第135話「建造計画」

 俺が単体なら、カアラに抱えて飛んで貰えばいいので、シレジエまでは休憩を何度か挟んでも一日で行き着ける。

 もしかしたら、スケベニンゲンの港で別れて馬車でシレジエ王国に帰ったライル先生たちより早く帰還できるかもしれない。


 飛べるって本当に便利だなと言うと、カアラは『時空の門』イェニー・ヴァルプルギスが使っていた『転移魔法』を研究中らしい。

 あれは神聖リリエラ女王国時代の古代魔法だったよな。おいそれと扱えるものではないとは思うが、魔族の魔法に加えて人間の魔法を最上位まで極めたカアラは別格の天才なのだ。


 魔法技術に関しては、魔族のほうが一日の長がある。

 もしかしたら、カアラならできるかもしれない。本当に、便利な女だ。


 どうせ魔王呪隷契約で縛っているんだから逆らいようもないのだが、ここまで積極的に働いてくれると、何か褒美をやらないといけないなと思う。

 まあ、どうせ俺の子供を魔王にしろとか言い出すんだろうけど、そこら辺はどうしたものかなあ。


「これが出来たら、要所を魔方陣で繋いで、もっと早く多くの集団を輸送できるようになります」

「早くそうなることを祈るよ」


 シレジエの王城に帰ると、ホッとして息が抜ける。

 もうすでに、王都シレジエこそが、俺の家なのだなと実感する。


「お早いお戻りですね」

「ああ、帰ったよシルエット」


 王城の赤い絨毯を進むと、知らせを聞いた女王自ら俺を出迎えてくれた。まあ奥さんなんだから当たり前だけど、女王自らのお出迎えとはありがたいものだな。

 王冠をかぶり、王笏レガリアを持ったシルエットはすでに女王という立場が板についていて、それなりに貫禄もあって、気品のある立派な振る舞いができている。


「ライル先生たちは、まだ戻ってないのかか」

「ええですから、お戻りが早いなと。公国での仕事は終えられたのですよね」


「まだ問題山積みだが、当面の対処はしてきたよ」

「ではわらわも、今日の執務は終わりとします」


 シルエットが目配せすると、廷臣たちが平伏した。

 タイミングがいいときに帰って来たものだな。


「では、休ませてもらおうか」

「ええそう致しましょう」


 ライル先生たちが戻ってきてないということは、カロリーン公女もまだ里から戻ってきてないということだ。

 彼女の横槍が入らないなら、これはいよいよシルエットと本当に結ばれるときが来たのかもしれない。


 そう意気込んで、後宮のベッドまで行くと、シェリーが突っ伏して寝ていたので、ズッコケてしまった。

 次から次へと、好事魔多しか。


 あいかわらず無駄に豪華な、金箔がきらめく大型のシャンデリアの明かりに照らされて、銀髪のシェリーはゴロンとシルクのシーツの上で、寝返りを打った。

 気持ちよさそうに寝てるのはいいんだけど、さすがに放置もできないので、揺さぶって起こす。


「おい起きろシェリー」

「お兄様ダメです…そんな兄妹同士で…」


 ダメなのはお前だ。

 後宮の出入りは、限られた人間にしか許可されていない。俺の奴隷少女とはいえ、宮中を取り仕切ってるシャロンの許可がないと入れないはずなのだが。


「ちゃんとシャロンの許可をもらって入ったのかよ」

「あっ…おはようございます」


 ボサッとした銀髪を持ち上げるようにして、ベッドの上で小さい身体を起こした。まだ寝ぼけてるなコイツ。

 長旅から帰ってきた俺より疲労困憊とは、シェリーは何をやってるんだろう。


「もう夕方なんだけどな」

「ガレオン船奪取の報告と、船の設計の大まかな概略が届いたので、新造船の設計図を作ってみたのです。それで、お帰りになるのがそろそろかなと、ここでお待ちしてるうちに寝てしまいました」


「用があるなら良いんだが、新造船の設計図ってまだ先生たちも戻ってきてないのにどうやって作ったんだ」

「ツルベ川に快速船を通していますから。手紙の伝達なら陸路を行くより、川を経由してランクト公国から早馬を走らせた方が早いんです」


「なるほど、しかし設計の報告が届くの早すぎないか」

「比率などを記した単なるアウトラインです。本格的な分解と解析はこれからでしょうけど、キャラック船の製図があれば、ガレオン船との比率でだいたい予測できますから。それを基に新造船の設計を大まかにしてみました」


 シェリーが広げたのは、ガレオン船とは似ても似つかない直線的なフォルムの船の設計図だった。

 この短時間で、新しい図面を引いたのかよ。さすが数学チート。それで、力尽きてここで寝落ちしてたんだな。


「これあれだな、鉄甲船に少し似てる」

「鉄甲船ですか。材質は鉄ではなく、黒杉を予定しているんですが」


 船の上の台形の楼閣を築いたような船楼のフォルム。むしろイージス艦にも似ている。

 なるほど黒杉は普通の木材のように曲げたりできないから、自然とこういう角張った船形になる。


 シェリーの提案はこうだ。

 木材と同じ軽さで、鋼鉄以上の強度を誇る黒杉で軍艦を作れば、上級魔術師の攻撃にすら耐えられる強度の強襲型軍艦が作れると。


「よく考えたものだ」

「計画自体は、前からあって、造船の専門家と共に研究しておりました。キャラック型より安定性の高いガレオン型の設計が分かりましたから、新造軍艦はより完璧な船になりますよ」


