第186話「自由貿易協定」

 ヤバイ……このままでは、エレオノラに精気を絞り殺される。

 ユーラ大陸全土を股にかけた世界大戦に勝利した王勇者佐渡タケルであったが、たった一人の姫騎士に股をかけられて最大の危機を迎えていた。


 なんて、くだらない冗談を言っている場合ではない。

 柔らかい絹のベッドに寝そべって、宣言通り五回の夫婦生活を終えたエレオノラは満足した顔で眠っている。ツヤツヤした白い頬は白磁のように美しく、唇は薔薇のように赤々としている。


 あれだけベッドの上で暴れまわって、なんでこんなに元気なんだよ。

 俺はといえば、エレオノラに付き合わされてごっそりと体力を削られていた。いま体重を量ったら、マジで五キロは痩せてる自信がある。


 だって……五回だぞ。五回。何かのたとえでも、冗談でもなく本当に五回なのだ。

 五回って軽く言うけど、その一回一回がものすごいわけで、毎ターン五回削られてたら……これは死ぬわ。


 後、ニターン。いや、一ターンで力尽きるかもしれない。赤玉打ち止めである。

 思えば、最初の五回はまだ余裕があった。今回の五回は、三回目あたりで底が見えた。にもかかわらず五回。


 人間って凄い。

 もうやめて! タケルちゃんのSP(精気ポイント)はゼロよ! という状態になっても更に二回いけるのだ。


 人間の精力は、底のさらに底があることを知った。

 もう絞っても水も出ねえって状態でも、まだいける。


「知りたくはなかったがな、自分の底など……」


 死闘を終えた俺の声は、弱っている。

 こっそりと死地ベッドを抜け出して、今後の対策を練らなければならないと考えていた。


「タケル、お疲れのようじゃの」

「ああ、オラクル。ありがとう」


 おそらく皇族用なのであろう豪奢なベッドルームから出たところにオラクルが居て、コップに波々と注がれた牛乳を差し出してくれる。

 喉はカラカラだった。飲めるならなんでもいいと俺はグイッといく。


「ぷはぁ~、なんだこれ美味いな」


 牛乳ではなかった。もっと濃厚な練乳のような甘さがある。

 それでいながらしつこくなく、口当たりは爽やかで五臓六腑に滋養が染み渡る。温いのもお腹に優しい。


 カアラがくれる冷えたのも良いが、こういうのも良いね。

 少しフルーティーな風味もあるような気がする、ミックスジュースかなにかかな。


「それは、ワシの乳じゃ」

「ブハッ」


「なんじゃ、もったいない。吐くでない」

「いや……乳って、マジで母乳?」


 なんで、お前の母乳はフルーティーなの?

 もしかしてその胸にぶら下がてるのは果実なのか?


 いや、そんな話じゃないよな。

 母乳を自分が飲むという発想も、人に飲ませるという発想もない俺は、驚きのあまり震えた。


「オラクル様は、エンシェントサキュバスです。その母乳は『母神の媚薬』とも呼ばれ、最高の栄養と活力を与える生命の霊薬ネクタールと言われています。値段が付けられないほど高価で希少な飲み物ですよ」


 常に俺の部屋の外で門番をしているカアラが、そう教えてくれる。

 飲み物……うん。赤ん坊が飲むものだから、大人が飲んでも大丈夫かもしれないけどさ。


「そう言われたら、そうなのかもしれないが……」

「子にやれんから、乳が張って仕方がないのじゃ。産後間もないワシをゲルマニアくんだりまで引っ張ってきたタケルが悪いんじゃろ。余った乳を飲むぐらいはするのじゃ」


 うーん、乳が張るってそういうものか。

 妊娠で子供を産むために成長していたオラクルは、産み落とすとすぐに元の小さい身体つきに戻ってしまっていた。


 それでいて、乳房だけは子に乳を与えるために発達したままなので妙に大きくて目立つ。本当に魔族は不思議生物だ。

 ロリ巨乳……ではない。オラクルは、実年齢三百歳なのでそうではないのだが、幼さを残した顔立ちと、母性にあふれた身体つきのギャップがなんとも言えない。


 いかん、俺は何を考えている。


「タケル、元気になったのは良いが、そんな目で見られても困るのじゃ。そりゃもう一人ぐらいこしらえても良いとワシは言ったが、もうちょっと待ってくれんと。子供に授乳してる間は、しても子は出来ないのじゃよ?」

