第107話「新婚旅行」
ようやく、六人の妻のスケジュールが合って新婚旅行へと出かけることになった。
そうは言っても、たいして広くもない王領をぐるっとひと回りするだけの旅である。
本当は、シレジエ王国中を旅したいぐらいのところなのだが、南方の地方貴族は未だにシルエット女王の王権に面従腹背の状態なのだ。
俺が守っている限りそんな不始末はまずないと思うが、ノコノコ馬車で回るのは反乱を刺激しかねないので止めておいた。
ライル先生は、いずれは地方貴族派の問題も何とかしたいとは言っていたが。
どちらにしろ、ゲルマニア帝国との戦争の傷跡も癒えてない今はまだ早すぎる。
「空を飛んでいけば早いのにのう」
馬車の旅になると、オラクルちゃんは毎回そんなことを愚痴っている。
飛行魔法が使えるのは、オラクルちゃんとカアラだけなので仕方がないのだ。
「たまにはのんびりと、馬車の旅もいいもんだぞ」
俺は新しく新調された、王室用の馬車に乗り込む。んん、なんか踏みしめると足元がボヨンボヨンしている。
先生がしたり顔で、下に固定したバネを並べてあるのだと説明する。
「タケル殿の言う、サスペンションでしたか。バネを付けて振動を緩めるという発想で作成してみたんですがいかがでしょうか」
「うーんまあ、吊り上げ式のよりはマシになってますよね」
四頭立ての馬車を走らせてみると、吊り上げ方式も併用されているので、座席の揺れはより少なくはできている。
ただ、おそらくこの乗り心地の不安定感は本当のサスペンションとは違う、まだまだ要改良だなと心に留めた。
馬車の材料になる、木材も馬もシレジエ王国にはあるのだ。加工する鍛冶・木工ギルドも、いまはランクト公国などの技術水準には負けているが、きちんとあるある。
「完璧な物ができれば、商品として売れますからね」
「これでも合格点じゃないんですか、なかなかタケル殿は水準が厳しいですね」
中途半端な物を作っても特産品にはならない。
シレジエの産業育成もこれから考えて行かなければならない。
※※※
王領の街や村々を回って、新しい女王様の就任をアピールする。
やはり、新しい女王様は地方にいけば行くほど知られていなかった。
その点、なぜかシレジエの勇者である俺のことだけはみんな知っていて驚く。
庶民というのは、王様や貴族にはあまり興味がないが、勇者の話が好きなようだ。
増して、一介の農夫から勇者になり、女王と結婚して王将へと成り上がった(サラちゃんが広めた噂が、王国全土に広まってしまっている)佐渡タケルの英雄譚は、農民には受けがよくどこの村でも大歓迎された。
「大人気ですね」
木剣を握っていつまでも俺の馬車のあとを付いてくる農民の子供を見て、シルエットに笑われてしまった。
「なんかすいません、俺ばっかが目立ってるみたいで」
「いえいえ、妾も妻として鼻が高いです」
「タケル殿が農村で人気が高いのは、義勇兵を集めるときに便利ですからね」
先生は、農村を見まわって、そんなことを考えていたようだ。
「まだ兵を集めるんですか」
「シレジエ王国の南部はまだ物騒ですし、抑えに兵は要ります。また、ゲルマニア帝国から分離独立したランクト公の諸侯連合も王国を頼ってますからね」
古い戦術で頭が固まった騎士や兵士を訓練するよりも、農民出身の素朴な義勇兵のほうが銃や大砲に慣れるのが早いのだ。
シレジエ王国が始めた義勇兵というシステムは、今後の戦争の常識を変えるかもしれない。
「先生、せっかく新婚旅行に来てるんだから、仕事の話はやめましょう」
「すいません。あっ、何をなさるんですか」
何をって、ナニをだよね。頭を柔らかくするのは、スキンシップを取るのが一番いい。
俺は先生にだけはすぐ攻めにいけるんだが、あとで他の妻にも平等に攻めなきゃいけなくなって難儀する。
なかなか、平等にハーレムするのは難しい。
※※※
内陸から、今度は海側を見て回ったが、王領の海岸は殺風景な大地に人もまばらな寒村があるだけだった。
切り立った断崖、断崖の下で逆巻く波、そして岬の先に広がる広大な海。ようやく海岸線が見えたかと思えば、そのほとんどが砂浜ではなく、大きな石っころが転がる砂利の海岸だった。
