第44話「大洞穴を我が手に」

「フハハハッ、よく来たな王都の愚かなる勇者どもよ!」


 ガーゴイルが守る大門の先には、豪奢な謁見の間があった。

 そこに、懐かしいあの男が立っていた。


「男爵、もしかして男爵のなのか!」


 生きていたのかゾンビ男爵。

 全身プレートメイルで黒マントまで羽織っているが、間抜けにも頭が半分かち割れている脳みそ腐った系男子、というかおっさん!


「男爵? 何をいっておるか。吾輩わがはいは、ロレーン辺境伯。ソックス・ロレーン・スパイクであるぞ!」

「あれ、ゾンビ男爵じゃないの?」


 かつての敵が、パワーアップして帰ってきたパターンじゃないのか。

 しかし、よく似た顔をしているおっさんだ。


「ソックス辺境伯は、ルーズ男爵の従兄弟に当たられる方なんですよ。ルーズ男爵は分家、ソックス閣下は本家筋に当たられます。年齢も近いですから、顔も似ていますよね」

「そうなんですか、先生」


 まあ、貴族だから血が近い人がいて当然か。

 しかし、分家も、本家も、魔素の瘴穴で領民もろとも全滅してゾンビ・ロードに転生しちゃうって、男爵の家系は本当に悲惨だな。


「おや、そっちは騎士ルイーズに、そちらの文官も王城で見たことがあるな」

「どうもお久しぶりです、ソックス閣下」


 さすがに元偉い人だけあって、当時は下っ端だったライル先生の名前までは知らないらしい。

 辺境伯にも知られているルイーズは、やっぱり高い地位だったんだな。


「貴様ら、なぜアタシがここに居るのがわかったのよ!」


 存在感が全くないので気が付かなかったが、ゾンビ辺境伯の影に黒ローブの魔術師が居た。


「あいつ、隠形の上級魔術師ですよ、先生!」

「あっ、死ね!」


 ライル先生は、銃を構えると上級魔術師目がけて発射した。

 ちょっと、いくらなんでも会話ターンで発砲とか、反則くさいですよ先生……。


「チイッ、なんと小癪な人間め。ソックスこの場は、引くよ!」


 さすがに大砲でも死ななかった上級魔術師。

 青白く光る手で、弾丸を跳ね除けると、黒ローブを翻して逃げようとする。


「カアラ、なぜ吾輩が引かねばならんのだ?」

「いやぁ、ソックス、あいつらはマズイんだって。下がってよ!」


 ゾンビ辺境伯は、急に逃げると言われても困惑している様子。

 あっ、あの上級魔術師。カアラって名前なんだな。


 やっぱり、ゾンビ辺境伯も男爵と一緒で間抜けっぽい。

 そこが狙い目だな。


「おいソックス辺境伯! お前の従兄弟のルーズは俺が倒した。貴様も我が光の剣の錆としてくれるぞ!」


 俺が光の剣を大上段に構えて、挑発する。


「フハハハハハッ、吾輩を倒せるというのか小童、面白いことを言うではないか!」


 さすが男爵の親戚だな、挑発にすぐ乗ってくる。

 脳みそが腐ってるせいかもしれないが。


「では、こちらも本気をお見せしよう」


 ゾンビ辺境伯は、黒マントを翻すと合図を送った。


 ズシーン、ズシーンと音を立てて緑色の巨大な竜が出てくる。

 いわゆるグリーンドラゴンとか、アースドラゴンとか言われる、オーソドックスなタイプのドラゴンだ。


「ドラゴンだと!」


 ヘッポコ四魔将でも出してくるのかと思ったら、ガチンコじゃねえか。

 大砲もないのに、こんなデカブツと、どう戦えっていうんだ。


「どうだ、すごかろう!」


 いや凄いけどよ、身の丈五メートル以上ある恐龍をダンジョンで出してきても、天井に頭が付いてるじゃねーか。

 ドラゴンは、身動き取りにくいだろ。


「こらぁ、ソックス。切り札のドラゴンを勝手に使わないで!」


 ほら、上級魔術師のカアラさん(たぶん女だ)怒ってるじゃん。


「フハハハッ、ここをこいつらの墓場にしてしまえば切り札もなにもあるまい。さあ、勇者の若造。吾輩を楽しませてみせろ!」


 そう言うと、ブンッと音を立てて、漆黒の剣を手からだすゾンビ辺境伯。


「ほう、これは驚いた」