「いやいや、何を言ってるんだよ。俺は別にそんなこと……」


 そんなことを言われると余計なことを意識してしまう。やけに、身体が熱い。

 エンシェントサキュバスの乳が最高の栄養剤というのは、どうやら本当らしい。なんだか妙に元気が出る。


「精気が余ったなら、カアラに分けてやるといいのじゃ。そっちなら無駄打ちにもならんで良いじゃろ」

「いや待て待て、そんな話じゃないんだって!」


 艶然とした表情で青い頬を赤らめてるカアラは、エキゾチックでやけに色っぽくみえる。

 SP(精気ポイント)が回復したのはいいが、情欲まで高まっても困る。これ、解決にはなってないぞ。


「じゃあ、何の話じゃ」

「エレオノラの話だよ。自分だけまだ子が出来てないからって、無茶苦茶するんだよ」


 俺はこんこんと、赤裸々にベッドであったことをオラクルに打ち明けた。

 さすが、性の専門家オーソリティー信頼と実績のエンシェントサキュバス様である。オラクルのカウンセリングは、かなり参考になる。


「タケルは、学校とか言うところで性知識は学んだんじゃろう。いきなりたくさんやっても子がすぐ出来るわけじゃないと、エレオノラに教えてやればええじゃろ」

「オラクル。俺にエレオノラを説得できる自信があるなら、最初から相談してないんだよ。あんな勢いで迫られると、もう抵抗出来ない」


 俺が胸を張って言うと、オラクルはため息は吐いた。


「偉そうに言うでない。ちょっとは頼もしくなったかと思えば、相変わらずそっち方面はヘタレじゃのう」

「面目ない、頼むよオラクルちゃん」


 正直なところ、本当にエレオノラをどうこうできる自信は全く無いので、俺はオラクルの手を握ってお願いする。

 妻を諭せないヘタレな夫と、そしらばそしれ。


 実際に姫騎士に責め抜かれたことがない人間に、俺の気持ちは分からん。本当に尋常じゃないのだ。あれは乱舞だよ、乱舞。

 このままだと、子孫が枯渇する一大事にもなりかねないので俺も必死だ。


「だから、一児の父にもなった男が情けないことを言うでない……。まあ、タケルはタケルだからしょうがないのじゃ」

「毎回、苦労をかけるなあ」


 オラクルは、呆れるかと思えばなぜか微笑んで俺を抱き寄せてくれた。


「そういうところが可愛いと思ってしまうから、ワシもダメな母親なのじゃ」

「オラクル」


「いいんじゃぞ、もっとワシに甘えても。赤ん坊が二人おると思って、可愛がってやるのじゃ」

「そうか、それは頼もしいお母さんだな」


 俺よりも背が低いオラクルがお母さんを気取って俺を甘やかせてくれるというのだから苦笑を禁じ得ないが、どうやら母性が溢れてしまっているようだ。

 弱っている老皇帝コンラッドを安全に送り届けるためとはいえ、赤ん坊から引き剥がすような真似をするべきではなかった。そこは、申し訳なく思う。


 飛べるという意味では、皇帝を乗せる籠の片方を竜乙女ドラゴンメイドのアレに持たせても良かったのかもしれないのだが。

 アレはああいう性格のせいか、乱雑な飛び方しかできないので、大火竜ハイ・サラマンダーの背中に括りつけるのとあまり変わらない。


 やっぱり人を乗せるには難しかった。

 今回、アレは結婚式の準備をするという名目をつけてやったので、王都で大人しく留守番している。


 その点、オラクルはカアラ以上に静かに飛行制御出来るので、こういうときには欠かすことの出来ない人材となる。

 甘えてばかりで、助けてもらってばかりだ。俺は、オラクルに何を返せるのだろうかと考えてしまうな。


「フフッ、甘えてもいいといったじゃろ。何の因果かダンジョンマスターを休業して、タケルにくっついて子までこしらえてしまったが、男に頼られるのもそんなに悪い気はしないもんじゃよ」

「そうか、なるべく早く子供のところに戻ろう。オラクルに俺が出来ることがあれば言ってくれよ」


 形は小さくても、さすがは実年齢三百歳。

 俺の気持ちなどお見通しらしい。


「じゃあ、暴走してるエレオノラはワシが諭しておこう。燃え盛る火のような女じゃが、理が分からんほどでもないようじゃからな。そっちはワシに任せて、タケルは自分の仕事を早く片付けてくると良いのじゃ」

