第206話「アーサマの餞別」
俺は、小さい頭に色とりどりの花を載っけた幼女教皇に、袖を引かれて連行されている。
行き先は、中央のラヴェンナ礼拝堂ということだった。途中、中庭にテラスがあって大きな噴水とプールがあるのが見えたりもする。本当に立派な神殿だ。
「おい、勇者。ところで、ロリババアってのはなんだ。褒め言葉か、貶し言葉か」
「えっ、いや……」
さっきのまたロリババアかーというのは俺の内心の声であって、もちろん口に出したわけではない。
この幼女教皇は、ロリババアの意味が分かっているわけではないようなので、俺の目線から推理したわけでもないだろう。
「タケル、アナスタシア二世聖下は相手の心を読まれます。嘘はつけませんよ」
「ええぇ……」
リアがそう教えてくれる。もしかしたらと思っていたら、やっぱり読心術が使えるのか。
まあ、神聖魔法という奇跡の技が使える神官の頂点なのだから、特別な能力の一つや二つぐらい持ってても驚かないけど。
「聖下、ロリババアというのは外見上ロリなのに中身はババアのことです。褒めか貶しかは是非もなく迷うところですが、タケルはロリババアと結婚しております。ロリババアが好きということですので、褒め言葉と受け取っても構わないかと思われます」
「うん、そうか。聖女ステリアーナは造詣が深い。そちの頭を覗いてもまだ意味がよく掴めないが、褒め言葉なら良いだろう」
納得したらしい幼女教皇に、リアはさっと頭を下げる。
こういう知識にかけてはリアは無駄に詳しいけど、あまりリアの頭を覗かない方がいいと思うな。
「ただタケル、アナスタシア二世聖下はロリババアじゃないですよ。正真正銘のリアル幼女であられます」
「えっ、本当に子供なの?」
御年八歳だそうだ。
本当に。見た目通りである。読心術より、普通に幼女だったことのほうが驚いたよ。八歳の幼女を、頂点に据えるアーサマ教会は、常軌を逸している。
俺の袖を掴んだまま歩いている幼女教皇は、また「リアル幼女とは、褒め言葉か貶し言葉か」と聞いている。
それに対して、リアは「タケルはロリコンなので、どちらかと言えば褒め言葉です」と返している。
なんのコントだよ。リアル幼女は俺じゃなくて、リアが言ったんだろ。
あと俺は、ロリコンじゃねえ!
「タケル。アナスタシア聖下が心を読めるのは、そのお心が透き通るように清く、人との心の境界線が曖昧だからです」
「イマイチ意味が分からないけど」
「単なる読心術ではなく、相手と心を同調させて情報を引き出す憑依体質と言ったらいいでしょうか。そのために、聖下は創聖女神アーサマと心を通わせるのも容易なのです」
「なるほど、その能力を買われて、幼女なのに教皇に選ばれてるんだな」
女神おろしのアナスタシアと呼ばれて、神聖視されているらしい。
大根おろしみたいな異名である。
「聖女ステリアーナ、大根おろしとは褒め言葉か?」
「大根というのを食べたことがないのですが、是非もなく美味しいらしいですよ」
幼女教皇は、うむと頷いている。
うわ、これ余計なこと考えられないな……。
俺もそろそろ、自分より偉い人がいないほど出世してきたので大抵の失礼は許されるがアーサマ教会のトップだけはまずい。
相手は世界宗教の教皇なのだ。
幼女教皇を敵に回すということは、世界のアーサマ信者を敵に回すのと同義である。
カノッサの屈辱を思い出すまでもなく、この手の宗教権威を敵に回すと厄介なことになる。
「リア、カノッサの屈辱とは褒め言葉か?」
「浅学の身ですので、ちょっと聞いたことがない言葉ですが、おそらくドMであるタケルは是非もなく麗しき聖下から甘美な屈辱を与えられたいということでしょう。この上なく、褒め言葉だと思います」
「うむ、そうか照れる」
幼女教皇アナスタシアは、満更でもないと笑っている。
いつまで続くんだよ、このコント。いちいち、俺のモノローグに絡んで欲しくないんだが。
リアが絡むと、たいていこんなどうしようもない話になる。
あと俺はドMでもないからね!
どうやら、アナスタシアは褒めればいいみたいなので、ことさら褒める念波を送った。
あれ、なんかムスッとしてる。俺、褒めたよ?
アナスタシア聖下は、急にプクッとマシュマロみたいな頬を膨らませると、俺の袖からスッと手を離してリアにゴソゴソっと耳打ちする。
なんだよ、直接言ってくれよ。なんか、俺マズいこと考えた?