 俺の勇者みたいに、こいつも魔王の力とかを手に入れたのかな。


「闇の剣だけではない、『氷結の鎧』能力解放!」


 そうゾンビ辺境伯が言うと、着ているプレートメイルが青く光、全身からたくさんの氷の柱が発生した。

 鎧が、一瞬で氷結したのだ。


「どうだ、この鎧は呪具の一つ、普通の人間が着れば低温でダメージを受けるところだが、ゾンビのこの身ならば関係ない。便利な身体になったものよ」

「うあ、寒い」


 辺境伯の身体から発する冷気で、こっちは身震いするほどに寒い。周りを結晶化した氷が漂ってる。

 これは近くにいるだけで、体力を削られる。


「さあ、勇者の若造よ、かかってくるが良い。我が魔王伝説レジェンドの最初の糧としてやろう!」

「よーし、じゃあやってやる!」


 ルイーズは、なんと果敢にも、ドラゴンに向かって斬りかかってるし、盗賊王ウェイクも『反逆の魔弾』を撃ち始めた。

 先生は、隠形の上級魔術師が岩弾の魔法を撃つのを、まったく同じ魔法で相殺し始めている。


 リアは、俺に『アーサマの護り』の詠唱をかけ始めた、相手がアンデッドだからよく効くことだろう。

 向こうがドラゴンでも、こっちの戦力だって負けてない。


 俺は、ゾンビ辺境伯目がけて、光の剣で斬りかかった。

 光と闇が交差して、バリンと大気が震えた。


「やるな、若造!」

「そっちもな、これはどうだ!」


 俺は、相手の攻撃に合わせて切落しをしかけた。

 辺境伯の斬撃に合わせて、相手の手を斬り落としてやろうとしたのだ。


 だが、闇の剣は俺の光の剣をまた弾いた。

 俺たちの系統の闇や光の剣は、意志の強さで力を増す。


 隙が見えたと思っても、反射的に剣がガードしてしまうのだ。

 相手の思考よりも早く、的確に斬撃を当てなければ倒せない。


 しかも、辺境伯もいい剣筋をしてるので隙がない。

 ならばと、俺は聖化した『黒杉の木剣』を取り出して二刀流攻撃をしかけた。


直心影流じきしんかげりゅう奥義 八相発破!」

「ぬぉぉぉ!」


 冗談抜きで、一万回は打ち続けた八相発破だ。

 一度は弾いたものの、十六段突き、三十二段突き、四十段突きとスピードを上げていく俺の突き技に辺境伯は耐え切れず。


 腕と肩に突撃を受けて、辺境伯がよろめいた。

 硬い『氷結の鎧』が、その腐った身体を護っているが、光の剣と聖化した黒杉剣の突きなのだ、ダメージが通らないわけではない。


「二天一流奥義 虎震剣!」


 宮本武蔵が極めた二刀流、虎震の型。


 俺が中二病時代に訓練したときは、剣の重さによろめいたものだが。

 光の剣の重さはゼロだし、木剣も軽い。虎震の型は、身体が覚えこんでいる。


 ダメージを受けたゾンビ辺境伯が、苦し紛れに放った闇の剣を、左手の光の剣で打ち返し。

 そのまま大上段から、右手で渾身の力を込めて頭に木剣を打ち下ろす。


「グノオォ!」


 叫び声を上げて、ゾンビ辺境伯が崩れ落ちた。

 俺は、その身体に光の剣を突き立てる。


 ふっと、闇の剣が掻き消えて、貫かれた魔具『氷結の鎧』の氷が砕け散った。

 どうやら、倒せたようだ。


 隣では、ルイーズがドラゴンの首を大剣で両断するところだった。

 ドラゴンは必死になってルイーズを爪や牙で殺そうとした。


 しかし、ダンジョンは、身の丈五メートルはあろうかというドラゴンが暴れまわるには狭すぎるのだ。

 天井に頭を打ち付けては、崩れる瓦礫が降り注いでダメージを受ける始末。


 苦し紛れにブレスを吐いても、リアの聖盾ホーリーシールドはブレス系の攻撃を防げてしまう。

 この狭い場所にドラゴンを出した段階で詰んでいたといえる。


 たしかにドラゴンの表皮は、鉄砲の弾が通らない程に硬い。

 しかし、盗賊王ウェイクは、一気に五本『反逆の魔弾』の乱れ矢を撃ちこむ大サービスっぷり。

 ドラゴンは身体中に、鉄の矢が次々突き刺さって弱っていく。

 そこを、ルイーズがドラゴンの首根っこを、大剣で力任せに両断したのだ。


