第50話「『魔界の門』封印」

 黒飛龍ワイバーンの群れ、あれほど恐ろしかった敵が、いまでは雑魚に見える。

 なにせ、こっちは本物のドラゴンを倒した経験もあるのだ。


 むしろ『黒飛竜の鱗』は、防具のいい材料になると狩れるのが、嬉しいぐらいだ。


「私がまず二匹かな。タケルは、一匹いっとくか?」


 幌馬車からルイーズが、竜殺しの大剣ドラゴンキラーを抱えて出てきて、笑いかける。


「いや、ルイーズ俺も二匹だ。オラクルちゃん、飛行形態で行くぞ!」

「おう、空中合体じゃ!」


 いや、俺は翔べねえから、空中合体じゃないよ。

 とにかく、俺も勢い付けて前に全力ダッシュ!


 ガシッと後ろからオラクルちゃんが背中を掴んで、そのまま浮上させてくれる。

 この合体技、実はバラバラで戦ったほうが戦闘力強いんだけど、いいっこなしだぜ!


「天空、うわっ」


 目の前の黒飛竜ワイバーンが大きなアギトを開いて。

 赤々とした口の中から、ブワーッと漆黒のブレスを吐きかけてくる。


「なんじゃ、ぬるい黒炎ブレスじゃのお」

「ほんとだ、俺もちょっと熱いぐらいにしか感じない」


 女神の加護や『ミスリルの鎧(全抵抗)』もあるが、ドラゴンのブレス袋を食べたので耐火抵抗が強化されているのだろう。


「天空剣!」


 オラクルちゃんに飛ばしてもらってるだけなので。

 眼の前で光の剣を振るだけで、サクッと首が飛んでいく。


「違うな……天空ーッ星王剣!」


 もう一匹を、必殺技のアレンジを加えながら、今度は背中から斬り伏せた。

 やっぱ、再登場の敵は雑魚だな。


 しかし勝ち誇ってもいられない、隣では飛翔してもいないのに同じ速さで駆け抜けて三匹まとめて一気に斬り伏せている。

 とんでもない騎士がいらっしゃるのでな……。


 ルイーズに、竜殺しの大剣ドラゴンキラーなんか誰が持たしたんだよ。

 彼女は、鍋ごとドラゴンの内臓のスープを食ったので、炎のブレスは一切通用しない。


「ルイーズ、解体は後!」


 ナイフを取り出して、もはや反射的に死体をバラそうとするルイーズに注意して、そのまま岩壁の岩棚にある、小さな洞穴まで翔ける。

 その洞穴の突き当りに魔界の門デーモンズ・ゲートがあるそうだ。


「なんじゃこりゃ……」

「ワシも初めて見たんじゃが、不思議な扉じゃな」


 暗い洞穴の中で、青白く輝く魔界の門デーモンズ・ゲート

 ちょっと古めかしいアパートにありそうな、蛇腹のエレベーターだった。


「なんだよ、またオーパーツか。建国王レンスのしわざだろ」


 俺がそんなことをぼやいていると、後からこの門を再発見したカアラが来て言う。


「勇者レンスじゃなくて、別の勇者が創ったのよ。これは百五十年前の封印だから、時期が合わないですからね」

「ふうん、まあエレベーターだしな。レンスなら、もっと厄介なデザインにするか」


「これ、エレベーターって言うの?」

「そうだよ、エレベーターは、箱が移動して階層を移動する昇降機だ」


「階層を移動するといっても、この門は単純に地下につながってるわけじゃないのよ。魔界の門デーモンズ・ゲートなんてもっともらしい名前を付けてあるけど、つながってる先は魔界でもない」

「じゃ、どこにつながってるんだ?」


 カアラは首を横に振る。


「わからないの。どっか想像を絶する異界だって伝承が残ってる。魔族でも、乗ったら最後二度と帰ってこれないから、門を開いても入ってはダメだって……」

「どこの怪談だよ、怖いわ」


 なんでこの世界の勇者は、どいつもこいつもろくでもない施設を作るんだよ。


「とにかく調べて、再封印の鍵を作りますね」


 神聖錬金術の道具を持ってきたリアは、扉の装置を調べて、門に適合する鍵を作り始めた。

 その時だった、蛇腹がしまり、ガッチャンと音がして箱が降り始めた。


「おおいっ、リア何をやったんだ。エレベーター動き出しちゃったじゃん」

「いえ、わたくしは何もやってません!」


 ガタンガタンと音立てて、エレベーターが下にどんどん、降りている。

 なんかヤバイ空気だぞ。


 これってあれか、もしかして下にいる『何か』が。

 『上がるボタン』を押して、登ってこようとしてるってことか。


「おい、リア早く、封印の鍵を急げ」

「急かさないでください、いまやってます!」


 チーンと地底から、音が響く。

 表示は地下百階、いやありえないだろ、オラクル大洞穴最盛期でも三十階だぞ。


 グングンと表示が上がってくる。


「うああっ、なんかくるっ!」


 リアは額に汗をにじませながら、扉に合う鍵を打ち出している。

 急げリア、これはマジでやばい。


 五十……、三十……、二十……、十……、うああ、開くぞ!


「鍵が出来ました、封印します!」


 蛇腹の扉が開こうとした瞬間、リアが装置に差し込んだ鍵を回した。

 その途端に、バシャッと鉄のシャッターが閉まって、エレベーターは機動を停止する。


 静かな洞穴に、ガタンガタンと、箱が降下していく音が響き渡った。


「俺さ、いま一瞬、変なもんがチラッと見えちゃったんだけど……」


 みんな見た?

