第174話「ナロー海戦」

 砲撃戦は功を奏し、敵艦隊は次々と海に没し、多数の艦艇が損傷を与えて人的損害を与えていたが、それでもなお進む。

 没した船から脱出しようとした味方のボートを弾き飛ばしてでも、無敵艦隊の進撃の勢いが止まることはない。


 なりふり構わぬ突撃。

 それは『血と金』の旗を掲げて、世界の海を思うがままに支配し、ユーラ大陸最強を誇った、大いなる艦隊の意地を思わせた。


 シレジエ艦隊のT字戦法は成功した。敵には大損害を与えた。

 やや陣形は崩れているものの半円形に囲み込むことに成功し、砲撃を仕掛けているこちらが圧倒的に有利な展開であるのに、敵の気迫には押されている。


「さすがは、無敵艦隊と言ったところか」


 俺が、撃ち続ける大砲の爆轟のなかでつぶやいたが返答はない。

 傍らで戦況を見ていたドレイク提督も、懐から短筒を取り出して敵に撃ち込みながら「白兵戦も準備しろ!」と船員たちに声を枯らして怒鳴っている。


 俺も、できる限りのことはしようと魔法銃ライフルを構えて、敵の大型弩バリスタを慎重に狙い撃った。

 すでに、向こうの大型弩バリスタの投槍ほどの大きさのでっかい矢が次々と飛来する距離まで詰められている。


 驚いたのは、敵の射撃攻撃に射石砲ボンバードが混ざっていることだ。

 その原始的な臼砲きゅうほうは、まだ飛距離も短く命中精度も低いが、設計思想自体は火薬を使った立派な攻城砲グレートガンである。


 現段階では、そう恐ろしい武器ではない。ほぼ水平に直進してぶち当たるこちらの砲弾と、撃ち上げて放物線を描いて落ちてくる敵の砲弾では、威力も命中度も違いすぎる。

 だが、こちらの技術を研究して追いつこうとした、カスティリアの努力を窺わせる攻撃だった。


「分かるよ、冶金学が足りなかったんだよな」


 この酷幻想リアルファンタジーで大砲を作ろうとして俺も通った道だ。

 おそらく大砲の形だけ真似ても、鋼鉄が作れずに銑鉄で作った脆い砲身しか用意できなかったために、こうなったのだろう。


 しかし、危ないところだった。カスティリアが下手に鉄にこだわらず、高価だが加工が容易な青銅製の大砲で全部揃えてきていたら、これほど一方的な砲撃戦にはならなかっただろう。

 間一髪、技術が追いつかれないうちに、先進国カスティリアを叩いて置けて良かったというものである。


 そうこうする間に、甲板にひしめき合う弓兵の矢が届く距離となってしまった。こうなれば、こちらもマスケット銃で応戦するのだが。

 こうなると今度は、小舟で船員の数も少ないこちらが不利になる。海上には大砲の煙が充満し、敵の数も味方の数も不明瞭だが、すでに勝てたほど数を減らせたと信じるしか無い。