 床には、彼女が愛用していたサーベルが何本も折れたり曲がったりして転がっていた。

 それだけの斬撃を食らわしたあとに、ようやく大剣の一撃で首が断ち切れて、ドラゴンも事切れたわけだろう。


 それにしてもルイーズ、ついに竜殺しの騎士ドラゴンキラーになっちゃったんだな。

 どんどん人間を超えていってしまう。


「うあああっ、アタシの魔王がぁ! アタシのドラゴンがあぁ! アタシの遠大な計画がああっ!」


 隠形の上級魔術師カアラさん発狂。


「なぜよ……勇者、なぜアタシがここで魔王を育てていることがわかったのよ!」


 偶然、たまたま会っただけですとか言ったら、ちょっとあんまりにも可哀想なので。

 おれも空気を読んでそれっぽいことを言っておく。


「カアラ、この勇者、貴様の悪事などお見通しよ。神妙にお縄につけ!」

「おのれ、おのれ、おのれぇ! 誰があんたなんかに捕まるか、おお、大いなる蒼き水よぉ!」


 上級魔術師カアラが、邪魔なものを振り払うように両手を広げて、高らかに呪文の詠唱を始めた。

 この戦闘の裏で、先生とリアは連携して、ディスペルマジックでカアラの魔法を抑えこもうとしてたらしいが、もう限界みたいだ。


「みんな下がってください、水がきます!」


 うあ、また大洪水かよ。

 ワンパターンなんだよと思いつつ、後ろからスプラッシュマウンテンがくると、もう逃げるしかない。


「ぐああああ」


 大いなる蒼き激流に飲み込まれて、全員謁見の間から押し流されてしまった。

 あーあ、これでまた火薬全部パァだよ。


 ちょっと今回は可哀想だったかなとか、同情して損した。

 火薬の恨み、覚えてろよカアラ。


     ※※※


「みんな大丈夫か」

「なんとか平気です……」


 ダンジョン内で大洪水の魔法は、ほとんど反則に近い。

 謁見の間と、その前のガーゴイルの間がグチャグチャのビショビショになってしまっている。


 どうせ、この間にカアラは逃げてるパターンなのは言うまでもない。

 でもまあ、とりあえず追ってみるかと、謁見の間の舞台裏に回って奥の控え室に入った。


 すると、その控え室の小部屋に白旗を持った、青い肌をした少女が立っていた。


「降参じゃ勇者どの!」

「誰? つか、黒ローブの魔術師って通らなかったか」


「カアラなら、そっちから地上に逃げておるところじゃぞ」


 青い肌に、なぜか水着のような黒い薄衣をまとった少女が指差す方向を見ると、『非常口』とかかれた階段がある。


「非常口って、そのままだな」

「今から走って追いかけても無駄じゃ、カアラは隠形も得意じゃが逃げ足も速い。非常口の出口に兵でも配置して待ちぶせておるなら別じゃが」


「いや、俺は非常口の存在すら知らなかったからな」

「そうじゃろ、自力で踏破もしてない人間に非常口の存在が分かってはダンジョンの意味がないからな」


「そういうお前は誰なんだ」

「申し遅れた勇者どの。ワシは、不死少女オラクルちゃんじゃ、このダンジョンの管理人マスターじゃ」


 白っぽい髪をツインテールに結んで、赤い目に青い肌の少女。なるほど、魔族っぽい感じだな。

 とりあえず、カアラ捜索は諦めて、この魔族の話を聞いて見ることにした。


「不死王オラクルって、死んだんじゃなかったのか」

「ワシはそのオラクルが創ったダンジョンを守るために、ダンジョンマスターとしてオラクルの爪の先から創られた、言ってみれば分身クローンのようなものじゃ」


「オラクル本人ではないのか」

「そうじゃ、この『オラクル大洞穴』が出来て三百年。ワシは、ずっとこの芸術品とも言える、ダンジョンの管理人をしてきた」


「ふうむ、分かる話だが。なんで少女?」


 やけに少女が多い世界というか、縁があるなあと不思議に思う。


「そりゃお主、ダンジョンマスターであるワシが殺されたら、この『オラクル大洞穴』は終わりなのじゃぞ。なるべく殺されぬように、このような無害で可愛らしい姿形に創られておるわけじゃ」

