第185話「幼女帝の即位」

「はぁ、はぁ……」


 姫騎士エレオノラの攻めは尋常じゃない。なんというか、アクロバティック。

 一気に三人までなら同時に攻めてもギリギリなんとかいけて、絶倫王とまで呼ばれた(リアの悪口だけどね)さすがの俺も、今回は力尽きた。


 エレオノラの欲望という沼は、底がない。

 そこにズブズブと嵌り込み溺れてしまった俺は、心身ともに疲弊していた。


 荒い息を吐いて、ベッドに横たわる。しばらく起きられない。

 戦闘の直後に更に力を振り絞ったエレオノラは、もうぐったりと眠っていた。


 まったく、戦争の勢いでやるから困ったもんだ。

 俺はくっちゃくちゃになった掛け布団を、顕になっている胸元までかけ直してやって絹のシーツよりも滑らかなエレオノラの美しい金髪を撫でた。


「タケル……」

「おっ、起きたのか」


 身動ぎしただけで、「んふ」とつぶやいて、また眠ってしまった。なんだ寝言か。

 本当に、猛々しくて破天荒な姫騎士様だよなあ。普通の男では、このじゃじゃ馬の相手は絶対無理だ。そう思えば、むしろ誇らしい。


 やることなすこと無茶苦茶で合わせて行くのが大変だけれど、美人だし俺の大事な嫁だ。

 気持ちよさそうに寝ているので、俺はもう一度エレオノラの薔薇の花びらのように色鮮やかな唇に軽く口付けしてから、白い天幕付きのベッドから身を起こす。


 さすがに、喉が渇いた。

 エレオノラにも、何か飲み物を取ってきてやらないと。


 部屋を出ようと扉までいくと、扉が小さく開いていることに気がついた。

 扉の向こうの気配はいつも感じているものだ。


「カアラか」

「はい、国父様」


「そうか、誰か人が来ないようにちゃんと見張ってくれたんだな」


 なにせ落城したばかりである。今は、城内も混乱しているはず。

 のんきに盛っている場合では、本来はない。


「いえ……あの」

「いえ?」


 ギッと音を立てて扉が開くと。

 そこには青みがかった金髪の幼女と、赤毛の女騎士が顔を覗かせていた。


「エリザはともかく、ルイーズまでか」

「すまないタケル。エリザベート殿下が、後学のために見ておいたほうが良いと」


「エリザが言ったのか……」

「ごめんなさい。今後の参考になるから、ルイーズ様達とこっちにいる間にタケル様の様子をよく見ておきなさいって……」


「それは誰が?」

「……シェリーお姉様が、タケル様から目を離すなって」


 リアかと思ったよ。てっきりリアだと思ったのに、シェリーもなに教えてるんだ。

 なんだこれ、リアの悪影響をシェリーが受けて、シェリーの悪影響をエリザが受けている。負のスパイラル。


「国父様、お水です」

「ありがとう。ふうっ、しかしカアラも注意してくれよ」


 カアラが水差しから入れてくれるお水は、程よく冷えていて美味しい。

 ちょうど喉がカラカラだったから五臓六腑に染み渡る。


「でも、ルイーズ様も奥様になられるわけで、後学のためと言われると断るわけにも」

「なるほど、それはそうか……。いやルイーズは良いにしても、エリザにはまだ早すぎるだろう」


 俺がそう言うのを聞いて。

 エリザが、怖ず怖ずと手をあげて言った。


「あのでも、大丈夫です。遠くてあんまり見えませんでしたから」

「遠くだからいいってわけでもないんだけどな」


 声だけでも幼女に聞かれていたと思ったら恥ずかしい。

 これからは気を付けなくてはならない。


「ところで、あんまりって少しは見えたの?」

「エレオノラ様が、キラキラしながら裸でピョンピョン跳んでるのをみました。あとタケル様がすっごく苦しそうでした」


 俺は、ブッと水を吐いた。

 エリザには、そう見えたのか。ばっちり見てるじゃないか。


 そうだよな、上手く言えないけど確かにエレオノラの振り乱した髪がキラキラしていた。

 言い得て妙だ。いやいや、エリザの表現に感じ入っている場合ではない。


「あのなエリザ。君はまだ、男女のねやを見るには早すぎる」


 何をバカなことを言ってるんだろうと思いつつ、注意はしておかないといけない。夫婦生活など子供に見せて良いものではない。

 俺はエリザに言い聞かせる。


「分かりました」

「分かってくれたんなら良いけど」


     ※


 帝城のバルコニーに居並ぶ正統ゲルマニア帝国の重鎮。

 老皇帝コンラッドによる正統ゲルマニア帝国軍が、帝都ノルトマルクを再復した祝いの式典が行われている。