「苦労をかける」


 俺は、カアラと一緒に帝城の大広間に向かう。

 今日は皇帝になったエリザと一緒に、ゲルマニア帝国の属領であった各国から来る外交使節団と会う予定がある。


「あっ、タケルちょっと待つのじゃ」

「まだ何かあったか」


「出来ることは、なんでもすると言ったの?」

「なんでもとは言ってないけどね」


 なんでもしますは、ヤバいフラグだから言わないようにしてるんだぞ。

 何なのだろう、オラクルにしては珍しく、ちょっと恥ずかしそうに俺を手招きして耳打ちした。


「あのなんじゃ、また乳が張って来たら呼ぶから頼む」

「えっ、ああそういうことか。……分かった」


 そんなお願いをされるとは思ってなかったが、それって俺の解釈でいいんだよな。うん、それもまた父親である俺がやるべき仕事なのかもしれない。

 なんか違う気もするが、他の人に任せたくないしな。


     ※※※


「シレジエ王国に迷惑をお掛けした我々に、これほどの寛大なご提案とは痛み入ります……」


 迷惑どころかこっちは攻められたんだけどなという言葉は、これ以上の戦争を避けるために飲み込む。

 シレジエ王国の側が出した穏当な提案に、帝都の大広間に集まった帝国属領であった諸国の外交使節団はみんな胸を撫で下ろしているようだ。


 会議は踊る。大ゲルマニア紛争終結後、ユーラ大陸の秩序回復を目指して開いた国際会議は順調に進む。

 旧帝国属領、ランクト公国を中心とした諸侯連合、スウェー半島の自治都市連合、ラストア、トラニア、ガルトラントの東方三王国。そして、南方のプルポリス都市国家同盟の外交使節が一堂に介して、異議がなければ議定書を取り結ぶ運びとなっている。


 正統ゲルマニア帝国が首都ノルトマルクの回復したことにより、ゲルマニア帝国内の混乱はほぼ回復。

 旧ゲルマニア帝国軍も、新ゲルマニア帝国軍も、正統なる血脈を受け継ぐ幼女皇帝エリザベートに帰順する形で決着がついた。


 紛争は終わり、残る問題は旧帝国属領の処遇である。

 ランクト公国の諸侯連合と、スウェー半島の自治都市連合はすでにシレジエ王国の保護領となっている。


 ダイソンの軍に味方してランクト攻防戦で戦った東方三王国は、こちら側に敗戦したわけで、シレジエにどのような戦後処置を取られるか心配していたようだった。

 せっかく帝国の混乱を利用して独立王国に戻れたのに、またかつての帝国のようにユーラ大陸随一の大国となったシレジエ王国による侵略戦争が始まるのではないかと戦々恐々としていたようで、俺が条件付きで独立を認めると提案すると跪かんばかりに安堵した。


「しかし、本当にこんな条件でいいのですか?」

「うむ、シレジエの勇者様のご提案は、あまりに寛大過ぎて空恐ろしいぐらいですが……」


 俺とライル先生で考えて出した与えた提案は、一種の『自由貿易協定』だった。

 あらゆる関税を撤廃させることで、自由な貿易を実現して産業の発展や投資の拡大を目指すものである。


「もちろんだ。独立保障を与える代わりに、領地での一切の関税は認めない。貿易のための港を整備して、こちらの商人の居留地を作ることを認めてもらう。在留の商人に対しては治外法権を承認してもらうし、安全はきちんと保障してもらうぞ。当事国に、居留民の安全保障が出来ない場合に限っては、最低限度の護衛も入れさせてもらう」


 関税自主権の撤廃、主要市と条約港の居留地租借、在留商人に対する治外法権。

 自由貿易協定といえば聞こえは良いが、その実は最恵国待遇の要求。不平等条約の押し付けであったりもする。


 東方諸国は、関税という概念をあまり理解していない。やろうと思えば、こっちだけ高い関税をかけて利益を毟り取って干上がらせるなんてこともできるけど、あんまりあくどく儲けようとしてるわけではない。

