第31話「書記官の野心」

「まったく是非もない話ですね。姫様が、タケルと結婚なんてできるわけないじゃないですか」


 俺とシルエット姫様の結婚話に、リアがしゃしゃり出てきて言う。

 俺もそう思うが、お前がシーンをまたいで出てくると、すごく嫌な予感がするんだよ。

 もういいから下がれ。


「なんででしょう聖女様、理由をお聞かせ願いたいのですが」


 いや、いきなり知らん男と結婚とか、シルエット姫様もそれでいいのかよって話だよな。


「タケルはね、デートしたことない相手とは結婚しないんですよ」

「ぎゃあああああああああああああああっ!」


 き、きさまああああああああああああっ!


「せっ、聖女様、デートとは一体、どういう意味なのですか?」

「だからぁ、タケルは、デートしたことない相手とはぁ」


「リア、お前、本当に、ぶっ殺すぞ!!」


 俺が、リアのローブの襟元を握って引っ張りあげると、シャロンたちに止められた。

 そこをどけ、こいつを殺せないじゃないか!


「いやんっ、タケルこんなところで激しすぎです。脱がすのは二人の時に是非」

「あああ? マジで、いっぺん、泣かすぞゴラァ!」


 泣いてるのは俺だけど。

 それにしても、なぜみんな俺を止める、コイツの口を止めろよ!

 俺は奴隷少女たちに引っ張られて、リアから無理やり引き剥がされた。


「ご主人様どうしたんですか!」

「こいつはなぁ、いま絶対に言ってはならんことを言ったんだよぉぉ!」


 いつの間にか、呼んでも居ないのに、俺の手から光の剣が出ていた。

 天井に青白く光る刃が届かんばかりの最大出力だ。

 そうか星王剣、お前だけは分かってくれるんだな、この俺の怒りを!


「ご主人様危ないです、光の剣はダメッ!」

「リアッ、ここから居なくなれェェ!」


 忌まわしい記憶とともに逝け!

 もう勇者も、異世界ファンタジーもなにもかもどうでもいい、いますぐ消えてなくなれリア。


「ご、ごめんなさい。タケルが、そんなに怒るとは思わなくて」


 リアは、いきなり土下座した。

 俺が振りかぶった星王剣を避けようとしたのかもしれないが。

 クソッ、こうなると振り上げた剣の行き場が……はぁ。


「怒るに決まってんだろうがバカ野郎!」


 みんな唖然として見てるけど、これを黙って見てろなんて無理だ。

 見ろよリア、お前のせいで話の展開が滅茶苦茶になったじゃねーか!


「ふっ、フフッ……アハハハハハハッ」


 シルエット姫様、爆笑。

 腹を抱えて、お笑いになられたぞ。


 いや、楽しそうなのはいいけど、さっきのどこに笑う要素がある。

 怒り狂ってた俺も、土下座しながらも無言で俺を煽るリアですら、毒気を抜かれように、くの字になって大笑いしてる姫様を見る。


「アハッ、アハハッ、笑ってしまってごめんなさい。お付きの聖女に斬りかかる勇者なんて聞いたことがなかったから」

「そりゃ、ないだろうね」


 俺が悪いんじゃなくて、リアみたいな聖女がありえないんだからね。


「でも、そんな勇者様なら、わらわみたいな姫でも良いかもしれませんね」

「いや、シルエット姫。リアの言ってることは無視して欲しいんですが、俺も出会ったばっかりの相手と結婚とかありえませんからね」


「そうなんですか、でも勇者様の先生さんがそう申してましたよ。妾の陣営も実際はどうか知りませんが、表面上は納得しておりました」

「そうじゃなくて、シルエット姫は良いんですか。知らない相手といきなり結婚なんて」


「妾に良いも悪いもありません。まわりの皆に言われるままにするしかないのです。妾の母親は、王に飼われた身の上。妾は、その娘なのですから、勇者様のところの奴隷と何も変わらないのですよ」

