第72話「ハッキング」

「ん、ん……? タケルもう着いたのか」

「着いたのかじゃないよ、もうみんな『試練の白塔』の攻略を始めてる、そろそろ起きてくれ」


 幌馬車の中で、毛布に包まって眠っていたオラクルちゃんを起こしに行った。

 大きな枕を抱えて、物憂げに眼をこすっていてまだ眠たそうだが、もう午後だぞ。


 昨日、夜遅くまでウチの奴隷少女たちと騒いでいて、寝不足らしい。

 ずっと地下暮らしだったオラクルにとっては、何を見ても珍しいんだろうからしょうがないけど、はしゃぎ過ぎだ。


「んー、タケルもうちょっと眠いんじゃ」

「もう起きろよ」


 オラクルが抱きついてきて、そのまま毛布に俺を引きこもうとするので、さっと押しのける。

 抱きついてくるのを、振り払う、ええい!


「おはようのキスをしてくれたら、起きるのじゃ」

「調子に乗るな、お前が来てくれないと、攻略が始まらないんだよ。あとちゃんと服を着ろ」


 俺が目指すのは速攻、百階建ての白塔をスピーディーに攻略するには、たとえ五千人の冒険者が居ても心もとない。

 さらなるチート、ダンジョンマスターのオラクルの力が必要になる。


 ダンジョンを攻略する側のプロフェッショナルに加えて、ダンジョンを製造する側のプロフェッショナルの力を使えば、さらに攻略スピードは増すはず。


「ほれ、着せてくれなのじゃ」

「やれやれ……」


 下着姿のオラクルが手を上げて、俺に服を着せろとせがむ、どこまで甘えるのか。

 チッ、しかたないか……。


 今回はオラクルには働いてもらわなきゃならない、気分良く動いてもらえるように、サービスしておく。

 ちゃんと、例の覇王的なデカイ肩当のついた衣装を持ってきたのだ。


「うむ、ダンジョンマスターオラクル、爆誕じゃな」

「爆誕って……まあいい。生まれ変わった気持ちで、よろしく頼むよ」


 俺は、幌馬車を出るとオラクルちゃんを連れて、まず『試練の白塔』の入り口に降り立つ。

 五千人の冒険者が、入り口を出たり入ったりしている。モンスターの死体を運んだり解体したり、飯を作ったりとみんな忙しそうだ。


「オラクル、何か分かるか。ダンジョンの専門家として」

「うむ、腹が減ったのう」


 俺は、調理場から急いで脂の乗ったオーク肉の一番いい部位を持ってきて、オラクルの口にせっせと放り込む。

 よく噛んで食べろ、おかわりもいいぞ、だからさっさと仕事してくれ。


「んむ、まあ、んぐ……ゴクン。この白塔に、守護者ガーディアンってあるじゃろ、これがそれじゃな」


 肉を食って満足したオラクルちゃんは、入り口にある大理石で出来た身の丈三メートルはある、アーサマの巨大な女神像をポンポンと台座を叩く。


「えっ、これが先生の言っていた強力なガーディアンなのか」


 動き出すと聞いて、アーサマ像が手に持っている聖なる杖が、鈍器に見えてきた。

 道理で女神にしては、不気味な顔立ちをしてると思ったら、仁王像的なゴーレムだったのか。


「石像だと思ったら、いきなり攻撃してくる門番のガーゴイルっておるじゃろ。このゴーレムは、その亜種の技術で出来ておるな。条件に基づいた規則的なプログラムが入っておって、禁忌に触れた者に襲いかかるようになっておるのじゃ」


