第43話「大洞穴攻略其ノ二」

 盗賊王ウェイクのパーティー加入という思いがけない出来事がありつつも、オラクル大洞穴の探索は進む。


 すでに攻略が終わっている五階を歩いていると、大蜘蛛の大量の死骸を見てウェイクが驚く。


「うあ、これアシナガオオドクグモじゃねえか。この数をよく退治できたな」


 足長大毒蜘蛛は、粘性のある糸を吐いて武器をダメにしたり身動きを封じた上で、猛毒の牙で噛んでくるという厄介な敵だそうだ。


「この手の生き物系モンスターは、銃士隊の一斉射撃の餌食ですからね」


 先生がちょっと得意げに、解説する。

 アンデッドや、無生物系よりも随分やりやすい相手だ。


「ふうん、やっぱり銃ってのは使えるんだな。あっ、そうだこの蜘蛛の死骸もらってもいいか」

「構わないがウェイク、蜘蛛の死骸なんて何に使うんだ」


 普通のモンスターならともかく、俺でも使い道を思い浮かばないし、さすがのルイーズでも毒がある昆虫は食べない。


「粘性のある糸も、猛毒が詰まった袋も、盗賊にはいい道具になるんだよ」

「なるほど、敵の動きを封じたり暗殺したりに使うわけか」


 やはり密偵技術では、ウェイクの盗賊ギルドに一日の長がある。

 大量に転がっている毒蜘蛛を、ウェイク配下の盗賊たちがナイフで解体しているのを尻目に、六階に進む。


 『オラクル大洞穴』六階は、珍しくモンスターが存在しない階層だった。

 雑多な装飾具が並んでいる変な部屋で、どうやっても開かない扉の前には神聖文字で、へんなセリフが書いてある。


「風邪を引いているミイラ男マミーはどこにいる、なんだこりゃ」

「タケル殿、そこの棺桶を開けてくれますか」


 先生の言うように、棺桶を開けると同時に開かなかった扉が開く。


「なんですかこりゃ」

謎掛けリドルですね、幼年学校レベルのネタなんで説明するのも恥ずかしいんですけど」


「教えて下さいよ」

「風邪を引いているミイラ男、つまり棺桶コフィン棺桶コフィン……、たんなるダジャレですね」


 不死王オラクルの能力は凄いと思うんだが。

 ギャグセンスは、致命的にないみたいだ。


 例のスフィンクスが出す謎掛けより、ひどいネタだと思う。


「床に居るペットを探せ」

「タケル殿、そこのカーペットをめくってください……」


 寒い、こんな下らないネタしか思い浮かばなかったのか、オラクル。


「永遠の終わりを選べ」


 おっ、これはなんか哲学的で、深遠そうな謎掛けですね。


「タケル殿、そこの『ん』の文字を押してください」

「うあ、マジですか……」


 本当だ、扉が開いた。

 えいえんの『ん』って、逆に簡単すぎてわからないというやつだ。


「こういうのはね、出題者のレベルに合わせて考えるといいんですよ」


 そう言いながら、ライル先生は心底嫌そうな顔をしている。

 解説する先生の精神を徐々に削る、恥辱プレイの罠としてなら巧妙といえる過酷な階層だった。


 先生、俺思うんですけど。 

 アンデッド系ってどんなに強くても、脳みそ腐ってますよね。


     ※※※


 『オラクル大洞穴』七階。


 むしろ、戦闘があって嬉しいぐらいなのだが、ここに来て強敵が現れた。


 順調に進んだ先の広場で、ズシンズシン足音を鳴らして歩いている、ストーンゴーレムの群れ。

 ほぼ鉄砲は利かないモンスターだ。


 銃士隊とは、明らかに相性が悪い相手といえる。

 まあ、わざわざ大砲を運んでくるまでもないだろう。


 この程度の敵なら銃に頼らなくても、戦闘力がある戦士も揃っているのだ。


「よっし、じゃあさっさと片づけますか」

「こら、タケル。一人で先行するな!」


 ルイーズは怒りながら、慌てて追いかけてくるけど。

 俺は動きが鈍いストーンゴーレムなら、倒せるビジョンが頭に湧いている。


「北辰一刀流奥義、星王剣!」


 重たい石の棍棒を振り下ろすゴーレムの腕を、光の剣でたたっ斬ると、そのまま返す刀で唐竹割りで一刀両断する。

 刃の届く限り、光の剣で切断できないものはない。


「ほぉー、我が主も、そこそこできるようになったんだな」


 ルイーズは感心しながら、俺が切り落とした石の棍棒を拾って、遠心力を込めてストーンゴーレムに投げつけた。

 大きな音を立てて仰向けに吹き飛んだストーンゴーレムは、周りのゴーレムを巻き込んで将棋倒しに崩れていく。


 多少修行しても、ルイーズに勝てるビジョンは全く浮かばない。


