第30話「傾国の姫君」
エストの街に入ると、こっちにまで王都陥落の報が入っていたのか、騒然とした騒ぎになっていた。
ろくな通信手段もないはずなのに、噂が広まるスピードは早い。
こりゃ気が重いなと思いながら、みんなで伯爵に会いに行く。
リアも、珍しくルイーズも一緒だ。
奴隷少女たちも、あの戦いのあとだから離れたくない気持ちもわかるので、乞われるままに連れてきた。
多人数で押しかけて、ダナバーン伯爵にご迷惑ってのも、いまさらだしな。
「おお、タケル殿。王都に行ったと聞いたが、ご無事だったのだな」
「伯爵、本当にお久しぶりです」
ダナバーン伯爵は、意気消沈気味だ。
当たり前か、伯爵もシレジエ王国の貴族なのだから。
国が滅ぼうとしているのに笑ってられるわけがない。
ワシ感激な感じで大歓迎されるよりも、良かったかもしれない。
増えすぎた義勇兵団の補給に迷惑かけたことも、謝って置きたかったのだが、それどころじゃない。
「ああ、タケル殿たちだけでも無事で良かった。ワシはもう、どうしていいのやら」
「伯爵しっかりしてください。こんな時こそ、気を強く持って」
「おっ、おう。そうだな、こんな時のための領主だ。ワシが、がんばらないと……」
伯爵は気を取り直したようだ。
ワシ感激状態も困るが、あまり落ち込まれてもな。
そこで、居城の入り口が急に騒がしくなり慌てて走り込んできた。
伯爵の一番お気に入りのメイドさんだ。
「伯爵様、あの、表に立派な馬車が、王家のお姫様だそうです!」
「なにっ、すぐ御通しするのだ」
伯爵は慌てて迎えに行った。
「あの展開で、王族が生き残ってたとは……」
俺も伯爵ほどではないが驚いた。
王族貴族を皆殺しとか大層そうなことを言ってた割に、ゲイルのクーデターは完全じゃなかったのか。
待てよ、なんで他の近い他領じゃなく、なんでわざわざエスト伯領に逃げてくる。
「おや、早かったですね」
先生が、訳知り顔で頷く。
まさかこれも先生の作戦ですか。
伯爵と共に、豪奢な純白のドレスにフードを深く被った小柄なお姫様が入ってくる。
顔を隠しているのでご尊顔は垣間見えないが、チラッと見える長くカールがかかった金髪、年格好はぜんぜん違うが、フードのせいもあって、なんとなくリアとキャラが被っているような。
まてよ、淡い金髪のリアに比べると色が濃くて桃色がかっかっている。そうかこれは、ストロベリーブロンド!
さすがは王族、これがファンタジーだよ!
高貴なるお方は髪色まで違う。俺の趣味のドストライクじゃないか!
俺はこういうのをずっと待ってたんだよ、ありがとう! ありがとう!
俺は世界の女神への感謝の念と、姫への畏敬の念に撃たれて。
思わず、その場に
「ちょっと、何をいきなり跪いてるんです」
ライル先生が、細い手で慌てて俺を引っ張り上げようとする。
「相手は王家の姫なんですから、跪いて当然でしょう……」
「いくら相手が王家の姫だからって、ここで跪いたら力関係がまずいことになるんです!」
先生は必死だ。
しょうがないので、渋々立ち上がることにした。
俺は姫の綺麗な髪色しか見ていなかったが、さすがに姫一人というわけではなく、側近にやたら渋い茶色のヒゲの爺さんと、全身プレートメイルの鎧を着た騎士が、後ろにぞろぞろ付いてきている。
俺たちの一団も人数が多いので、広めの伯爵の居城もいっぱいいっぱいだ。
普段は暇な伯爵のところにこんなに客が来ることはまずない、これはメイドたちは給仕が大変だな。
「勇者タケル様、お初にお目にかかります。私、王家の
壮年のやたらかっこいい茶色の長いヒゲの魔術師が、俺に膝をついて挨拶してくる。
またハリウッドスターかと、俺は少し見飽きた感じもする。
日本人の俺には、カッコイイ西洋人のおっさんは、みんな映画の俳優に見える。声も渋いし、いい声優を使ってる。
姫様が直接お礼を言わないのは、力関係ってやつかね。貴族の駆け引きは、めんどくさい。
しかし、御救援ってなんだ、助けた覚えは全くないんだが。
「
「タケル殿、王女様の養育係のことです。あと先に言っておきますが、このニコラ・ラエルティオスは、私の父親です」
「えっ、お父さんなの?」
「そうです。あと姫様の救援は、私が国境沿いの義勇兵団に命じました。事後承諾になってすみませんが、行き掛かり上しかたのないことですので」
それを聞いて、渋い(イケメンって意味ね)顔の
さすがに、ライル先生のお父さんだけあって美形だ。
確かに目元とか、髪の質とかはちょっと似てる。