海沿いの漁村では、ほそぼそと小舟で漁業を行って食いつないでいるのが現状らしい。
小麦がよく実って農作物が豊かで、ブドウからブドウ酒の生産も盛んな王領の内陸部に比べると漁村は一様に貧しくて、人口も少ない。
荒涼とした景色だが、俺は久しぶりに潮風の匂いを嗅いでいい気分だった。海を見ただけで、何故かとても懐かしい気持ちになった。
この海は、世界に繋がっている。
他の娘はともかく、シャロンは産まれてから海を見たことがないらしく感動していた。もちろん、最近になってダンジョンから出たオラクルちゃんも見たことがなく「でっかい水たまりじゃな」とか驚いていたが、あまりにもベタすぎるので割愛する。
彼女たちは海の水が塩辛いのも、知らないのだ。どうして塩辛いのかとか聞かれても知らないよ。博識のライル先生でも知らないだろう。
海辺で遊んでいると、海風にローブをなびかせて先生が近づいてきた。
先生の視線は、目の前の海ではなく、水平線のかなたを見つめている。
「タケル殿は、王領の海を見てどう思いますか」
「海藻が美味しそうだなあと」
ようやく降り立ったほんの少しある砂浜で、流れ着いている海藻を拾い上げながら、俺はこれ食べられるなと思っていた。
「こんなもの食べるんですか!」
先生がびっくりしている。
「ああそうか、日本人しか食べられないんだっけ」
「いえ、あのブリタニアン同君連合の漁村では一部食べる人もいるそうですが、タケル殿は漁村出身だったんですか」
「まあ、そういうわけでもないんですが。海藻サラダにして食べないなら、何に使ってるんです」
「乾燥させて畑の肥料にすることもあるそうですが、輸送コストを考えると微妙です。基本的には何にも使われてないですね」
「いま思い出したんですけど、海藻の灰は木材の灰より、石鹸作りに向いてるはずです」
海に来ることがまったくなかったので、思い出せなかったのだが。
そういう話をどっかで聞いたことがある。
「そうか……石鹸の産地は海沿いが多いんですが、それが製法の秘密なのかもしれませんね。さすがはタケル殿です。試してみましょう、貧しい寒村で石鹸作りが上手くいけば、収入源になりますしね」
もちろん、そのときは産業育成の段階から、佐渡商会がしっかり噛ませてもらうが。
シャロンの方を見ただけで、察したのか頷いてくれている。頼もしいね。
「話がずれましたがタケル殿、海を見てどう思いますか」
「うーんと、貧しいですよね」
それを聞いて、先生は嬉しそうに笑った。
「そうなんです! シレジエ王領は良港がないために小舟しか使えないんですよ。つまり、海軍は無きに等しい状態です」
「そうなんですか、海に出る必要性を感じなかったからなあ」
「これまではそうでしたでしょう、しかしこれからは海運事業も大事になります。そのために海軍を持つ必要性も出てくるんですよ」
今のシレジエ海軍は、コッグと呼ばれる全長三十メートル、幅は八メートル、総重量百トンの年代物の商船が二隻あるだけだそうだ。
王族が、外交のために海沿いの国を訪れるために使用するもので、しかも南方貴族の港であるナントの街に停泊されているとのこと。
「トランシュバニア公国には、良港がありますから、とりあえずうちの国に移したほうがいいかもしれませんね」
「そうですか、じゃあそうさせてもらおうかな」
カロリーンのご好意に甘えることにした。小国ながらも、積極的に外洋に出てブリタニアン同君連合と交易を行っている公国は先進国だ。
船だって何に使うか分からない、同じ国の反抗的な地方貴族より、血のつながりがある隣国のほうが信用できるのが今のシレジエ王国の現状でもあるのだ。
「先生の言わんとすることは分かりました、海運・海軍事業にも予算をつけろってことなんですね」
実はゲルマニアから取った賠償金の使い道で、かなり揉めている。先生は、軍備増強や国内資本の整備に向けろと言ってるのだが、底値になったゲルマニア資本を買収したいシェリーが強硬に反論している。
投資型志向と投機型志向の違いだ。二大頭脳チートのぶつかり合い。