「姫様、それは違います」


 これは、否定しないといけない。


「お聞かせ願えますか」

「うちの奴隷たちは、きちんと自分の意志で生きてますよ。言いなりに知らない相手と結婚なんてしませんし、させません」


 シャロンたちも頷く。

 当たり前だ、そんなことはさせん。


「でも、奴隷は主人の意のままに動くから、奴隷ではありませんか」

「じゃあ、主人の俺がさせませんよ。貴女もです、シルエット姫様。そんな無理矢理な結婚話、俺がぶち壊します」


「ふむ、やっぱり勇者様は面白いですね。でも現実問題として、そうするのが一番良いのではないですか」


 そこで、騒ぎを聞きつけたライル先生が紙束を抱えて入ってきた。


「なんだかこっちの会議も紛糾してるようですね」


 爽やかな微笑み、人を勝手に結婚させようとしてるようには見えないけど。

 どこまで先を読んで、はかっているのやら。


「先生、俺とシルエット姫を結婚させようなんて、させませんよ」

「初めて、ですよね」


「何がです先生」

「タケル殿が、私の策に逆らったことが、です」


 ライル先生は、やけに楽しそうに俺を見てくる。


「俺が反対することも、先生なら分かってたんじゃないですか」

「まあ、そういうこともあるんじゃないかとは思ってました」


 絶対にそうだろうな、こっちの話が煮詰まるのを待って入ってきたのだ。


「とにかく俺は反対ですよ、先生はどうするつもりなんですか」

「それは私のセリフです、シルエット姫と勇者タケルの結婚以外に、この膠着こうちゃくした局面を打ち破る策があるんですか」


 ライル先生は、わざわざ作戦地図を持ってきたようだ。

 ばさっと、俺にシレジエ王国の全体地図を広げる。


 どうもライル先生お手製のようで、いろいろとペンで書き込みがしてあった。


「ゲイルに勝てば良いんですよね」

「ええそうです、私なりに今の均衡状態を打ち破るため、最善の策として結婚話を持ちだしたのです。それを崩すというのなら、対案が絶対に必要です」


 できるわけないと言うように、挑発的に俺に細い顎を向けて笑う。

 まさか、ライル先生と戦術勝負になるとは思わなかった。


 確かに、普通ならライル先生の天才的な戦略チートには勝てないだろう。

 だが、俺には現代日本人としての知識がある。


 例えば、オックスの街から裏を突いて王都への奇襲はどうだ。

 いや、そんなことゲイルでも考えて布陣してるんだろ。

 単純な陽動を、ライル先生が思い浮かばないわけがない。


 考えるんだ、ライル先生が書いた、この作戦地図のどこかに絶対にヒントがある。


 エスト伯領と王領の境を挟んで布陣してる両軍、どっちの軍の貴族や兵団もみんな旗幟を鮮明にせず、どちらが勝つかを固唾を飲んで見守ってるせいで動きが鈍い。


 そして、この小山の上の重要拠点『イヌワシ盗賊団の砦』に篭って、中立を守る第三兵団、こいつらがどっちに付くかが勝敗の鍵。

 こういう図、たしか、どっかで見たことあるな……。


「どうですかタケル殿、何か画期的な策は浮かびましたか」

「うーん、天下分け目の関が原ってかんじですね」


「はぁ、セキガハラですか?」

「そうですよ、関が原です!」


 そうだよ、鉄砲と大砲の時代になったんだ。

 徳川家康の戦術があるじゃないか。


「先生、策が浮かびました。第三兵団を味方につけます」

「私の話を聞いてましたか? 第三兵団のザワーハルト兵団長は、利に聡い性格ですから、味方になった際の要求だけはたくさん送ってきますが、どっちが勝つか見えないとどちらにも……」


「先生、お耳を拝借」

「はい? ……えっ、いやそれはマズイでしょう」


「ダメですか」

「ダメというか……そんな無茶なやり方、私が学んだ戦史には類例がありません」


「どうですか、先生から見て、俺の策は上手くいかないですかね」

「うーん、いやぁ。何とも読めません、さすがタケル殿としか言いようがありません」


 ライル先生は、呆然とした顔で俺を見た。

 先生に予測がつかないんじゃ、この時代の誰にも俺の行動は予測できまい。


「じゃあ、この策は責任を取って俺がやります。無理やり今日出会ったばかりの女性と結婚させられるよりは、よっぽど良いですからね」

「普段臆病なほどのタケル殿が、そこまで確信を持っていうからには、勝算があるってことですね。分かりました……」


 先生としては、半信半疑ってところだろう。

 俺だって、本当は上手くいくか知らないけど。

 人間の心なんて、異世界でも現代日本でもそう変わらないものだろう。


     ※※※


 俺は、砲兵部隊と近衛銃士隊を連れて、『イヌワシ盗賊団の砦』の前まで来ていた。


 青銅砲を四門、三階建ての砦の前に並べて、義勇兵団の旗を必要以上に立てまくって、攻撃準備を見せつける。


「先生、じゃあ勇者タケルが味方に付くように言ってると、第三兵団のザワーハルト兵団長に使者を送ってくれますか。将軍か男爵ぐらいにならしてやってもいいと、まあ適当に条件をつけて」

