第四章 貴族叛乱 編

第138話「地方貴族叛乱」

 黒杉軍艦の材料作りがようやく一段落した。

 スケベニンゲンの港では、ガレオン船の新造も進んでいるし、シレジエ艦隊による自治都市アスロへの食料輸送の救援も上手く行っているようだ。


 シレジエやトランシュバニアはもともと食料生産が豊かなのだが、それに加えて討伐したモンスターの肉をなるべく保存食として活用し、原価ゼロの安価な食料としてアスロに送ることにした。


 きちんとした処置で干して、工夫した調理法で食べれば、最低ランクのゴブリンの肉ですら問題なく食べられるということを教えなければならない。

 皮は重ねて使えば防寒具にもなるだろうし、緊急時には船の帆の代用品にすらなる。冒険者にとって見れば、モンスターは捨てるところがない資源だ。


 自治都市の市民は、文明化が進んでいるせいでたくましさを失っているように思える。

 緊急時にはモンスターの肉だって、自然の恵みとして美味しくいただくことが大事だ。


 まあ、そんなこんなでゆっくり内政を整えている時間というのは、永久には続かないわけで。

 ライル先生が、血相を変えて後宮にやってきた。


「あれ、今日先生の番だっけ」

「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないですよ、南部の地方貴族がついに叛乱を起こしました」


 ついに、不穏な動きを見せまくっていた地方貴族が徒党を組んで、叛乱の兵を上げたとのことだった。

 南部のブルグンド家とアキテーヌ家の二大侯国が中心となって結成された地方貴族軍は、シルエット女王の退位と、現在のブラン家当主、ボンジュール・イソワール・ブラン男爵を建国王レンスの血を引く正統として、王位の移譲を求めている。


「男爵が、叛乱の旗印なんですか。なんかヘボいなあ」


 ボンジュールってえらく陽気な名前だ。ブラン家の人間なんだから、どうせ麻呂なんだろうけど。


「もちろん、叛乱軍の中心はピピン侯爵とアジェネ伯爵夫人ですけどね。ブラン家当主、ボンジュール男爵といっても、十二歳の少年貴族です。名門ブラン家も、遺児が彼しか残ってないんですよ。どちらにしろ単なる傀儡で、実権はピピン侯爵が持っているのですが」

「そうなんだ、少年の麻呂か」


 ちょっと想像がつかないなあ。


「なんだか、あんまりビックリしてないですね」


 そりゃ、南方の貴族の動きが怪しいのは、密偵スカウトから報告を受けていたし、来るべきものが来たというものだ。

 シレジエ国民同士の血が流れることになるから、できればきて欲しくないとは思っていたが、避けがたいことなのだろう。


「では、こっちはどうです。拳奴皇ダイソンの軍勢が、要塞街ダンブルクも反ダイソンで蜂起したロイツ村も無視して、ランクト公国に攻め入りました。おそらく一直線にランクトの街を狙っています」

「えっ」


「シレジエの南東の漁村、ガレーの村がカスティリアの艦隊に襲われました。こっちは海軍もなく、海防の備えも不十分なので為す術もありません。この状態では、海岸のどこからカスティリア兵が上陸してくるかわかりません」

「ええー!」


 ライル先生は、シルクのベッドの上に、お手製の軍略地図を広げた。


「三方同時攻撃です。おそらく、拳奴皇ダイソン、カスティリア海軍、南方の地方貴族の三派は結託しています。シレジエ包囲網ですよ」

「なんだって!」


 それは予想してなかった。ああそうか、いつの間にか俺は、織田信長みたいな状態になっていたのか。

 最近、平和だったから迂闊だった。この非常の事態に、先生が落ち着いているのが唯一の救いといったところか。


「さて、こっちの味方ですが、頼みのブリタニアン海軍はいまだ前回の敗戦の傷が深く、ローランド王国もゲルマニア帝国から吸収した旧領を安定させるのに忙しいですから、牽制ぐらいにしか役に立ちません」