「なるほど、まあ可愛らしいっちゃ可愛らしいな」


 青い肌ってのは、魔族でどうしようもないんだろうだけど、これはこれで悪くはない。美少女といっても通る容姿だ。

 ダンジョンの価値が変わらないように、三百年前の美的センスも、そう変わらないんだな。


「そうじゃろ、よかった。ホッとしたわい。勇者どのが可愛いと思ってくれなかったら、生存率が下がるところじゃ」

「ところで、なんで降伏なんだ。カアラと一緒に逃げればよかったじゃないか」


 不死少女オラクルとやらは、憤懣やるかたないと言った様子で白旗を振るった。


「ワシはカアラの仲間ではない! 聞いてくれるか勇者どの」


 そこから、不死少女オラクルの愚痴が始まった……。


 なんでも二百四十年途絶えていた、魔素の瘴穴から魔素が供給されて喜んでいたのも束の間、また魔素が途絶えたかと思うと、今度はカアラがあのゾンビ辺境伯を連れてきて今度こそ魔王に育てるとか言い出して、ダンジョンを勝手に占拠してしまったそうだ。


「なあ、ひどいじゃろ。同じ魔族だから、魔王復活に協力するのは当然とか言われて、地中からの残り少ない魔素もみんな奪われて、ワシは関係ないじゃん!」

「まあ、そうだよなあ」


 勝手に家に入ってきて、我が物顔されても困るわな。


「魔素の瘴穴が途絶えてから、この辺りの魔素は、地中から僅かに滲み出る程度しか出ない。それをワシは必死に地中から汲み上げて、爪に火を灯すような思いで、このダンジョンを維持してきたのじゃ」


 なんでも本来の『オラクル大洞穴』は地下三十階建ての、それはそれは凄いダンジョンだったそうなのだ。

 しかし、魔王も不死王も倒されてしまい、魔素の瘴穴も封印されてから二百四十年、ダンジョンに供給される魔素は極微量になって、管理に苦労したそうだ。


「まあ、冒険者もレベルが低かったからのう。十階までを維持して、もし万が一クリアする者がおれば、制覇記念としてマジックアイテムでもやれば、満足して帰るんじゃないかとそう思ったわけじゃ」


 まあ、冒険者は実際に九階までしかいけなかったわけで、ゾンビキャリアだまりで全滅してたぐらいなんだから、正解っちゃ正解だよな。


「ちなみに、十階以降は隠しダンジョンじゃからの。ああっ、でも魔素が足りないから稼動は無理じゃ。ごめん」

「いや、もう十階で十分だからいいわ」


「そかそか、勇者どのは欲がないのう」

「いや、むしろなんでそんなサービス精神旺盛なんだよ」


 ダンジョンのそこいらに感じたのは、悪意のなさだ。

 もっと致命的な罠で全滅させればいいのに、謎かけも大したことなかったし。


「なんでって、ダンジョンはそこを制覇しようと挑む冒険者が居てこそ完成される芸術なんじゃ。冒険者と共に切磋琢磨し、一緒に育て上げていくことこそ、ダンジョンが存在する意義といえる」

「ふうむ」


 なるほどなあ、オラクルってのは、芸術家肌だったんだな。

 単なるモンスターの住居として創ったわけじゃなくて、博物館や美術館みたいな気持ちで、誰かにクリアして欲しくて創ったのか。


「だから、魔王と不死王が倒されたとき、これはいよいよ勇者が来ると思って、地下三十階で待ち構えていたときはドキドキした。あの時なら、ワシは殺されても構わんと思いつめておったのじゃが……」

「あー、先代の勇者が悪いことしたなあ」


 勇者ってのが何人居たのか知らないが、みんな『オラクル大洞穴』を無視したわけだ。まあ、そりゃそうだけど。

 不死少女オラクルが、そんな覚悟で地下三十階で待ってるなんてだれも知らないし、勇者としても無駄に苦労して、そんなでかいダンジョン攻略する理由がない。


 芸術家の考えることというのは、何時の時代も世間からは理解され難いものなのだ。


「それを、ずっと放置されて、ダンジョンの力は弱まっていくばかりで、その挙句にあの人間の魔術の粋を会得した天才魔族だかなんだか知らんが、変な奴に勝手にうちを荒らされて」

