第129話「皇孫女の情操教育」

 後宮のお風呂場、俺はリアとシャロンに挟まれるようにして身体を洗われていた。

 風呂ぐらい一人でゆっくりと入りたいのだが、自分の都合で長く留守にしてしまった後でもある。


「おられるときは、なるべく一緒に居たいのです」


 そう言われてしまえば、断るわけにもいかない。

 耳を伏せたシャロンが、寂しそうにつぶやいたのがいじらしかったので、つい情にほだされてしまった。リアは、おまけである。


 オラクルちゃんは、俺の身体洗いには参加せず、湯船でプカプカと浮かんでいた。

 まあ、彼女は俺の出張にも付いてきてたし、空気を読んで他の嫁に譲っているのかもしれない。

 子供みたいな外見に反比例して、彼女は一番の大人だ。


「それにしても、タケルはまたお嫁さんを増やしたんですね!」

「おい、リア。人聞きの悪いこと言うなよ『また』とか、今回初めてだろう」


 俺を前から泡立てて洗っているのがシャロンで、ぶつくさ言いながら背中を洗っているのがリアである。

 リアが手を使わないで、胸で洗おうとするのを注意しようかどうか悩んだが、もうスルーすることにした。


「そりゃタケルは勇者ですから、是非もないこととは思いますが、妻であるこのわたくしに断りもなくとは……」

「いや、だから今回だけ特別ケースだよ。どうしようもなかったんだ」


 そりゃ誰かに叱られたいとは思っていたよ。

 しかし、その唯一の相手がリアってのが、俺はなんか納得がいかない。


 あと、いい加減、普通の洗い方をしろ。

 背中がむにゅむにゅしてるだけで、ぜんぜん綺麗になってる気がしないんだが。


「まあ、一言でも謝罪の言葉があれば、わたくしも」

「勝手なことをして済まなかったな、シャロン」


 俺の胸板を黙って泡だらけにしていた、シャロンはハッと顔を上げた。


「いえ、私はご主人様のお好きにされたらいいと思います」

「そうか、苦労をかけて済まない」


 俺は、シャロンのオレンジ色の髪を優しく撫でる。

 シャロンの犬耳がピクリと震えた。


「いえ、ご主人様のされることでしたら私は……」

「そうか、シャロンは可愛いな」


 また俯いて、俺の身体を洗う作業に没頭するシャロン。

 ふざけて適当な洗い方をしているリアと違って、シャロンに洗われるのは本当に気持ちが良い。


「ちょっと待ってください、なんでわたくしだけスルーなんですか!」

「リア、お前はうちの後宮ハーレムの序列最下位だから、発言権ないからね」


 リアには、立場をわからせておかなければならない。

 あくまで『おまけ』だからな、お前は。だいたいシスターなのに、ハーレムに入るって土台おかしいだろう。今さら言ってもしょうがないけど。

 おかげで、俺の勇者付きシスター枠が開いて、また厄介なことになりそうなんだぞ。


「ぐっ……でも、是非もなくエレオノラ公姫が入ったんですよね。じゃあわたくしだって、もう最下位じゃ」

「いやお前がまだ最下位だぞ。どうしようもない姫騎士とはいえ、ランクト公国の一人娘だから序列的に最下位にするわけにはいけないそうだ」


 ライル先生がそう言ってた。

 まあ、王族の後宮序列だからな、形式上のこととはいえ、対外的なものもあるのだろう。


「なんですって……」

「ちなみに、エレオノラはシャロンよりは下だ」


「ああっ、ご主人様。私なんて、公姫様より下で結構です」

「良いんだ、俺が先生にお願いしたんだから。さすがにエレオノラを最下位にするのは、マズいらしいが、俺がシャロンを下げたくなかったんだ」


「ご主人様ぁ……」

「よしよし」


 甘えてくるシャロンを、俺は優しく抱きしめてやった。

 俺の胸についた石鹸の泡が、シャロンの白い頬にもついてしまったから、俺は優しく濡れたタオルで拭ってやる。


 シャロンが目を伏せたので、俺は誘われるようにその血色の良い唇に口付けた。柔らかく優しい味がする。

 石鹸の泡の香りと彼女の甘い香りが交じり合って、俺は欲望のおもむくままに彼女を抱きしめた。


 耳元で愛をささやきながら、優しく彼女のオレンジ色の髪を撫でて、ふっと後ろからのリアの感触がなくなっていることに気がつく。

 振り向くと、浴槽の端っこほうので顔を湯船に伏せて蹲っていた。水面に顔をつけて、ブクブクと泡を吹いている。これはちょっと、いじめすぎたか。


「やれやれ、身体を洗うのはもういいかな」

「はい、ステリアーナさんがいじけちゃいましたから」


 まったくだよ。

 俺は、シャロンの艶やかな身体にお湯をかけて、泡を流してやると俺もかけ湯して浴槽へとザブンと身を沈めた。


 そのまま、端っこでいじけているリアのところに泳いでいく。

 水面に顔をつけて、泡を吹き続けているリアの顔を上げさせる。


「冗談だよリア」

「わたくしは、どうせ最下位ですものね。是非もなくおまけです。カード付きのポテトチップスで言うと、ポテトチップスの方ですよね。食べられることなくドブに捨てられる定めです」