 オラクルちゃんは、台座をいじって中をパカっと開けた。

 ただの大理石の塊だと思っていたところに蓋があって、中から操作卓コンソールが出てくる。


 俺にも、操作卓に書かれている古代言語は読める。

 かなり久しぶりに言語チートが役に立った。台座の操作卓は、この白塔のシステムの入出力装置を兼ねているようだ。


「下階の命令権アカウントでは、これが限界じゃな」


 コンソールを弄った、オラクルちゃんは、自由に女神像ゴーレムを操ってみせる。

 ちょっと触っただけで、この女神像ゴーレムはオラクルちゃんの支配下に入ったのだ、さすがダンジョンマスター。


「すごいじゃないか」

「まだまだじゃ、塔のシステム全体を支配下に治めようとすれば、メインの命令権アカウントを手に入れなければならん。ここから一番近い場所じゃと二十七階じゃな」


 オラクルちゃんがそう言うので、とりあえず二十七階を目指すことになった。

 試しにとばかりに、オラクルちゃんが、女神像をリモート・コントロールしてオーガ・ロードの群れと戦わせていると、怒り狂った姫騎士エレオノラが怒鳴りこんできた。


「エレオノラ、いま忙しいからあっちにいってろ」


 不気味な顔をした身の丈三メートルの女神像は、かなり強い。

 女神像が何度か聖なる杖を振り下ろしただけで、オーガ・ロードと引き連れたオーガの群れが、トマトが潰れるような音を立てて、床のシミになった。


 ガーディアンは敵なら怖い存在だが、味方なら頼もしい。

 ランクト公国への配慮の必要がなければ、ここで小うるさい姫騎士も、一思いに女神像に捻り潰させたいぐらいだ。


「あんたたち、神聖なる『試練の白塔』に、何やっちゃってくれてんのよぉ!」

「何って、俺たちは真っ当にダンジョン攻略してるだけだ、なあオラクル」


 俺とオラクルちゃんは、ウンウンと頷き合う。

 オラクルが操作してる女神像も、ウンウンと頷く。


「こんな卑怯な攻略の仕方、やっていいわけないでしょ! この『試練の白塔』は長い長い歴史と伝統があるのよ。女神が与える試練を乗り越えることで、勇者を成長させるって大事な意味があるの。こんなズルで、クリアしていいわけないでしょ!」


 そう言われると、ちょっと後ろめたいな。

 チートはズル、間違ってはいない。


「おい、小娘。いまズルと言ったか。ワシがやってる攻略法の何がズルなのじゃ」

「だってそもそも五千人の傭兵団で攻め寄せるとか、システムを勝手に書き換えて、守護者ガーディアンを使役するとか、全部めちゃくちゃじゃないの!」


 まあ、姫騎士の言うこともわからんでもない、ちゃんと真面目にやれって言うんだろ。

 でも、オラクルちゃんは、そんな小娘の薄甘い理想論など歯牙にもかけない。


「それらは、このダンジョンのルールで禁止されておらんもん。ワシらはなんらズルをしておるわけではないのじゃ」

「そんなこと言われても、普通の常識で考えなさいよ」


 こちらをどなたと心得る、信頼と実績のオラクルちゃん大先生だぞ。

 ただの魔族の少女に見えても、三百年ダンジョンマスターやってきた専門家マエストロなのだ。


「よいか小娘、これはな、ダンジョンマスターのワシと、既に亡くなった古の女王リリエラとか言う塔主との真剣勝負なのじゃ。この『試練の白塔』の塔主は、臨機応変な対応ができるワシのような有機的なマスターを残さずに、凝り固まったルールと無機的なシステムのみで、塔を守ろうとした」

「それがどうしたのよ」


「そこが弱点セキュリティーホールじゃ。この塔の主は、ワシという不確定要素を想定しきれなかった段階で、負けておる。ダンジョン創造クリエイトとは、お互いの知力と体力と想像力の限りを尽くした高度な知的遊戯であり、総合芸術なのじゃ。攻略に全力を出さんほうが冒涜と言えよう。何も分からん小娘が、横から口を挟むなど、おこがましい!」

「うっ、うう……」


 完全に言い負かされた姫騎士は、言葉をつまらせた。

 分かったなら、お帰りはあちらですよ、エレオノラ公姫様。


「シレジエの勇者ぁ!」

「はい?」


 エレオノラが、直刀サーベルを抜刀して、俺に向かってきた。

 なんで俺だよ、言い負かされたからって、いきなり実力行使とかどんだけだ!


