第88話「決闘再び」
スパイクの街を落としたゲルマニア帝国軍は、後背に『オラクル大洞穴』と言う不安要因を残しながらも前進する。
ニンフの毒の影響で体調不良に陥った軍馬や、厭戦気分で指示に従わなくなった領邦軍と、輜重隊合わせて一万弱を後方への備えとして街に残し。
総勢六万の大軍を率いて、シレジエの王都が目に見える距離まで進軍して陣を展開した。
帝国軍の構成は。
左翼に飛竜騎士団五百騎、傭兵団二万(うち騎兵千)と、その後方に
中央にフリードみずからが率いる本軍。近衛不死団一万、重装歩兵四千、近衛騎士団五千騎。
右翼に各領邦国家・都市から徴募した騎士と歩兵合わせて二万。
圧倒的な大軍のゲルマニア帝国軍は、包囲殲滅せんと鶴翼の陣を敷く。
迎え撃つシレジエ王国軍は、総勢一万七千七百。
横に長く斜めに、雁行の陣を敷いている。
王国側の構成。
左翼は、先陣に傭兵団が五千、その後方に大砲と銃で近代化された義勇兵団が千。
中央に第三、第四、第五兵団の三千人。
右翼に近衛騎士団五百騎。
そして、陣中央の背後、魔の山に潜んだ義勇軍の伏兵が千人。
左翼後方の王都には、第一、第二兵団合わせて二千人と地方貴族の騎士団五百騎がいるが、地方領主軍があてにならないのは王国側も変わらない。
王都の防衛は、大砲を有した義勇兵五百人と城兵が三百人、緊急の徴募に応じてくれた市民兵三千人だけが頼りと言っていい。
右翼後方の要塞街オックスには、長大な飛距離と威力を誇る三門のマジックアームストロング砲と、さらに六門の砲台にベテランの砲手が張り付き、銃士五百人と市民兵四百人が、息を殺すようにして出番を待っていた。
ずらずらと書いたが、ゲルマニア帝国軍の精鋭が中心の遠征軍七万と、シレジエ王国軍が市民まで徴募して守る、防衛軍一万七千七百の戦いである。
数だけ見れば、シレジエ王国側が、圧倒的に不利な戦況から。
後の世に言う、『シレジエの会戦』はスタートした。
※※※
俺は、オラクルちゃんブースターで飛び、鶴翼の陣を展開する六万のゲルマニア軍を前にして高らかに叫んだ。
「フリードォォ! ここが決戦だ。今一度、勇者同士一騎打ちしようではないか」
今にも突撃してきそうな敵軍が、俺の叫びを聞きつけてざわつく。
さて、この陣のどこかフリード皇太子は居るのだ。
「フハハハッ、ついにきたかシレジエの勇者!」
下から呼応する叫びが聞こえる。
ゲルマニア皇室の証たる貝紫色のマントをなびかせながら、中央の陣を割り、金色の獅子皇が白馬に乗ってやってきた!
よし、これで勝てる。
フリードに、六万の兵の後ろに隠れられて、数で押し潰されてはたまったものではない。
ここまでは、ずっと困らされてきたが、今はフリードのお約束を守るプライドの高さだけが頼りだ。
「よくぞ来た金獅子皇! 今こそどちらが正しいか雌雄を決するとき」
「望むところだシレジエの勇者、愚かなる貴様に余の力を見せてくれよう!」
暴れん坊将軍さながらに白馬を駆り、ボルテージが最高潮に達しているのかちょっと顔がイッちゃっているフリード。
こっちの戦力がどれだけ割れているか知らないが、これだけ油断してるならいける。
六万で陣を張る帝国軍の前に進み出るフリードは、一人ではない。
お付きに、大きな黒い甲冑を着た男が一人着いてきている。
黒い兜と鉄仮面をつけているので誰かはわからないが、例のオリハルコンの大盾を持った側近ではない。
初顔だな、誰だあれは。
「フリード、確認するが、一対一の勝負だよな」
「もちろんだとも。コイツはあれだ、貴様に懐かしい男の顔を見せてやろうと思ってな」
フリードは、そう言うと隣の男の鉄仮面を取った。
腫れ上がった青白い醜い顔の男だ、ところどころ縫ってあって継ぎ接ぎだらけのフランケンシュタイン。
「ん、誰だこいつ?」
「わからんか、まあここまで化物になってしまっては無理もないか。俺がシレジエの国王に据えるブリューニュ伯爵だ」
「はぁ?」
ブリューニュは、死んだはずだろう。
あー、こいつもしかして、魔王の核をブリューニュの死体に使ったのか!