お父さんに似るって言うものね、あっこれは女の子だったか。
「我々を助けたのはお前なのか、ライル」
「どうですか、父上。半端者と見捨てた
「助けられたことは礼を言う、お前を生かしておいて良かったと思う程度にはな」
「それは重畳」
「出来れば、お前の兄たちも助けていただきたいものだが……」
「そこまでは、私も知りませんね。助かった他の王族がいるとも聞いてませんし、ゲイルにあえて逃されたと見たほうが正しいかと。なにせシルエット姫様は、私と同じ半端者ですから」
ここで、慇懃無礼に睨み合っていた父親のニコルのほうが激昂した。
「黙れ、私はともかく
「私と同じと、申し上げたまでです。父上こそが、私のことを愚弄しているのではありませんか」
「
ライル先生とお父さんの仲って、なんか険悪だな。
半端者とか、見捨てたってなんだ。
事情がありそうだが、複雑な親子関係には口を挟むべきじゃないか。
「あーあの、ヒートアップしてるところ申し訳ないんですが、これからみんなどうするつもりなんですか」
俺がそう言うと、みんなが俺の方を見て黙りこくった。
誰も、何も考えてなかったのかよ。
※※※
とりあえず、伯爵の居城の居間で善後策が話し合われた。
その間にも、どんどん王都の戦況が報告される。
王都はゲイル派の騎士団や兵団によって占拠されて、新生シレジエ王国を宣言した。ゲイルが王様だって、出世したもんだなあいつ。
王都に居た王族は全てが殺されて、貴族もその多くがゲイルに殺された。
当地の領主であるダナバーン伯爵は、シレジエ王国臨時政府の首班となり侯爵に昇進(領地は、そのままだけど)。
その政府首班とライル先生が交渉して(出来レースだ)、俺もアンバザック男爵領を貰って、正式に男爵となった。
先生があと欲しいと言っていた旧ロレーン辺境伯領は、王女に味方してくれる騎士や貴族で分けるそうだ。
王女派の騎士隊長は、みんな昇進して子爵だの、男爵だの、将軍だのにしてもらって大喜びだけど。
モンスターで崩壊した街や村を貰っても実がないだけだろ。
領地のかわりとして、きっちりとイエ山脈の鉱山権益を取るあたり、さすがライル先生だ。唸るように金を生む国家鉱山は、実質俺の鉱山になったわけである。
ヤバイ、震えがくる大儲けだ!
しかし、王都はゲイルに落とされてクーデター軍がこちらにも迫ってるわけで、喜んでもいられない。
この側近に、バンバン高い位を与えられる状況が、もう国が滅びるフラグ立ってる。
どうも作戦地図を見ると、中立派がやたら多い。
地方貴族は、ダナバーン伯爵以外みんな息を潜めて、
貴族の愛国心ってのはどうなってんだ。
現状、王都から追撃してきたクーデター軍もエスト伯領との境目で、うちの義勇兵団と王女派の軍と睨み合って
原因の一つに、街道脇にある重要拠点『イヌワシ盗賊団の砦』に詰める第三兵団が篭城したまま、どっちの味方とも、立場をはっきりとさせないからだ。
まだゲイル派に付くっていうのならわかる。王国の兵団が中立って、自分のことしか考えてないのか。
愛国心とかさほど意識しない俺でも、これはおかしいと思うぞ。
「この国は、一体どうなってんだよ!」
「仕方がないんですよ、こっちの旗印になっているシルエット王女は、耳は隠してましたがハーフエルフの庶子で、王位継承権なんて主張できるものではありませんから」
「王女がハーフエルフって、そんなにマズイの?」
「マズイですね、シレジエ王国は貴族がみんな人間ですから。異種族の血が混じってる半端者を正式な王族とは認めないでしょう」
「そんなのって、おかしいですよ」
「シレジエ王国の血筋なら、他の国の王家や貴族にだって混じってます。下手したら隣国が継承権を主張してきますよ」
ダナバーン伯爵が、政府首班になってる段階で察してくれと言われた。
なるほど正統派なら、すぐ女王陛下になってるもんな。
めんどくさいな異世界ファンタジー。
「むしろゲイルは、シルエット王女をわざと逃したと私は見ています」
「どうしてそんなことをするんですか」
「王家を根絶やしにして他国の介入を招くより、姫様だけを生き残らせて、ゆっくり国内の反対勢力を叩き潰した後に、王女が逆らうなら殺し、従うなら結婚して、正統なシレジエ王国の国王になるつもりなんですよ」
「うわーそれ、あんまりにもアレですね……」
ゲイル、ゲスだわ。
でもまあ、合理的なやり方とはいえる。ゲスいけど。
「こっちも打てる手は、打っておきましょう。エストの街はあまりにも無防備ですから、私が難攻不落の城に改造しておきます。あとは、臨時政府とやらのお手並み拝見ですが……」
