第162話「黒杉軍船の出港」

「これが、本当に船なのか……」


 スケベニンゲンの港の桟橋に立ち尽くして絶句していた海賊ドレイクは、ようやく絞りだすようにそう言った。

 滑るように港に現れたそびえ立つ黒船の威容、設計図では知っていた俺でも、実物をみるとそのデカさに震えがくるから驚くのは無理もない。


 造船所の総力を上げて造り上げた最新軍船だ。カスティリアから奪った千トン級の巨大軍船ガレオンを一端解体し、大砲を側面に装備した近代的軍船として組み直したのである。

 鋼鉄よりも固く、しかも軽い材質の黒杉で装甲補強した軍船は、元のガレオン船よりもさらに大きく、角張った船体は海上に浮かぶ要塞の様相。


 これほどの巨大軍船が出来たことに、俺も誇らしい思いがする。

 まあ、そもそものことを言ってしまえば、カスティリアの造船技術が凄いのだ。


 ガレー船やコッグ船や、せいぜいキャラック船までが一般的であったこの時代に、荒れ狂う大洋を越えてアフリ大陸の南端にまで航海する性能を持つガレオン船を作り上げたのだから。

 ブリタニアン海軍とカスティリア海軍の大海戦をキッカケにして、ユーラ大陸は新造船が次々と生まれる技術革新の時代を迎えている。


 やはり、技術を進めるのは戦争ということか。

 そうして、その技術競争に最後に勝ったのは俺たちシレジエ海軍であった、という風に行きたいものだ。


 かつては北海の海賊王と呼ばれたドレイクだって、六年も現場から離れてたんだ。ジェネレーションギャップがあるのは無理もない。

 港に崩れ落ちるようにして、食い入るように黒杉軍船を見つめているドレイク。この自慢の黒髭もすっかり色あせてしまった老海賊を、もう一度艦隊提督として再起させられるだろうか。


「なあ、王将軍とやら」

「なんだドレイク」


 杖を抱えるようにして港の桟橋にしゃがみこんでいるドレイクは、呆然と巨大な黒船を見上げながら言った。


「俺が投獄されてた六年間に、一体何があったんだ……」

「まあ待て、まだ驚くのは早いぞ、これから大砲の試し撃ちだ」


 俺が手を振って合図すると、黒杉軍艦の砲台は五十門。二列の砲台から銀色に輝く砲身が姿を現し、港の先にある小さな無人島目掛けて砲撃を開始した。

 次々と灼熱した弾が敵船に見立てた無人島に着弾して土煙を上げる。


「ヒィ!」


 さしもの海賊も、初めて見た大砲には悲鳴を上げて腰を抜かした。

 こうなると分かっている俺でも、これほどの数の砲台が轟音を上げて一気に火を噴くのを見れば戦々恐々とするからな。


「まだ終わりじゃない、次は主砲の斉射だ」


 船の先端には、二門だけ特別超大な砲身が取り付けられている。その長さは四メートルにも及び、総重量は五トンにも及ぶ。

 マジックアームストロング砲。風魔法によってトルネードがかかった巨大な鉄の弾を発射できる、超遠距離が可能な砲台である。


 その代わり、あまりにも反動がキツく一発打つごとに船体が激しく揺さぶられるので、おいそれとは使えない。

 酷幻想で最も堅固な軍船といえど、二門を装備するのが限界であった。


 バシュッと空気を斬り裂く音を立てて、飛んでいく黒い鉄の玉は正確無比に無人島を撃ちぬいて、巨大な水柱を上げた。

 そうして、煙が晴れた先には何も残って居なかった。


「凄まじい威力だな……」

「普通の大砲は海戦用。マジックアームストロング砲はかなり飛距離があるから、海戦のみならず陸上への攻撃も想定している」


 軍船による陸上への砲撃は、この時代の戦術思想ではありえない。

 相手が想定していない攻撃は、有効性が高い。


「王将よぉ。あの黒い船体は、燃えない材質だったんだよな」

「そうだドレイク、鋼よりも硬い材質だ。この船なら、一隻でも無敵艦隊に勝てるかな」


「負けはしないが、一隻では勝てねぇ……」

「ほう、話を聞こう」


「確かに驚かされた、おらぁ度肝を抜かれた。正直に脱帽したと言ってやる。こいつをぶつけりゃ無敵艦隊にも一泡吹かせられるだろう。絶対に負けないだろう。だがぁ、それだけだ」