「さすがは世界海洋国家、楽には勝たせてくれないか」


 眼前では、ひしめき合う軍船が衝突して、次々沈没していく。

 衝角がぶつかり合う距離に入ったのだ。これで乗り込まれて白兵戦ともなれば、船員の数が少ないこちらが不利だ。


「前から来てるんだぞ、面舵急げよ!」


 ドレイク提督の怒声が響く。黒杉軍船にも衝角を押し立てたガレオン船が突っ込んできたのだ。

 甲板の兵士が矢を撃ち込みながら、正面から突っ込んできた敵船の衝角と、なんとか右への転舵が間に合って、こちらも前に向けた衝角がぶち当たった。


 こちらの衝角は幸いなことに、神獣ベヒモスの角である。脆くも敵のガレオン船の鉄製の衝角は砕け散って、敵船はそのまま空へと弾き飛ばされた。

 そのまま船体の底をベヒモスの角で突き破られる敵船と、砕け散った船体とぶつかり合い、ギギギッと装甲が擦れる不気味な音を立てながら船体が軋んだ。


 最大戦速の衝突を受けても、黒杉軍船の装甲がビクともしないのは頼もしい。

 黒杉軍船に貫かれれ、ほとんど真っ二つになったガレオン船は、さらに至近距離からの砲火を受けて多数の兵員ごと水中に没する。


 船が水中に没する最後の最後まで、こちらに矢をいかけてくるカスティリア兵士たちの形相は、まさに死に物狂い。

 声を枯らして弓兵の指揮を執る敵の騎士と眼があってしまって、その血走った眼に背筋が寒くなった。


 甲冑の騎士は、すでに死兵であった。船の上で甲冑を着る騎士は、生きながら死んでいる。

 この戦いにたった一つの命を散らせた彼らは知っていたのだろう、この戦こそが祖国の命運を決めると。


 戦況は、こちらに傾いている。まだしも損害の軽微なシレジエ艦隊に対して、すでに艦艇の半ばを失った無敵艦隊の数で劣り、敗北が見え始めている。

 陸の戦いでいえば、戦力の半減はすでに全滅である。


 それでもなお、無敵艦隊はこちらの腹に喰い付くことを止めずに、その身を削るようにして突き抜けようとする。

 その果敢なる猛攻は、剣が折れ兜がひしゃげても進み続ける、血染めの騎士を思わせた。


 こちらの砲撃によって炎上したのか、火船のつもりで自ら燃やしたものか、船体を燃え立たせたままに突っ込んでくる敵のキャラック船もあった。

 こちらも必死になって砲火を撃ちかけるが、至近距離の弾丸をその身に受けても、死を覚悟した船は、なぜか沈まない。


 そのままこちらの艦隊の腹に喰らいつき、味方の大小のガレー船を多数巻き込んで大爆発を起こして、こちらの戦列に穴を開けた。

 こちらは炸裂弾は使っていない。この爆発は、火薬を使った自爆攻撃だろう。


 敵はもはや、自爆覚悟で突っ込んでくる。

 穴だらけの満身創痍になりながらも、こちらの船を巻き込みつつ道連れに爆発炎上しながら海中へと没する船が何隻も続く。


「クソッ、無茶苦茶やってくれる!」


 なんという決死の覚悟。もはや敵は、死なばもろともの精神なのだろうか。

 絶対的な強者として奢っていたはずのカスティリア海軍が、ここまでやるか。沈みゆく海軍大国としての最後の意地とはいえ、あまりに酷い。


 もはや二百三十隻を誇った無敵艦隊も、まともに戦闘力を残すのは旗艦のガレアス船と五十隻足らずの大型船のみとなった。

 全滅を超えて、壊滅と言ってもいい被害のはずだろう。もういいだろ、もうお互いに十分に戦った。


 こちらも最強の艦隊をそこまで追い込むまでに、多数の船が損害を受けて戦力はほぼ半減している。持ちこたえるにも限度がある。

 海には敵味方の船乗りが放り出されて、救援を求めているんだぞ。


 今まさに船体が瓦解し、沈みゆく船も多数ある。

 鉄壁の黒杉軍船ですら、甲板に多数の矢弾を浴びて人的被害が出ているのだ。