「タケル、『可愛い』は言われ慣れてるので褒め言葉にはならないそうです。言い慣れてる感じがちょっとあざといし、子供扱いされてるとお怒りになられています。あと『ちっこい』は、明らかに褒め言葉ではないと仰られております」
「読心術が使える上に、褒められ慣れてるとか、扱いの難しいお子様すぎる……」
そんなこんなで、へそを曲げた幼女教皇のご機嫌を取るのに苦労させられつつ、アーサマ教会大本山の中心であるラヴェンナ礼拝堂へと案内された。
広大な白亜の神殿であるアーサマ教会大本山は、アーサマがこの世界に降り立って世界創聖したと伝説が残っているラヴェンナの丘に建てられた小さな礼拝堂から始まっている。
この巨大神殿は、もともとの小さなラヴェンナ礼拝堂を建て増しして、増改築を繰り返した結果に生まれたものであるそうだ。
奥の間に建つ白いレンガを積み上げて作られた古い礼拝堂は、それを取り巻くいくら金をかけてるんだよと言われる大理石の神殿に比べると質素とはいえるほど小さなものだ。
それでも、ここが世界創聖の中心地と言われると、荘厳なオーラを感じもする。
何気なくステンドグラスの近くの花桶に飾られている薔薇は、アーサマのシンボルカラーでもある白と青だった。
遺伝子操作技術もなく品種改良の知識も拙いこの
何気なく置かれている調度品はよくよく見れば、最高級を超えて至高の品ばかり。
金銭の
本当の神聖とは、建物や調度品の豪華さで決まるわけではない。
それを崇める人の真心で決まるものだ。
至上の尊崇が捧げられたこの小さな礼拝堂は、この世界の祈りの中心なのである。
アーサマ教会の高位司教でも限られた人間にしか入れない総本山の奥の間に、俺は足を踏み入れている。
幼女教皇アナスタシア二世は、アーサマを象った石像の祭壇の前に置かれた小さな椅子にちょこんと座った。
「ほう、多少は緊張しているようだ」
「そりゃしますよ」
「シレジエの勇者は、女神の創聖よりも人の手で創りだされたものを尊ぶのだな?」
「魔法力のない俺には、奇跡の力というのがピンとこないからね。その点、人間の手で創りだされたものには、それがどのように採取されて運ばれて作られたかが見えるから、その苦労には頭が下がる」
あるいは、俺の見解は創聖女神の力を低く見ているということになるのかもしれない。
しかし、人の心を読む幼き少女アナスタシアの前では、嘘は吐けない。
「人の心と技を尊ぶ、そのような勇者であるからこそ、アーサマは気にかけておられるのだろう」
「そういえば、アナスタシア聖下。俺は、アーサマから話があるって呼ばれたんだけど?」
「あっ、うん。あのね。今呼んでるところだからちょっとまって」
「そうか」
俺が急かすと、偉そうな教皇の口調が崩れて、歳相応の幼女の顔が透けて見えた。
人を呼びつけておいてなかなか来ないのは失礼なのだが、相手が神様なのでしょうがない。
この世界でたった一人の女神であるアーサマは、いつも忙しそうにしている。
アーサマ流にいうと、ケツカッチンなのである。
バサッとアナスタシアの小さな背中から、白銀の羽が生えた。
しかも、リアに降臨したときとは違い、三本も生えている。
「あーテステス。うん音声がクリアだ。白銀の翼が三本も生えてるので、波長がビンビンということであろう。さすが総本山は違う」
「アーサマお久しぶりです。その翼は、携帯のアンテナみたいなものなの?」
いつも翼がひとつしか出ないのは、基地局から遠いからなのか。
総本山に降り立つと、翼が三本生えると……女神の降臨というのは、携帯の電波みたいなもののようである。
「受信機の性能……じゃない受信する者の才能にもよるが、我の力の中心地であるこのラヴェンナに近いほど強まる」
「なるほどー」
「ソナタを呼んだのは他でもない。どうやら、ソナタは西方の新大陸を目指しているようだな?」
「そうですね、目指してます」
もしかすると、アーサマ的にはマズいことだったのだろうか。
俺は咎められるのかもしれないと思って、ちょっと緊張した。
「我的に、マズいことではあるな」
「やっぱりですか……」
俺の心を読んだようなことをいうアーサマ。
あーそうか、いまは読心術が使えるアナスタシアに降臨しているので、俺の心もクリアに見えるのかもしれない。
しかし、やっぱり新大陸に行くのはマズいのか。そうでないと呼び出しなど食らわないだろう。
なんとなくそうではないかと思っていたけど、俺だってそれなりに考えがあって行くことを計画したのだ。
アーサマに止められても、ハイそうですかとやめるわけにもいかない。
「あー身構えなくていい、我はソナタがやろうということを無理に止めるつもりはないぞ。そもそも、ソナタは我の創造物ではないのであるから、そんな権利もないだろう」
「でも、マズいんですよね?」
「マズいというのは、ソナタが行こうとする新大陸には、我の創聖の波動が届かないのだ。つまり、我の勇者としてのソナタの力は微量となってしまう」
「なんだ、そんなことですか」