「ハハハハッ、驚いただろう! 驚いたよな! そうこなくてはな。なにせこれを作るのに街を二つも潰したのだから」
「信じられないことをするなお前。もしかして魔王の核を、こんな醜い化物を作るために使ったのか」
フリードは、輝く金髪のライオンヘアーをかきあげて高らかに笑った。
ドヤ顔が世界一似合う男だな。
「そうだ、そこの不死王オラクルに対抗するために! 超魔王ブリューニュ、貴様の
フリードがそういうと、機械仕掛けのようにぎこちなく動くブリューニュだった、フランケンシュタインがブンッと両手に闇の剣を発生させた。
魔王の核を二箇所に埋め込むと、二本出せるわけか。
それにしても、フリードは前のオラクルちゃんがやった
その対策のために、魔素だまり二回も開いちゃったのか……。そんなこと、こっちは忘れてたよ。
なんだかなあ。
「ハハハハッ、これで貴様のイマジネーションソードは三本、こっちは四本だ! あらゆる面において余こそが世界最大、最強であることに微塵の疑いもあるまい!」
「わかったよフリード、だが決戦は我々二人だけだぞ」
俺は芝居がかかった調子で、大きく手を振って、さらに叫ぶ。
この目立ちたがり屋の自尊心を刺激して、正々堂々たる決闘に誘いこむために。
「見ろフリード! 敵味方合わせて八万の兵がこの決闘を見つめている。まさに歴史の頂きに俺たちは立っている。勇者が雌雄を決するに、これ以上の舞台はあるまい」
「シレジエの勇者よ、望むところだ。今こそ、余こそが世界最強であることを、世界に知らしめてやろう!」
得意満面のフリードは、周りに「一対一の決闘だ、手は出すなよ」と叫び、両方の手から力を見せつけるように、闇と光の双剣をブンッと音を立てて出した。
俺は、光の剣一本のみを発生させて、正眼に構え、呼吸を整えて静かに対峙した。
「世界最強の余の前にひれ伏すがいい、ゲルマニクス流剣術 烈皇剣!」
一瞬のためらいもなく、全力で打ち込んできた。
この世界に自分の覇道を妨げるものなどないと信じる金獅子皇の絶対の自信。イマジネーションソードの戦闘では、それこそが力の源になる。
だが俺も、ずっとイメージしてきた。
イマジネーションソードは、そのビジョンが強固であればあるほど力を発揮する。
だからこそ、魔法を使うように技名を叫ぶのが効果的なのだ。
しかし、今からやるのは不意打ち、声を漏らすわけにはいかない。
俺は黙ったまま念を凝らす。フリードの全力の大振り、その一撃目をくぐり抜け、次を光の剣で跳ね除ける。
フリードの攻撃は基本的に大振りだ、避けるだけなら難しくはない。
世界最硬度を誇るオリハルコンの鎧に守られているのだから、その油断は当たり前。そして、その一点を刺し貫く。
「震えろっ、おびっ……なっ、なんだ」
「液滴……」
激しい斬撃を切り抜けた俺は、フリードに体当たりするようにぶつかり、左手をフリードの鎧の胸に押し当てた。
フリードには、やけっぱちになって無防備に抱きついたようにしか見えないだろう。
不意打ちの機会は一回だけだ。
鎧のつなぎ目を狙えるほど甘くはない、オリハルコンをも突き破るゼロ距離からの刺突剣しか活路はない。
滴り落ちる水が、やがては岩をも砕くイメージ。
オリハルコンの厚い壁に弾かれても、弾かれても、中立の刃は穴を穿ちて喰い破る!
「ウアアーッ!?」
胸に激しい痛みを感じたフリードは、慌てて斬りかかってきた。
俺の背中や肩にガンガンと激しい斬撃がぶち当たる。
ミスリルの鎧ごしでも、身の震えるような衝撃が走るが、絶対に逃がさない。
俺が死ぬ前に、お前を殺す!