シェリーは最近になって自分の分析に自信を深めたのか、ライル先生相手でも反論するようになったし、形式上国庫の鍵を握っているニコラ宰相も先生への反発からか、シェリーの肩を持つようになっているので、感情的な問題も入り乱れて予算策定の話がこじれにこじれている。
女王は自分の分からないことには口出ししないし、結局のところ俺が収めなきゃいけないんだが、シェリーも先生も、俺が自分の味方をすると信じてるんだよな。
これは結構キツイ。
まあ、折衷案でなんとかしたいところだ。俺の顔色を窺って、先生はさらに続ける。
「それだけではありません、今のシレジエ王国の現状を知っておいて欲しかったのです。とりあえずは公国の港を借りるとしても、自国に良港を持ちたければ南部の貴族を王権に服属させてナントの街を手に入れなくてはなりません」
先生の野心は、小うるさい南側の地方貴族の領地を越えて海に向いているのか。
ちゃんと分かりましたよ、わざわざ新婚旅行に海に連れてきた意味もね。
「南部貴族の国境線の向こう側には、無敵艦隊を有するカスティリア王国があります。外洋の権益を巡ってブリタニアン同君連合と敵対していますから、我が国とも仲が良くない。海から攻められるケースも視野に入れておかないといけないのです」
新しい国の名前が出てきた、先生が指し示す地図の位置は南部貴族の向こう側の外洋に突き出した半島、俺の世界だとスペインの位置にあたる。
なるほど、無敵艦隊って歴史の時間に聞いたことがあるな。
「まあ、海運事業がほとんどないというのは逆にいいこともありますけどね」
「えっ、どういうことですか」
外交を語って少し興奮していた先生が、ため息混じりに微笑みながら説明してくれる。
「海運事業が盛んな国は、海賊に狙われますから、我が国などは今のところその心配だけはしなくていい」
「海賊なんているんですか!」
盗賊はギルドまで作って存在するが、海賊ギルドなんてのもあるんだろうか。
なんか俺はそっちのほうが、興味があるぞ。
「居ますよ、この近くだと北海の海賊ですね。根城はブリタニアン同君連合や、ゲルマニア帝国を構成していた諸国の支配権が届かない港などを根城にしているはずです。そこから海賊船を出して、商船を襲います」
国の利益のために敵国を襲う私掠船なんてのもあると教えてくれた。
盗賊が時に傭兵として戦争に参加するように、海賊が足りない海軍を補う海の傭兵のような役割を担うこともあるらしい。
「そうすると、その海賊を拿捕するなりなんなりして支配下に治めたら、それで海軍を作るなんてこともできますね」
「そうですね。まあ、それができたらどこの国もやってるとは思いますけど」
先生は知識として知ってるだけで、海軍の運用の実体まではあまり知らないらしい。
まあ、俺も素人考えだけれども。海軍が必要になった時には、アイディアの一つとして温めておこう。
「まあ、せっかくなんで石切でもして遊びましょうか」
「石切ですか?」
俺はなるべく平べったい石を拾うと、水平に投げた。海面を、水音を立てて石が跳ねて飛んで行く。
俺は力が増幅されてるせいで、十回以上跳ね上がってかなり遠くまで飛ばせた。
「凄いですね、こんな遊び見たことないですよ。あっ、でも上手くできないな」
「海は波がありますからね、本来は川面とか湖面でやるもんなんですよ」
先生が真似してみるが、一回か二回しか跳ね上げられない。シルエットやカロリーンがやっても、ポチャンと落ちるだけで上手く行かなかった。
シャロンとリアはわりあいと腕力が鍛えられているのか、思いっきり投げたら波に逆らって三回も飛ばせた。
最後にオラクルちゃんが石を水平に投げると、シュルシュルと音を立てて、そのまま一度も海面に付くこと無く、かなり遠方まで水平に飛んで消えた。
ちっこい身体でその怪力、どういう原理になってんだよ。
「よっし、ワシの優勝じゃな」
「いや、オラクル、そういう遊びじゃないからね……」
「ん、遠くに飛ばす遊びじゃないのかの」
オラクルちゃんが白いツインテールを潮風に揺らせて、挑発的に見上げてくる。
ほう……。
「よっし、じゃあ俺も本気だすわ」
俺は安定するようにちょっと幅の広い石を拾い上げると、渾身の力を込めて、腕のスナップを効かせて投げた。
どや!
