第76話「聖遺物の葉っぱ」

 俺は、八十八階『宝物庫』の扉を開けると、またバタンと閉めた。


「どうしたんじゃタケル」

「いや、無理……ムリムリムリムリかたつむり!」


 今の何だよ、魔道自律兵器『スウィフトスチールゴーレム』の巣じゃねえか。パッと見で、軽く百体は超えていた。

 しかもなんか、紅いバージョンのやつ居なかったか。


「紅いのは、紅鉛クロムじゃな。『スウィフトクロムゴーレム』は、かなり希少な素材で出来た、スチールより硬くて速い奴じゃ」


 隊長機かよ、紅いから三倍のスピードで動くとか言い出さないよな。

 うあ、なんか扉の向こう側から、ガッチンガッチン叩いてきてる。


「ほら、タケル。ヤバイぞ、そりゃ開けたら動き出すわい」

「あーもう分かったよ」


 俺は、扉を開けると、前に倒れこんできたスウィフトゴーレムの弱点、赤い魔宝石めがけて、おもいっきり光の剣を突き刺した。

 プシューと、音を立てて機動を止める、ゴーレム。だが、その後ろには山ほどの数のスウィフトゴーレムが唸っている。


「タケル殿、扉で抑えつつ戦うんです」

「なるほど」


 敵の数は多い、大部屋で戦うよりも扉を半分だけ開けて、ここを死守すればボトルネックになって多くの数と当たらなくて済む。

 前線は、ルイーズと俺だ。後ろから、魔法組と、飛び道具組が援護してくれれば、何とか抑えられるかもしれない。


「……とか、思ってた頃もありました」

「タケル何をしてるんじゃ、撤退するぞ!」


 スウィフトクロムゴーレム、速すぎるし、強すぎ。なんだあの紅い奴!


「くそ、一体一なら、負けねえのに!」


 速すぎるから、二体も三体も連携して攻撃されると、どうしようもなくなるのだ。

 しかし、これを卑怯と言ったら、どこぞの姫騎士と一緒になってしまう。


 でもこの圧倒的物量は、単純に反則チートだろ、女王リリエラさんよ!

 こっちがチートやってるときは良いが、向こうにやり返されると、こんな気分の悪いものもない。


 すでに満身創痍になっている、ガラン傭兵団が決死の覚悟で扉を押さえているが、その扉からニョキッと、紅い大剣が突き出てくる。

 怖すぎるんだよ!


「ふ、苦戦しているようですね、シレジエの勇者様」


 はっ、なんだ……こいつ、フリードのとこのホモ大神官じゃねえか。

 名前なんだっけ。


「な、名前を覚えてもらってないですと? では改めまして、ぼくは、ニコラウス・カルディナルです。あ、大神官じゃなくてノルトマルク大司教です」

「なんだ、フリードも来てんのか。見れば分かると思うが、いまお前らの相手してる場合じゃないんだけど」


 挟み撃ちとかされたら溜まったものじゃないが、スウィフトゴーレムは見境ないから、お前にも襲い掛かってくるぞ。


「オホホホ、誤解しないでくださいよ。僕は、シレジエの勇者様を助けに来てあげたのですよ」


 そう言うと、大司教の衣に身を包んだニコラウスは、手を広げて祈った。


「創聖女神アーサマよ、敬虔なる貴女様の下僕が、伏してお願いします、皆に大いなる癒しを、オールライトヒーリング!」


 傷ついていた仲間に、白銀の癒しが降り注ぐ。

 おお、これが噂の全範囲回復魔法か。確かに使える奴だ、男色家でなければだが。


「ついでと言ってはなんですが、さらに僕の有能さをお見せしましょう」


 大司教の服を脱ぎ捨てると、ついに扉を切り裂いて飛び込んできたスウィフトゴーレムの前で、全裸になった。

 気でも狂ったのか……。


 いや、よく見ると全裸ではない。

 股間に鮮やかな緑色の葉っぱだけつけている、生白い顔のおっさんが葉っぱ一枚とか、全裸より酷い。


「あれは、聖遺物『アダモの葉』です。まさか、現存していたなんて!」


 リアが、緊迫した声で叫ぶ。

 いや、わけわかんないよ!


「さ、ご照覧あれ、偉大なる女神アーサマよ、敬虔なる貴女様の下僕が、イヤッッホォォォオオォオウ、アダモのハァッァァァァ!」


 ホモ大司教が股間を小刻みに震わせると、大きな葉っぱから、白銀の光線がピカーッと四方八方へと放たれた。

 なんと、扉を切り裂いて次々に突入してきた、スウィフトゴーレムたちの機動が、見る見る遅くなっていく。


「さ、今のうちにやっつけるのですよ!」

「うんまあ、やるけど、なんだこれ……」


 動きが緩慢になったスウィフトゴーレムなど、ただのゴーレムと変りない。

 あっという間に、俺たちによって斬り伏せられて、機動を停止させた。


 まだいくらでもゴーレムの群れが続くが、ホモ大司教が「イヤッッホォォォオオォオウ」と叫んで、股間が光るたびに、動きが悪くなった。

 ほんとに、なんだこれ……。


「タケル、ホモ……いえ、ニコラウス大司教が装備している品は、聖遺物『アダモの葉』です。八千年の昔、アーサマが最初に造りし人、始祖アダモの股間に、生まれながらにして付いていたと言われるイチジクの葉っぱです」