「また、無駄に現代知識アピールしたいじけかたを」


 どこの禁書で、そんな話を覚えてきたんだよ。実物知らんくせに。つか、野球カードとか、俺も集めてないよ。

 だいたいまだポテトがユーラ大陸に伝来してないから、ポテトチップスもないだろ。食べられるなら食べたいわ。


「リアも、大事な俺の妻だ」

「本当ですか、序列関係なくですか」


 序列うんぬんは、冗談だ。言葉で言っても、わからないだろうから抱きしめてやる。

 思えば俺はずっとリアを避けてきたように思うけれど、もうここまでくれば受け入れる。リアのあまりにも豊満すぎる果実は、大きすぎて俺の手でも持て余してしまうけど。


 何というか。


「俺は、カードが欲しくても、ポテトチップスもきちんと食べる派だからな」

「そうですか、では是非もないですね」


 リアの柔らかい肉に、顔を埋めるようにして、強く掻き抱いてやる。

 すこし痛いぐらいに強く。リアは丈夫だから、これぐらい強くても大丈夫。


「そうそう、是非もないんだろう。お前と一緒になったのは、俺の運命だからな。余すところなく食べてやるさ」

「ああっ、タケルは上手ですね。つい許してしまいます」


 いや、上手じゃないだろ。

 だいたい何だよ、ポテトチップスのたとえとか、ロマンティシズムの欠片もない。これでほだされるなら、リアがチョロイだけだ。


「まあ俺もチョロイよな、なんだかんだ言って、自分からリアを求める日が来るとは思わなかった」

「そういえばそうですね、お風呂でタケルからこうされるのは、初めてな気がします。これも是非もないアーサマのお導きです」


 導かれているのだろうか。

 まあ今さら、勇者の宿命から逃げようなんて思わないけどな。


 風呂場で睦み合っている俺とリアのところに、シャロンとオラクルちゃんも湯船を泳ぐようにしてやってきた。


「タケル、さっさと子を成してしまえば良いのじゃ。そうすれば、女は落ち着くものじゃ。このワシのように」


 そう言って、オラクルは少し膨らんだお腹を湯船に出して見せる。

 シャロンがオラクルの青いお腹に手を触れて、羨ましそうにしている。


「ここに、ご主人様のお子が入ってるんですね」

「そうじゃな、こうなってしまえば、女も腹を据えるしかないのじゃ」


「オラクルさんが羨ましいです」

「んっ、シャロン。お前さんも、もしかすると、できとるかもしれんぞ」


 オラクルは、手でシャロンの腹に触れると、探るように下腹部をさすった。


「本当ですか」

「ふーむ、胎児が小さすぎるとワシでもわかりにくいのじゃが、もしかすると……じゃな。何か自覚症状のようなものが、出ておるのじゃないか」


 最近胸が張ってきたとか、シャロンとオラクルは、そんな話をしている。

 うん、なんだろう。別にイヤラシイ話ではないのに、興奮してくる。


「わたくしにも、タケルのお子はできてますでしょうか」

「アーサマの小娘には、まだじゃな。影も形もないからすぐわかる。まあ励むことじゃ」


 オラクルは、そう言うと余裕の笑みを浮かべている。

 女は落ち着くか、さすがに見た目では一番小さくても、年長者のオラクルの言うことは含蓄深い。


「何やら楽しげな話をしてますのね」

「あれ、エリザたちも入ってきたのか」


