第45話「二百四十年の孤独」
非常口を登ると、『オラクル大洞穴』地下一階に通じていた。
非常口は各階にアクセスできるそうで、例えば八階の水棲モンスターの間で、海蛇を取って地上に戻るなんてこともできる。
覚えておいて損はないだろう。
それにしても一体何日ぐらいダンジョンに篭っていたのか、久しぶりの陽の光に目が眩んだ。
「んっ、オラクル付いてくるのか」
「そうじゃよ、ワシは勇者どのの支配下に入ったと言ったじゃろう」
別にダンジョンに居てくれても良かったのだが。
うーん、見た目は白ツインテールの単なる魔族の少女だが、こいつも何かの役に立つかな。
「なんじゃ、品定めか。ワシはプロポーションにはあまり自信がないぞ」
「そりゃそうだろう、少女の型だからな」
まあ、いいか。連れて行っても害はなさそうだ。
そうだ役に立つといえば、強いアイテムを取りに来たんだった。
「ダンジョンクリアの報奨はなかったのか」
「オラクル大洞穴ごと、勇者どのの物になったと何度も言うとろうが。マジックアイテムなら腐るほどあるから、全部持っていけばええぞ」
ダンジョンは深い階層に武具を転がしておくと、一定の確率で魔法が付与される。
付与されてしまうと言ったほうがいいか。
例えばゾンビ辺境伯が付けていた『氷結の鎧』などは、普通の人間が着ると死んでしまう呪いのアイテムに近い。
「まあ、それはあとで貰うとして一番有用な防具はないか」
「それだと、これじゃな」
「ふむ、『ミスリルの全身鎧』か。俺が着てる胴着だけじゃなくて、フルプレートであるんだな」
「うむ、しかもこれは全抵抗の加護が強くかかっとる。素材ミスリルに全抵抗なんて超貴重品じゃぞ」
なるほど、じゃあ貰っておくか。
ミスリルは何より、絹のように軽いのが、体力不足な俺にはありがたい。
「防具は、他には結構つまらんマジック防具しかなくてな。プレートメイルでも、耐火とか耐冷とか、使えるようで使い勝手が悪いじゃろ」
「そうだな、使用場所が限定されてしまうとな。まあないよりはマシだ。全部貰っておくよ」
火に強い兵隊とか、大砲が暴発したときにも守られるので、砲撃手に着せるのにいいだろう。
俺は、青白い光に包まれた『ミスリルの全身鎧(全抵抗)』を着ると、お古の『ミスリルの胴着』をシャロンに与えた。
「ご主人様、私あんまり戦力にならないけど、良いんですか」
「お前に、遠慮するなって言うのは何回目だろうな。シャロンが着てくれることで、俺が悪夢にうなされなくて済むんだ」
皆まで言わなくても、聡明なシャロンなら察してくれる。
「分かりました、ありがたく着させていただきます」
「言わなくてもわかるだろうが、強い防具を与えるからと言って」
シャロンは、白銀に輝くミスリルの胴着を着て微笑んだ。
革の鎧より、ミスリルのほうが、オレンジ色の髪によく似合っている。
「前には出るな、ですね」
「そうだ、分かっていればいい」
そんな話をしてたら、オラクルが足元の石をつまらなそうに蹴っ飛ばした。
石は、バシュッと音を立てて、ダンジョン入り口の壁にめり込んだ。
お前、わりと自分の戦闘力も高いんじゃねえか。
なんで大人しく降服したんだ……。
「ワシのダンジョンの話の途中なのに、なんで他の奴隷といい雰囲気作っとるんじゃ。もうマジックアイテムやらんぞ!」
「あーすまんすまん、続きを頼む。武器とかはどうだ」
「おおっ、そうじゃ武器はわりと付加魔法の付きが良くてな。『ドラゴンキラーの大剣』とか、お宝がザックザクじゃぞ」