「それはもう、何度も送ってるんですが」


 第三兵団は、双方の使者をどんどん受け入れているようだ。

 そうやって条件を釣り上げているんだろ。

 すぐに返事が帰ってきた。


「エスト伯領の全部をくれて、総軍司令官にしてくれるなら味方すると言ってます」


 ザワーハルトとやら、欲をかきすぎたようだな。

 そんな要求が飲めるわけないだろ。

 顔も知らんので、こっちも罪悪感がない。


「よし、ではこっちに今すぐ味方しないのであれば、伝説の勇者の名の下に、貴様ら全てを地上から消滅させると矢文を放て!」


 すぐに矢文が飛ぶ、よしスピード勝負だ。


「先生、ザワーハルトの奴は、どこからこっちを見ていると思いますか」

「そりゃ、三階の見晴らし台からでしょうね」


「では、そこに向かって砲撃します」

「タケル殿、もしザワーハルト兵団長に当たったら」


「先生、もうね。味方じゃないなら、このまま攻め滅ぼすんですよ」

「そ、そんな……」


 それぐらいの覚悟でやらなくてどうする。

 第三兵団だけの問題じゃない、旗幟きしを鮮明にしない連中すべてへの見せしめにしてやるんだよ!


「かまわん、敵の眼前に命中させるつもりでよく狙って全弾撃て!」

「貴方、本当にタケル殿ですか……」


 ドッカーンと、爆発音が轟いて四門の大砲の弾は全てイヌワシ盗賊団砦の三階に着弾した。

 ガラガラと、砦の破片が崩れ落ちて下に居た兵が逃げ惑う。


「よっし、いいぞ! 敵の攻撃に備えて砲門を入口付近に向けろ。油断するな、敵がこっちに攻撃してくるようなら、一兵も残さず全滅させる!」

「タケル殿、人格が変わられたような……」


 砦内がざわつき始めた。

 そりゃ当たり前だな、本気で攻めてくるなんて思ってもなかったんだろ。


 正直、上手くいくかどうかなんて、こっちはわかりっこない。

 上手く行かなきゃ、目の前の敵は、もう全部ぶっ潰すだけだ!

 ちくしょう、リアのやつめ、いっぺん死んどけ!


「ご主人様、白旗です。敵は降伏! 降伏の模様です!」

「よっし、ちょっと残念だぜ」


 ライル先生は、俺のことをゾッとした顔で見ていた。

 やだな、そんなに怖がらないでくださいよ。


     ※※※


 この世界の噂の伝わるスピードは早い。


 砦から降りた第三兵団が(俺たちが、そのまま後ろに張り付いて進んだので)、死に物狂いでゲイルのクーデター軍の真横を突くと、明らかに敵の陣が動揺し始めた。

 こっちの王軍や義勇兵団は、活気づいて攻め始めた。


 いかに大軍同士の戦いでも、均衡状態が崩れれば一瞬。

 ポツポツと軍に混じっている魔術師ですら、一度雪崩打った味方の敗走を押しとどめることはできない。

 まして、みんなどっちが勝つかでまともに戦ってなかった連中ばかりだ。


 クーデター軍は裏切りが続発して、陣が維持できず、王都に逃げ去った。


 中世時代の戦争が、大規模になればなるほど、呆気無く終わるように見えるのは、こういう事情なのかと納得する。

 兵士や騎士は自分の保身、貴族は自分の領地の保全しか考えてないからこうなるのだろう。


 何とも虚しいリアルファンタジー。


 こんな酷い時代に高らかに叫ばれる騎士の名誉や、勇者が居る意味って何なんだろう。

 王都へと向かう馬車の中で、俺は少し考えてしまう。


「タケル殿、何を黄昏たそがれているんですか」

「いや、呆気無く終わったなと」


 ライル先生は呆れたように言う。


「まだこれからでしょう」

「そうでした、ゲイルを成敗しないと」


「私の場合は、それで済まないんですよ。戦後の体制のことを考えなくてはいけません。あの頭の固い、後方の安全な場所で政治しかやってない連中とね」

「先生すいませんでした」


 フッと先生は、形の良い口元を緩める。


「わかればいいです。あーあ、タケル殿がシルエット姫と一緒になってくれれば、私が家宰として実権を握って、理想の国が作れたんだけどなあ」

「アハッ、冗談ですよね」


「いえ、本気です。ある意味で、ゲイルと私は同じです」

「ぜんぜん違いますよ」


 何が違うって、先生はゲイルみたいに不愉快じゃない。


「そう言っていただけると、嬉しいですね。でも、私にだって野心があったんです。あの父親を見返してやれただけで、もう十分ですけどね」

「あー、お父さんですか」


「そうですよ、私は不肖の息子だそうです」

「それって、詳しい事情を聞いても?」


 俺はあまり気が利かないほうだけど。

 そこは、ライル先生の急所だってわかってるよ。

 もう長い付き合いになったから、それぐらいは気が回せるようになった。


「フフッ、どうしましょうかね。まあ、タケル殿が私にシレジエ王国を全部くれるなら考えてもいいですね」

「うわー、それ本気で言ってますよね」


 もう、ライル先生とは長い付き合いなのだ。


「当たりです、さあ王都が近づいて来ました。気を引き締めていきましょう!」

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