チラッと、ライル先生は、臨時政府宰相に就任した自分の父親を見た。
子爵やら将軍やら、位だけ高い連中と
向こうは先生のほうを見ようともしない。
「ふっ、望み薄ですね。私たちは、私たちのできることをしましょう」
※※※
激しい議論だけで何にも進まない作戦会議に飽き飽きして、俺たちは退出する。
伯爵のメイドにコーヒーを出して貰って、別室で寛いでると
「勇者タケル様……」
あっ、一瞬リアかと思ったわ。
リアはこっちにいるもんな、そんな白いフードを被られては、でっかいリアと、ちいさいリアに見える。
いや、気高き姫様を、変態シスターと一緒にするなど、小生の愚考でありました。
「これは失礼いたしました王女陛下」
俺は、足を舐めんばかりに、深々と
なんたる至福、姫君の御足元に、身を寄せる日が来るとは。これ作法だと、手の甲にキスとかしたほうがいいのかな。
「あら、
そういや、先生はそんなこと言ってたけど、貴族の肘の張り合いなど俺には関係ないからね。
まあ、先生がいれば我慢するけど今はちょうど居ないし。
「いえ、俺はそう政治的な駆け引きは気にしません」
「そっ、そう……勇者様って変わってるのね」
「よく言われます」
チョロとか言われております王女様。
「王女陛下、できればフードを脱いで、そのご尊顔を拝し奉ることをお許し願えませんでしょうか」
「これで、よろしいかしら」
ストロベリーブロンドの髪をした、見目麗しい姫がそこにはいた。
ハーフエルフでもかまいませんとも。
ええむしろ、プラス点じゃないでしょうか。
なんか、隣でリアが「私と態度が真逆……」とか、ぶつくさ言ってる。
キャラ被ってるの、ちゃんと自覚してたんだな。
クックック、お前の時代は終わったわ。
「王女陛下、なんとお美しい、まるでエルフのようです」
「ええっ、妾はハーフエルフなんですけど、聞いてませんでしたか」
「聞いておりましたとも」
エルフのようって、リアが喜んでたから褒め言葉と思ったら違うのかな。
あっ、エルフの血のせいで王位継承できない王女様からしたら微妙なのか。
「では、妾を陛下と呼ぶのはやめてください。どうせ、妾など庶子も良いところで、陛下どころか、姫としても半端者なのですから」
「では、なんとお呼びすれば」
「ご挨拶がまだでしたね、シルエット・シレジエ・アルバートです。かつての建国王の末の末、シレジエ王国第十七代国王ガイウス・シレジエ・アルバートの庶子……いえ、国王に飼われた、売女の娘ですわ。王女などと呼ばず、どうぞシルエットとお呼びください」
せっかくのファンタジーらしいストロベリーブロンドな姫様なのに、屈折している……。
また、リアルファンタジーの嫌な部分だしてきたな、おい。
「では、シルエット姫様」
「呼び捨てで結構ですわ、
「シルエット姫様……」
「もったいない、どうぞ呼び捨てください。妾など、伝説をなぞるかのように『魔素の瘴穴』を封印された勇者タケル様に比べれば、足元に転がる
うわ、取り返しようもなく屈折してる。
よくもこうも育ててくれたぁ、国王かライル先生の父親か知らんけども。
せっかく高貴なストロベリーブロンドのお姫様なのに、自信なさげに俯いてフード被ってたら台無しじゃないか。
「じゃあ、シルエット。俺もたいしたものじゃないですよ、とりあえず勇者と呼ばれていますが、付いてるシスターは勇者認定三級だし、魔法力ゼロだから稲妻の魔法も使えません。俺こそ半端者です」
「あの、わたくし聖女になったので二級に昇格……」
「リアは黙ってろよ!」
お前が出てくると、話がややっこしくなる。
ただで話がさえ込み入ってるのに。
あとキャラ被ってるから、シルエット姫と並ぶな。
「タケル様も半端者だったんですか、それはよかった。じゃあ、妾とはお似合の夫婦になれそうですね」
「ええそうですよ、ですからシルエットも……夫婦?」
「あれ、聞いてませんでしたか。あなたのライル先生さんが、伝説を継いだ勇者様と妾を結婚させれば、正統にシレジエ王国の王位を継承できるってお話してたんですが」
「ええっー」
聞いてないよー!
こういうことは、先に本人に相談してくださいよ。
珍しく近くに居ないと思ったら、そんなことを画策してたのか。
熱湯風呂に飛び込めみたいな安い振りで、いきなり結婚させられてたまるか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます