茶をやるものだ。
生きていれば回復ポーションで治療はできるのでよかったとはいえるが。
俺は、転がってきたベレニスの身体を抱き起こす。
「クレマンティーヌ、今よ。行きなさい!」
抱き起こされたベレニスは、
その声援を聞いて、クレマンティーヌの身体は力を増した。
まるで棒高跳びの選手のように、船の舳先から長い槍を抱えて大きくジャンプしたクレマンティーヌは、そのままベレニス達が傷つけた竜の額の傷に向かって、吸い込まれるように聖槍を突き込んでいく。
身体の痛みからか、戦友が事をなした喜びからか、涙を流しているベレニスは、俺の胸の中で小さく「やった……」とつぶやいた。
それは、神話的ともいえる光景。
竜殺し。
その巨大な怪物に比べて、あまりにも小さい身体の人間が、たった一人で立ち向かい討ち果たす。
額を深々と聖槍で貫かれた竜は、なおも首を振るってクレマンティーヌを吹き飛ばそうとした。
だが、近衛騎士団一の怪力を誇るクレマンティーヌは、決して揺らぐことなく聖槍を両手で掴んだまま離れなかった。
やがて、
金髪の輝く巻き髪を潮風に揺らしたクレマンティーヌは、それでもなお竜の額を貫いた聖槍を両手で掴んだままで立ち尽くしている。
仲間達の助けを借りたとはいえ、彼女はついにルイーズに続いてシレジエ王国二人目の竜殺しの英雄となった。
それは、クレマンティーヌの祖先である『聖槍のロドリゲス』に並ぶほどの偉業である。
成し遂げたなと、誰もが息をついたその瞬間、後ろから絹を引き裂くような少女の悲鳴が響いた。
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