 エリザとツィターがタオルを巻いて浴槽に入ってきた。

 離れとはいえ、後宮ハーレムに隣接する建物で、お風呂は共用しているわけだ。


 八歳の子供が入ってきても、俺はなんとも思わんし、ツィターも本当は二十四歳のはずだが、背丈がちっこいからさほど気にはならん。

 混浴とかいまさらだ。誰も気にしないなら問題はない。


 ……のだが、いまはちょっとまずい。

 夫婦のまぐわいなど、子供に見せられたものではない。


「おい、リア離れろ」

「あら、是非もないことをおっしゃいますね」


 俺を離すまいと、リアが手足を巻きつけて、まとわりついてくる。

 チッ、こうなるとリアはしつこい。


「子供が見てるんだぞ! 情操教育に悪すぎるだろう」

「あら、子供って私のことでしょうか。ご夫婦のことでしょう。どうぞ、私たちに気兼ねせずお続けください」


 子供にそう言われて、続けられるわけがないだろう。

 エリザは澄んだ顔で微笑んでいる。気を使ったつもりなんだろうけど、続けろといわれて続けられるわけがないだろう。


 エリザはまだ子供で、男女の間柄のことが、実感としてまったく理解できてないから、こういうちぐはぐな対応になる。

 ツィターのほうは、のぼせたわけでもないのに、顔が真っ赤になってるしな。こっちは大人なので恥ずかしいことだとわかっている。


 しかし、なぜかツィターもチラッチラとこっちを見て、出ていこうとは言わない。

 お前は皇孫女のお付きなんだから、気を利かせて子供を下がらせろよ。


「待て、俺たちはもう上がるから、皇孫女殿下に……リア、いいかげんにしろ!」

「タケル、エリザベート様もこういっております。夫婦のことですから、恥ずかしいことではありません。むしろ、見せてあげれば良いではありませんか。これも是非もなく情操教育の一環です」


 リアが、タコのようにまとわりついて、俺から離れない。

 いい加減にしろ、だいたい皇孫女とリアを接触させたくないのだ、こいつの存在自体が、情操教育には最低の教材だ。


「もうやめろ……リア! お前は前科があるんだから、絶対に殿下に変なことを吹き込むなよ」

「まあ、是非もないおっしゃりようですわね。わたくしが、いつ変なことを吹き込んだとおっしゃるのですか」


 いつとかじゃなくて、お前の場合は常にだろ。リアが純粋なシルエットに、いろいろおかしなことを教えて、こっちは迷惑したんだぞ。

 シルエット女王ならまだ良い、ゲルマニア帝国最後の後継に、おかしな性嗜好でも与えたら、外交問題になるってわかってるのか。


「リア、離れろぉ!」

「男女の性の神秘は、いずれ子供にも是非もなくわかることなのですよ。真実はいつも一つ」


 こいつ、外交問題とか、一切気にしないからな。

 エリザが金と青のヘテロクロミアの瞳を丸くして、興味津々といった様子でこちらをのぞき込んでいる。


 リアは、湯船の中で、子供に絶対に見せてはならないことをやっているのだ。

 これは焦るなというのほうが無理だ。


「リア、子供の前だぞ、本気でやめろ」

「皇孫女殿下、女が男を求めるときはまず、アモーレ! と叫びます」


 ダメだこいつ、早く何とかしないと。


「アモーレで、よろしいのですか聖女様?」

「もっと情熱的に、レッスンワン、アモーレ!」


 お前らはイタリア人か!

