第47話「国境の街へ!」

 トランシュバニア公国との戦争を止めるため。

 俺たちは、公国と国境を接する街ロレーンへと足を運んだ。


「これが、ロレーンの街か」


 あのゾンビ辺境伯が元々は治めていた大きな街で、一度モンスター襲来で全滅している。

 さすがに街の傷跡は深いが、新しいロレーンの領主となったブリューニュ伯爵は、名門貴族で大金持ちだそうで、街を囲む分厚い防壁とロレーンの城だけは綺麗に修復されている。


「街の賑わいもそこそこだな」


 戻ってきた市民の数は少なく、兵士の数が多い。

 最前線の街で戦争が再開するとなれば、それをビジネスチャンスと捉える積極的な商人もいるのだ。


 広場でキャラバンを張って、高い金でポーションやら武具や糧食を売っている武器商人たちの眼はギラついていて、独特のきな臭い活気がある。

 同じ商人としては、せいぜい商売に励めと言いたいとこだ。


「ロレーン伯がお会いになるそうです」


 城まで行くと、無愛想なメイドが応対してくれた。

 俺だけではなく、シルエット姫まで来てると伝えたのに、玄関先にも来ないとは失礼なやつだな。


 綺麗に補修された城の赤絨毯を進むと、綺麗に編みこまれた黒髪を長く垂らし、奥にピンと細く尖った黒い口髭を蓄えたおっさんが待っていた。

 漆黒の微細な装飾が施された薄い金属を何枚も貼り付けた鎧、美的にはたいへん素晴らしいが、実用性皆無の甲冑に身を包んで、腰には、また金細工が施された装飾過剰な宝剣を差している。


 戦場には場違いな、成金そのものって服装だな、本当に名門貴族なのか。顔には男なのに化粧までしてるし、気品ある服装をしているのに、どこか貧相で胡散臭い。

 あと、オシャレのつもりなんか知らんが、なんで室内で赤いベレー帽を被ってるんだ、おそ松くんのイヤミみたいなおっさんだ。


「ようこそ麻呂の城へ勇者殿、シルエット姫。ブリューニュ・ロレーン・ブランでおじゃる。こんな辺境の地までご苦労なことでおじゃるのう。戦争の督戦(とくせん)にでも来ていただいたのでおじゃるか」

「どうも、ブリューニュ伯爵……。俺は、督戦じゃなくて、戦争を止めに来たんですよ」

 なんだ、ブリューニュ伯爵って、イヤミかと思ったら、おじゃるキャラの方か。

 まあ、前線に似つかわしくない変な格好してるし、たしかに眉毛はちょっと麻呂っぽい。


 この国、公家(くげ)みたいなのはいないと思ったんだけど。

 名門貴族の一部は、そうなのか。


 ブリューニュ伯爵は、トランシュバニア公国との戦闘の前線司令官である。

 第二兵団の指揮権と、旗下の騎士を多く有する名門貴族であり、強硬派の最筆頭と聞く。


 この麻呂のくせに戦争したがりな、厄介なおじゃるを止めないことには、トランシュバニアとの戦争は阻止できない。


「麻呂に戦争を止めろとは、トランシュバニアの大騎士団を殲滅した、英雄の言葉とも思えぬでおじゃるなあ」

「向こうから攻めてきたんなら、撃退は当たり前だろう。だが、こっちから攻めるとなると話は別だ」


「ノホホホ、たしか『勇者は侵略戦争には加担しない』でおじゃったか、勇者ともあろうお方が甘いことでおじゃ。騎士の世界では、やられたらやり返さなければ、敵に舐められるだけでおじゃる!」

「なんだと、このおじゃるめ!」


 騎士とか言うけど、お前おじゃるじゃん。

 さすがに、この戦闘力皆無っぽい麻呂にまで、臆病者(チキン)扱いされると、俺だって男だからムカっとくるぞ。


 やられたらやりかえせだろ、そりゃわかってんだ。


 でもこれは、剣で切られれば肉が裂け、鮮血を吹き出してそのまま死んでいくリアルファンタジーだぞ。

 攻められたから攻め返すを繰り返してたら、永久に相手も自分も死ぬまで殺し合わないといけなくなるだろ。


「ノハハハッ、話しになりませんのぉ、勇者殿。麻呂は、前線指揮官として軍権を握っている、いわば君主でおじゃるよ。戦の応援に来たのではないでないなら、どうぞ邪魔になるので、どこぞに見えないところに下がっておじゃるがよろしかろう」