 むしろ近代法のある法治国家ではないので、予防的な処置という意味合いが大きい。


「その程度なら、問題ないですな……」

「うむ、独立が保てるなら。東方はなにかと物資も不足しがちだから、活発な交易はむしろこちらからお願いしたいぐらいであるし」


 交易が活性化すれば、やがては自由貿易の旨味も分かってくるだろう。もちろんこちらの利益が優先だが、みんなで豊かになろうという提案でもある。

 東方は、魔族や蛮族の領域に対する防波堤にもなっているので、それなりに強固な国体を維持してもらわないと困るって事情もある。


「ううん、関税撤廃ですか……」


 プルポリス都市国家同盟の特命全権大使、アリッポスと名乗った痩せたチョビ髭のおじさんが首を捻っている。

 金の縁飾りの付いた白いトーガを着た大使は、東方の三王国とは違い自由貿易協定に対してちょっと難色を示しているようだ。


 元の世界でいうなら、ギリシャ辺りに位置するプルポリスは小さい都市国家の集まりである。

 アドレア内海に面する貿易国家で、戦後処理に対してはシレジエ王国の保護国となった正統ゲルマニア帝国の属領で居たいという変わった提案をしてきた。


 いわば間接的にシレジエの保護国になるというのだ。

 独立を認めても良かったのだが、プロポリス都市国家同盟がこの形にこだわるのはアドレア内海の向こう側、元の世界で言うとトルコ辺りに位置するアナトリア帝国に対する外交政策らしい。


 ユーラ大陸では、強盛を誇る大国になってきたシレジエ王国だが、内海の向こう側ではまだ有名ではなく世界帝国ゲルマニアの属領であるとしたほうがやりやすいというわけである。

 一方で、シレジエの官僚が提示した自由貿易協定に対してはちょっと警戒感を出している様子である。


 アドレア内海に面したプルポリス都市国家同盟は文化先進国であり、砂糖やオリーブ油、魚醤に美術品なども生産していて、交易も盛んな地域でもあるらしい。

 もしかすると、このおじさんは冴えない見た目より切れ者なのかもしれない。関税自主権を失うことがマズいということを理解しているのか。


「うちは、港の入港税も大事な財源なんですけどねえ」

「なんだそっちか……」


 条約港に居留地を作るのは構わないが、入港税が取れなくなるのが嫌らしい。ケチだなと思ったがしょうがない。

 ゲルマニアは宗主国なので言い訳も立つが、シレジエの船だけ無料でその他の船から税金取ってたらそりゃ不公平だってなる。


「まあ、この程度なら調整は可能かなあ。同盟にも納得させられるとは思いますよ。シレジエ王国の船なんてほとんど来たことはありませんから、良しとしておきます」

「それはありがたい」


 これからちょび髭のアリッポスおじさんの国の港にも、大挙してシレジエ王国の船が押し寄せてくるかもしれない。そのときはごめんね。うまく調整してね、全権大使殿。

 友好国は大事な商売相手と位置づけていて、一方的に損はさせないつもりではあるので大丈夫だとは思うけど、新しい交易が増えるのは活性化とともにトラブルも生むことだろう。


 それも先の話になるだろうけど。


 まあそんなこんなで、無難に議定書を取り交わし戦後処理も終わった。

 隠居した老皇帝から皇帝の位を譲り受けたばかりのエリザは、豪奢な女帝の絹のドレスに身を包んで、官僚がやっている外交交渉を見ていただけなのだが、それでもかなり気疲れしたらしくため息を吐いている。