 それでもなお無敵艦隊の猛攻は、終わらない。

 今度は、敵艦隊の後方から物凄いスピードで、大きな一枚帆の付いたカッターボートが流れてきた。


「なんだ、あの小さなボートは」


 現代の海辺で見かけるレジャー用のヨットにも見える。

 しかしまさか、この乱戦のさなかに舟遊びというわけではあるまい。


「王将、あれはスプール船ってやつだ。ボートよりはしっかりした偵察用高速船だが、なんで敵さんはいまさらあんなもんを……」


 帆走スループは、マスト一本にガフ一枚を持つ帆装の小船。

 船体が軽いので、追い風さえあればものすごく早い。


 そのスプールが、こちらの大型船にぶつかった瞬間。

 大爆発が起こった。もうもうたる煙を巻き上げながら、味方の木造船が見る間に傾いて沈没していく。


 爆弾で、船体に穴を開けられたのだ。

 俺が想起したのは、魚雷攻撃である。この兵器、どっかで見たことあるぞ。


「まさか、刺突爆弾ってやつなのか」


 よく目を凝らして見ると小さなスプール船は、舳先に棒を付けている。

 棒の先に、爆弾を括りつけて特攻を仕掛けてきているのだ。あれに直接ぶつかられたら、木造船などひとたまりもない。


「撃てっ、あの小魚スプールどもを撃ち落せっ!」


 スプール船が脅威であることを悟ったドレイクは、自身も短銃を討ちまくりながら、砲手に撃ち落とす指示を出している。

 舳先に爆弾を括りつけて突き進むスプール船は、まさに魚雷だ。


 ぶつかる寸前に、水夫はスプール船から海に飛び降りてはいるようだが、それで助かるものでもあるまい。

 これは、もう完全な自爆攻撃だろ。


「人間魚雷のつもりなのかよ」


 俺もドレイクと一緒に、魔法銃ライフルを撃ちまくってスプールを沈没させるが、次々と流れてくる小舟は撃ち落としきれない。

 俺が撃った弾が船頭に突き出した爆弾に当って、虚しくも海に散華するスプールを眺めながら、本当にこれが帆船時代の戦いであろうかと嘆息した。


 俺が行った大砲や爆弾の攻撃が、敵の策士の悪魔的頭脳を刺激して、このような陰惨な自爆兵器を生み出させたのかもしれない。

 戦争は発明の母とはよく言ったものだが、その犠牲はあまりに大きすぎる。


「黒杉軍船の装甲なら、爆弾の衝撃にも耐えうる。ドレイクッ、なるべく旗艦を前に出せ、木造船を狙う敵の船だけ落とせばいい!」


 俺が前に出て、撃ちまくっていると、後ろから爆発音と共に叫び声があがった。

 敵の石砲ボンバードの弾が甲板に着弾し、黒杉軍船のメインマストを押し倒したのだ。


「ドレイク――ッ!」


 船頭近くで、声を枯らして砲撃の指揮を取っていたドレイク提督が、折れた帆柱マストと共になぎ倒された。

 老海賊は、丸太のような木の柱に身体を挟まれて、ぐったりとしている。駆け寄ったら、折れた帆柱の隙間から見る間に真っ赤な血が流れだしてくる。これはいけない!


「おいっ、しっかりしろ!」

「ざまあねぇ、王将。おらぁ、ここまでのようだ……。将が死ねば、兵が動揺する。俺が死んでも、伏せておいてくれ」


 意識が混濁しているらしいドレイクは、視点の定まらぬ濁った眼を泳がせると。

 ゆっくりと眼を閉じて、動かなくなった。


「ドレイク、ドレイクッ!」

「……冗談だよ王将。そんな顔をするな、言ってみたかっただけだ」


 青い顔をしながら、目を開けて笑ってみせるドレイク。

 なんだ、本当に死んだかと思ったじゃねえか、ふざけるな!


「心配させるなよ」

「挟まれたのが、義手の側だったのが幸いしたな。おらぁ、無敵艦隊に負けても死ななかった海賊王だぞ、昔から悪運には恵まれてるほうでな。身体中、痛くないところはないが……この程度では、死にゃあしねぇさ」