「絶体絶命じゃないか」


 そう言うと、先生は嬉しそうに微笑んだ。

 頼もしいな、まったく。


「絶体絶命というのは、打つ手が無いときに言うのです。まずは、どの程度国軍と義勇兵の兵力を割くかですね」

「そんなの全軍を救援に向かわせて、ああでも三方なんだよね」


「そこなんですが、タケル殿。私が思うに、この攻撃のすべてが陽動なんじゃないですかね」

「えっ、包囲網自体が陽動ってこと」


 そうか、包囲網にばかり気を取られて展開させていくうちに、薄くなったところを一気に奇襲しようってことかな。一瞬でそこまで気がつく先生はさすがだった。

 先の大戦でボロボロになった帝国には人物が少なくなったが、カスティリア王国には上級魔術師も、それなりの策士もいるのだろう。


「海上から攻めるカスティリア、陸上を直進して特攻を仕掛ける拳奴皇軍、南方からこっちを誘い出そうとする地方貴族……つまり敵の目標は一点。王都シレジエです」

「ふーむ」


「地方に兵を分散させた間に、手薄になった王都シレジエを陥落させようって作戦なのでしょう。まあ、王都を落とせば首を落としたも同然ですから、何せここには……」

「シレジエの女王と、ゲルマニア帝国の皇帝と皇孫女がいる」


「貴方もですよ王将軍閣下、御自覚が薄いようですから言っておきますが、トランシュバニア公国もランクト公国も貴方が居るからまとまってるんですよ。シレジエ王国自体、勇者の盛名が無ければ成り立たないんです」

「肝に銘じますよ」


 先生は、トンっと俺の胸を手のひらで軽く突いた。


「本当に肝に銘じてください。本格的な戦争になるなら、タケル殿にフラフラと動かれては困るのです。どこかの救援に飛ぼうと思っていたでしょう」

「さすが先生ですね」


 読まれていたか。

 先生は、しっかりと俺に釘を刺すと対応策を説明し始めた。


「南岸のカスティリアへの対応には、ジーニーが率いる砲兵五百と義勇兵五百を向かわせます。基本は、艦隊へ対岸からの砲撃ですね、敵兵の上陸が確認されたら王都からの第四、第五兵団で対応します」

「妥当だと思います」


「南方貴族への抑えは、砲兵五百、義勇兵二千を送ります。もともと、備えに配備してあったので展開は早いと思います」

「国境線の国軍の防衛はどうなんですか」


 先生が、地図を指さす。南部の地方貴族は、イエ山脈を挟んで向こう側だ。山脈のこっち側がダナバーン侯爵が治めるエスト侯領と、王領になる。王領はもとより、シレジエの中心であるエスト侯領に攻め入られたら厳しい。

 あそこは、銃や大砲の生産拠点だし、俺たちの故郷であるロスゴー村があって、サラちゃんも住んでいる。


「ドット男爵領が、ちょうど境目になりますね」

「何か聞いたことがあるような」


 イエ山脈を挟んで、エスト侯領と反旗を翻した地方貴族の首魁、ピピン・ナント・ブルグンド侯爵が治める、ブルグンド侯領があるのだが、その真ん中に小さな男爵領があるのだ。

 ここが境目になるのか。


「ドット……。ああ、もしかして、あのゲイルの領地だったところですか」

「そうです、今は第三兵団の兵団長であるザワーハルト男爵が治めてますね」


 それも聞いたことあるな。


「ザワーハルト男爵は、ほらゲイルの率いるクーデター軍との戦いのときに、盗賊砦に立てこもってた兵団長ですよ」

「あー、あの関ヶ原の日和見主義者か」


 もうだいぶ昔のことのように思い出す。

 ザワーハルトは、シルエットの王軍か、ゲイルのクーデター軍か、どっちの味方になるか決めかねて、イヌワシ盗賊団の砦に引きこもっていたところを、俺が砲撃を仕掛けて半ば無理やり味方にしてやったのだ。


「ザワーハルト男爵が、またキャスティングボードを握ってるんですか」

「そうなりますね、第三兵団が駐留してるドットの城は、有能だったゲイルがかなり増築して硬い城になってますから戦術拠点としても重要です」


 ザワーハルトの顔とか、俺は全く思い出せない。というか、砲撃仕掛けただけで会ったことがなかったかもしれん。

 いっつもそういう役回りの男なんだなあ。


「裏切りそうなら、また砲撃を仕掛けてやるかなあ」

「だから、行かないでくださいね。エスト侯領の防衛には義勇兵二千が展開できますし、各地から義勇兵が集結すれば、銃・大砲・弾丸ともに豊富なんですから戦力の増強は可能です。仮にザワーハルト男爵が裏切って、トッドの城と第三兵団が敵に回ったとしてもすぐには負けないでしょう」