 子供はジッとしてるだけでも大変だよな。

 エリザの冠っている黄金の帝冠は、小さな頭にはちょっとサイズが大きすぎるようだ。


「エリザ、お疲れ」

「私は、いえ……余は、見ていただけなのですけどね」


「王や皇帝の仕事は、とりあえずそれでいいのさ。臣下に任せて見守るのも、立派な仕事だ」

「そうでしょうか。いえ、そうですね……」


 私はそれしかできないからという声が、かろうじて聞こえた。世界帝国ゲルマニアの女帝。まだ八歳か、九歳の女の子にかかる重圧にしては重すぎる。

 小さな肩に力が入りすぎているみたいなので、俺は重たい冠を外してやって優しく肩を揉んだ。


「なあエリザ、皇帝になったからってすぐ大人にならなくていいんだぞ。今はまだ周りの大人になんでも助けてもらえ。コンラッドや、ツィターに甘えておけ」

「よ、余がそんなことで良いのでしょうか」


「それで良いんだよ。俺なんかもう大人なのに、あのちっこいオラクルにすがりついて赤ん坊みたいに甘えてるんだぜ」


 俺にオッパイを飲ませてきたオラクルを思い出して、俺はそんな恥ずかしい話をばらしてしまう。

 子供に向かって何を言っているんだって感じだが、上に立つ者も普段は情けないぐらいで良いのだと、そう幼女帝に教えてやれるのは同列に立つ俺だけだ。


 決めるときにビシッと決めればいいのだ。

 それ以外のときまで、ずっと肩肘を張っていたら疲れ切ってしまう。


「ウフフッ、タケル様は赤ちゃんなのですか。なら、私も……少し子供をしてしまっていいかもしれませんね。まだ、外交使節の方とお食事がありますが、そのあとはツィターが新しく考案した演奏法を披露してくれるというので、タケル様もいかがですか」


「そうだな、俺もお招きにあずかろう」

「光栄ですわね。私も忘れておりました。タケル様のお相手も、立派な皇帝のお仕事です!」


 冗談を言えるほどには、エリザの緊張がほぐれたようだ。

 夫婦の恥を晒した甲斐もあった。


 エリザは、帝国諸国の外交使節団を相手に初めての公式行事を無難にやり遂げた。

 まだ幼いが歳の割には聡明なエリザは、宮中の晩餐会レセプションで堂々たる挨拶をして会場を沸かせた。


 これなら大丈夫かなと俺も安心できた。

 夕食後、寝るまでの間にエリザの部屋でツィターの新しい演奏とやらを披露してもらったのだが、それが珍奇で面白かった。


 なんでも太鼓を鳴らしながら弦楽器を弾く練習ということで、床に寝そべって足に括りつけたバチで太鼓をドンドン叩きながらポロンポロンとリュートをかき鳴らすので、その奇妙な演奏法にエリザも爆笑していた。

 こんな無茶苦茶なやり方でも、しっかりとミュージックを奏でることができるのは地味にすごい。


 けどやっぱりその姿は珍妙だった。発想は面白いが、この演奏法は流行りそうにないな。

 どこにいても自分のペースを崩さない宮廷楽士のツィターが側にいてくれれば、エリザも堅苦しい帝城で息が詰まるということはないのかもしれない。


「今日は一緒に寝て下さいますか!」

「うん。エリザ良いなら、そうさせてもらおう。おい、ツィターはなんで枕持ってきてるんだよ」


「今日はみんなでお泊り会じゃないんですか」

「どこの皇帝がお泊り会やるんだよ。お前本当に前も帝城に勤めてた宮廷楽士なのか?」


「ええもちろん、楽士としての腕は確かですよ」

「一流の腕に、頭が伴わってないのは分かった。もう夜も更けたから用が済んだら、自分の部屋に下がれ」


 はーいと何故か不服そうに鼻を鳴らして、ツィターはマイ枕を抱えたまま退出した。

 あいつ、帝城に戻ってきても全く立場を考えてないのが怖い。エリザのためには良いとか俺もいい話風にまとめてみたけど、ツィター自身としては大丈夫なのか、色々と……。


「まあいいか、ツィターの世話までみてられん」

「タケル様、ここの枕はふかふかなのですよ」


 ゲルマニアを離れたらしばらく会えなくなるから、俺はエリザと一緒のベッドで眠ることにした。

 世界帝国の皇帝専用の寝室は、俺達のゲストルームよりもさらに豪奢。大きなベッドは、それこそ十人でも眠れるほどである。


 エリザが寝付くまで、俺の世界の話などをしてやった。


「それでな、枕投げって遊びがあって」

「ふぁぁぁ……」


「もう眠そうだな、エリザ」


 俺がそう尋ねたが返事はない。

 もう俺の胸に顔をひっつけるようにして眠ってしまった。


「今日もいろいろあったからね。お休み、エリザ」

「スー、スー」


 さすがに、疲れたのだろう。エリザの寝息は深い。

 気持ちよさそうに寝ている。こうしてみれば、その無邪気な顔はただの可愛らしい幼女だ。


 正統ゲルマニア帝国皇帝の寝所には、さすがの姫騎士エレオノラも忍び込むことができないだろう。

 俺もエリザのおかげで、安心してゆっくり眠ることができるというものだった。

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