「ここで死んどけフリード」
「グオオオオオオッ!」
俺の中立の剣が、ついにフリードの胸を一気に貫き通した。
その瞬間、フリードをしっかり押さえ込んでいたはずの腕が拍子抜ける。
後方に飛んでいたフリードの身体は、ボーンテージファッションに、黒衣のマントの魔術師のお姉さんに抱えられている。
宮廷魔術師『時空の門』イェニー・ヴァルプルギス、瞬間移動の魔法か!
「おい、待て!」
瞬間魔法を連発されては、走っても追いつけない。
おそらくフリードは殺れたとは思うが、確認はできなかった。
本来なら、全軍の前でフリードを倒したことを示して、この無益な戦いを終わらせるつもりだったのだ。
完璧な作戦にはならなかったか。
そう悔やんだ瞬間、俺に衝撃が走った。
さっきから、電池の切れたオモチャみたいに立っていたブリューニュが、
胴にまともに重たい一撃を受けた。
何とか、次の斬撃は光の剣で弾いたが、攻撃を受ける以上のショックがあった。
「ブリューニュが強いだと……?」
信じられない。
だが、強い敵ならばこそ、禍根を残さぬために、この場で倒しておくしかない。
俺は全力で、光の剣と中立の剣を振るって、変わり果てた姿のブリューニュを倒しにかかる。
ブリューニュは、俺の斬撃を全て受けきってみせた。
バカな、こいつ本当にあの伯爵かよ。
あのブリューニュの癖に、一言も喋らないというのもおかしい。
いや違う、何かは喋っているぞ。
すでに生きていないので、呼吸すらしていないのかと思えば、小さく口を開き何かを呟いている。
そのブリューニュの呟きに、よく耳を凝らして聞いてみると。
「……オジャオジャオジャオジャオジャ」
怖いわ!
この肌がざわつく感覚、『古き者』と相対した時に近い。
生首でサッカーされたブリューニュの脳みそは、腐るどころの騒ぎではないだろう。
その死体を縫って繋ぎあわせて、魔王の核を二つも埋め込まれたブリューニュは完全に混沌に飲み込まれてしまった。
もはやアンデッドとすら言えぬ、謎の混沌動物と化している。
「くっそ、なんて化物を作ってくれたんだよフリード!」
「オオゥウ、オジャオジャオジャオジャオジャ……」
変な声を上げながら、ブリューニュだった者は、
それに、動きが人間のそれではないのだ。
手足が変な感じに、しなっているのだ。その分だけリーチが長いから、まともな剣法では対応すると、ジリジリと削られる。
「これが、超魔王ブリューニュか」
「オゥオジャオジャオジャオジャオジャ」
人間の言葉が通じないって強ぇぇ!
いつもの、相手を会話で調子づかせて、その隙を突く攻撃もできねえ。
俺がそう考えている間も、超魔王ブリューニュは、まったく生き物らしさを感じさせない、不規則で読みにくい斬撃を仕掛けてくる。
腐って膨れ上がったブリューニュの手はプラプラとしなり、隙だらけのようでいながら、まったく攻撃できる隙を感じさせない。
「タケル、コイツはガチヤバじゃ、ここは一旦逃げたほうがいいのじゃ!」
オラクルが、衝撃波を何度も放つが、超魔王と化したブリューニュには蚊が刺すほどにも感じないらしい。
ただ立ったまま身体を揺らし、衝撃波をすべて受け流して弾いた。
ちくしょう、フリードとの決着のつもりが、なんでこんな謎生物との戦いになってるんだよ。
こっちを全力で殺しにかかってくる敵ならばまだ良い。
ブリューニュの攻撃には殺気がなく、明確な意図すらなく。継ぎ接ぎだらけの顔は無表情で、何を考えているのかすらわからない。
それなのに、こちらの攻撃は一切通用せず、無造作に振り回すだけの斬撃には魔王クラスのパワーがあるのだ。
「クソッタレが、わかった引くぞ、オラクル!」
「おう、逃げるぞタケル」
「オジャオジャオジャオジャオジャ……」
オラクルちゃんに抱えてもらった俺は、空を飛んで退却した。
後ろから兵士の悲鳴が聞こえるので振り返ってみると、闇双剣をブンブンと振り回した超魔王ブリューニュが、そのまま味方のはずの帝国軍の中央陣に突っ込んでいた。
底が見えない狂気ほど恐ろしいものはない。
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