「南方貴族が俺を誘い出そうとしてるのは、囮だから行っちゃダメってことですね」

「よくわかってるじゃないですか」


「でもさあ、ロスゴー村にはサラちゃんが代官としているんだよなあ」

「ですから、義勇兵もすぐ展開できますし、安全ですよ。聡い娘ですから、万が一の際もうまく立ちまわってくれるでしょう」


「そうじゃなくて、シレジエ会戦のときも呼んでないのに勝手に王都の連隊長になってたよね。また暴発して、今度は将軍にでもなって地方貴族攻めだすんじゃないだろうか」

「アハハッ、まさか考えすぎですよ」


 そうだろうか、だって前の戦のときだって、敵将の首を挙げてるんだけどな。

 先生は、自分の教育学の成果を、過小評価しすぎているような気がする。


 なにせ王国の首脳も、義勇兵団の上層もみんなサラちゃんの知り合いなのだ。

 あの娘のコネクションと、それを利用する際の果断さは、バカにできないと思うのだが。


「まあいいか、そうなったらそうなったで危険ってわけじゃないだろうし」

「それより、ランクト公国への救援なのですが……」


 そこに、ガチャガチャと具足を鳴らして、完全武装のルイーズが入ってきた。


「おお、ルイーズがついに我が後宮ハーレムに!」


 俺の念願がついに叶ったぞ。

 なんて、フザケてる場合じゃないけどさ。


「火急のことゆえ、失礼する」


 輝く『オリハルコンの鎧』。手甲の部分だけは、ダイソンに奪われているのでそこだけは黒く光る黒杉製だが、それが逆に颯爽と燃えるような赤毛をなびかせたルイーズの格好よさを増しているような気がする。

 ルイーズは、さっと俺の前に跪いて上奏する。


「ランクト公国への救援、私の騎兵隊二百騎とマリナの近衛騎士団五百騎で行こう。シュザンヌとクローティアも連れて行くから、我があるじは自分の身は自分で守ってくれよ。一応ジルを残していくが、あれは女王陛下の護衛騎士だからな」

「そうか、ルイーズが行ってくれるなら頼もしい」


「馬なら足が速いので間に合うだろう。音に聞く拳奴皇ダイソンとやらと、剣を交えてみたいと思っていたし、腕が鳴る」

「うん、ランクト方面軍には味方に『鉄壁』ヘルマンもいるしな。最強の剣であるルイーズと、最強の盾であるヘルマンが挟み込めば、いくら最強の拳闘士であるダイソンでも勝てないだろう」


「そうだな、我があるじの剣として恥ずかしくない戦いをしてこよう」


 ルイーズは言うだけ言うと立ち上がり、ダンと拳で腰の剣を鳴らして意気軒高を示すと、勢い良く後宮をあとにする。

 もうちょっとゆっくりしていけばいいのに。


 そう思う、俺の願いが通じたのか、ルイーズは足を止めて、ちらっと後ろを振り返った。


「どうしたルイーズ」


 やはりゆっくりしていくのか。

 何ならベッドに寝ても良いのだぞ。


「いや、今回の戦争。何となく嫌な予感がしてな。気のせいだといいのだが」

「うーんいま先生と、それを話してたところなんだよ。誘い出す罠かもしれないって」


「またサラのやつが勝手なことをしそうな気がするから、目を離さないようにしておいてくれよ。私たちが戦に巻き込んでしまった手前、あの娘に何かあったら、世話になったロッド家に申し訳ない」

「そっちかよ! ルイーズ、それにサラちゃんのことは、俺がもう言ったからね」


 ルイーズは、それだけ言うと駆けていった。

 最強の鎧と大剣を装備した『万剣』のルイーズは、これから一直線にランクト公国へと向かい、敵をなぎ倒してくるのだろう。


 何なんだろう、こんなにサラちゃんをしっかり見てろと言われると、やっぱり心配になってくるな。

 明らかに、フラグ立って来てるんじゃないかこれ。

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