「ああ、なるほど。カアラも魔族なんだな」


 なるほど、カアラは人間の魔法を極めた魔族なのか。

 だから、先生が上級魔術師名簿を探しても、見つからなかったわけだ。


「そのカアラとかいう奴、さっきも見たじゃろう。ダンジョンにドラゴンまで放つわ、大洪水は起こすわ、もうワシの愛する大洞穴はボロボロじゃ、これで何も出来ずに殺されたら、ワシの三百年の人生はなんじゃったんじゃ……」

「あーわかった、泣くな泣くな。殺さないから」


 泣く子と地頭には勝てぬと言う。

 三百歳と分かってても、姿形は子供だしな。


「本当じゃな、ワシの降伏を認めてくれるんじゃな」

「そうだな、約束してやる。そのかわり、カアラの情報を寄越せ」


「カアラの情報といっても、奴がだいたい二十歳ぐらいの女で、この辺りの魔族にしては突然変異的に魔力が強い天才ってことと、部族の特徴で隠形と人間に化けるのが上手いぐらいしか知らんよ」


 『魔素の瘴穴』封印後、このシレジエ地方は言うなれば魔界から、人間界に切り替わってしまった。

 土着の魔族は力を失い、隠形を使ったり人の姿に化けたりして辛うじて生き延びている状態だということだ。


「だいたい、カアラは天才魔術師なんじゃから。自分が自ら魔王を目指せばいいのに、人間の国を戦争や内乱で争わせたり、元人間のゾンビをワシのとこに連れてきて魔王にしようとしたり、ワシは奴の考えてることがわからん」


 あーうちにも、そういう先生居るわ。

 天才ってのは自分がやるより、誰かを押し立てて裏に回りたいのかもね。


「誰の話をしてるんですか?」

「あっ、先生。そっちの後始末はもう済んだんですか」


「ええ、リアさんがゾンビ辺境伯の死体を浄化しましたよ。これで生まれたばかりの魔王が、また復活することもないでしょう。ルイーズさんたちは、まだドラゴンの解体にかかりきりになってますよ」


 こりゃ、今日の夕飯は、ドラゴンの内臓のスープだな。

 海蛇も食べ過ぎたから、あっさりしたものが食べたいんだけど望み薄か。


「ワシはもう何もかも嫌になった。降伏を受け入れたんじゃから、ワシを含めて『オラクル大洞穴』を勇者どのの支配下に置いてもらうぞ」

「えっ、それってどういう」


「うんとな、勇者どのに支配されたとなれば、もうあのカアラとか言うバカ上級魔術師は来ないじゃろ。そっちにも便利なはずじゃぞ、三階までは硝石とか言うのを作る土地として解放してやるし、欲しけりゃ海蛇の肉ぐらい、いつでもくれてやる」

「ああ、なんだこっちの話を聞いてたのか」


「そうじゃ、ワシはダンジョンマスターなんじゃから、このダンジョンであったことはみんな耳にしておる」

「結構、便利な能力なんだな」


「でも、それも今日で終いじゃ。しばらく、そうじゃな、勇者どのがあと八十年生きるか、百年生きるかは知らんが、それぐらいは『オラクル大洞穴』は閉店にする」

「いや、それって良いのか」


 不死王オラクルに、管理を任されたんだろ。

 職場放棄にならないか。


「いいんじゃ、ワシはこの三百年一人で頑張って来たし、少しぐらい休んでも構わんじゃろ。それに、こんなに派手にぶっ壊されては、補修にも、もう魔素が足らん」


 なるほど、どっちにしろ、しばらくは営業できないってことか。


「恥ずかしいダンジョンを客に見せるぐらいなら、閉めたほうがいいのじゃ」


 確かにあのドラゴンに、大洪水はやり過ぎだったよな。せっかくの大広間も、綺麗な飾り付けも、滅茶苦茶になっちゃったし。

 カアラに毎回火薬をダメにされてる立場としては、オラクルちゃんに同情するわ。


 そんなこんなで『オラクル大洞穴』攻略は成功した。

 というか、なぜか俺の管理下にダンジョンマスター、不死少女オラクルごと入ってしまったらしい。

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