第42話「大洞穴攻略」

「ごしゅじんさまーほめてほめて」

「おお、どうしたロール」


 俺は、現地調達したオーク肉のハンバーガーを食べながら、ロールの赤銅色の髪を撫でる。

 あんまり奴隷少女を贔屓ひいきとかしちゃいけないんだけど、俺はお前が一番可愛いぞ。


 きっといつか、ドワーフ娘の時代がくるからな。


「ここのつち、ぜんぶからしょうせきが、とれるよ」

「うおおおっ!」


 思わず、吠えてしまった。

 なんちゅうことに、なんちゅうことに気がついてくれたや、ロール!


 長年モンスターが住み続け、冒険者と殺し合い、土に糞尿や血肉やその他もろもろが染みこんで全く日が当たらない大洞穴。

 ここはまさに、硝石の宝庫や!


「大洞穴そのまま、ものごっつ硝石の産地やんけ!」

「ごしゅじんさまー、キャラがかわってるよ」


「おお、すまんすまん、つい浪速の商人の血が滾ってな」

「すごいよね、さっきちょっと煮てみたけど、すごいできるよ」


 さすが生まれついてのワーカーホリック。

 周りが、ダンジョン攻略に邁進してるこの状態で、休憩中に土を煮ていたのか。


「よしよし、じゃあロールたちは攻略はいいから、硝石作りに早速入れ」

「あいあいさー」


 硝石が現地調達できるなんて、これで補給も完璧じゃないか。

 否が応にでも、これは順調に進まざるを得ない。


 ……とかなんとか、言っていたのだが、そうは問屋が卸さない。


 攻略は三階層を終えて、四階に入って急に停滞した。

 四階は、上層のオークなどと違い、マミーと呼ばれるミイラ男のアンデッドがやけに多い階層だった。


 武器も持たず、ただ包帯男が襲い掛かってくるだけなので、単体ではそこまでの脅威ではない。

 アンデッドなので銃撃の効果はいまいち薄いが、リアが浄化すれば消えてなくなるし、普通に剣や槍で倒すのも難しくない。


 しかし、通路が埋まるほどの数となると、ちょっと脅威だった。

 それでもこちらも数なら自信がある、力押しで四階層の中程まで討伐を進めたまでは良かったのだが。


「なんで、攻略済みゾーンからモンスターが湧いてくるんですかね、先生」


 ブロックごとに分けて、完全制覇してから前に進むというパターンでここまできたのに。

 すでに制覇済みの安全圏からモンスターが湧きだして、ちょっとした混乱が起きて進軍がストップしたのだ。


「兵士たちの報告を総合して考えるに、原因はおそらくこの部屋だと思います」

「そこは確かにモンスターハウスになってましたけど、もう全滅させましたよ」


 先生の言うとおりだった。

 先ほど、包帯男で満載になっていた部屋を綺麗に片付けたはずが、また一杯に湧き出してきている。


「これは、もしかすると無限湧きの部屋かもしれませんね」

「モンスター無限湧きって、反則なんじゃないですか」


 どれだけ殺しても、包帯男が無限に湧いてくる小部屋。

 どういう理屈で創ったのかも、さっぱりわからない。


 つまり、四階層を敷き詰めるように発生してるマミーは、全部この小部屋から出たのだ。


 おそらく何らかの限界はあるに違いなのだが、オラクル大洞穴ができてから確実に、三百年間は無限湧きしてたことになる。

 無限って怖い。


 魔王クラスのアンデッドマスターの底力を見た思いである。


「つまり、ここでどうやっても補給線が分断されてしまうということになりますね」

「相手と違って、こっちは無限の体力はないからなあ」


 何ということだ。

 軍隊によるダンジョン速攻対策もしていたとか、不死王オラクルさんすげえ。


「リア、この小部屋、パパっと浄化したりできないのか」

「このレベルの呪いが相手では、わたくしごときでは是非もないですね。お詫びに脱ぐ気力もなくなるほどの、格の違いを感じます」


 リアがふざけられないレベルって相当だな。

 まあ、相手は不死王なんだからしょうがないか。


「タケル殿、四階を攻略してから、三階出口にベースキャンプを張って、戦闘員のみで五階を攻めていくことにしましょう」


 そんな段取りで、ダンジョン攻略は進む。

 俺は……と言うと、気がつくと無限湧きしているミイラ男を見ながら、これを何かに利用できないかと考え始めていた。


     ※※※


「よし、シュザンヌ、クローディアどいてくれ」


 『黒杉の大盾』を構えて、無限湧きの小部屋からの敵を押し留めていた二人は俺と交代スイッチする。


 俺は、右手に『黒杉の木刀』、左手に光の剣を掲げて、意識を集中させる。

 よし!