「そうだな、よく見てるじゃないか」


 ドレイクは、きちんとした戦略眼を持っているようだ。

 この船の運行を、この老海賊に任せるのだからそうでなくては困る。


「あまり見くびるなよ……老いたとはいえ、このドレイクは専門家だ! あんたの言う通り、必要なのは数なんだ。カスティリアの艦隊からすりゃぁ、何もこのデカブツに無理にぶつかっていく必要はない。敵の艦隊にバラけられたら、最強の軍船が一隻あっても、どうにもならんだろう」

「だから十分な数を集めて艦隊決戦に臨むか、敵にバラけられない理由があるときしか勝てないということ……だな?」


 俺がそう言うと、ドレイクの白く濁った左目がギラッと輝いた。

 老海賊の目には、目の前の黒杉軍船と無敵艦隊がぶつかり合う様がありありと浮かんでいるのだろう。勝つための方策を、探りだしている。


「そうだ。言い方を変えれば、こっちに有利な状況が作れたら今でも勝てる目はあるってことだ。王将よ、あんたぁ約束通りのものを見せてくれたな。今度は、このドレイクが見せてやる番だ。シレジエ艦隊の提督、俺が引き受けてやるぜ!」


 俺は、しゃがみこんだドレイクの手を掴んで起き上がらせる。

 先ほどまでの腰が抜けたような足取りとは違い、片足が義足でも老海賊は港の埠頭にしっかりと立っていた。


 まるで人が違ってしまったみたいに、生気を取り戻している

 潮風に揺られるドレイクの白髪交じりの髪。ドレイクは、往年の力を取り戻そうとしているのかもしれない。


 勝てるという希望を掴んだ皺だらけの片手に、闘争の力が戻りつつある。

 その身体は傷つき、老いさらばえたとはいえ、ドレイクは北海の海賊王と言われた男なのだ。


「よろしく頼むぞドレイク提督。勝つために必要なものはなんでも揃えさせよう。残りのシレジエの船がスケベニンゲンの港に合流次第、さっそくカスティリアと一戦交えるからな」


 本来ならドレイクにはゆっくりリハビリして欲しいところだが、そんなことをやっている暇はない。

 すでにブリタニアン海軍を壊滅させた無敵艦隊はグレース湾まで入り込み、首都ロンドの目と鼻の先にまで迫っている。


 猶予がないのだ。今すぐにでも何らかの対処を取って、敵の進行を食い止めなくてはならない。

 ドレイクには、実戦で勘を取り戻していってもらうしかあるまい。


     ※※※


 スケベニンゲンの港に、シレジエ艦隊が集結した。

 ジャン提督がキャラック船一隻にコッグ船が四隻、それに小型ガレー船十隻に余るほどたくさんの大砲の台座と、緊急徴募とはいえそれなりに使える船員六百名を乗せてやってきてくれた。


「将軍お久しぶりです!」

「ジャン提督、スウェー半島への食料輸送の任務ごくろうだったな」


 黒いモジャモジャ頭でビール腹のジャン提督はベテランの船乗りで、肝心の海戦が苦手ということを除けば有能な男である。

 自治都市アスロ市長、ドグラス・ゾンバルトと協力してゲルマニア帝国に見捨てられたスウェー半島の食糧問題を解決して、船と船員を募って不足を補ってくれたのだ。


 こちらからは、義勇兵団海兵隊五百名を連れてきている。前に義勇兵を乗せたときに、船酔いで使い物にならなくなった兵士が多かったので、今回はシレジエの漁村出身者を中心に増援を行った。

 海兵隊長に選出したフィリップ・カヤックも、ガレー村の網元の三男坊だ。潮風に焼けた赤茶色の髪と、日焼けした小麦色の肌のたくましい青年である。銃と大砲の扱いがそれなりにできて、船にも慣れている連中は貴重な人材だ。