 皇孫女は、リアに従ってアモーレを連呼している。もう俺一人では、突っ込みきれない。


「シャロン! すまないけど頼む」

「はいご主人様、ステリアーナさんはこっちで、ちょっと落ち着きましょうねっ!」


「ああ、是非もないこの流れ、久しぶりですね」


 リアもまんざらでもなさそうに、シャロンに力ずくで引っ立てられていった。

 やはりシャロンは頼りになる。


「ハァ、ハァ……妻になろうが、シスターでなくなろうが、リアは結局リアのままか」


 少しは大人になってほしい。

 いやらしいことに、身体だけ一番大人だからな、せめてその乳の十分の一でいいからハートを成長させろ。


「タケル、だから言っておろう。女を落ち着かせるには、もうこれしかないのじゃ」


 オラクルは、湯船からザブンと立ち上がるとポンポンとお腹を撫でた。

 そういえば、また少し身長が伸びたな。ちょうどお腹の大きさと同じように、身体も成長している。


 まあ、成長するのは良いことだ。

 オラクルはなんだかんだ言って、子ができたことを自慢したいのかもしれない。


「アモーレ! でよろしいのでしょうか」

「エリザ、それは嘘だから、あのダメ聖女の妄言は聞かなくて良い」


 アーサマ教会の聖職者は、普段のあの言動から考えると謎としか言いようが無いほどに民衆から尊敬されている。その説得力は、洗脳レベルなのだ。

 子供が影響されて、変なことを覚えてしまっては困る。俺は慌てて、湯船から上がってエリザの脱洗脳にかかった。


「では、女性が男性を求めるときは、なんて言えばいいんでしょう」

「それはだな……」


 青みがかった長い金髪、金と青のヘテロクロミアの対の瞳が、じっと俺を見上げている。

 ここで、ごまかしたようなことを言っても、聡明なエリザにはわかってしまうだろう。


「グッと抱きしめて、愛してると言えばいいんだよ」

「そうですか、では先程は聖女様と、そのようなことをなさっていたのですね」


 そうも平然と言われると、こっちのほうが赤面してしまう。

 なんだこれ、こっ恥ずかしい。


「俺たちは、まあ……これでも夫婦だからな。エリザも、本当に大事な相手ができたらすればいい」

「そうですか、ご夫婦ですものね。もしかすると、そのようにしてお子が産まれるのでしょうか」


 何この子、平然とこんなこと聞いてきたぞ。

 真顔だ、エリザは真顔。純粋な興味で聞いてきているのだ。


 いくら皇族でも、性教育とかされないからな。

 こういう場所で聞くしか無いのかもしれない……けど、俺には聞くな。


「オラクル! 教えてやれ……」

「タケルは、ワシに頼りすぎじゃな」


 オラクルは、湯船から上がってくると面白そうに笑っていた。頼られるのも、まんざらでもないんだろ。だから頼むぜ。

 オラクルは、少し大きくなった腹をエリザに撫でさせながら、子供の成り立ちについて説明を始めた。


 俺はもうギブアップだ。聞いてるだけで恥ずかしすぎる。

 エリザは聡明だから、ごまかしたことを言っても見透かされるし、間違ったことを教えればまずいことになる。


 性教育は専門家のオラクルに、頼むのが一番いい。

 ああもう上がろう、浴室から出るときに振り向くと、オラクルの説明に真剣に聞き入っているエリザとツィターの姿が見えた。


 ツィターは、説明聞かなくても知ってるだろ二十四歳。

 いや待てよ、あいつの場合、もしかすると知らないんじゃないだろうか。信じられないぐらい天然ボケだからな。


 何せこの世界の教育レベルは中世だから、どんな無知が蔓延っているかわかったものではない。

 そう考えると、性教育は良い機会だったのかもしれない。


 いずれは知らなきゃならないことだ、そうじゃないと結婚してるのに男女の関わり方を知らないシルエットのようになってしまう。

 無垢も過ぎると、大変だからな。ただ八歳で教えるのは、いくらなんでも早いと思うんだけど。


「少なくとも、こいつに変なことを吹き込まれるよりはマシか」

「お待ちしておりました」


 脱衣所で、リアとシャロンが待っていた。

 シャロンは俺の濡れた身体をタオルで拭ってくれるが、リアは邪魔しかしない。もう風呂から上がったんだから服を着ろよ!


「リアにも、子ができたら、本当に落ち着くのかなあ」

「あらやだ、タケルはもうそんなことを考えているんですか。まだ夜には早いですよ」


 うるせえ。ユッサユッサ揺らすな。


「リアが、母親になるとか想像もつかないんだが」

「まあ、わたくしは子供の世話は得意ですよ」


 そういえば、リアは孤児院で育ったとかいう設定があったな。どう考えても、設定ミスだろうという感じの。

 そういう環境で育ったら、こうはならないだろ。いや待てよ、アーサマ教会の孤児院だしな……。


 どんな育て方してるのか、孤児院を経営していたというリアの親代わりの聖女に小一時間問い詰めたい。

 すでに亡くなってるそうなのだが、どっちかといえば、アーサマよりもそっちに降臨してほしい。


「まあいいや、行くぞ」

「はい、よく考えたら、もう夜ですよね。あーぜひもなく暗くなってきました」


 まだ全然明るいんだよ。

 あと、行くって言ってるんだから、いい加減に服を着ろと言ってるんだ。無駄乳を揺らすな!


 俺たちしか居ない、後宮ハーレムという楽園的な環境が悪いのだろうか。

 ぬるま湯に浸かりきって、ダルダルに爛れきっている堕落した聖女だった。いや、リアのことだけを言えないか。俺自身も、ダレてきてるんだよな。


 後宮ハーレムの生活は、食べて飲んで子作りしてお風呂に入って子作りして、本能の赴くままの生活だ。こんなことを長く続けたら、どんな人間でもダメになってしまう。

 そのうち綱紀粛正をしないといけないかもしれない。

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