 左隣には救国の大将軍マインツに、賊将から改心して歩兵隊を率いる中将に成り上がったゲモン。

 ランクト公国より騎士隊を率いて勇躍した姫騎士エレオノラと、執事騎士セネシャルのカトーさん。


 そして、右隣には俺とシレジエ王国からの援軍である義勇軍幹部とライル先生が送り込んだ官僚が並ぶ。

 これらが、中央に座した老皇帝コンラッドと、皇孫女エリザをささえる閣僚となるわけだ。あと何の役にもたたないが、宮廷楽士のツィターも一応いる。


 拳奴皇ダイソンの軍は、旧ゲルマニア帝国の官僚のトップであったバイデン内務卿ないむきょうを血祭りにあげたものの。

 内務を行うゲルマニア官僚をほとんどそのまま利用したために、内政は思ったほど混乱していなかったので統治はまあなんとかなる。


 まず、前に立ったのはドンドンドンドンと太鼓の音が鳴り響くなかで、ノルトマルク大司教に返り咲いたニコラウスの演説が始まった。

 政権が変わると、それに対してアーサマ教会の神権がお墨付きを与えるのは、この世界における常識である。


「ラッセッセー、ラッセッセー」


 帝城前の広間に押しかける民衆は身を震わせながら、謎の掛け声を響き渡らせる。新教派ホモ・テスタントの連中が音頭を取っているのだが、今日は一段と厳かなムードである。

 それはいいがなんで、掛け声が全部日本の祭り風なんだよ。


 アーサマ教会上層部は、新教派ホモ・テスタントの過激な活動を咎めはしたものの、落城した帝都が極度の混乱に陥っていたことを考慮してその罪を許して、ニコラウスの罪を問わずにそのままノルトマルク大司教の地位に留め置く決定をしたらしい。

 しかし、ニコラウスの降格処分すら無しで丸く収めるとは、アーサマ教会は寛大過ぎて絶対問題あると思う。


 一度、アーサマ教会の本山に文句を言いに行きたい気分だが、まあ帝都の治安維持を考えると、ゲルマニアの民衆の支持も高い新教派ホモ・テスタントを認めざるを得ない。

 今日は豪奢な大司教服に身を包んだニコラウスは、皇帝の帝都帰還の祝賀を述べる無難な演説に終始している。


「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に! 公正なる政治と民の救済を約束した正統ゲルマニア帝国に、アーサマの祝福が降り注ぐでありましょう!」


 高らかにアーサマの祝福を唱えて、ニコラウスの演説は終わった。あとは、いつものニコラウスコール。

 そういうソフト路線で行ってくれるなら、まあやりやすいんだけどな。


 続いて、バルコニーの中央に現れたのは車椅子に乗った老皇帝コンラッド。

 観客からざわめきの声が上がる。長らく病床にあったコンラッドが公の場に姿を見せるのは十年ぶりのことだからだ。


 ゲルマニア帝国皇太子、金獅子皇フリード。

 クーデターによって成り上がった拳奴皇帝ダイソン、それに続いて立った偽皇ギランの専横。


 ゲルマニア帝国の数々の政権の正統性作りに利用された老皇帝であったが、その姿を見るものもおらず、すでに死んでいるのではないかと噂されてもいた。

 伝説の勇者であり、ゲルマニアを世界帝国へと導いた中興の祖、老皇帝コンラッドが車椅子から立ち上がった。


「うおおおおおっ!」


 群衆から驚きの声があがる。


「……ゲルマニアの諸君」


 ゲルマニア帝城のバルコニーに十年ぶりに響き渡ったゲルマニア皇帝の声。

 会場の熱狂はものすごいが、むしろその厳かな声に、広場は静まり返った。


「まず、余はゲルマニアの民に対して伏して謝らねばならない。我が不肖の息子、フリードの増長を許したばかりに、繁栄を極めた帝国に未曾有の危機を招いてしまったこと。そして、その愚かなる行為が帝国の崩壊を招き、ダイソンら偽皇帝の跳梁ともなった」


「全ては、後継者選びに失敗した余の不明が発端である。だが、その大罪を天に召される前に贖うことができる機会を与えられたことを、創聖女神アーサマに深く感謝する!」


「エリザ、おいで……」


 老皇帝コンラッドは、優しく孫娘を呼び寄せて力強く抱き上げた。

 おいおい、爺さん無理するな。


「諸君! 余に残された最後の孫娘であるエリザベート・ゲルマニア・ゲルマニクスに、新たなゲルマニア帝国の皇帝の位を禅譲することを宣言する。この幼き子は、まだわずか八歳ではあるが、心配することはない。さあ、余の下に来たれ新たなる勇者よ!」


 えっ、俺?