 ウェイクが『反逆の魔弾』を撃ちまくって、遠くにいるストーンゴーレムをあらかた片付けると、七階層は静かになった。


「せっかく鉄砲貰ったのに、出番がないんじゃつまらねえな」


 ウェイクは、鉄砲を試したくてウズウズしているようだ。


 『オラクル大洞穴』八階。


 八階は、地下水がゴオーと音を立てて瀑布となっているゾーン。

 どういう仕組になっているのか、通路の横を川となって流れている水は綺麗だし、高低差に合わせて滝になっていたりして癒される。


「水浴びでもしたいぐらいですね」

「タケル殿、それは止めておいたほうがいいですよ」


 俺たちの目の前の川から、首を出したのは巨大な海蛇シーサーペントだった。

 もちろん生物系なので、すぐさま銃士隊の一斉射撃で始末される。


 弾を通さないほど皮が硬いってことはないようだ。

 ようやく銃の出番が来たと、ウェイクも得意げになって、海蛇に弾を浴びせている。


 初めて使うくせに装填が早い。

 さすがは、飛び道具を扱い慣れてる男だ。


「ルイーズ何をやってるんだ」

「知らないのか、海蛇の肉はすごく美味いんだぞ」


 そろそろ食事の時間でもあったので、みんなでルイーズを手伝って海蛇の死体を引き上げると調理して喰ってみた。


「なるほど、これは美味いなあ」

「タケル、たしかにイケると言ったのは私だが生で食うとか、よくやるな」


 せっかく新鮮なんだから、お刺身にして食べてみたのだ。

 蛇というより、ちょっと歯ごたえのある赤身の魚に近い風味がする。


 おかしなものを食べてお腹壊しても、解毒ポーションがあるから、寄生虫の心配もいらない。

 食事の面で、いろいろと冒険ができるのがファンタジーの良い所だ。


「そんなに美味そうに食べられると、ちょっと私も食べたくなってきたな」

「まあ、自己責任でどうぞ」


 ルイーズは、お刺身で食べてみると悪くないと言っていた。

 さすがイケる口だね。


 醤油があるといいんだよな、塩をまぶすしかないからちょっとさみしい。

 大豆はないが、他の豆類や麦はあるんだから、もろ味噌ぐらいできるかもしれない。

 こんど時間があれば発酵食品にもチャレンジしてみるか。


「先生、こうやって見ると大洞穴は、食べられるモンスターの宝庫ですね」

「ですね。干し肉に加工して売れば、スパイクの街の食料問題も改善されるかもしれません」


 それ以前に、軍隊の糧食としてもだいぶ助かってるしな。

 モンスターの肉を食うのに抵抗がなくなった兵隊は、経費が安く済むからありがたい。

 さらに先に進むと、たくさん海蛇が出てきた。


「こんなにたくさんでは、食べきれん」


 ルイーズがそんな余裕のセリフをかましながら、自らも海蛇の頭を切り捨てる。

 大王烏賊クラーケンが出てきたときは、俺も食うことしか考えられなくなった。


「イカ焼きだああぁ!」


 俺が光の剣で、イカの足を両断すると、でっかいイカがブワーッとこっちに黒墨を吐いてきた。


「黒墨パスタだあぁ!」


 八階は、まさに食料庫といっても過言ではない素晴らしい階層だった。

 ちなみに、ルイーズが釣りをするとすぐに人食魚ピラニアなどが引っかかった。


 この魚も毒はないから食えるとのこと。

 日が当たらないから、天日干しにできないのだけが残念。


 ただ、水が綺麗だからといってここで泳ぐのだけはおすすめできない。


     ※※※


 『オラクル大洞穴』九階。


 一般に出回っている、大洞穴の地図はみんなここで終わっている。

 つまり、それだけの大きな危険がここにあるということになる。


「致死性の罠かもしれませんから、盗賊団は特に注意して調べてください」


 先生の指示で、ネネカたちは神妙な面持ちで壁をくまなく調べる。

 先生も風の流れなどを入念に調べていた、毒ガスなどの罠なら排気にそれだけの工夫があるので、読み取れるとのこと。


 そんな風に、慎重に進んだ九階中ほど。

 なぜこれ以降の探索が進まないのか、原因がはっきりした。


 ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ。

 広間いっぱいに、見渡す限りのゾンビ。


 みんな鎧と剣を持って、冒険者の出で立ちのままで広場を歩きまわっている。


「先生、つまりこれは」

「そうですね、みんなここで死んでゾンビになるので、増殖してどうしようもなくなったってことですね」


 ゾンビには、銃も効きにくい。

 これは、ここを突破するのはかなりの骨になりそうだ。