 痛みがあるなら、死んでないってことだ安心した。この世界、死にさえしなきゃ、回復はできる。

 船員と一緒に大きな丸太のような倒れた帆柱を持ち上げて、ドレイクを下から引き摺り出すと霊薬エリクサーを口に含ませる。


 帆柱に押し倒されたドレイクは笑い事でなく酷い重症だったが、高価な霊薬エリクサーの効果は著しく、見る間に回復していった。

 やれやれと確認してみれば、ドレイクの義手は根本から砕けてしまっていた。


 硬い義手がショックを吸収したおかげで、帆柱に挟まれても辛うじて死なずに済んだのだろう。

 強がって、ドレイクは「俺の血で足が滑るから砂を撒け」とか言っているが、だいぶ血を失っているはずだ。老体に、これ以上の艦隊指揮は無理だろう。


「もういいドレイク。そこでしばらく休んでいろ、船の指揮は俺が見る」

「なあっ、王将よぉ……。海戦ってのは、いつの間にかこんな悲惨なもんになってしまったんだなぁ」


 甲板に座り込んだドレイクが、白く濁った目で硝煙にくすぶる空を見上げて、寂しそうにつぶやいた。

 戦争が陰惨化したのは、俺が持ち込んだ大砲のせいもあるかもしれない。


 ドレイクの時代の海戦は、せいぜい何度か弓矢を撃ち込んで、舳先をぶつけあって、海の男達が甲板で斬り合うだけの爽やかなものだった。

 しかし、この眼の前に広がっている惨状はどうだ。こちらの被害は甚大だが、壊滅的な打撃を受けた敵も、地獄のような有様を晒している。


 ドーンと砲撃の爆轟が響き渡るたびに、敵船は海に沈んでいく。

 海峡には多数の船の残骸が浮かび、海原は真っ赤な炎と血と煙で染まっている。


 この海は死んだ人間と、これから死ぬ人間でひしめき合っている。

 それなのに、これほどの犠牲を出してもなお、敵は進むことを止めない。


 俺が知っている海戦は、ここまで致命的に潰し合うことはなかったはずだ。大砲の威力さえ見せつけてやれば終わりだと考えていたのに、敵がここまで断固として引かないとは思いもよらなかった。

 やはり、何事もやってみないと分からないものだ。将としての俺の見通しが甘かったせいもある。今回は、両軍にとって辛い激戦となった。


「クソッ、いい加減に引け、引いてくれよカスティリア! これ以上、兵を殺しても勝てる見込みなんてないんだろ、これ以上やって何の意味があるんだ……」


 潰し合うだけの戦争が悲惨なのは海も陸も変わらないが、海に放り出されて荒波に飲まれた船乗りたちは、そのほとんどが助からない。

 船が沈めば、乗員の死はほぼ確定するのだ。その陰惨さは、戦に敗れてもまだ助かる公算もある陸の戦いを超えている。


 船をぶつけ合い、潰し合う。もはや、ただ順番に死んでいくだけの潰し合い。こんなものが戦争なものか。

 死兵を相手にするこちらの忍耐も限界に近づいた時。どこまでも続くのかと思われた無敵艦隊の猛攻も、ようやく終わりが見えた。


「終わったか……」


 勢いの止まった無敵艦隊が静かに回頭する、ようやく引いてくれるのかと思ったその時だった。

 敵の旗艦ガレアス船から、赤い鱗を持つドラゴンが空へと飛び立つのが見えた。


 その数は、十、いや二十匹を超える。

 思わず、呆気にとられる。


「あれはなんだ、飛竜ワイバーンか」

「国父様、飛竜種ですが……あれは火竜サラマンダーです!」


 俺の影から姿を現したカアラがそう説明してくれる。あれが火竜サラマンダーか。かなりポピュラーなモンスターではあるな。たしか、炎を司るドラゴンだ。

 見るのは初めてだが、飛竜ワイバーンのような亜竜種ではなく正真正銘のドラゴンだ。RPGのラスボス格として登場するレベルの手強い魔物であろうことは、その大きな図体の迫力で分かる。


 しかし、なぜそのような魔獣が敵の船から出てきた。

 双眼鏡で眺めると、火竜サラマンダーの背中に、操縦する爬虫類人レプティリアンの姿が見えた。


 あのドラゴンは、敵の傭兵に使役されているというのか!