「あっ、あんたが止めないのが悪い!」

「なんだよ全く」


 光の剣では、サクッと直刀ごと切れてしまうし、万が一殺してしまってはマズイので、左手の中立の剣で受け止めた。

 鈍い銀色に輝く中立の剣は、光や闇の剣よりも繊細に力の加減ができるのだ。


 まあ、力の加減が出来るほどに、姫騎士エレオノラの切り込みが遅いし浅いってことがある。

 姫騎士が相手なら、舐めプレイでいたぶって「不殺ころさず」とか言いながら、ボコボコにして瀕死の重症を負わせることも可能だろう。


「お前、泣いてるのか……」

「試練のはぐどうは、わだしの!」


 ウザッ、なんで、泣くんだよ。泣くほどのことか。

 エレオノラはまだ若く見えるが、この世界は十五歳成人なんだから、もういい大人のはずだろ。


 百歩譲って、まだションベン臭いガキなのはいいとしよう。

 女騎士としてしっかり訓練を受けて、気に食わないことがあると殺しにかかってくる身体は大人、精神的な子供って嫌すぎる。


「なんだよ、何が気に食わない、切り込みの前に話し合え!」

「ゆうじゃああっ!」


 明らかに力量の差があるのに、ガッツンガッツン切りかかってくるエレオノラをなんとかなだめて、怒ってる理由を聞き出してみる。

 ああもう、お守りは面倒だな。


 ようはコイツが言いたかったことをまとめると、『試練の白塔』は、エレオノラが騎士見習い時代から何度も通って訓練した思い出の場所であり。

 女王リリエラや、この白塔に挑んで行った偉大なる勇者や憧れの騎士の伝説が汚されるようで、どうしても許せなかったそうだ。


 お前の勝手な思い入れとか知らねえよ!