「そんなこととはつれないな。今の船舶技術では、長距離航海は危険であろう。向こう側にはおそらく大陸らしきはあるはずだが、我の創聖の届かぬ領域であるのでどうなってるのかは分からぬ。我の眼が届かなくては、ソナタに危険が迫ったときに助けてやることもできない」
つまり、アーサマは俺のことを心配してくれているのだ。
とても面倒見の良い女神様なのである。
「アーサマ、俺の新大陸への航海の目的は、ジャガイモやトウモロコシなんですよ。それらのカロリー効率のいい作物が手に入れば、このユーラ大陸で起きている飢餓のかなりの部分が解消できるはずです」
「向こう側は、我が作ったわけではないので、それらがあるとも保障できないのだけれどな……」
アーサマが作ったわけではないとすると、この世界のもともとの創聖の源である大地母神が形作っているということになる。
そうなると俺が考えている、南北のアメリカ大陸に似た形の大陸があるわけではなく、もっと奇っ怪な不思議世界が生み出されている可能性もある。
そう考えると、ちょっと俺も危険かなと思ってしまうが。
混沌母神が太古に生み出した『古き者』は、米を含む穀物を吐き出したりもしていたので、ユーラ大陸にない作物が存在する可能性は高いと思う。
「いっそ、アーサマがジャガイモやトウモロコシを生み出してくれるといいんですけどね」
「それは、我にはできない……」
アーサマは創聖女神なので、本当はできるはずだ。
できるけれども、できない理由がある。
秩序の象徴であるアーサマが世界を激変させるようなエネルギー効率の良い作物を生んでしまうと。
混沌母神は、アーサマの力に反応して世界に飢餓をまき散らしてしまうことにもなりかねない。
アーサマ自らが、この世界の悲惨を直接どうにかしようとしないのは、常に混沌母神の反作用が起きると歴史から学んでいるからだ。
アーサマ教会の聖職者による間接的な救済ですら、魔族の蠢動を生んでしまっていると言っていい。
聖と魔の対立、秩序と混沌の
この
「アーサマ、俺なら大丈夫ですよ。混沌母神からも『中立の剣』を授かってますし、話して分からない相手じゃないと思います」
「混沌母神と話をするなどと言った勇者は、ソナタが初めてだ。だからソナタは貴重な存在なのだ。この世界の外から来たために混沌母神との反作用が起こらず、意思疎通にも成功した最初のケースなのだ」
「あれが、意思疎通ができたと言うべきなのかは微妙ですけどね」
「この世界に住まいし人族が、魔族との協調を考えだしているのもソナタの影響であろう。国々は無益な争いを止めて、生活を向上させることを目指し始めた。世界は、徐々に豊かになりつつある。ソナタはいまでも十分に、この世界に良い影響をもたらしてくれている。なにも、無理に危険を冒す必要はないではないか?」
「だからこそですよアーサマ。戦争が止まって人口が増えたら、それを補うだけの食料がなければまた飢餓と貧困が起こります。それを阻止するのも、俺の仕事です」
「ソナタは、やはり勇者なのだな……」
そんなに立派なものでもないけどね。
魔族との協調も、自分の子供が魔族とのハーフだからだし、世界をより良くしようとするのも、自分の子供達により善い未来を作ってやりたいからだ。
「というわけで、俺は行きます」
「うむ、では我からも餞別を与えよう」
アーサマは、ブチブチっと背中に生えている翼から『白銀の羽根』を一束ムシって俺に手渡してきた。
「これは……」
「我の力を、この『白銀の羽根』に込めた。これを渡すために、わざわざここまで来てもらったということもあるのだ。旅に出る勇者には、餞別がつきものだろう?」
アーサマの背中に生えている羽根。
高く売れそうな綺麗な『白銀の羽根』だし、女神様直々から頂けるのだから、王様から銅の剣を貰うよりかは、よい餞別だと思う。
「ありがたく頂戴します」
「念のために言っておくが売るなよ?」
「あっ、はい……」
「これは、ただの羽根ではない。ユーラ大陸から離れすぎてしまえば、我の与えた『光の剣』は使えなくなろうだろうが、この羽根の数だけ我が創聖の奇跡を行使することができる。使い方は任せよう」
そういえば、アーサマの秘蹟を受けたカロリーンが女神の力に守られたことがあった。
なるほど、アーサマは自らの羽根に自身の力を込めることができるらしい。
「回数制限アイテムみたいになってるんですね」
「ああ、そのようなものだ。あまり我が力を振るい過ぎると、混沌母神が反動を起こすので、気休め程度の力だが。ソナタの知恵が、あれば良い使い方も思いつくだろう。では我の勇者、佐渡タケルよ。どうか無事に戻ってくることを祈るぞ」
なんだか、こんな餞別のアイテムまでもらってしまうと。
悪いトラブルが起こってしまうフラグのような気もするんだけど、せっかくのご好意はありがたく頂戴しておこう。
こうして、俺は女神アーサマから直々の見送りを頂いて、新しい冒険の旅に出ることとなる。
久しぶりに正統的な勇者らしい感じがして、悪い気分はしない。
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