「そうなんだ……」


 いや、アーサマ、人の作り方間違えてるぞ。

 アダモって、おそらくアダムのパクリだと思うけど、葉っぱを付けたのは知恵の実を食べてからで、生まれてすぐ葉っぱっておかしいだろ。


「その怪訝な顔、是非ともわかります。確かに八千年前の葉っぱが現存しているわけもなく、おそらくは精巧に造ったレプリカだと思われます」

「いや、葉っぱのレプリカとか、うーんもういいわ!」


 アーサマ教会関連のことを深く考えたら負けな気がする、ツッコミしきれないよ!

 もしかして、創聖女神アーサマの正体って、普通に古き者の一員なんじゃないか。


「アーサマの巫女の古代神聖魔法の調律を、あの太古の聖遺物『アダモの葉』は掻き乱しました。ですから、是非もなくスウィフトゴーレムの動きが悪くなったのだと思います」

「そういう理屈を先に説明してくれ」


 それなら、なんとか理解の範疇だ。

 要するに、神聖系のマジックアイテム勝負で、ホモ大司教が勝ったわけだな。


 散々と「イヤッッホォォォオオォオウ」したホモ大司教は、ゴーレムを全滅させると、ハァハァと息を荒げながら、汗ばんだ生白い肌とモチモチしたホッペタを紅潮させてこっちにやってきた。

 頼むから、服を着てくれ。ビジュアル的にキツイ。


「あ、ちなみに僕一人で、フリード皇太子は来てません」

「いや、お前一人にしても、どっから来たんだよ」


 ホモ大司教は、イエーイと言いたげな爽やかな笑顔で、魔方陣を指さした。

 なるほど、『時空の門』イェニーの転移魔法か、それを転用してこの『試練の白塔』に来られるということは、やはりあの魔方陣と同質の魔法だったんだな。


「ちょっと、皇太子は用事があって忙しいので、僕だけが偵察という名目でシレジエの勇者様のところにやってきたのですよ」

「名目ってことは、他に目的があるのか」


「ええ、そうです。僕は皇太子と利害が一致しているから協力しているだけで、シレジエの勇者様の出方によっては、鞍替えしてもいいですよ」

「まあ、じゃあ話を聞くだけは、聞いてみる」


「では、聞いてください、僕には夢がある!」


 葉っぱ一枚で、ほぼ全裸のホモ大司教は、いきなり指を天に突き上げると、演説を始めた。

 いや、大司教なのでお説教なのか、ご高説は服を着てからにして欲しいんだが。


「公的には男女平等を謳うアーサマ教会ですが、内部には明確な男性差別があります。今の教皇も女性ですし、六人いる大司教も僕以外全員女性です。酷いです、酷いですよね。ええ是非、待ってください。わかりますよ、僕だって能力の違いで区別されているのなら仕方がないって思います」


 リアが何か言いたそうにしていたが、とりあえず黙らせた。

 助けて貰ったのは事実だから、先に話ぐらいはさせてやれ。


「でも実態は違うんです、僕と同じように優秀な男性聖職者はいっぱい居るのに、教会で上位に登用される男性は、ほとんどいないんです。差別の最たるものは勇者付きの聖女ですよ」

「えっ、それってなんか問題あるのか」


 あっ、やば、口を挟んでしまった。

 めっちゃ嬉しそうなホモ大司教。


「だって勇者付きはシスターが基本って、おかしいでしょ。勇者付きのブラザーは、今のこの世界で僕だけなんです! わかりますか、歴史上の九割を超える勇者様が、みんな女性を選んだんですよ、男だって勇者認定資格を持っている優秀な聖者はたくさんいたのに、酷いじゃないですか!」


 ううーん、俺はなんとも言えんわ、それ。

 リアを見ると、彼女も微妙そうな顔をしてる、それを言われたらなあ……。


「だから、僕には夢がある! この間違った女性上位の教会を正すのは今です! フリード皇太子は能力が高いって理由だけで僕を選んでくれたのですが、あの女好きは汚れています。僕の理念を全然わかっちゃいないんだ」


 いや、俺もわかんないんだけど。

 うーん。


「その点有望なのは、貴方ですよシレジエの勇者。貴方は、そこの汚れた聖女の淫蕩な誘惑を拒絶している、清潔なお方であると感じました。僕は、貴方こそが僕の求めていた勇者ではないかとビビッと来たのです、運命でした」


