第78話「文化の格差」

「この度はまたしても、当家の姫がご迷惑をおかけして申し訳ございません。これが、新しい馬車でございます」


 そろそろランクトから退散しようという時になって、カトーさんが御者になって、新しい馬車をホテルの前に運んできてくれた。


 門閥貴族がよく乗っている、成金趣味の馬車なら断ったところだが。

 これがまた木目が美しい、シックなデザインのセンスが良い四頭立ての馬車だった。


「カトーさん、素晴らしい模様はなんなんだ」

寄木細工マルケットリーでございます、勇者様。ランクトの街の木工が得意とするデザインでして」


 これが寄木細工、埋め込まれた木片が、幾何学的な模様を作り出している。

 初めて見るが、どこか懐かしい。


 華美になりすぎず、それでいて高級感がある。

 まるで、日本の民芸品のような深い味わいがあった。


 普通に欲しい……。

 くっそ、こういうときは趣味の悪い金ピカ馬車がパターンだろ、それならいらないって断ってやれたのに。


「木片が材料の細工物ですから、そこまで高価な馬車ではございません。お詫びを兼ねてですので、どうぞお受け取りを」

「わかった、ありがたく受け取らせていただこう」


 意地を張って、押し問答してもしょうがない。

 オックスの街にも、木材事業部がある。この細工はぜひ持って帰って、職工に見せたい。きっと、刺激になるはずだ。


 武力で圧倒したつもりが、逆に金と文化の力で骨抜きにされてしまう。

 これがランクト公国のやり方か、覚えておこう。


 また寄木細工マルケットリーの四頭立て馬車は、鎖で座席を吊り上げた懸架式のコーチと呼ばれる最新式であり、内部の乗り心地も前の幌馬車と比べ物にならなかった。


「これが帝国の技術レベルか、サスペンションの技術さえ分かれば……」


 今回のランクト公国への遠征は、得るものが多くあった。

 まだまだシレジエ王国は田舎で、民生面で劣っているとわかった。


     ※※※


 長旅を終えて、たくさんの荷馬車を満載にして、オックスの城に戻ると。

 シルエット姫とカロリーン公女が出迎えてくれた。


 それはいいんだが、なぜかライル先生の父親のニコラ宰相も一緒に現れて。

 茶色の長いヒゲをさすりながら、俺に会釈する。宰相が何の用だろう。


「父上、いえ……ニコラ宰相閣下。王都の仕事はどうしたのですか」

「久しいな、不肖の息子。仕事と言っても、国政はどこぞの不埒な国務卿の息の掛かった改革派連中に牛耳られて、憎まれ役をやるばかりだからな」


「憎まれ役も、宰相の立派な仕事ではありませんか。おかげで官吏が分かりやすくまとまっているのです。王の居ない王城には、古めかしく仰々しいだけの置物が、一つは欲しいところですからね」

「減らず口をたたくな、半端者が!」


 相変わらず、仲の悪い親子だ。

 見かねて、シルエット姫が割って入る。


「宰相は、妾がお呼びしたのですよ」


 ニコラ宰相は、襟を正すと、親子喧嘩をやめて俺に向き直った。


「勇者タケル様、みっともないところをお見せいたしまして、申し訳ありません。私は今でも王家の傅役もりやく、姫様に有職故実をお教えするのが、本来のお役目です。姫様に、一国の女王としてふさわしい作法を教授させていただいております」