「うーんそうか、キラーとかスレイヤーな感じね。これも使い勝手がいまいち限定される感じだな」
もともとの対物攻撃強化も多少はかかっているんだろうが、『オークスレイヤーの槍』とか『オーガスレイヤーの鉄ハンマー』とか、いまいち微妙だ。
これなら『遠投のナイフ』とか、『命中率上昇の矢』などのほうが良いぐらい。
しかし、もしさっきの戦闘で『ドラゴンキラーの大剣』があれば、ドラゴンとの戦闘は半分の時間で済んだだろう。
やはり、これはルイーズに持たせるに限る。
「これで私も竜殺しの騎士か、悪くない。あと、オークスレイヤーとオーガスレイヤーも全部くれ」
「ルイーズが欲しいのは、全部持って行っていいよ」
ルイーズは
体力無尽蔵のルイーズだからできる技であって、普通の人が真似しちゃいけない。
まあ、主なマジックアイテムはこんなものか。
魔法具はともかく、呪具の類はちょっと使い道が思い浮かばなかったので保留としておいた。
ウェイクが「いや、呪具は工夫すれば暗殺に使える」とか言ってたが、さすがに陰湿なのであまり使いたくないなあ。
そりゃ、ウェイクたちにも頑張ってもらったから、報奨に欲しけりゃいくらでも上げるけどさ。
※※※
スパイクの街に戻ると、オルドレット子爵が大歓迎してくれた。
ダンジョンを支配下に置いてきた、これがダンジョンマスターだと不死少女オラクルを紹介すると、歓迎を通り越して若干引かれた。
「まさか、あの前人未到の『オラクル大洞穴』を制覇しただけでなく、この短時間で支配下に置かれるとは、もはや拙者の想像を絶します。さすが勇者様としか……」
「そうですよね」
俺も、そうとしか言いようが無いので、しょうがない。
成り行きとは怖い、支配下に置こうなどと思っても見なかったのだ。
「と、とにかくですな、あそこからモンスターが湧いて出ないことだけでも、街にとってはありがたいことでござる。勇者様に感謝してもしきれません。
「ありがとう、オルトレット子爵」
そうは言っても、子爵の居城は本当に質素で、あまり長逗留したくない感じなんだよな。
ベッドも小さいし硬いし、これだけの居城に風呂がないってのはどうなってんだ。
メイドも居ないここに、姫様を住まわせるのは、ちょっと抵抗あるぞ。
食事も、キャンプして海蛇の刺身でも食ってたほうがマシなレベルだ。
いっそ、飯は俺たちが厨房を借りて作るか。
「勇者様、どうかされましたか」
「いや、厨房を貸してください。オルトレット子爵に、ドラゴン料理をごちそうしますよ」
うちのルイーズが、ドラゴンの内臓を煮たくてたまらなそうな顔をしているからな。
「ドラゴン退治まで、なされたのですか!」
「ええ、そのついでに、ゾンビ化して魔王になりかけてた、元辺境伯を退治してきましたよ」
オルトレット目を見開いて絶句。
俺も言いたくなかったんだけど、しょうがないよなあ、現地領主には事情説明しないわけにいかないし。
「あの、どうぞ。厨房を、お使い、クダサイ……」
ああ、子爵がそのまま跪いて、カタコトになってしまった。
※※※
ドラゴンの内臓スープ、一言で言うと「辛い!」
「舌にピリッとくるのが癖になるな」
「ルイーズ、これどうなってんだ。香辛料は入れてなかったよな、ブレス袋とかのせいなのか?」
毒じゃないならいいけど、未知の食感だぞこれ。
舌にすごいビリビリくる、まさに火を吐く辛さ、でも旨みもすごいからスプーンが止まらない。