 どこまで面倒な姫騎士だ、俺はおもいっきり彼女の直刀を弾き飛ばす。


「じゃあ、決闘してやるよ、剣で決着つければいいだろ」

「ええ?」


 泣きじゃくってる碧い瞳を手でぬぐって、エレオノラがこっちを少し驚いた顔で見てくる。

 なんでびっくりしてんだよ、もうすでに切りかかって来てるんだから、本来なら戦争なんだぞ。


「エレオノラ、お前が納得行かないのは、分かった。騎士の決闘で白黒はっきりさせようじゃないか」

「ふっ、ふん……本当に良いのね。卑怯な手を使わない騎士の決闘なら、私は負けないから!」


 これだけの歴然とした力の差がありながら、どうして負けないと思えるのか。

 不屈の精神のようでいて、姫騎士エレオノラのこれは、ただの子供のわがままだ。


「こうなったら、徹底的に試合して、お前が参ったというまで叩きのめしてやる」

「こっちこそ望むところよ、あんたみたいな勇者の風上にも置けない卑怯者、成敗してやる!」


 誰かが、この公姫の高い鼻っ柱を折ってやらないといけなかったのだ。

 いい加減、言動が腹に据えかねるし、お嬢様のわがままに付き合わされる重装騎士隊とか、執事騎士セネシャルカトーさんが可哀想だから、俺がやってやる。


「スマンが、オラクル。ダンジョン探索の方の続きを頼むぞ」

「おう、タケルがそこのクソ生意気な小娘と遊んでいる間もやっとくから、お尻ぺんぺんしてやると良いのじゃ」


 オラクルちゃんは、巨大な女神像の肩の上に乗って、白塔の奥へと進んでいった。

 ガラン傭兵団も、各チームごとに分かれて、エリア攻略を休みなく進めているので、しばらく俺の出番はないだろ。


 どんなに使えなさそうな者にも、有効な資源としての役割を見つけるのが、商人である。

 姫騎士エレオノラの打たれ強さを見て、俺は対フリード戦訓練のための、サンドバッグとして利用することを考えた。


 いい加減、この姫騎士のわがままっぷりに、苛立ちが我慢しきれなくなったということもあるが。

 観戦将軍をやってるより、サンドバッグ相手に素振りでもしてたほうが楽しいかもしれない。


 塔の入り口から、ちょっと横にいったところに、おあつらえ向きの建造物がある。

 さすがは『試練の白塔』、崩れかけたアーチ型の遺跡が囲み、決闘にはおあつらえ向きに、小さな闘技場コロッセオがあるのだ。


 休憩中に飯を食いながら見学している傭兵たちや、俺の近衛である奴隷少女たちが見守る中で、エレオノラとの決闘を始めることにした。

 そこで心配そうな顔をしたリアが、俺に駆け寄ってくる。


「どうしたリア、姫騎士とキャラ被ってることを危惧してるのか」


 まあ、容姿が似てるわけじゃないから。

 柔らかい感じの金髪と碧眼しか被ってないが。


「わたくしの勇者さま、いよいよ是非もなく、騎士エレオノラと決闘なのですね」


 いや、なんで姫騎士相手ごときで、シリアスの空気出してくるんだ。

 意図が読めないので、俺は嫌な予感がして、腰が引けた。


「お、おう……、まあ、怪我させるだろうからリアは霊薬を準備して」

「では、勇者にアーサマの祝福を授けます」


 そう言いながら、慈愛に満ちた微笑みで手を広げると、ゆっくりと俺に歩み寄ってきた聖女は、いきなり野獣に変わった。

 いきなり俺の顔をガシッと掴んだかと思うと、ブチューと熱烈なキスをしてくる。


「んんー!」


 いきなりの不意打ちに目がくらむ。

 こいつなんて、呼吸、間合い、スピード、パワー、的確さだ。


 今のが斬撃なら俺は死んでいた、絶対お前が決闘したほうが強いだろ。

 あと、無理やり舌を入れてこようとするな!