 港に居並ぶ千人を超えるシレジエ海軍の兵士たち。

 これからできる新しいシレジエ海軍は、彼らが主軸となるだろう。


艦隊司令長官アドリラルにドレイク提督、艦隊参謀長オフィサーにジャン提督、海兵隊指揮官コモドーにフィリップを任じる」


 これでシレジエ艦隊が正式に発足したので、役職をきちんと任じておく。

 王将軍である俺の肩書きに、海軍元帥が付与されたのは名目上のことで、基本的には艦隊の戦時の指揮を老海賊ドレイクに、平時の指揮をジャン提督に、海兵隊や戦闘指導をフィリップ隊長に任せる事となる。


 なにせ新しい艦隊を作るのだ。人材は、いくらいても足りない。

 幸いだったのは、ジャン提督を始めとした船員も、義勇軍兵士もみんな平民上がりでありであるため、海賊上がりのドレイクを司令長官に据えるのに反対の意見がでなかったことだ。


 なにせこれから、海賊兵力も味方につけて吸収し、海軍を拡大していきたい。

 うるさいことを言う騎士や貴族階級の出身者がいないというのは、そういう面でも助かる。


「我が主よ、騎士はそんなにうるさいか……」

「いや、ルイーズは違うだろうけどさ」


 俺が騎士を面倒くさいように言うので、ルイーズに揶揄されてしまった。

 ルイーズは肩をすくめて微笑む。


「いや、違わないだろうな。私たち王国騎士はもう古い人間で、船の上では役に立たないだろうから」


 そう自嘲するルイーズに何か慰めの言葉をかけようかとと思ったら、それより先にやたらルイーズと張り合っているアレがドラゴンの羽を広げて得意げに口を挟んだ。


「私は島育ちだし、飛べるから海の上でも役に立つゾ! そこの役立たずな女騎士なんか港に置いて行くといいゾ」

「私だって、主を守るぐらいのことはできる。さっきのは謙遜で言ったんだ!」


 やれやれ、また喧嘩か。

 ルイーズは近頃、妙に子供っぽくなった。アレの相手を嬉々としてフザケてやっているような素振りもある。


 兵団長の大任を辞して、気楽に振る舞うようになった。

 冒険者時代の出会った頃のルイーズに戻ってきているので俺は嬉しいのだが、今だけはあんまりはしゃがないで欲しいんだけど。


 なにせ海兵隊や船員が集まっている見ている。

 俺にも、威厳というものがある。


「相変わらず、将軍の周りは華やかですなあ。お盛んなようで羨ましい限り」

「ジャン提督、嫌味は止めてくれ。こいつらは護衛だから」


 七人も妻のいる俺は、お盛んと言われてもしょうがないかもしれないが。

 少なくとも、アレとルイーズには手を出していない。


「これは失礼、少しは船員たちを港で休ませてやりたいと思ったんですがね」

「ジャン提督済まないが、悠長に構えている時間はない。とにかく、俺たちをブリテイン大島のグレース湾まで運んで欲しい」


「もちろん否やはございませんよ、将軍閣下の人使いの荒さは覚悟してますからね」

「悪いな提督。道中苦労をかける」


 すでに、カスティリア海軍はグレース湾を占拠してしまっている。

 ブリタニアン同君連合は、喉元にナイフを突きつけられたようなものだ。


 ブリタニアン同君連合からの救援を求める手紙は、矢のような催促でやってきている。早急に救援すると返事をしている以上、約を違えることはできない。


 本来であれば、兵士が満載された輸送船団がグレース湾に入る前に叩いてしまいたかったのだが、艦隊の集結が間に合わなかった。

 しかし、グレース湾に入港したカスティリアの上陸軍を率いる七将軍が一同に集い、ブリタニアンへの示威目的で大々的に閲兵式を行うという情報も入ってきており、艦隊で強襲をかけるにはちょうどいい。


 もちろん各地に密偵を送り込んでいるが、海の上で連絡が不安定で、情報は錯綜しており、カスティリアの無敵艦隊の現在の位置も曖昧。攻撃して艦隊が出てくるかどうかは分からない。