「ドラゴンのブレス袋のスープは、適量ならそのタイプの攻撃の抵抗力を強めると聞きますが、あまり取り過ぎると、対魔法力過多で火病になるともいいます。身体を痛めないために、一人一杯にしておいた方が無難でしょう」
「えっ、でもルイーズもう何杯も食べてるぞ」
ライル先生が、微妙な笑顔のまま首を横に振った。
ルイーズなら大丈夫だな、良い子は真似しちゃダメだ。
「美味いのう、美味いのう!」
「あー、まあ魔族は悪い子だからいいか……」
ああ、何かと思ったらタイカレーの味に近いんだな。
これはさすがにご飯かけて食べたいなあ、パンで代用しとくか。
「ドラゴンステーキなど、
俺たちが魔王退治してきたと聞いて、呆然自失となっているオルトレット子爵は、武家の出にしては礼儀正しくナイフで切り分けて、チマチマと食べている。
まあ、他の
その大きなガタイを見れば、明らかに本来は大食漢であろう子爵も、食欲があまりわかないらしい。
子爵が食事も喉を通らなくなるのも無理はなく、自分の領地の足の下で魔王が育ちつつあったなどと知ったら、どこの領主でもこうなるだろう。
せっかくのドラゴンステーキだが、味もしないんだろうな、しばらく休め子爵。
※※※
夜、子爵の居城は数は十分なのだが、固いベッドしか存在しない。
こんなんで、シルエット姫どうしてるんだろうと気になって仕方がない。
俺は男だから野宿も平気だし、革袋を枕にしたって眠れるけども、女性陣には厳しいな。
オルトレットは武家だから、こういうところ気が利かないのかな。
ちょっと見てこようかなと姫の部屋を覗いたら、ジルさんに睨まれた。
いや、俺は様子を見たかっただけで……。
「タケル、姫の護衛なら、ジルと私がやっておくから十分だ」
「そうか、ルイーズが守ってるなら安心だな」
そうか、姫の安全も考えないといけなかったんだ。
いや、忘れてたわけじゃないけどさ。
うーん、まあいいや寝よう。
「ご苦労だな、シャロン」
「当然です」
シャロンは、重い木造のベッドをズリズリ引きずって俺の横まで来た。
何としてでも、隣に並べて一緒に寝るらしい。
俺はあの魔族の
一度は逃げたカアラだったが、意趣返しに姫か、俺かを狙いに来る可能性は十分にありえた。
それとなく、シュザンヌとクローディアが部屋の入り口と、窓際にベッドを移動させて守りを固めているのは頼もしい。
「よいしょっと」
「なんだ、オラクルどうした」
「んっ、ワシもせっかくだから
「いや、護衛ならシャロンが……」
なんだ、変なこと言ったな。
いや、夜伽には主君のために夜通し付きそうとかって意味もあるから、そっちの意味の古語だろう。
「ワシも、せっかくダンジョンを出たんだから、いろいろ経験してみたいしのう」
「それと、俺の横に寝るのと、どういう関係があるんだ」
嫌な予感しかしないが、あらかじめ聞かないよりは、マシな結果になると経験上分かっているのでしかたがない。
「じゃから、ワシも処女のまま死にたくないと思ったんじゃよ」
「……」
直球かよ、またこのパターンか。
この世界って、わりと倫理観が崩壊してるんだよな。
まあ、厳しい戒律があるはずのシスターがアレだから。
いまさら魔族に、それを言ってもしょうがないが。
「いい機会じゃろ、ワシも勇者どのの所有物になったわけじゃし」
「あらかじめ、言っておくけど、俺は少女を抱く趣味も、つもりはないからな」
俺の好みはあれだよ、お姉さん系だよ。
ストライクゾーンで言うと、本人には怖いから言わないけどルイーズとかだよ。
「大丈夫じゃ、ワシは
「お前、女の子が生殖器とか言うなよ!」
三百歳でも女が言うな!