 なんか見てるだけで気が狂いそうな、気持ち悪いの乗ってたよね……。


 くっそ、俺こういう怪談みたいな話、大嫌いなんだよ!

 怖くないけど……。


「このエレベーター。魔素の瘴穴なんかより、よっぽどヤバイだろ」


 なんか、本当にやばいものが下に居るのだ。

 封印が間に合って、ホッとしたわ。


 ラスボス戦でもあったほうが楽だった。

 なんか、精神的にどっと疲れて、岩棚の洞穴から外に出た。


「さて、後は帰るだけだな」


 首都ブルセールにたかってたモンスターも、あらかたカアラが吹き飛ばしちゃったし。

 トランシュバニアの兵隊に囲まれる前に、お家に帰ろう。


「おい、我が主君。黒飛竜ワイバーンの死体……」

「ああ、ごめんルイーズ、それだけ解体して持って帰ろうな」


 ワイバーンの内臓も、ビターテイストで悪い味じゃないしな。

 これ以上、ルイーズが食事で耐火ブレスを強化してもしょうが無い気がするけども。


 黒飛竜を匠の技で、解体するルイーズを手伝って。

 鱗だの肉だのを抱えて、幌馬車に戻ると。


「うわー」


 すでにトランシュバニアの兵隊に囲まれていた。

 しかも、前には明らかにこいつ王様だろって、黄金の王冠キングクラウンを被った赤ローブの威厳がある王が、宝玉の杖を持って立っている。


 また面倒な事になりそうだなと思ってたら、その王様が俺の前に跪いた。

 いや、もう豪奢な絹のローブが土に汚れるのもかまわず、本当の土下座だ。


 どうしたんだ一体。


「トランシュバニア公王 ヴァルラム・トランシュバニア・オラニアと申します。勇者様には、この度、我が国の国民を救っていただき、感謝の言葉もございません」

「いや、そのなんだ、土下座するほどのことは……」


 ぶっちゃけ、今回は自作自演だから。

 すごい気まずい、なにこれ、気まずいぞ。


 何でこんな時に限って、こんなまともな良い王様に当たっちゃうんだろ。


「いや、土下座どころでは。本来なら、この首差し出しても足りぬほどです。罪深きワシは、家臣の甘言に踊らされ、勇者様を亡きものにしようと軍を進めることを許可してしまいました。それなのに勇者様は、攻め返さなかっただけではなく、我が国を救ってくださいました。この御恩、いかにして返してよいものやら!」


 あーまあ、そういう形になっちゃったもんな。


 この首と言いながら、地べたに額を擦り付けるので、公王の本気の謝意が伝わる。

 ……というか、ちょっと引く。


「まあ、戦争も無事終わったし、魔界の門デーモンズ・ゲートも封印できたから。全て水に流すってことで、もうお家に帰りたいんだけどね……」

「なんと寛大な勇者様!」


 ヴァルラムとかいう王様は、土下座のまま、俺を逃すまいと滑るように前に回り込む。

 何という、鮮やかな土下座技……出来る!


「ワシは決めました、どうぞこの国を勇者様の物としてくだされ」

「ええっ、いやそれは、気持ちは嬉しいけど」


 いくら公王かなんか知らんけど、勝手に国を譲るとか、一人で決めちゃダメだろ。

 それ以前に、騙したのはこっちだから、すごく後ろ暗いんだよ。


「ワシには一人娘がおります。どうぞ、お納めください」

「いやもうそれは、気持ちだけで」


 マズイ、また姫が出てきちゃったぞ。

 亜麻色の長い髪で、青いドレスを来て、俺より少し年下ぐらいか。


 けっこう大きい胸元の発育具合をみると、シルエット姫よりは年上かな。

 顔も可愛いしお淑やかな雰囲気だな、あとメガネかけてる。


 メガネってこの世界にもあったんだな、初めてみた。

 うーん、メガネっ娘か……そう思ってたら、すっと公女が微笑んだ。


 いや、イカンぞ。こんなことやってる場合じゃない。

 姫も、美少女も、十分に間に合ってるんだ、これ以上は面倒見切れない。


「おい、シャロン……、出れるか?」

「ご主人様、馬車の準備完了です」


 荷物は全部積み終えたか。

 よし。


「ヴァルラム公王!」

「ハハッ」


 公王が土下座してるので、兵士もみんな下がって土下座している。

 控えい、控えおろう、この勇者の光の剣が目に入らぬか!


「この勇者タケル、トランシュバニア公国のすべての所業になんの遺恨もない。民を救うのに国の違いもない。困ったことがあれば、いつでも我が城に訪ねてくるがよかろう。では、さらばだ!」


 サラダバー。

 こういうときは、とにかく大声で、それらしいことを叫んでその場をごまかす。


 俺もだんだん、リアルファンタジーに慣れてきた。

 なんとか雰囲気で誤魔化して、公国兵士の囲みを突破することができた。


 いや、今回ばっかりは完全なる自作自演で、敗戦に追い込んだわけだから。

 ちょっとばかり罪悪感が残った。


 それに公国とは、いろいろ行き違いはあったが、それは戦争だったのだからしょうがない。

 勇者とはいえ俺みたいな若造相手に、地べたに頭を擦りつけて見せた公王は、素直に好感が持てる。


 初めて民のために、頭を下げる王を見た。

 正直な話、シレジエ王国の貴族なんかより、こっちのほうがよっぽど立派だ。


 困ったことがあったら、本当に助けてやるぞ公王さん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る