第130話「ギャンブラーの血」

 シレジエの西には、セイレーン海が広がっている。

 俺たちの世界でいう、大西洋をセイレーン海と呼んでいるらしい。


 まあ、名前なんてどうでもいいんだが、セイレーンというと上半身が人間で下半身が鳥の形をしているギリシャ神話の海の怪物だ。

 美しい歌で、船人を惑わし、遭難や難破に遭わせるという。


 それだけ、外海は厳しいということなのだろう。

 あるいは酷幻想リアルファンタジーのことだから、本気でそんなモンスターが居る可能性もあるが、とにかく海に危険はつきものなのである。


 そのただでさえ危険なセイレーン海の支配権を巡って、北西の列島国家ブリタニアン同君連合と南西の半島国家カスティリア王国の海戦がついに勃発したという話である。

 いまは、小規模の小競り合いが続いているだけだが、いずれ大海戦に発展するかもしれないという話だ。


 たしかにセイレーン海の貿易は危険だが、だからこそ莫大な利益を生む。権益を争うのはわかるけど、ただでさえ危険な海がさらに危険なものになるわけで、本当にこっちにしたら面倒もいいところである。

 拳奴皇ダイソンとの戦いや、不穏な動きを見せる南方の地方貴族の問題もあるのに、厄介事ばかり増える。


 しかし、セイレーン海は、うちの庭先の海でもあるわけで、放おっておくわけにもいかない。

 緊急の協議が必要ということで、久しぶりに王城のライル先生の執務室で作戦会議が開かれている。


 ライル先生が滔々と持論を述べて、それにカアラが口出ししてはたしなめられるといういつものパターンだが、最近になってシェリーがライル先生のお父さんであるニコラ宰相を後ろに連れて口出ししてくることが多くなった。

 シェリーが一人で先生に反論するなら問題はないのだが、仮にもニコラ宰相は王国内の宰相派を率いるシレジエの重鎮である。


 どちらかといえば古い因習に縛られがちな宰相派が、革新的な経済理論を駆使するシェリーに同調してバックアップしているのだから面白い。

 いや、それでライル先生が困ってるんだから笑ってられないんだけど、理論的に考えれば絶対に結びつかないであろうシェリーとニコラ宰相が結びついて、ライル先生の妥当な内政路線に対抗してる構図は見ていて面白い。


 人間は不思議なもので、理屈だけで割り切れぬのが、政治というものなのだろう。

 もうなんか、国庫の予算執行の話でなければ、勝手に孫にお小遣いを与えて親に怒られてる老人の図だよな。


 ニコラ宰相は、小さいシェリーを膝に乗せて愛でんばかりに可愛がって、ライル先生と相対している。

 ライル先生にとって宰相は父親だし、シェリーは教え子である。爺と孫が結託してるようなものなので、やりにくくてしょうがないだろう。


 あと、シェリーは爺転がしが上手い。有職故実を重んじる堅物のニコラ宰相が、完全に籠絡されているらしく、もうシェリーの言うことならなんでも頷く勢いだった。

 末恐ろしいな。


「というわけで、諸侯連合領で買収した鉱山、木材加工場、鍛冶屋を結びつけて、新しく製造ラインを作りました。ランクト公国は人口が多いですからね、佐渡商会で用地を押さえましたから硝石の確保も容易ですよ」


 兵站計画で、シェリーは自分の買収の功績を誇っている。

 ライル先生はやれやれといった様子で、伸びた茶色の前髪を掻きあげた。


「その無駄使いが無ければ、イエ山脈にもっと製造ラインを増やせたんですけどね」

「無駄ではなく先行投資です、シレジエよりランクト公国の鋳造・加工技術のほうが優れてるんです。早くも火縄銃千丁の製造に成功しました。大砲の試作も進んでます」


「シェリー、いいですか。兵器には何よりも安定性が求められるんです。慣れない職人が急造で作り上げた銃や大砲など、どうせ不良品混じりでしょう。数だけ揃えたところで、実戦で使えないですよ」

「そりゃ誰だって最初から上手く出来ません。ランクトの優秀な職人さんが経験を積めば、品質だって向上できます。ツルベ川の流通システムは無限の可能性を秘めているんです。目先の効率のみを語り、これを利用せずにどうします」