 この場で勇者と言えば、俺しか居ない。


 俺が前に出ると、民衆から割れんばかりの拍手が起こった。


「諸君も知っていよう。彼が余と孫娘を救ってくれた英雄、佐渡タケルだ、シレジエ王国の王将軍であり、このユーラ大陸に久しぶりに出た勇者でもある。彼はシレジエの勇者と呼ばれているが、今日というこの日にゲルマニアを救ってくれたゲルマニアの勇者ともなった」


 よろっとコンラッドがよろけたので、俺は慌てて抱きあげられていたエリザの身体を受け止める。


「ゲルマニアの諸君、余はここにエリザベートの新皇帝就任とともに、勇者佐渡タケルをゲルマニア帝国の大総督に任じようと思う。世界最強の勇者であった余の力を受け継ぐ彼ならば、孫娘のエリザを任せられる。受けてくれるか、新たなるゲルマニアの勇者よ」


 えっと、俺がエリザの後見人になるってことは聞いてたんだが。

 何のドッキリのつもりだよと、後ろを見るとマインツが笑っていた。


 なるほどな。さすがは老将、見事な演出家ぶりだ。

 まあ良いだろう。ここまで来て否やと言うまい。


いにしえの勇者コンラッドよ。確かに任された!」


 俺がそう応えると、ワーと広場の民衆に歓声が広がった。

 自然と世界最強の勇者万歳、ゲルマニア帝国万歳の声が広がる。


 何というか、ゲルマニアの民衆は本当に単純だ。

 誰よりも強ければ良いのである。


「タケル様、どうぞよしなに」


 抱きしめた俺の耳元で、エリザがそうささやくのが聞こえた。

 そうだ、エリザのような小さな娘の双肩には、まだこの大きな帝国は重たすぎるであろう。


「ああ、任されたよ」


 俺はこれでも約束を守るほうだ。

 こうして、大衆の前で約束したからにはシレジエだけではなくゲルマニアの面倒も見る覚悟をする。


「ゲルマニアの諸君よ。余の帝国は深く傷つき、老齢の余は程なくして天に召されるであろうが、どうか安心せよ。滅びゆく者があれば、生まれゆく者もある。若き勇者と、それに寄り添う幼き皇帝の輝かしき姿を見るがいい」


 威厳ある老皇帝コンラッドは、最後の力を振り絞るように手を広げて天を仰いだ。


「さあ何をしているゲルマニアの民よ、祝え! 踊れ! 今日は喜びの日だ。ゲルマニアの苦難のときは終わり、新たなる栄光の歴史が、今日というこの日に始まったのだから……」


 ゲルマニア帝国の栄枯盛衰。そして、苦難の先に見える輝かしき希望を示して。

 世界帝国を築き上げた稀代の名君、コンラッド・ゲルマニア・ゲルマニクスの生涯最後の演説が終わった。


 こうして割れんばかりの歓声の中で、エリザの新皇帝就任と俺の大総督への就任の祝いが始まった。

 混乱した民心が、再びゲルマニクス家の血統のもとに治まるのだからちょうど良かった。


 シレジエ官僚が、ゲルマニア再建に協力する話は本来なら他国の内政介入と取られかねないことだが、老皇帝コンラッドが新皇帝エリザを俺に託したということで、反発もなくなったので好都合だった。

 なぜか式典での一幕が曲解されて、俺とエリザが婚約したという話にも転じていったのだが、それもずっと先の話であるし、せっかく話がまとまっているのだから放っておくことにした。


「あー、これでとりあえず終わったな」

「タケル、何も終わってないわよ」


 式典を終えて、抱きしめていたエリザを肩から下ろした俺に向かってエレオノラが言う。


「エリザベート陛下、帝城の奥の間をお借りできませんか」

「お前また……」


 幼皇帝エリザは、鷹揚に微笑むと「一番良い部屋をお使いなさい」と許しを与えた。

 姫騎士は恭しく新皇帝陛下に跪くと、傍らの俺に向かってタックルしてそのまま抱き上げた。


「おいっ、エレオノラ!」

「ほらエリザ陛下のご許可が出たから行くわよ」


「いやー、待てよ俺の許可は?」

「夫婦に遠慮は要らないって言ったのタケルでしょ。今日も五回ね」


 うあー、ゲルマニアに滞在する間、毎日これでは俺の身が持たない。

 早く対策を考えないと、死んじゃう……。

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