 カアラに聞かなくても、おおよその事情は察しがつくが、説明したそうにモジモジしてるので、一応尋ねてみるか。


「カアラ、どうせこいつらは、アフリ大陸原産の魔物なのだろう?」

「ご明察です。火竜サラマンダー煙の山エルタ・アレから噴き上がる熱い煙と冷たい雲がぶつかり合って生まれた、風と炎の竜です。爬虫類人レプティリアン呪術師シャーマン火竜サラマンダーを混沌母神の御使いとして崇拝し、ときに使役するという伝説ですが、まさかアタシも実物を目にすることになるとは思いませんでした」


 カスティリアが、アフリ大陸の魔族を傭兵として使っているのは知っていた。

 しかし、空を飛ぶ魔獣まで使役できるとは、完全に意表をつかれた。


「その伝説のドラゴンが、目の前に敵となって出てきたか。アフリ大陸の魔族を味方付けてるってのは、大きいのだな」

「南の大陸の魔族は、北に比べれば組織的な社会を形成していて物分かりも良いのです。人間にとっては利用し易いのでしょうね」


 魔族のカアラにとっては、住む場所や姿形は違えども、同族と言える存在が人間に使役されているのを見るのは複雑らしい。まして、それが敵として現れるのだから、悲しそうな顔をするのは当然だろう。