 だが少なくとも、グレースの港に入港した敵はバラけることができない状況だ。


 叩くための敵は、海にも陸にも山ほどいるのである。

 一門に三百七十金貨もかけた、マジックアームストロング砲の威力を試すにはちょうどいい敵である。


「じゃあ行くか」


 俺がそう言うと、船ではなくスケベニンゲンの港の方をジッと見ていたドレイク提督が声を上げた。


「待った。海兵隊は五百人もいらんだろ。百、いや二百人はこの港に残しておけ」

「ドレイク。確かに海兵隊は多いが、敵の船を拿捕出来る可能性もあるから多めに乗せておいても……」


「おい待て。その発想は遊びだぞ王将。相手は天下の無敵艦隊だ。無駄に兵を遊ばせておくなら守りに使うべきだ」

「うーん、港の防衛か。考えても見なかったな」


「王将、言っちゃぁ悪いがこの港は守りが弱いぜ。戦況報告に目を通したが、プリマス、ポートランド、ドーバーと無敵艦隊に次々襲われてるんだろ。だったら次は、この港を攻撃される番だとは考えないのかよ」

「それは……そうか、その可能性はあるとは言えるか」


 ドレイクに指摘されてゾッとした。こちらから攻撃することばかり考えていて、攻撃を受けることはまったく考えていなかった。

 この港には黒杉軍船を建造する造船所だってある。ここが強襲されて破壊されては困るし、敵に船の材料と技術が奪われでもしたらことだ。


「こっちがグレーズ湾を攻撃しようってんだ、敵の大将が同じことを考えてもおかしくあるめぇよ」

「なるほど、一理ある。カアラ!」


 今はライル先生が居ない。俺が頑張らねばと思ったが、独りよがりな考えに陥っていたかもしれない。

 俺の呼びかけに応えて、影からカアラが顔を出した。


「国父様、ここに」

「カアラ。無敵艦隊がスケベニンゲンの港を攻撃する可能性はどうだ」


 意見を聞かれて嬉しそうな顔をするカアラ。

 ほっそりとした手を青白い頬に当てて慎重に思考を巡らせると、彼女は意見を述べた。


「アタシは残念ながらカスティリアの王宮に詳しくありませんので、無敵艦隊の提督が誰かは知りません。ですが、敵の提督の立場として考えたときに後背を突こうとするシレジエ海軍の脅威を抑える方法が二つあります。一つは、グレーズの港で守りを固めること……」

「ふむ、続けろ」


「もう一つは、この港を徹底的に破壊することです。シレジエ艦隊の本拠地が、このスケベニンゲンの港であることをカスティリアは知っています」

「そうか、敵の船を拿捕したときに逃したカスティリアの船員から、その情報が渡っている可能性は高いな」


 カアラはコクンと頷く。

 ドレイク提督の経験や、カアラの情勢分析でも、敵はそれぐらいの手は打ってきてもおかしくないと見るわけだ。


「よし、海兵隊の二百人を残す。フィリップ海兵隊指揮官コモドー、さっそくで悪いが黒杉軍船の建造用の大砲を借り受けてきて、臨時の防衛陣を張り海からの攻撃に備えてくれ。警護するのは造船所などの重要施設だけでいい。フィリップ、街の守護兵と協力して頼む」

「了解であります」


 少数の兵でも海岸砲台があれば、敵が近づきにくくなるはずだ。

 フィリップが意気軒昂に、海兵隊の編成をし直しているのとは対照的に、傍らで手持ちぶたさにしていたジョン提督は、心配そうに俺に声をかけてくる。


「将軍、船の兵を少なくして、本当に大丈夫でしょうか……」

「ジャン提督、安心しろよ。今回の戦は白兵戦にはならない。いざとなれば俺が守ってやる」


 俺は安心させるために笑いかけて、ジャン提督の大きな背中を軽く叩いてなだめた。

 熊のような図体のくせに、この男は戦になると俄然と臆病になるのだ。この欠点が無ければ、海軍提督としても申し分ないんだけど、人には向き不向きがあるからな。


 それにしても、ドレイク提督は海戦のプロだけのことはある。

 俺が気が付かない危険の可能性まで指摘してくれるとは、これが経験の深さというものなのだろう。いい拾い物をしたかもしれない。


「そうですか……。では、直ちに艦隊をグレース湾に向けて出港しましょう」


 気を取り直したジャン提督は、船員にテキパキと指示を送ると船員と兵士と物資を満載した軍船が滑るように港から出港していく。

 俺たちは、黒杉軍船へと乗り込み、絶体絶命のピンチに陥っている『キング』アーサーの救援へと向かうことになる。


 いざグレースの港へ。

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