 俺が止めろと言ってるのに、ブリューニュ伯爵は聞く耳を持たない。

 ライル先生が進み出て、伯爵に語りかけた。


「伯爵、もしかして黒ローブの魔術師にそそのかされて、攻める御決心をなされたのではないですか」

「ヌホッ? どうしてそれを、そなたが知っておじゃる……」


 ライル先生は、伯爵の痛いところを突いてきた。

 やっぱりカアラが、裏で糸を引いていたのか。


「その黒魔術師は、人間に化けたカアラという魔族の女です。魔素の瘴穴を解放して、クーデターを起こしたゲイルも、その黒魔術師にそそのかされていたのですよ」

「麻呂も、ゲイルのように操られていると言うのでおじゃるか?」


 さすがに伯爵の顔色が悪くなった。

 そりゃ、ゲイルみたいな売国奴と一緒と言われたら心外だろう。


「そうです、トランシュバニア公国が攻めたのも、その魔族の策謀でした。どうせいま攻めれば公国を手に入れられると都合のいい話をされたのでしょう。失礼ですが伯爵は、魔族の意のままに操られているのですよ」

「確かに、そのような黒魔術師が麻呂のところにはおじゃった」


「でしたら」

「いや、いま公国を攻めるのは、あくまで麻呂の意志でおじゃる。トランシュバニア公国は弱っているのでおじゃるよ、いまこの機会に攻め滅ぼすべきでおじゃる!」


 魔族の陰謀だと教えてやってもまだ強硬論を崩さないのか。

 どんだけ、戦争したいんだよ、麻呂のくせに。


「伯爵も分かっておられるとおもいますが、公国にはゲルマニア帝国の後援があります。仮に勝ったところで、公国奥深くまで攻め入って、帝国の軍に後背を突かれては、閣下もトランシュバニアの騎士隊と同じ憂き目に遭いますよ」

「ぐぬっ……」


 口では、麻呂でもライル先生に勝てないよなあ。


「ちょこざいな平民風情がぁ、恐れ多くも建国王レンスに連なる高貴な血筋の麻呂の命令に、何の存念でくちばしを入れるでおじゃるか!」


 あーあ、口で言い負かされたから、家柄で抑えこんでくるパターンか。

 このブリューニュ伯爵って男は、どれほど名門貴族か知らんが、底が見えたな。


「伯爵、今の私は摂政閣下の顧問官であり、国務卿の地位にある。王国の執政を任された私の言葉は、勇者と王女のご意思そのものであると思われよ」


 ライル先生、いつの間にかそんなに偉くなってたのか。

 威圧返しを食らった、ブリューニュ伯爵はぐうの音も出なくなった。


「ま、麻呂はニコラ宰相より、前線指揮官としての軍権を与えられておじゃる。麻呂の軍を麻呂がどう動かそうと、誰に文句を言われる筋合いもおじゃらん!」

「そうですか、シルエット姫殿下と、その摂政たる勇者タケル様を前にして、そう言われているのですね」


「そ、そうでおじゃる。悪いでおじゃるか!」

「悪くはありません。ですが、勝手に軍を動かしてもし負けでもしたら、その時の処分は覚悟して置かれるが、よろしかろう」


 さあ、帰りますよとライル先生が俺たちを即して、すぐさまお城を退却と相なった。

 あれ、戦争止めに来たんじゃないんですか先生。


「正直なところ、ブリューニュ伯爵の言い分も当然なんですよ。これだけ領内に攻めこまれて、反撃しないんでは舐められるので、攻めるのはかまいません」

「ええ、そうなんですか」


 いや、そうならそうと言ってくれないと。

 マジで、麻呂相手に熱く反戦論を語っちゃったじゃん。


「タケル殿はそれでよろしかったんです、そう言えば向こうも後には引けなくなる。カアラの意のままに、全面戦争を仕掛けて大敗されては困るので、こうやって釘を打っておくだけで十分でしょう」

「そうなんですか……」


 先生は、あいかわらず人が悪い。


「ブリューニュ伯爵が勝てばよし、負けない程度に、ほどよく小競り合いをすればそれもよし、もし愚かにも大敗しようものなら宰相派の重鎮を潰すいい機会になります」

「うわー」


 先生、魔族の黒魔術師よりよっぽど黒いよなあ。

 まあいいや、人間の国同士の戦争なんてどうせ関わりあいになりたくなかったし。


「ブリューニュ伯爵とカアラの関係が分かっただけでも、ロレーンの街まで来た甲斐がありました。強硬派をリストアップして調べれば、いよいよあの上級魔術師の足取りを追えるかもしれません」