 シェリーも成長したな。

 ライル先生相手に、言い返せるようになったのだから。どっちが正しいかなど俺にはわからんが適当に収めておこう。


「シェリー、その火縄銃千丁はマインツ将軍に送ってやれ。戦場で拾った火縄銃をかき集めて使ってたぐらいだから、不良品が混じってても彼なら上手く使ってくれるぞ。ランクト公国も義勇兵を集めだしたんだから、どちらにしろ銃はもっと必要だ」

「はい、お兄……いえご主人様!」


 シェリーの銀髪を撫でてやると、ライル先生はため息をついた。


「お父上はもとよりですが、タケル殿も、シェリーを甘やかしすぎですよ」

「ライル摂政閣下は、ご主人様にもっと可愛がって貰ってるじゃないですか!」


「なっ、いまはそんな話をしてるんじゃありません!」

「奥さんだからってズルいんですよ、私だってちょっとぐらい甘えてもいいでしょう!」


 シェリーが止まらない。

 ライル先生、少し押しが弱くなっちゃったな。


 たぶんこれは、俺のせいでもあるんだろう。

 俺が、ライル先生を女にしちゃったから、そりゃ弱くもなろうというものだ。


「あーわかった、兵站の話はここまでだから、シェリーは大人しくしてろ。あとでご褒美はやるから」

「むぐ……」


 小さいのによく動くシェリーの唇を手で押さえて、ライル先生と懸念事項を相談する。

 そりゃシェリーなりに識見はあるんだろうが、先生はシェリーと違って、外交や戦争も考えないといけないから忙しいんだよ。


「先生、カスティリア王国とはやっぱり戦争しなきゃいけないんですかね」

「ブリタニアン同君連合と、カスティリア王国の争いにどの程度介入するかにもよりますが、どっちにしろカスティリアはこちらを敵視していますから」


「放置しておいても、どうせ戦争に巻き込まれるから今のうちに削っておいたほうがいいってところですか」

「その通りですね。カスティリアは海軍国ですが、陸路でもシレジエ国内で反抗的な南方の地方貴族領と接している辺り、放置はできませんね」


 下手をすると、地方貴族とカスティリアが結託して海と陸から共同して攻めてくる可能性もある。

 ブリタニアン同君連合の海軍と共同して削れるなら、今のうちにやった方がいい。


「しかし、うちには二隻しか軍船がないと」

「そういうことです」


 ライル先生は、苦笑する。カスティリア王国の無敵艦隊は、王室所属のキャラック型軍船による艦隊が三十四隻。

 国内の武装商船をかき集めれば、その総数は二百隻に迫るという。


 シレジエだけで戦えば、海軍戦力比は百倍ということになる。

 これでは、戦争にすらならない。


「しかも、うちのはコッグ型って年代物の商船でしたよね、大砲は乗らないですよね」


 実物を見たことがないから、なんとも言えないのだが。

 全長三十メートル総重量百トンというから、普通に使うのには十分なのだろうけど、軍船として使えるかだよね。


「大砲も乗らないことはないんですが、青銅砲を舳先に並べるだけになるでしょうね。タケル殿が言うには、本当の大砲を使った軍船というのは甲板に並べるのではなくて、船の側面に砲列を備えるんですよね」

「先生は、ちょっと言ったことをよく覚えてますね、カスティリアの無敵艦隊が使ってるのも全長六十メートルのキャラック型でしたっけ。本格的に大砲を使った船だと、もっと大型の帆船じゃないと無理だと思います。いや、ガレー船でもいいのかな。とにかく大事なのは大きさです」


 俺の船舶の知識は、ゲームでやったぐらいだからよくわからない。

 とにかく、船の側面に砲列を並べようと思えば、でかい船が居るのだ。ガレオン船、そうだ、せめてガレオン船の大きさがないと、大砲を使う軍船にはならない。


「海軍国のカスティリアより大きな船ですか、夢の様な話ですね」

「まあ、それは今言ってもしょうがないですよね。ブリタニアン同君連合の海軍と同調して、大海戦が始まるときにコッグ二隻で行って、カアラに敵艦に向かってメテオ・ストライクでもぶちかましてもらいましょう」