 しかし、やるものだな。カスティリアは、魔族の利用でもシレジエの一歩先を行っているというわけだ。


 しかも、炎のブレスを吐きまくる火竜サラマンダーは、木製軍船の天敵である。これは、かなり分が悪い。

 次々に味方の軍船が炎上していく、ところどころで爆発が起こっているのは大砲用の火薬樽に燃え移ったのだろう。


 火矢に対する対策はできていても、紅蓮の炎を吐きかけられては引火を防ぎきれなかったのだろう。

 恐ろしい化物を目にしただけでも船員たちは震え上がり、混乱してこちらの船団の動きが乱れていく。


「この流れは、まずい……」


 ここまでの犠牲を払い、せっかく掴んだ勝機が逃げていく。このまま放置すれば無敵艦隊が息を吹き返してしまうかもしれない。

 万が一、敵がこちらの艦隊の腹を食い破って分断に成功するようなことがあれば、勝敗の行方もわからなくなる。


 シレジエ義勇軍の中には、ゲルマニアの竜騎士と戦闘した経験を持つ者もいる。

 それら歴戦の勇士は、その場で臨機応変に上空に砲身を向けて大砲を放つ……が、飛び回る目標をそう簡単に撃ち落とせるものではない。


 軍船の砲台は、対空戦闘を想定して作られてはいない。高射砲などではないただの大砲なのだから、空からの敵に対して有効的な攻撃には成り得ない。

 そうだ、これは立派な航空戦力の運用である。こちらが、空爆を行ったことで敵も空からの攻撃の有用性に気がついたのだろう。


 むしろ火竜には、大砲よりも銃士がまとまって撃つマスケット銃のほうが効果があるようだ。

 炎のブレスで船を焼き潰そうと、近づいてくる火竜サラマンダーに対して、マスケット銃の弾幕は、撃ち落とすまではいかなくてもそれなりに効果を発揮している。


 俺も魔法銃ライフルを取り出して、近くを飛ぶ火竜を狙撃してみたが。弾倉マガジンが空になるまで撃ち続け、ようやく一匹落とせた。

 しかし、火竜サラマンダーは、翼を撃ちぬかれて落ちる際に、全身を燃え立たせて炎の塊となって落下してくる。


 渦巻く炎の塊と化した火竜の身体は、こちらのキャラック船の上に墜落。マストをなぎ倒しながら延焼させつつ、甲板を炎上させた。

 流れてくる煙から、肉の焦げる嫌な匂いが漂う。襲われた船は爆発、炎上、大破。甲板にいた兵士や船員たちも無事では済まない。


「死ぬときは自焼攻撃までするのか、何て言う厄介な魔獣だ……」


 これは艦砲射撃による弾幕でも張らないと倒しきれないが、対空砲火の用意などあるわけがない。

 こっちだって、艦隊戦用の準備だけで精一杯だったのだ。


「これは、レブナントのやつにしてやられた」


 ゲルマニアの飛竜騎士団のようにあらかじめ空から来ると分かっているならば、百騎だろうが五百騎だろうが対処の仕様はあった。

 こちらも、それに合わせて対空迎撃用のネット弾などを用意できるからだ。


 だからこそレブナントは、最後の最後まで空軍戦力の存在をひた隠しにしてきたのだろう。

 そして、最後の奥の手をお互いの戦力が潰し合って疲弊しきったこのタイミングで、満を持して投入した。


 奴は、情報戦というものをよく知っている。


「敵にこんな隠し球があったとは……。酷幻想リアルファンタジーってことをもっと考慮すべきだったか」

「おい、どうするんだ王将。このままじゃ」


 心配そうに、俺を見上げるドレイク提督、もはやこの老人には立ち上がる気力もあるまい。

 空から紅蓮の炎を吐きかける火竜サラマンダーに対して、こちらの艦隊は手も足も出ない。


 ここで行けるとしたら……やはり俺たちか。


「国父様、私の出番でしょうか?」


 カアラは、俺の肩に手をおいた。俺を担いで飛んでくれるというのだろう。

 敵の上級魔術師対策に、ニコラ宰相たちが抗呪魔法で辺りを覆っているので、人間の呪文は使えないが、火竜サラマンダーと同じように魔族として飛行することはできる。


「私も補給が済んだからいけるゾ」


 この争いのさなかでも、バリバリと堅焼きのパンを齧っていた竜乙女ドラゴンメイドのアレは、ようやく自分の出番かと嬉しそうに、鱗の付いた腕を持ち上げてサムズアップした。

 甲板で、乾パン……いや、やめておこう。


「よしカアラ、アレ行くぞ。火竜サラマンダーは、所詮噛ませ竜だってことを敵に教えてやろう!」


 アレやカアラの飛行速度は、サラマンダーよりも早いのだ。空中戦になっても、十分に勝算はある。

 俺は魔法銃ライフルを置いて、腰から『氷雪の魔法剣ティソーナ』を引きぬいた。カアラに後ろから抱きしめられて、俺の身体はふわりと浮き上がる。


「アタシは、オラクルのように上手くは飛べませんが……」

「今はお前しかいないからな、期待しているぞ」


 ふと振り向くと、アレは甲板でルイーズと、もつれ合って「背中に乗せろ!」「乗せない!」で言い争っていた。お前ら、この期に及んでもそれやってるのかよ。

 アレの背中の上にルイーズが乗るのは、ちょっと無理があるんじゃないかと思ったら、羽ばたいて飛ぶアレの足に無理やりしがみついて一緒に飛んできた。


 大丈夫なのかルイーズ、とっ……他人を心配している場合ではない。

 こちらに気がついたのか、火竜サラマンダーの手綱を持った爬虫類人レプティリアンがこちらに竜首を向けて、炎のブレスを吹きかけてきた。


 カアラは紅蓮の渦に巻き取られないように、上手くかわしてくれる。炎に炙られても、俺にはブレス抵抗があるから、前髪が焼け焦げる程度で済むのだが、熱いものは熱いのだ。竜のブレスなど、積極的に浴びたいものでもない。

 俺は手に握りしめた『氷雪の魔法剣ティソーナ』に全力の力を込めると、火竜サラマンダーの翼を根本から、「やぁ!」と裂帛の叫びを上げて断ち切った。


 ギィィイイイと、ガラスがこすれるような甲高い悲鳴を上げながら、海へと落ちていく火竜サラマンダー

 鎧袖一触とはこのことか、なんだ火竜サラマンダー、見かけよりも弱いではないか。


 アレたちはと思って横を見ると、ルイーズが火竜サラマンダーの上で赤い髪を振り乱しながら、爬虫類人レプティリアンに「どりゃぁぁ」と掛け声をあげて、斬り伏せているところだった。