 人間に化けた魔族というラインで聴きこみを続け、人相書きを作って、シレジエ国内で大捜索を仕掛けるという。

 カアラもおちおちしてると、先生に尻尾を掴まれるぞ。


 まあ、戦争はやりたい奴が勝手にやってればいい。

 オルトレット子爵が巻き込まれたら可哀想だから、スパイクの街にせっせと物資を送って防衛を固めさせるだけでいいや。


 俺は、トランシュバニアとの戦争が始まる前線に背を向けて。

 自分の領地に帰ることにした。


     ※※※


 俺たちはオックスの街に戻ってきた。

 隣のスパイクの街に、復興物資用の木材と石材を送り、硝石の大生産工場と化した『オラクル大洞穴』から硝石が送られてくる。


 その他、民生品の流通もあり、ピストン輸送で街道も大いに賑わってきた。

 シャロンたちも商会の仕事で大忙しだ。


「ご主人様、商売の拠点をオックスに移すのもいいですね。ロレーン地方に向けて、武具や補給品の売上もかなりありますし」

「戦争特需で、儲けてるみたいになって、あんまりいい気分しないけどな」


 でも、罪悪感で儲ける機会を逃すほどバカじゃない。売れるものは、ガンガン売る。

 スパイクの街復興も気がかりだが、商売のために、オックスの街に居るわけじゃない。


 なぜ、俺がオックスの居城に駐留しているのかと言えば、ゾンビ男爵の遺産であるお風呂に大きなベッドがあるから。

 ではなく、『魔素の瘴穴』が近いからだ。


 魔王復活を阻止され、国家間の戦争を煽るという嫌がらせをした後、あのカアラが何をやるかといえば『魔素の瘴穴』の封印解放しかない。

 もう手は見え透いている。


 もう一度カアラが、ゲイルの時のような事件を繰り返せば。

 その時こそ、あの女との最終決戦になるだろう。


 それに俺以前に、俺にくっついて離れない変態シスターが瘴穴の近くにいるのは、万が一の際の安全弁になる。

 勇者を得てランクアップしたリアは、『神聖錬金術』に特化した聖女という、封印作業にはこれ以上ない、最高の人材になっているのだ。


 アーサマ教会はなぜリアに管理を任せないのか不思議で、瘴穴に駐在する聖女様に聞いてみた。

 すると、勇者付きのシスターは勇者と離さないというのが、アーサマ教会のルールだそうなのだ。


「勇者を得られない聖女がほとんどですから、正直なところリアが羨ましいです」


 青いラインが入った白いフードの聖女様がにじり寄ってきて、ゾクッとした。

 リアが発しているプレッシャーと同質のものを感じる。


 やっぱりアーサマ教会のシスターは危うい。


 これ以上、ホーリーストーカーが増えても困るので早々に瘴穴を退出した。

 リアに頻繁に教会に誘われているが、よっぽどのことがないかぎりは、行きたくない。

 まあとにかく、ダンジョン攻略も済んで強装備も手に入ったことだし。

 カアラとの激しい戦闘に備えて、しばらく英気を養うとしよう。


「うまいのう! うまいのう!」


 ダンジョンから連れ帰ってきたオラクルちゃんは、よっぽどろくな物を食べたことがないらしく。

 うちの料理長が創った料理を、なんでも大量に食べる。


「いい食べっぷりだな、クレープのおかわりもいいぞ!」

「えっ、おかわりもいいのか!」


「遠慮するな、これまでの分も食え……」

「うめ、うめ」


 まあ、そんなお約束をやって遊びつつ。


 さあ、カアラいつでもこいとオックスの街で待っていたわけだが。

 王都から、とんでも無い知らせが届いた。


「タケル殿、王都で、カアラが捕縛されたとの知らせです……」

「なんでいっつも、そんな呆気ないんですかね」


 劇的とは程遠いパターンばっかりだ。

 だから、こんなリアルファンタジーは求められてないんだって。


 隠形の上級魔術師をずっとライバル視してた先生も、俺もびっくりだよ。

 これまでやらかしてきた奴の狡猾さ、悪行を考えると、ありえないだろこれ。


 カアラも、なに人間に、普通に囚えられてるんだよ。

 いや、罠か。囚えられた振りって言う、罠なんだよな?


 カアラの卑劣な罠にはめられた俺たちとの、ラストバトルが始まるんだよね?


 俺は騙されないぞ、そうじゃないと、これはさすがにこの展開はないぞ……。

 王都と、オックスの街は目と鼻の先だ。


 俺たちは半信半疑の気分で、王都に急いで向かった。

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