 結局は、今できることをやろうという話になった。

 大砲が使われていないこの世界での大海戦で砲撃といえば、上級魔術師同士の撃ち合いとなる。その例に当面は習うしかない。


 こちらにも魔術師はいる。

 最上級魔法を駆使できる天才カアラだけではない。ニコラ宰相にしたって上級魔術師だしな。


 ただニコラ宰相の場合、得意魔法が消去魔法ディスペル・マジックって地味っぷりなんだよね。

 いや、敵の上級魔術師からの攻撃を打ち消してもらうにはちょうどいいのか。他所の国の戦争に介入して、怪我しても馬鹿らしいし使い道はある。


 本当は、敵の船を拿捕して海上戦力を増やすとかやりたいんだが、無理だろうな。

 カスティリアとブリタニアンの海上戦力は数だけで見ても三対二、しかもブリタニアンは小規模な寄せ集めの艦隊だ。これでは勝てない。


 むしろ、これでよく戦おうという気になったもんだ。

 何か策があるというよりは、島国のブリタニアン同君連合にとっては外洋のルートが生命線だからなのだろう。


 外洋に伸長してきたゲルマニア帝国とも戦ったように、カスティリアが攻めてくれば戦わざるを得ない。


 そもそも海戦は金ばかりかかって、勝っても負けても領土が得られるわけでもない厳しい戦いだ。

 それでも、何も得るものがない戦争になると思ってもなお、生存圏を賭けて戦わないといけないこともあるのだろう。


 それは、敗戦を経験した海洋国家を母国に持つ俺には、よくわかる。

 生きるために死ぬ、その悲壮な覚悟を、愚かとは言うまい。そういう悲しい戦争もあるのだ。


「じゃあ、とりあえずそういうことで」

「んんっ……」


 なんだろう指先が生暖かいなと思ったら、シェリーが俺の指をチューチュー吸っていた。まるで赤ん坊だ。

 ライル先生は甘やかすなというが、まだ子供なんだよなあ。


     ※※※


「なあ、シェリー。お前は、砲列を搭載した大きな船って作れると思うか」


 俺はよっこいしょとシェリーを抱いて運んだ。俺の指を赤ん坊みたいにチュッチュと吸っていたシェリーは、今度は俺の首筋を甘咬みしてる。

 吸血鬼かと思うが、子供のやることだし、別に不快ではない。シェリーの甘え方は少し変わっているのだ。


「トランシュバニア公国の造船技術ならば、試す価値はあります。大砲も作ってますから材料ごとライン川から流して、公国の河口の街で作ってみてはどうでしょうか」

「なるほど、そのための買収はできてるか」


「できてるとは言いませんが、できます。お兄様にそう言われる可能性は、すでに考慮していました。ただ……費用対効果の問題が有ります。新造船となるとかなりお金がかかるんです、キャラック型を超えるサイズとなれば、まともに使える船ができるかやってみないとわかりません。リスクを冒して新型船を作る価値があるのかと問われれば、データ不足です」


「さっきの話か、非効率だって先生に言われたもんな」

「初めてのことは上手くいかないこともあるでしょうが、だからこそ挑戦することをやめてはいけません。前人未到の領域を前にして、誰もが恐れて足を震わせるときにこそ、最初に一歩を踏み出した者に最も高い配当が与えられるのです」


 シェリーは俺の首に手を回して、ぎゅっと抱きしめてくる。その小さい身体は、少し震えていた。

 シェリーは、ちゃんとライル先生の言うことは、わかっているのだ。失敗を恐れてもいる。だがそれでも、危険の海に一歩踏み出すのが、この娘なのだろう。


 ギャンブラーの血、なのだろう。

 最近の俺は、家族ができて守りに入っているから、シェリーの血を受け入れたいと感じた。


「材料の準備はしておけ、今の情勢ではそれこそ使えるかどうかはわからないが、先生には俺から上手く言ってやる」

「はい、お兄様の御意のままに!」


 陸軍国が海軍国と戦うのは、なまじっかなことでは上手くいかないだろう。

 まだまだ、冒険がいる。


 俺は、シレジエの勇者なのだ。

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