「そうか、姫はついに、女王として立たれる決心をされたのか」


 俺は、姫と公女にお土産の香水を渡した。ランクト一の調香師パヒューマーが作ったとの謳い文句の、雪花石膏の容器に詰められた高級品。

 あの豊かな街には、香料製造所まであったのだ。


「まあ、素敵な香りですわね」

「姫様方のお気に召されたら、幸いですが」


 蓋を開けると、クロッカス、バラそしてユリの芳しい香が漂う。美しい姫様たちにふさわしい品といえる。

 宝石などよりもずっと気が利いているんじゃないだろうか。俺も、女性にこれぐらいのプレゼントが贈れるようになったかと、内心で得意満面だった。


 香水の芳香が漂う中で、シルエット姫は俺に近づくと碧い瞳をジッと凝らして、すがるような上目遣いでこちらに尋ねてくる。


「タケル様は、妾がお嫌いではないんですよね」

「ええもちろん、好きですよ」


 一瞬でもここで躊躇すると、姫様のネガティブが発動しちゃうってこともあるが。

 ストロベリーブロンドの上に、ハーフエルフの上に、貧乳という希少価値の三拍子が揃ったパーフェクトな姫様を、好ましく思わない男が居たら見てみたいものだ。


 そう言えば、絹のドレスを身にまとった姫は、もう艶のあるストロベリーブロンドの髪を、フードで隠してはいない。

 それは、エルフの証である尖った耳を隠さないって、覚悟の表れでもある。


「堅苦しいことがお嫌いなタケル様は、国王になるのが億劫で、結婚なさりたくないだけなのでしょう」

「それは、当たってますね」


 俺自身、姫との結婚をなぜ渋っているのか、自分でも複雑な感情を上手く言葉にできないのだが。

 アンバザック男爵領の経営だけでも結構たいへんなのに、これに加えて広大な王領の経営となると、荷が勝ちすぎているようには感じていた。


 それに俺は、綺羅びやかな王冠を被って、立派な玉座を尻で温めているのに向いてるタイプでもないしな。


「ならば、妾が女王となってもかまいません。ですから、お留守の間に準備をしておこうと思ったのです。妾は日陰者ゆえ、タケル様を国主にと考えておりましたが、妾が城の飾りとしてお役に立つなら、それもよろしいかと思います」

「それは、ありがとうございます」


 シルエット姫の覚悟に、口を挟むこともないだろう。

 思い切ったなと言う気はするが、俺が渋るから姫なりに考えてしてくれていることだ。彼女には、自信を取り戻して欲しいとは俺も思っていた。きっと立派な女王になることだろう。