直心影流じきしんかげりゅう奥義 八相発破!」


 二段突き、三段突き、四段突き!


 片手で四段、両手で八段、俺は両手に持った剣でミイラ男を突きまくる。


 ちなみに技名を得意げに叫んでいるが、俺の剣術はみんな古流剣術の本をナナメ読みした我流なので、実物とは違うだろうことを断っておきたい。


 本来は長い修業を積み、高い精神性が伴わないと使えない奥義だ。

 しかし、本で読んだだけで形だけ真似た技でも、武器が良ければそれなりに高い攻撃力がある。


 俺の八相発破で、目の前のマミー三体が一気に吹き飛んだ。

 脆い敵だ、手応えがない。


 しかし、数は十分な脅威になる。

 無限湧き部屋には、ミイラ男で溢れているので、すぐに前にやってくる。


「八相発破! 八相発破! 八相発破ァァ!」


 十六段突き、三十二段突き、四十段突き!


 俺は、体力の続く限り、敵を突いて、突いて、突き砕き続けた。

 激しく動けば動くほど、心は静かに真っ白になっていく。


「ハァハァ……、星王剣!」


 体力の限界、疲労から前かがみになった身体に激を入れて。

 最後の一匹を下段から切り上げる。


 さっと、切り裂いたミイラ男の汚れた包帯が、宙を舞った。

 俺は、体力の限界を感じて小部屋の入り口まで引く。


「シュザンヌ、クローディア頼む!」

「はい、ご主人様!」


 二人は、その小さな身体よりも大きな『黒杉の大盾』を構えて、その隙間からまた湧き出したマミーを長槍で突き立てる。


「ご主人様どうぞ」

 シャロンが、汗だくになった俺にタオルを被せて、ヴィオラが俺に冷たい水を差し出してくれた。


「ふうっ……」


 休憩、ひとごこちついた。


 無限湧きの小部屋を見て、まず考えられるのは、岩かなにかで部屋の入口を堰き止めてしまえば、湧きは止まるのではないかということだ。

 しかし、あの不死王オラクルが、そんな対策をしていないわけがない。


 壁を作ったり、天井を崩して小部屋ごと潰したりすれば、おそらく違う場所が無限湧きポイントになるだろう。

 下手をすると、溢れ出るマミーが違う階層までぶちぬいて、無限湧きポイントになってしまうかもしれない。


 俺が出した結論は、この無限湧きの小部屋を、俺の「トレーニングルーム」にすることだった。


 銃士隊に、下層の探索をやってもらっている間、俺はここで経験値アップに励む。

 もちろん、この世界はリアルファンタジーだから、経験の蓄積は眼に見えない。


 しかし戦闘を繰り返すことで、実戦経験は確実に上がっていく。

 技のキレと、戦闘力の増強をここで、自分が満足いくまで繰り返すのだ。


 たとえ戦闘でミスって肉は裂け、骨が折れようとも霊薬エリクサーなら一瞬で回復する。

 古今の剣士にとって、理想ともいえる実戦訓練の場がここにある。


「よし、シュザンヌ、クローディア。交代してくれ」


 十分休んだ俺は、気合を入れなおすと。

 両の手に、必殺剣を構えて敵に躍りかかった。


直心影流じきしんかげりゅう奥義 八相発破!」


 俺の突きの速度は、加速度的に増していく。

 もっと速く、もっと的確に、本来の光の剣の性能スピードは、こんなレベルじゃないはずだ。


 俺の悪夢『反逆の魔弾』の主、盗賊王ウェイクに打ち勝てるイメージを手に入れられるまで。

 力の限り、剣を振るい続ける。


     ※※※


「よお、元気そうだな」


 目の前に、バカでかい大きさの合成弓コンポジットボウを抱えた、緑フードの若い男が立っていた。

 盗賊王ウェイク。


 たった一度だけ戦場で相対した強敵チート

 しかし俺は、この男を悪夢で見ている。


 何度も、何度も、何度も、毎晩のように。

 これも夢かと思った。


「ハッ、本当にウェイクか」

「そうだよ、幻覚とでも思ったか勇者」


 金髪をかき上げて、クックッ……と、鳥が鳴くような特徴的な笑い方をする。


 さっきまで、マミーを斬り続けながら。

 貴様を切り裂くイメージを高め続けていたなどと言ったら、果たしてそんなふうに笑っていられるだろうか。


「お前が面白いことをやっていると、ネネカから聞いてな。矢も盾もたまらずこうして大洞穴くんだりまで足を運んだわけだ。俺が送ってやった盗賊ギルドの連中は、役立ってるか」

「ああ、ダンジョンは罠が多いから。助かってるよ」


 ダンジョンの例に漏れず、オラクル大洞穴にも罠がある。

 ただそのほとんどは、単純な落としピットで、四階のピットに誤って落ちた部隊も、五階にまで探索を進めて救助されたと報告を受けた。


 不死王オラクルは、わりとフェアなのだ。

 少なくともピットの下に、尖った木の杭を並べたりするような真似はしていない。


 モンスターより人間の方が凶悪だなんて、月並みなセリフだが一面の真実を付いた言葉ではあった。


「お前、何か特別なことをやったか?」

「えっ、いや……」


 笑っていたウェイクが、急に目を細めてこっちを睨んだ。

 その言葉の意味がわからない。


「なんで急に剣気が強くなったんだ。あれだ、この前死んだゲイルぐらいの強さには成長してるぞ」


 ああ、訓練のことかと思ったが、ゲイルの強さのほうが気にかかった。


「ウェイクってゲイルと戦ったことあるのか」


「ああっ、だいぶ前だが、あいつが男爵になった頃にドット領って領地の盗賊から救援を求められて、攻めてやったんだよ。貴族か武家でないと出世できないシレジエ王国の近衛騎士団で、久しぶりに成り上がった男だと聞いて興味があったしな」

「それで、ゲイルには勝ったのか」


「うーん、引き分けだな。俺の『反逆の魔弾』を二発弾いて、三発目を紙一重でかわしたってとこか。なかなか強かったが、そっからがお前とは少し似ているけど、逆だった」


 それなら、二発しか弾けなかった俺より強い。

 ゲイルは姑息な男に見えて、ルイーズと同レベルに並ぶ程度には実力があったのか。


「二回目の魔弾を放つ前に、副官に前線を任せて奴は逃げ去ってしまった。一回目はかわせたが、二回目はわからないと思ったんだろう。撤退のさなか奴の部下はたくさん死んだが、何度遭遇してもあいつは後方に逃げやがって戦わなかった」


 なるほど、俺と少し似てるけどまったく逆の対処だ。

 勝てる時にのみ戦い、勝てない相手ならばどこまででも逃げる、故に負けない。


 ゲイルは品性こそゲスだったが、その行動原理はどこまでも合理的だ。

 真似をしたいとは思わないが、学ぶべきところは多い。


「俺の魔弾は、雑兵なら一気に三人から五人は倒せるが、言ってしまえばそれまでの技だ。大兵団同士の戦いとなれば、戦況を覆せる程の力はない」

「それでも小規模戦闘なら、十分に覆せそうだけどな」


「そうだよ、だから盗賊の頭なんてやってるのさ。俺の力は遠距離攻撃特化だから、この距離でいまお前と一体一ワンオンワンで戦ったら負けるだろうしな」

「えっ、そうなのか」


 そうか、ウェイクの緑のローブにかかってる魔法は飛び道具の軌道をそらすものなのかもしれない。

 チートとは言え、どこでも無敵というわけではないのか。


「もちろん、お前のような剣士とは一対一で、渡り合ったりしないけどな」

「なるほど」


 ウェイクの側には、手強そうな曲刀を持った盗賊が二人付き添っている。

 眼をつぶれば、存在を感じさせないほどに静かだ。二人とも、それなりの手練と見える。


「俺は、ウェイク・ザ・ウェイク(石橋を叩いて渡る)なんて呼ばれているが、まあ理由のないことではない。こう見えて慎重なんだよ、俺は」

「なるほどなあ」


 この場で、仮に俺がウェイクに斬りかかれば、護衛が動いてその間に距離を稼ぐ。

 遠距離で撃ちあいになれば、ウェイクは無敵とそういうわけだ。


「なあウェイク、もしかしてダンジョン攻略に協力するために来てくれたのか」

「おうよ、前人未到の大洞穴討伐なんて面白そうなこと、ぜひ混ぜてもらおうと思ってなあ」


 そう言って、ウェイクは形良い微笑みを浮かべた。


「ウェイク、協力してくれるなら報奨は払うよ」

「金より、俺はお前たちの使ってる銃に興味があるんだよな」


 そりゃ、そうだろうな。

 飛び道具なら、ウェイクの注意を引くとは思っていた。


「銃なら自由に使ってくれ、ネネカたちも使えるから盗賊ギルドに技術提供してもいい」

「そりゃ、豪気な話だ。俺が新しい飛び道具を使ってみたいだけなんだが」


「なあ、ウェイク。銃に興味があるなら、これを見てくれないか」


 俺はちょっと思い立って、ライフルの設計図を見せてみた。

 鍛冶屋には依頼してるんだが、難航している。


 飛び道具の専門家はどう見るか。


「これは、このライフリングって凄いな。軌道にスパイラルをかけるとか、自分で思いついたのだったら天才だぞ」

「まあ、それは先達があるわけだが……」


「俺の師匠に弓聖ロウって、弓のことしか考えてない頭のオカシイ爺さんが居るんだ。その達人の爺さんが思いついた究極の矢ってのが、このスパイラルをかけるって発想だったんだ」

「そりゃ、すごいな。思いつく人は思いつくってことか」


「ロウの爺さんの『スパイラルアロー』は、鉄の矢を撃ち出すと同時に、風魔法で超回転をかけて軌道を安定させると同時に威力を強めた。もちろん達人クラスでしかできない技だ。この銃の機構は、それとまったく同じ事を機械的にやろうとしてると見たな」

「なるほど、やっぱり魔法の力に頼るしかないのかな」


 中世ファンタジーの冶金技術では、銃身の内側に繊細な螺旋状らせんじょうのみぞを掘るのは難しい。

 適合する弾も、球状の弾とは違い現代の弾丸型にしなければならないため、現地生産は難しい。


 それらの問題点の解決ができないため、試作品ですらなかなか仕上がらないというのが現状だ。


「面白い話をされてますね」


 ライル先生が五階から上がってきた。

 下層階の探索が、一段落ついたらしい。


「先生も聞いてましたか、どうもこの弾にスパイラルをかけることのできる魔法があるそうなんですよ」

「弓聖ロウでしょう、矢の命中精度を上げる魔法と、命中精度を下げる風系魔法の両方を開発した人として有名ですよね」


「なんだ、先生も知ってたんですか」

「ええっ、盗賊王ウェイク氏には、お初にお目にかかりますが、その緑のローブ。弓聖翁の命中精度低下の魔法が掛かったものであることは、一目瞭然です」


 ウェイクは、即座に自分の装備の付加魔法を言い当てられてギョッと目を剥いた。


「勇者、すげえな。お前んとこの先生とやらは……」

「いえいえ、私は中級魔術師ですので、魔法力が少し見えるだけです。その弓聖翁の魔法、ぜひ教えていただければ魔法銃として、ライフルの作成は可能になるかと思われます」


「仕方ねえなあ、弓魔法の奥義はロウの爺と昵近じっきんの弟子しか知らない秘中の秘なんだがよ。じゃあ、その魔法銃ができたら、俺にも一挺くれるってことで手を打つか」


 そんなこんなで、弓魔法を補助に使うという奇形的な構造ながらも、ライフルがついにお目見えしそうな予感がしてきた。


「ちなみに、ちゃんと魔宝石を組み込んで魔法力がなくても使えるようにしますので、タケル殿も安心してください」

「それは良かったですよ」


 せっかくライフルできても、俺が使えないんじゃつまんないもんね。

 しかし、量産は難しいというのは、やっぱり少し残念ではある。

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