 ルイーズは、アレの足から竜の背に飛び移ったのだろう。


 そのまま、ルイーズは爬虫類人レプティリアンを斬り落とした。

 そして爬虫類人レプティリアンの代わりに手綱を握って、暴れる火竜サラマンダーの頭を「言うことを聞けっ!」とボカボカ叩きつけて、無理やり乗りこなしている。


 ルイーズは、竜の血肉を喰らってきた英雄なので、怒った火竜サラマンダーに炎のブレスを浴びせられてもなんともない、竜を御するのにこれ以上適性のある騎士はいないだろう。

 もういい加減、ルイーズも人間離れしてきたな。


 元から人間ではないアレは高速で飛び回り、逃げ惑う火竜サラマンダーを追尾しながら鋭い爪を振るって、爬虫類人レプティリアンの首だけを次々に叩き落としていた。

 同じ竜種だから火竜サラマンダーを殺すのは忍びないと思っているのだろうか、手加減して騎手だけを殺すアレは、もう余裕の貫禄だった。


 上に乗って操縦する魔獣使いがいなくなれば、火竜サラマンダーは統制が取れなくなって攻撃を止めるようなので、殺さなくても問題はない。


「カアラ、俺たちも次に行くぞ!」

「はいっ!」


 俺の命令で、カアラは上手く炎のブレスをかわしつつ接近してくれる。

 そのたびに火竜サラマンダーや上に乗る魔獣使いを、斬って落としていけたので、終わりが見えてきた。


 これが百匹や二百匹もいればどうしようもないが、たかだか二十匹程度だったのが幸いした。


 これはイケるなと思ったら、目の前に一際大きな火竜ハイ・サラマンダーが現れた。その大きな背の上に、操縦者と共にラスボスよろしく銀髪の髪を靡かせたレブナントが仁王立ちしている。

 来ると思ってたよレブナント、最後の決戦を演出したがるところは、相変わらずキザな男だな。


「フハハハッ、よくぞここまでやってくれましたねぇ、シレジエの勇者っ!」

「こっちのセリフだ、お前はいっつもやり過ぎなんだよ、レブナント!」


 この陰険魔術師との因縁もここまでだろう。

 いかに大火竜ハイ・サラマンダーといえども、アレとルイーズと俺に囲まれて勝ち目はあるまい。


 だいたいもうこの辺りは、ニコラ宰相たちがかけてる抗呪魔法ディスペルマジックの範囲だぞ。

 無力化された上級魔術師のお前が、いまさらしゃしゃり出てきて何ができるというのか。


「お前たちの相手は、私でも火竜でもありません!」


 そう高らかに宣言するレブナントの合図で。

 のっそりと、竜の背中から現れた、月の輪熊を思わせるほどの巨漢は……。


「ダイソンだと!?」


 間違いない、隆々たる化物じみた巨体と厳つい顔は、紛れもなく拳奴皇ダイソン。その巨体に、白銀に光り輝く物々しい全身鎧を身に着けている。

 貝紫色のマントを翻したダイソンは、竜の背中から高く跳躍し、俺に向かって太い足で強烈な蹴りを繰り出してきた。


「なんとっ!」


 まるでロケットのような猛烈なドロップキック、避けようがない。俺はダイソンの強烈な蹴りを受け止めて見せるが、カアラが後ろで小さく悲鳴を上げた。

 その蹴りの威力に、カアラの浮遊魔法のほうが持たなかったのだ。浮力が消え、俺はそのまま落下する。


「ダイソン、死んだはずでは……」


 俺の叫びは、風の中へと掻き消えた。

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