 うわー、おてもやんに流し目されてもキツイ、フリードすごいわ。

 この大司教を、勇者認定資格が高いって理由だけで、使いこなせるアイツは尊敬する。さすが最強になるためには、手段を選ばない男。


「なあ、ホモ、じゃないニコラウス大司教」

「お、何ですか、シレジエの勇者様」


「勇者に選ばれる聖者が居ないって言ってたけど、それは女性が勇者になるケースがほとんどないってことなんじゃないか」

「あ、それは……」


 いま思いついたんだが、確かに男が見目麗しいシスターの方を顔だけで選ぶのは、差別かもしれんよ。

 でも女勇者なら、聖者の方を選んでもおかしくない。


「なあ、女勇者って見たこと無いし、ほとんどいないんだろ。じゃあ勇者付きで聖女が多いのは、バランス取れてるってことじゃないか」

「それはその……」


 前から思ってたんだが、アーサマ教会の種族平等、男女平等の教えって、理念としては素晴らしいんだが、実社会でまったく機能してないよな。

 シルエット姫は、ハーフエルフで女性ってだけで女王になれんし、ニンフは差別されてるし、奴隷ですら男よりも女奴隷のほうが下に置かれている。


「その点、大司教としてどう考えてるんだ、まず基本が平等になってないだろ」

「仕方ありませんね、建前論は止めましょう」


 えっ、さっきの力のこもった大演説は、建前だったのかよ。

 ぶっちゃけ過ぎだろ、ホモ大司教。こんなの真面目に聞いちゃった俺って……。


「いいですか、勇者にふさわしいのは聖者なんです。聖者×勇者が理想なんです、僕には夢がある、いつか聖者×勇者がこの世界に満ちることを!」


 ここで、リアがもう堪え切れないといった感じで吠えた。


「バカを言ってはいけません、大司教! 勇者×聖女こそ、是非もない至高のカップルなのです。そこは歴史と伝統が証明しています」

「汚れた聖女め、貴様こそバカを言わないでください、僕はアーサマに直接お伺いを立てたんですよ、聖者×勇者オーケーですかって聞いたら『そういうのもアリだよね』ってご神託があったのです」


「それは、アーサマが是非もなく寛大だからです。そういうのもアリってことは、やはりスタンダードは勇者×聖女じゃないですか、バカー!」

「バカって言う方がバカです、ここで断言しますが、淫蕩な聖女と絡んだ勇者は、例外なく堕落します。だいたいシスターステリアーナ、貴女がこっそり書庫で汚らわしい禁書を漁ってたの知ってるんですよ、みんなが言わないと思って調子に乗るな!」


「ああー、じゃあ是非とも言わせてもらいますけどね、ホモ大司教猊下。貴方もたいがい書庫に入り浸って、淫蕩な禁書を読みあさってましたよね」

「ちがっ、アレは違います。僕が読んでいたのは、貴方のような汚らわしい淫書ではなく、男同士の熱い友情を描いた未来の聖書なのです、一緒にしないでください!」


 聞いてると、頭が痛くなってきた……。

 なんで俺は、コイツらの話をまともに聞こうとしてしまったのだろう。


 コイツら、放っておくと「聖者×勇者」だの「勇者×聖女」だの延々と言い争っているだけだ。

 ルイーズが俺のところに、「そろそろドラゴンの死体を捌いて良いか」と聞きに来たので許可をだす。


 こんなの相手にしてられないよな。

 貴重なドラゴンの内臓が傷んでしまうわ。


「おい、ニコラウス大司教、残念ながらお前の理念とやらには協力できない」


 リアがパッと明るい笑顔でこっちを振り返る。

 それを忌々しげに眺める、おてもやんみたいな生白い顔のホモ大司教も、不敵な笑みを浮かべてこちらを見た。


「ふ、残念ですね。貴方もやはり、僕の夢が理解できない凡夫でしたか。後悔しないとよろしいですね」


 ニコラウス大司教は、大司教の衣を拾うと、さっと走って階段を降りて行く、俺が服を着ろと注意する間もなく、階段に消えていった。


「えっ、ちょっと待てよ、転移魔法で帰るんじゃないのか」

「イェニーが居ないと、転移魔法が出来ませんからね」


 驚いてる俺のところに先生が来て、そう指摘してくれたけど、じゃあ八十八階層から階段を降りて、帝都までそのまま帰るのかな。


「いや、おそらくどっか別の階層で、イェニーと合流するんでしょう。もしこの場に現れていたら、厄介な上級魔術師を消すチャンスだったのに、残念です」

「なるほど、追っても無駄ですか」


 そう先生に聞くと、下の階層で罠を張ってる可能性もあるから、止めたほうがいいと。

 そうだよな、フリードは忙しいとか言ってたけど、それがブラフで慌てて追いかけて行ったら、待ち構えているフリードと側近の精鋭と鉢合わせの可能性もある。


 しかし、先生はさすがだ。

 あのどうしようもない茶番劇の中で、イェニーの顔がチラッとでも見えたら即座に殺そうと待機してたのか、冷静すぎて怖い。


 なぜ上級魔術師だけ狙って、ニコラウス大司祭は殺さなかったのですか、とは言いっこなしだろう。

 ホモ大司教なんか狙ってもしょうがない、ライル先生のターゲットは、常に傲慢にして愚かなる上級魔術師どもなのだ。


 この世界から上級魔術師の最後の一人が滅びるその日まで、ライル先生の戦いは続く。

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