 頭の中ではどんな船でも考えられるが、作って海に浮かべて見ないと、上手く動くとはかぎらないのだ。

 その点、ガレオン型はすでに運用に成功しているので、その比率をモデルに作れば失敗がないというわけだ。


「それで、俺に黒杉を伐採しろと言いに来たんだな」

「一隻作るだけでも相当な量の黒杉が必要になります。伐採も加工もお兄様にしかできないわけで……」


 さすがに申し訳なさそうに顔を伏せるシェリー。

 前に、黒杉の砲台を大量に作った時も、めちゃくちゃ大変だったんだぞ。しかし、シェリーに頼まれて嫌とは言わんさ。


「ああ気にしなくて良い。まったく、先生もシェリーも俺をこき使ってくれるぜ」

「お兄様がご苦労された分の成果は、必ずや上がるとお約束します」


 天才チートにそう太鼓判を押してもらえれば心強い。

 骨を折る意味があるというものだな。


「では、早速明日から作業に入る。急ぎなんだろう」

「はい、続々とガレオン船の詳細な解析情報は入ってくると思いますので、それに合わせて出来る作業から先にしていただいて、同時進行で設計の修正を行っていきます」


 一日も早く最強軍艦を、か。

 カスティリア海軍に勝利できれば、セイレーン海の交易権益が手に入る。


 投資した分のリターンは確実にあるのだ。

 シェリーが、先を焦る気持ちもわからなくはない。だが、気を張り詰めすぎなんだよ。もう少し休むことも覚えた方がいい。


「急いては事を仕損じると言うぞ。俺も長旅で疲れたから、今日のところは、とりあえず休ませてくれ」

「そうですか、じゃあ私は邪魔にならないところに居ますので、ごゆっくりお休みください」


 シェリーがベッドの隅っこに行こうとする。いやいや、そうじゃなくてね。

 これから子供に見せられないことがあるから、別室の下がって欲しいんだけど。


「シェリーさんも一緒に寝ればいいじゃありませんか」

「良くないよ!」


 シルエットが俺をいなすように言うので驚く。どこまで寛大なんだよ。

 相手は子供だから、カロリーンとは違うんだぞ。まあシルエットは、歳のわりにちっこくてチッパイだからシェリーと、身体のサイズ変わらんけどさ。


「えっ、本当に一緒に良いんですか? まさか女王陛下の許可が降りるとは思わなかったので、心の準備がやや不足しています。もっと綺麗にしてくればよかったです」

「いや、だから良くないって言ってるだろう」


 シェリーは好奇心が旺盛だから、夫婦の夜の生活も気になるんだろうけど。

 さすがに洒落にならないので、渋るシェリーを何とか寝室から追い出した。


 やれやれ、ようやく休める。

 シルエットは、俺たちが押し問答している様子を楽しそうに見ていた。本当に、なんでも受け入れる寛大な女王陛下だな。


 正妻なんだし、もうちょっと断ることを覚えてもいいんだぞ、シルエット。


「それにしても、シルエットとの週一回の約束。なかなか守れなくてすまない」

「いえ、タケルは王国のために働いてくれているのですから、妾がそれを咎めたりはしません」


「よく出来た奥さんだな」

「でも寂しいので、城にいらっしゃるときはなるべく近くに居てくださいね」


 可愛らしいことを言うので俺はシルエットを抱きしめると、そのままベッドへ……と思ったけど、風呂がまだだったなと思って、抱きかかえて浴室に向かった。

 女王陛下なのに、お姫様抱っことはこれいかに。


 なんて言いながら、寝室の外にでると、視界の端っこにチラッと銀髪が見えた。


「シェリー……」

「あはは、初めて来たので道に迷ってしまいました」


 廊下の柱の影に、シェリーが隠れていた。

 後宮と言ってもさほど広くはないし、聡明なシェリーが道に迷うわけもない。


「隠れて覗こうと思ってたんだろ」

「ごめんなさい」


 好奇心が強い子供にも困ったものだ。

 まあ豪華なベッドルームはやたら広いから、仮に部屋の外から覗いても何がなんだかわからないだろうが、子供に覗かれてると思っただけで、恥ずかしくて出来たものではないからな。


 こういう時はシャロンだと思って、呼ぶ。

 音もなく現れたシャロンは、逃げようとするシェリーを瞬く間に捕まえて抱え込んだ。


「さすがシャロン、お見事だな」


 俺の奥さんはたくさんいるんだが、組織のまとめ役ができるのはシャロンしかいない。

 自然に彼女が後宮の取りまとめ役をするようになっている。


「ご主人様がお風呂に入られるなら、私たちもご一緒してよろしいですか。シェリーもこうやって捕まえないと、なかなかお風呂に入らないんですよ」


 えっ、シェリーって風呂好きだと思ってたんだけどな。

 仕事が忙しくて、入るのに億劫になってるってことか。


「うーん、まあいいか」

「わーい!」


 シャロンに脇に抱えられたまま、シェリーが両手を挙げて喜んだ。

 やっぱり風呂好きだよな。


 一緒に風呂に入っても、今日は我が後宮ハーレムの問題児のリアとカロリーンがいないから、シェリーに恥ずかしいところを見られる心配はあるまい。

 あの二人がいなければ、子供の教育上問題のあるようなことになるはずもなかった。

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