「チュプ……、祝福のキス完了しました」

「おま、おまえ……」


 くっそ、来るかもしれないと予想できたはずなのに、完全に油断した。

 唇を手でさすって、満足気に笑いやがって、これがやりたかっただけだろ。


「決闘の前に女とイチャつくとは、舐めた真似してくれるわね……」


 リアのやらかした茶番劇を見て、姫騎士エレオノラが、炎の鎧を燃え立たせている。

 静かな闘気が陽炎のように立ち上り、真剣に怒っているようだ、多少は手応えのある敵になれば好都合か。


「さてと……エレオノラ。得物は何でもいい、好きに選べ。俺は、二刀流を使わせてもらう」


 俺は『黒杉の木刀』を二振り手にとった。エレオノラが俺の黒い木剣をチラリと見て、与し易いと侮る空気を出したのを感じる。

 どこまでもダメな奴だ、あれだけ戦っておいて、黒杉の木剣が鋼鉄を超える強度があるとぜんぜん理解していないだろ。


「じゃあ、私も二刀で行く。この愛用の直刀サーベル二振りで、これは試合だけど先に謝っておくわね。万が一、殺してしまったらごめんなさい」

「ああ、どっからでもかかってこい」


 何が殺してしまったら、だ。こいつ、彼我の力量の差が分かってないにも程がある。

 まあ、相手も二刀流なのは好都合だ。フリードも、そう来るだろうから、良い模擬訓練になる。


「ゲルマニクス流剣術、エレオノラ・ランクト・アムマイン、参る!」

「ほう!」


 まるで、叩きつけるような大振りの二回連続攻撃、俺は難なく木剣で受け流すが、ゲルマニクス流とは。

 フリードが使う皇帝剣術を、エレオノラも使うのか、さすがは将軍クラスの上流貴族だな。


「ゲルマニクス流、烈皇剣!」


 防御を顧みない、激しい斬撃の型には、確かに見覚えがある。

 対フリード戦に備えて、俺も剣術家のルイーズに教えてもらったのだが、ゲルマニクス流は、ゲルマニア帝室の開祖が自ら極めた西洋剣術の流派に当たる。


 このように相手を大振りで叩き伏せるか、ピンポイントで弱い箇所を狙う突き技が主体で、防御を顧みない二刀流で戦うこともある。

 皇族や王族は、金に飽かして防御力の高い魔法鎧を着ているので、これが合理的なのだ。


 さてと、前は突き技を鍛錬したので、今度は基礎からやるか。


「北辰一刀流、円流……」


 俺は円を描く様に刀を動かし、相手の剣を滑らかに受け流す。

 基本防御技で、二刀流でも応用して使える。


「このぉ、ちょこまかと!」

「ほらほら、どうした」


 しかし、姫騎士エレオノラは、本当にすぐフェイントにすぐ引っかかる。

 翻弄するのが簡単すぎて、高度な技の鍛錬にはならないな、気を静めて基本技の型の精度をあげよう。


 俺は、円流で、エレオノラの無防備な大振りの攻撃を受け流し続けた。

 肩で息をするほどに疲弊しているのに、エレオノラは斬撃の手を止めない。


 剣を合わせていると、相手の性格がよく分かる。

 こいつは直情的でまっすぐなのだ。この世に絶対的な正義があると、子供のように信じている。


 その純真さは、ただ付き従うだけの兵士なら、美徳にすらなる資質かもしれない。

 しかし、人を従える騎士としては未熟で、一軍の指揮官としては最低といえる。


「はっ……、はっ、このぉ、このぉ! バカにしてぇ!」

「ふむ、少し休憩を入れるか?」


 疲労の極みに達しているエレオノラは、動きが単調になりすぎている。

 こっちは受け流す型の訓練をしているだけだから、これでは百年経っても同じ事の繰り返しだろう。


「ふざけるなぁぁあああっ! ゲルマニクス流 三段突き!」


 おっ、ちょっとは変化をつけてきたな、気迫だけは、いいんだよ。

 でも、エレオノラ。そんな技の使い方じゃ、皇帝剣が泣くぞ。


「北辰一刀流、二段突き!」


 姫騎士の三連続攻撃の一撃目を軽くかわして、あとの二突きを跳ね除ける。


 突き技は、その前に相手にフェイントいれて構えを崩さなきゃ、意味ないだろ。

 だから、二段突きで簡単に跳ね除けられるんだ。


「うああぁぁ、三段突き! 三段突き!」

直心影流じきしんかげりゅう奥義 八相発破!」


 ついにブチギレたエレオノラが、両手で無闇矢鱈に五月雨撃ち、当たるかよ。

 俺はエレオノラの五月雨撃ちを、八相発破で全て弾き飛ばすと、余勢を駆って炎の鎧の胸を思いっきり突き上げてやった。


「ぎゃああぁぁ」


 土手っ腹に突きが三発は命中して、派手に後ろに吹き飛ばされるエレオノラ。

 いま空中を飛んでたよな、ちょっと笑った。


「おい、大丈夫か」

「まだ……、まだまだぁぁ!」


 いいな、この打たれ強さだけはいい。

 よし、どこまで耐えるか試してやろう。


「北辰一刀流、流星!」


 俺は右足を踏み込み、左足を下り曲げて下段から相手の小手を狙うと見せかけ、飛び上がって上段から相手を斬る。

 とっさに反応して防御するエレオノラだが、ほら頭がお留守ですよ。


 バシーンと、肩口に気持ちいい大技が決まる。

 どうせこっちは訓練のつもりだし、さすがに脳天唐竹割りは勘弁してやった。