仮に百歩譲ってやる気になってたとしても、その発言がナマナマしくて萎えるわ。
「ああもう、ウルサイ。安眠の邪魔だから黙れ」
「ご主人様、この魔族追い出しましょうか」
いや、シャロン辞めたほうがいい。
こいつ結構強いから、多分あの蹴りを見るとかなりの強さだぞ。
「ご主人様、そうじゃありません。得体のしれない魔族を、寝所に入れること自体危険だと申し上げているんです」
「ふうむ、なるほど」
「なんじゃ、ワシは勇者どのに信頼されてないのか。そりゃ、寝てもらえんのう。寝首をかく、などと思われては」
「いや、信頼してないわけじゃないぞ。実際お前は、行動で恭順を示してるしな」
オラクルちゃんが、がんばって整備したダンジョンをクリアした感想として。
こいつは、信用しても良いやつだと、思えたってこともある。
「じゃあ、ワシも
「まだしてないです!」
シャロンが真っ赤な顔をしている。
珍しいものが見れた、まあ俺もここまで直球に言われると恥ずかしいからな。
「なんじゃ、しておらんのか。するとなにか、勇者どのはもしかして、誰ともしない系なのか」
「いや、ホモだとか、そう言うんじゃないからな」
絶対そういう疑いをかけてくるだろうと思ったので、先に断っておく。
興味を示し過ぎてもからかわれるし、興味ない素振りをすればそういう茶々を入れてくるやつがいるもんだ。
「そうじゃないのは分かるぞ、ワシは匂いを嗅げば、自分がまぐわえる相手かぐらい、すぐ見分けがつく」
「便利なんだな、魔族ってのは」
匂いを嗅ぐだけでイケるか分かれば、さぞナンパがうまくいくことだろう。
「つまり、お主は
「オラクル、お前……、そういう直球なの程々にしろよ」
いま、ものすごい大ダメージ入ったぞ。
ひねくれ中二病系の男子に、ピュアとか一番の禁句だろうがよ!
不器用とか、臆病とか罵られるほうが百倍マシだ。
もういっそ、押し倒してやろうかと思ったぞ……しないけど。
「はぁ、勇者どのがやってくれんのなら、そこらのつまらん男でも相手にして処女を散らすか」
「そういうのも止めろ!」
「なんじゃ、止めてくれるんじゃの」
ニヤニヤ笑うなうっとうしい、お前はリアか。
「俺はおっぱい付いてない女は、そういう対象には見ないが、それで良ければ横に寝るぐらいは許す」
「そうかそうか、別に焦っておらんしな。ワシは不死じゃ、十年や二十年ぐらい、お主がその気になるまで待つぐらい造作も無い」
つか、いいんだけど……俺、童貞捨てるのに、そんなに時間掛かる目算なのか?
俺も上級魔術師に成れてしまうのか。
なんかこういう高位の魔族に言われると、不吉な予言みたいで嫌だ。
「じゃあ、寝るから静かにしろよ」
「あのご主人様」
「どうした、シャロン」
「おっぱいなら私にも付いてますけど」
「よし、蝋燭を消せ」
「……おやすみなさいませ」
俺は、一緒に寝ると言ったわりに、ぐだぐだとベッドの端にいるオラクルを両手で捕まえて抱きしめてやった。
「な、なんじゃ、もしかしてやる気か?」
「やらねーよ。だが、抱きまくらぐらいには、なってくれるんだろ」
「信用してくれるってことじゃな」
「そうそう、そういう親愛の情だから安心して寝ろ」
オラクルは、しばらくすると、強張らせていた身を柔らかくした。
三百歳生きた不死魔族か知らんが、こうするとうちの奴隷少女と変わらん。
髪を撫でながら寝るのに、オラクルはちょうどいい大きさだし悪くない。
ひねくれ者め。
俺も
寂しいなんて口にするのは、きっと死んでもできないのだ。
親が死んで、待っていた勇者に無視されて、ダンジョンの穴の底で二百四十年の孤独。
それがどんな寂しさなのか、想像もできないけれど。
横に寝るぐらいは、俺でもしてやれるだろう。
無限に生きる生き物にとっては、それもほんの束の間だろうけどな。
※※※
早朝もまだ明けきらぬうちに。
オルトレット子爵が、俺たちの部屋に飛び込んできた。
「勇者様、大変でござるよ!」
「どうしたんだよ、子爵、朝っぱらから……」
「敵国トランシュバニア公国の軍勢が、国境を越えてまっすぐこのスパイクの街のほうに進撃していると、早馬が届きました!」
ああ、子爵の顔色が青いを通り越して、土色になっているのが。
薄暗い中でもよく分かる。
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