「もはや、形などどうでもいいことです。ずっと一緒に居られたら、妾はそれでいいのです」

「ええもちろん、それは……」


 姫は、小さい手を俺の背中に回して、抱きついてくる。公衆の面前もはばからずだが、もはやそんなことを言うこともないのだろう。

 姫と俺との関係は、すでに公然のものとなってしまっている。


 実際もう、逃げられないところまで来ている。

 だからといって、今すぐ結婚しようというのは、ちょっとなあ。


「それに妾が女王にふさわしくなくても、タケル様と妾の子供たちに引き継がせればよろしいではありませんか」

「うーん……」


 子供つくるのまで、決定事項なんですね、とは怖くて聞けない。

 ジワリジワリと外堀が埋められていく。


「それも、全てはタケル様次第です。どちらにしろ、妾が女王になるにしても、勇者様の盛名バックアップがなければできぬことですから」


 シルエット姫が、自ら女王になるための決心を固めたってのは、すごく良いことだと思うんだけどな。

 なんか隣で、カロリーン公女が「その手があったとは、さすがシルエット姫様」とか言って感動している。


 公女は真似しないほうがいいですよ。


     ※※※


「ついに、御決心されたようですね」


 さっきの姫との会話を聞いていて、ライル先生はとても嬉しそうだった。

 御決心されたのは、俺ではなくてシルエット姫が、だけどね。


「そうだ、さっきの香水、ちゃんと先生の分もあります」

「私は……いえ、いただきましょう」


 先生だって綺麗好きだから、香水も嫌いなわけじゃないだろう。自分では買わなくても、差し上げればちゃんと使う人なのだ。

 そう言えば、先生も茶色の御髪が少し伸びましたね。


「しかし、まだ結婚するとは、決まってないですから」

「まずは帝国の介入を実力で跳ね除けることです。その後であれば、お二人のご結婚とご即位について、うるさい地方貴族どもを黙らせることもできましょう」


 話を聞いてください、先生。

 はぁ、しょうがない。


「じゃあ、その時は、先生もお約束を果たしていただきますよ」

「えっ、ああ。その話ですか」


 先生は途端に顔色を変えて、言葉を濁すけど、俺は忘れていない。

 ゲイルのクーデターの終わりがけ、王都に向かう馬車に揺られながら、先生と話したことを。


 ライル先生が外見上女性にしか見えないのに、ずっと男で通していること、実の父親であるニコラ宰相が、先生のことを「半端者」と蔑む理由、上級魔術師への強い憎しみ。

 全ては、ライル先生の過去に原因がある。


「シレジエ王国をライル先生にあげたら、俺と結婚してくれるって約束でしたもんね」

「いや、それは違ったような……まあ、どちらにしろ同じ事ですか、いいですよ。酷くつまらない話ですが、その時がくれば、恥を忍んでお教えしましょう」


 他ならぬ、ライル先生のことだ。

 俺にとっては、それはシレジエ王国と引き換えにしても、教えてもらう価値がある話なのだ。


 そのためになら、覚悟を決めてもいいし、頑張ろうとも思える。


     ※※※


 幸いなことに、シェリーはまだオックスの城に居てくれた。

 結構忙しい奴だからな、俺もエストの街まで行くのも面倒だし。


「シェリー、おみやげってこれでよかったのか」

「ご主人様、これです、これが欲しかったんです!」


 俺が都市ランクトの街で、物資を買い占める前と、買い占めたあとの価格の変動データ。

 あと密偵スカウトにも、帝国の領邦の市場価格を調べるようには指示しておいたので、結構な量の紙束になった。


「こんなもの何に使うんだ、相場は刻々と変わるから、過去の情報はあんまり商売の役には立ちそうにないが」

「そうですね。どれぐらいの買い入れでインフレーションが起こるか分かれば、規模が違っても、貨幣不足でデフレーションを起こすときの目安にもなります」


「はぁ、えっとデフレは、なんかその困るやつだよな」

「物価が下がることですね、戦争が終わったあとで、帝国をやっつけるときに使います」


 いま、やっつけると言ったか。

 戦争でやっつけるんだろうに、終わった後でやっつけるって意味がわからない。


「つまり、どういうことをやるつもりなんだ」

「えっとですから、戦争で物価が高騰の極地に達した後で、今度は決済通貨を不足させて経済を破綻させます」


 んんー。どういうこった。

 シェリーの話してる経済知識は、全て俺が話したことを元にしているはず。俺は言語チートがあるので何かわかってないことでも話せば、現地の言葉として分かるように通訳される。


 そのせいで、いつの間にか。俺が言葉しか知らないことを、シェリーが熟知しているという、逆転現象が起こるのだ。

 シェリーは、小さい手をいっぱいに広げて「帝国がパンパンに膨らんでからパーンです!」と言いながら手を叩いて潰す。


「よく分かった、好きにやっていい。やるときは、ライル先生とよく相談してな」

「はい、ご主人様」


 何よりの宝だと言うように、シェリーは相場の書かれた紙片をかき集めて、なにやら躍起になって、計算を始めた。

 もう彼女のやってることは、俺にはさっぱり分からん領域に来ている。


 シェリーを見ていると、楽しそうだし自分の好きなことをやってるみたいだから放って置いてもいいんだろうけど。

 もうちょっと子供らしい喜びも、持って欲しいなと思う。そんなに焦る仕事でもないんだし。


「シェリー、お土産に『白塔クッキー』とか買ってきたんだけど食べないか。ちょっと休憩にお茶を入れるから」

「後でいただきます」


 そう言いながら、机にかじりついているシェリーは、お茶を出してやっても、絶対冷めるまで飲まないんだよな。


「じゃあ、風呂に入るか」

「入ります」


 風呂は、好きなのか机の書き物を置いて、こっちにやってくる。


「待て待て、とりあえず、お茶をさ」

「飲みました、急ぎましょう」


 熱い紅茶に水を入れて冷まし、ささっと飲んでしまった。

 合理的かもしれないが、紅茶の香りと味を楽しむって考えがシェリーにはない、どうしてこんな風に育ってしまったのか。


 どれだけ風呂に行きたいのか、さあ行きましょうと俺の手を引っ張る。

 まあ、仕事の他に好きなことがあるのはいいことだ、俺はシェリーと風呂に入ることにした。


 俺が風呂に入るときは、偶然他の女性と鉢合わせしたりしないように、風呂場の前の扉に札をかけておく。

 今日も札をかけようとした手を、シェリーが止めた。


「ご主人様、それ……しないほうがいいですよ」

「いやでも、カロリーン公女と鉢合わせしたらマズイしな」


 他の女性ならまだしも、カロリーン公女は真面目なので本当に怒られてしまう。


「大丈夫です、姫様方の入る時間は把握してますから、今なら回避できます。あと、その札が、ステリアーナさんを呼び寄せる原因になっていますから、避けたほうがいいです」

「シェリーの言うとおりだ」


 気が付かなかった俺が、浅はかだった。

 しかし、札をかけないとカロリーン公女や、シルエット姫が入ってくるかもしれないというジレンマ。


「まあ、さっさと入ってしまうか」

「そういたしましょう」


 しかし、不思議だな。シェリーと一緒に入るときは邪魔が入らないことが多い。

 この子はギャンブラーの娘だから、近くに居ると運が良くなるのかもしれない。ガランとした脱衣場を見て、独り言つのだった。

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