「卑怯な!」

「フェイントは、卑怯じゃないんだよ。戦場でそんなことを言ってるうちに、お前のその防具がなかったら、何回死んでると思ってんだ」


 戦場では、不意打ち上等だろ、常識がないのはエレオノラの方だ。

 副将まで経験してる、女騎士がなにいってんだ。


 こいつ、本当に騎士教育受けたのかな。

 金を使って、裏口入学なんじゃないのかと疑問に思う。


「私は、あんたみたいな卑怯な勇者に絶対負けないぃぃ!」


 イラッと来る、やっぱりこいつ、俺の嗜虐心を刺激するところがある。

 よし、どこまで耐えられるか、やってやる。


「北辰一刀流奥義、星王剣!」


 極度の集中により、ただでさえ緩慢なエレオノラの動きが止まって見える。

 十分に溜まった気勢を二刀に充溢させて、エレオノラの剣をかいくぐって、胴体におもいっきり叩き込んだ。


 エレオノラは、もはや悲鳴を上げることすらできず、闘技場の端まで吹き飛んで、崩れかけた遺跡の壁にめり込んだ。

 刃がないとはいえ黒杉は鉄より硬い、普通の人間なら死ねる威力の斬撃だろう、まあ丈夫なコイツなら大丈夫だが。


「どうだ、まだくるか」

「まだまだ……私は負けない!」


 ここまで力の差を見せつけても、蒼い瞳に闘志を燃やして、ボロボロになりながらまだ立ち上がってくる。

 落ちた直刀ブレードを拾い、切りかかってきた。


「ゆうしゃああああっ!」

「気迫に技が伴わないって悲しいな」


 俺は、エレオノラの渾身の切り込みを円流で受け流すと、そのまま上体を逸らして力を後ろに流してやった。

 エレオノラは、そのまま前に転んでしまう、地べたに這いつくばる無様。


「お前、試合の前に、もうちょっと鍛錬をだな」

「まだああぁぁ!」


 姫騎士の心はまだ折れない、土にまみれながらもまた得物の直刀を拾い、何度でも何度でもゾンビのように立ち上がってくる。

 ここまでの鬼気迫る斬撃にはちょっと引く。この無駄なエネルギー、発電とかに有効利用できないだろうか、姫騎士発電……無理か。


「しょうがないな、星王剣! 星王剣! 星王剣!」


 俺は姫騎士の直刀を無造作に払いのけて、肩に、胴に、篭手に、狙った場所に的確に斬撃を当て続ける。

 動く的を使い、技の精度を高める訓練だ、相手は死ぬ。


「ぎゃあああ、私の剣がぁ!」


 もう何合打ち合ったか忘れてしまったが、ついに耐え切れず姫騎士の直刀が、ぼっきりと折れてしまった。

 炎の鎧は丈夫なマジックアイテムだが、直刀はただの鋼鉄製だ、そりゃ黒杉と打ち合ってたらいつかは折れる。


「心より先に剣が折れたか、お前も強情なやつだ」

「まだあぁぁ!」


 せっかく俺が、健闘を認めて終わりのムードだしてやったのに、折れた剣でさらに向かってくる。

 不屈の精神、シャルル・ドゴールかお前は。これでもう少し分をわきまえれば、良将にだって成れるんだろうに。


 折れた剣も粉々に砕いてやったら、今度は柄を投げつけて、そのまま殴りかかってくる。

 うあ、もう、これどう相手しようか。


「いてっ、むちゃくちゃするなよ」

「うあああああっ!」


 さすがに素手の女の子相手に、剣を振るうわけにも行かず、俺も刀を捨てて拳闘で戦ってみたけど。

 こいつ、パンチのほうが重くて強い。まさか当てられるとは思わなかった、こっちもミスリルの鎧がなければやばかった。


 ただの直刀より、炎の鎧の篭手の方が高性能だからか、意外な発見だった。

 お前、ボクサーになったほうがいいぞ。


「しかし、剣じゃないと訓練にならないから、ウザいだけなんだけど」

「しねえエエェ」


 もう騎士の決闘じゃないじゃん。ボクシングの試合じゃないんだろ。


「くそ、しょうがねえ」

「うあああああっ!」


 重い拳でも、攻撃が単調なことに違いはない。フェイントしかけて、足を払って転がしてやった。

 そのまま腕を取って、親指側におもいっきりひねる、細かい技術がなくてもこれで十分関節が決まる。


「エレオノラ、降参しないと、腕を折るぞ!」

「折れ!」


 そうかよ、こいつは折らないと思ってるかもしれないから、本当に折ってやる。

 そのまま力を込めると、ボキッっと重い音が響いて、腕がブランとあり得ない方向に曲がった。


「ぎゃあぁぁ、いったぁぁ、折ったぁ!」

「そりゃ折るよ」


 真剣にやってるんだぞ、舐めてんのか。

 力任せにやったから、骨が折れたのか関節が外れただけなのかよく分からんが、どっちにしろ痛いだろうな。


「いたああいぃ」

「ああもう、泣くぐらい痛かったら、さっさと降参しろ!」


「いやだ、ぜったいごうざんじない」

「ああもう……」


 剣を折っても、腕を折っても、コイツの心は折れない。

 どうすりゃいいのか、考えた結果、俺は姫騎士エレオノラの胴体を押さえつけて、魔法のかかったマントを剥ぎとって、炎の鎧の金具をおもむろに外し始めた。


 何をするかって?


 脱がす!

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