俺だって勇者だ。ちょっと力が余りすぎて軌道が上下にぶれたが、そこも力任せで突き抜ける。
全力でやれば、オラクルちゃんと同じぐらいまで飛ばせるんだぞ。
「ほほおー、じゃあワシはこうじゃ!」
オラクルちゃんがブツブツと唱えて投げると、波が部分的に収まった。静まり返った水面をバシャンバシャンと石が水を切って飛んでいく。
こっちは魔法使えないのに、水流操作の魔法使うとかキタネエ。しかも、石切遊びの意味ちゃんとわかってんじゃねえか。
「よっし、オラクルがそうくるなら俺は!」
「子供の遊びですか……」
先生が呆れたように突っ込んできたので、我に返った。
まあこれ自体、子供の遊びなんですけどね。
※※※
海で遊んで、心地よく疲れたのでその日は漁村に泊まることにした。
泊まる場所もないので、大きな天幕を張ってキャンプになるが、一日ぐらいならいいだろう。
試しに釣りもしてみたのだが、海藻しか釣れなかったので、漁村で魚を買う。タラやヒラメ、サバなど見覚えのある魚もあったし、小さいカニやエビや巻き貝もあった。
寒村というわりには、豊富な種類の魚介類が採れるようだ。新鮮なので焼いたり煮たりして食べるだけで美味しい。
珍しいところではアンコウがあった。
これはぜひ、アンコウ鍋にしなくてはなるまい。味噌や醤油がないのが残念なところだが、魚醤で味付けする。
鍋にするなら単純に煮るのではなく、肝を取ってから別に炒めてからが良いと、漁民に教えられた。肝油が凝縮されて、濃厚なスープになるのだ。漁民風どぶ汁になるのだろうか。
あとは野菜と一緒に煮込んで完成である。アンコウは捨てるところがない魚だ。
作った料理は、概ね好評だったのだが、俺が作った海藻サラダは誰も食べてくれない。しかし、シレジエの生んだ冒険者(チャレンジャー)、ルイーズだけは挑戦してくれた。
「我が主(あるじ)、これは味がないぞ。美味いマズい以前の問題だ」
「うーん、酢(ビネガー)と塩で味付けしてみたらどうかな」
ドレッシングがないのがダメなんだな、まあ工夫しだいでは食べられそうもない。
いろいろ味付けしながら、食べられないと思われている海藻を食べている俺たちを見て、漁民が目を剥いていた。
「魚だけに、ギョッとされたようだな」
「主(あるじ)、海藻は魚じゃないぞ」
寒村だけに、冷たいツッコミだった。
ルイーズはやっぱりデレない……。
※※※
まず雨は降らないと思うが、防水天幕を利用した大きなテントを張って就寝。
シレジエ王国の紋章を付けるなんて、アホな真似はしないが、さすが王室用に作られたテントである。
中は天鵞絨(ベルベット)の絨毯が敷き詰められて、その上で暖かそうな毛布に包まって眠るのだ。
「うーん、なんという芳しき」
「タケルは何をしてるんじゃ、早くこんか」
オラクルちゃんが手招きしている。
テントの中は、甘い香りで充満している。香水を撒いたわけではないのだ、六人の女の子香りが混じりあっているからなのだ。
潜り込むと、暖房など無くても十分に温い。
生の女の子の暖かさと香りに包まれて眠れるのだ。これ以上の豪華なテントなど、この世界に存在しないだろう。
「オラクルさんばっかり抱かれてズルいです」
端っこでリアが不満そうにつぶやいてる。
聞きつけて、オラクルが呵々大笑した。
「しょうがないじゃろ、ワシを抱きまくらにせんと、タケルは眠れない身体になってるのじゃ」
「まあ、否定はしない」
いつの間にか癖になってるからな、確かにそんな感じだ。
オラクルちゃんは、また少し育ったのか、抱きまくらにするにはちょっと不都合なサイズになってきてるけれども、まだ行ける。
「まあ、海で散々遊んで疲れただろうから、今日は大人しく寝ようぜ」
「ほうっ、タケルはそう言うが、こっちは大人しくしておらんようじゃぞ」
眠れるように鎮めてやろうかと、オラクルが囁いてくる。
ついにリアがキレて、俺に向かって飛び込んできた。
リアの大きな胸は普通に武器になる、強く当たると痛い。
「あーオラクルさんばっかりズルいです!」
「序列最下位の小娘は控えておれ」
いやいや、オラクルちゃんもそんなに側室の序列高くないからね。
結局今日も、すぐには眠らせてもらえないのか。
ちなみに、むせ返る女の子の匂いに包まれて、大人しくしていない俺のイマジネーションソードは、リアとオラクルが争っている間に、いつの間にか黙って隣に居たカロリーンに鎮圧してもらった。
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