「わたくしが浄化してみます」


 リアが前に出て、アーサマの祈祷を行うが、浄化されたゾンビは一体だけ。


「どうやら、そうとうな呪いがかかってるみたいで、わたくしの浄化も効きがとても悪いです」

「意図的に、ここをゾンビだまりにしようとしてるんですよ」


 なるほど、さすが不死者の王ノーライフキングが創った迷宮だ。

 ダンジョンを探索しようとする冒険者そのものを、罠に使うとは。


「とにかく、少しずつ削っていくしかありません。みんなリアさんの聖水で武装を聖化してください。ちょっとずつ削っていきましょう」


 先生の号令で戦闘が開始される。


 さすがに、元冒険者のゾンビは強い。

 装備を着込んでいるということは、それなりに防御力もあるということ。


 どこまで生前の意識が残っているのやら、剣を振り回す姿は人間と戦っている感覚に近い。


「だが、ゾンビはゾンビだな。他愛もない」


 動きは鈍くなくても、フェイントもなく、攻撃の仕方が単調だ。


「北辰一刀流 切落きりおとし


 わざと隙を見せて、相手が攻撃するのに合わせて、腕を斬り落としてやる。

 返す刀で、ゾンビを斬り伏せる。


 戦闘の途中でウェイクが「弾を聖化したらどうだ」などと言い始めて、これが効果があった。

 聖水で聖化した弾は、ゾンビにもダメージを与える。


 さすが飛び道具の専門家、火縄銃で攻撃できるようになってゾンビ退治の効率は格段にあがった。

 ほどなくして、広場いっぱいのゾンビは駆逐される。


「おかしいですね」

「どうしたんですか、先生」


「いや、使役されているようにも見えませんでしたから、ゾンビキャリアが居ると思ったんですが見当たりません」

「ああ、感染源が居るって話ですか」


「そうです、ゾンビキャリアが居ないなんて違和感がありますね」


 先生は考え込んでいたが、次の部屋ですぐその疑問は解消された。

 鋭い牙と爪を持ったゾンビキャリアが部屋に溢れている。


「みなさん、絶対に近づいてはいけません。ちょっとでも噛まれたらゾンビになります、飛び道具だけで戦ってください!」


 これはヒドイ。

 部屋に足を踏み入れたらゾンビキャリアの群れとか、前の部屋に居た冒険者達はみんなこれにやられたのだろう。


 聖化された火縄銃がなければ、絶対に進めなかったところだ。

 こっちには飛び道具の専門家がいるから、助かる。


 ウェイクも聖化した矢で『反逆の魔弾』を撃ちまくってたが、うちのルイーズも小弓で負けず劣らずの活躍をしていた。

 俺もがんばろうと、弾を聖化した火縄銃を撃ちまくる。


 ああ、早くライフルが欲しいなあ。


 先生がゾンビの弱点である炎を使わず、石弾の魔法で攻撃していたのでどうしたのかなと思ったら。

 土水風に比べると、炎系の魔法が苦手とのこと。


 そういや、そんな設定あったな。すっかり忘れてた。

 ライル先生は、なんでもできるチートに思えるが、わりとできないこともあるのだ。


 ゾンビ祭りの様相を呈していた九階を探索し終えると、いよいよ階層は十階へと続く。

 そこは、これまでの洞穴と違った印象だった。


 ここまできた俺たちを歓迎するように、シャンデリアの輝きに彩られた十階の通路。

 まるで貴族のお城のように、綺麗に赤絨毯が敷かれていて、豪奢な色調の陶器や、高そうな調度品が並んでいる。


「先生、この壷でも持って帰って売れば、儲かりますね」

「そうですね、終わったらそうしても良いと思いますが……」


 いや、分かってますよ。

 これだけ調度が豪華ということは、それなりに知能を持った敵のボスが居るって証拠みたいなもんですからね。


 赤絨毯に導かれるように奥に進むと、俺たちに空飛ぶ真っ赤な悪鬼が襲いかかってきた。

 ガーゴイルの群れだ!


 本来なら手強い敵なのだろうが、銃の一斉射撃で終了。

 こいつらは、石化する。


 石になって銃撃から身を守ったガーゴイルも、俺が光の剣で切り裂いて倒した。

 残念だったな、ガーゴイル。


「さてと、ガーゴイルに守られてる部屋があるってことは、この先がボスです!」

「えっ、そういうものなのですか」


 先生でも知らないことがあったのか。


 ええっ、お約束なんですよ。ボスか、宝物庫か。

 ガーゴイルは番人なんです。


 俺たちは、ガーゴイルが守っていた大門を開けて中に入る。

 そこには……。

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