第15話「書記官の責務」

 ある日のこと、ライル先生から折り入って相談があると部屋に呼ばれた。

 俺が建てた商会とはいえ、ライル先生の個室に入るのは初めてだったのでちょっとドキドキしてしまう。

 小さい部屋の棚には本がズラリと並んでいるし、机には所狭しと書類束が溢れているので、ちょっと座る場所にも困る感じで、二人でベッドに並んで座る感じになった。


 それにしても。

 ライル先生からイイ女特有の凄く良い匂いフェロモンが香るのは、どうしてなのだ。

 茶髪の短髪で、ぴっちり黒い官服に身を包んでいても、やっぱりライル先生の美しい横顔は成熟した女性にしか見えない。


「なんですか、先生が俺に相談って珍しいですね」


 逆はよくあるけど、本当に珍しいよね。

 はっ、もしかしたらついに来ちゃったかこれ!

 性別の秘密をついに、打ち明けてくれる的な展開じゃないか!?


「ええ、私が勝手にできることではないので、相談なんです」

「はい!」


 いつの間にか、ライル先生とのフラグが立ってルートに入ってたのか。

 いいんですよ、男の娘でも、女の娘でも、俺はどっちでも大好物です!

 受け入れる準備はできてます、待ちきれなかったぐらいです!


「鉄砲と大砲を国に販売してみませんか。もし良ければ、書記官として私がこれまでの経緯の報告と共に、購入配備計画を提案してみます」

「えっ、それは……」


 なんだ、性別の告白じゃないのか。


「儲かりますよ、武器商人」

「うーん」


 お金は欲しいから、武器の販売は俺も考えたんだけどね。

 それってちょっとマズイんじゃないかと思うんだよ。


「タケル殿のご懸念は、重々承知しているつもりです。人間同士の戦争に使われるのを恐れているんですよね」

「そうです、それがあるんですよね」


 さすがライル先生だな。

 俺が思ってることは、全部お見通しらしい。


「しかし、しかしですよ。『魔素の瘴穴』から発生したモンスターで、いま王領は大変なことになっているんです。辛うじて守られているのは王都周辺と街道沿いだけで、東側の村や街は騎士団・兵団の奮闘も及ばず、壊滅的な打撃を受けてしまっています」

「それは……」

「まあ最後まで聞いてください、もし魔法を持たない人たちでも鉄砲と大砲で自衛できていたら、そんなことにはならないはずなんです」


「先生の言うこともわかりますよ」

「いえ、タケル殿はわかってないです。こんなに奴隷が増えて、鉱山にやたらめったら子供が送られて行っているのも、王都に難民が大量流入してるからなんです」


 なるほど、そういう事情があったのか。

 そこまでは考えてなかった。


「タケル殿は、奴隷にも優しいですよね。モンスターに襲われて生活の基盤を失ったオナ村の人達にも、自衛の手段と新しい仕事を与えている。素晴らしいことです、私もお手伝いできて心から誇らしいですよ」

「まあ、それほどでもないですけど」


 奴隷や村人を使役しているのは、あくまで自分の儲けのためだ。

 善行をしようとしてしてるわけじゃないので、褒められると恥ずかしい。


「でも、本来ならそれは国がすべきことなんです。私が提案なんてしなくても、復興したオナ村の評判を聞けば、すぐに王都から問い合わせがあって、新兵器を買って使いたいって打診があるとばかり思っていました」


 なるほど、先生はそんなことを考えていたのか。

 だから熱心に鉄砲と大砲を製造して、ノウハウを研究してたんだな。

 どう違うのか知らないけど、鉄製だけじゃなくて青銅製の大砲も作って、弾もいろんな材質を試してたものね。

 村一つ守るだけで、なんでそこまで頑張ってるのかと疑問には思ってたよ。


「でも、国からは、鉄砲や大砲を買いたいって打診はなかったんですよね」

「そうなんです。ですから、こっちから提案することを許可していただきたい」


 大恩ある先生に、お願いしますと頭を下げられてしまっては、俺も嫌とは言いにくいんだよなあ。

 渋ってる俺をさらに、先生は口説く。


「難民が生まれる根本原因を除かなければ、奴隷に落ちる人は減りません。人間同士の戦争に使われないとは保証できませんが、シレジエ王国に危機を乗り越えるチャンスを与えてくれませんか……」

「あーわかりました、ライル先生の思う通りにしてください」

「ありがとう、一生恩に着ます」


 ライル先生の柔らかい華奢な手のひらが、俺の手の上に乗せられた。

 まだ弓と剣で戦ってる国に、銃と大砲を与える。

 本当ならマズイ決断なのかもしれない。


 しかし、ライル先生に助けられなければ俺はたぶん生きてはいられなかった。

 先生の暖かい手を俺も握り返す。

 一生の恩に着ているのは、こっちのほうなのだ。


 近代戦争の歴史を知っている俺でも、この『魔素の瘴穴』からモンスターが湧きまくって人が襲われて、荒野が広がってるとんでもない世界で、どのように兵器が使われるようになるのかは全く予想がつかない。

 もしかしたら上手く自衛的な手段として使われるだけなのかもしれないし、取り返しの付かない戦争を招く恐れもある。

 考えても分からない問題だから、先のことなんて考えてもしょうがないか。

 俺は自分と、周りの人間が生きていける道を選び続けるしかないのだ。


     ※※※


 シリアスなことばかり考えてたら、自然と食堂に足が向いた。


「あっ、ご主人様。何かお作りしましょうか」


 食堂に居るのは、ブラウンの瞳に髪をした少女、元パン屋のコレットである。

 食べ物に関する興味が深い彼女が、何となく食堂で調理担当になっている。


 調理の他に、食材の調達。さらにそのついでに、エストの街の周辺の村々の酪農家を周り、口下手なロールにかわって硝石の材料に適した土を貰う交渉に当たったりもしている。

 ロールには負けるが、この娘も割と働き者だ。


「いや、今日は俺が作ろうと思うんだが……」

「では、お手伝いします」


 それが当然とばかりに、エプロンドレスをつけた彼女はかまどに火をおこし、調理道具を持ってきてスタンバイした。


「じゃあ、手伝ってもらうか」

「ご主人様のお作りになる料理は興味深いので、ぜひ勉強させてください」


 最近は、だいぶ暇になったので現代にあった料理の再現に着手している。

 普通に俺が食いたいし、手軽で珍しい料理が出来ればお店の売り物にもなるかもしれない。


「生クリームを泡立ててくれ」

「はい……この間作ったのと同じのでよろしいのですね」


 生クリームやバターは牛乳から脂肪分が浮いたものだ。

 うちの食堂には冷蔵庫があるので(ライル先生が魔法で氷を作って冷やしている)そこで一日置いた上澄みを使っている。


「うん、俺はクレープを焼くから」


 俺が小麦粉に牛乳と卵に砂糖を溶いてクレープ生地を作る。


「小麦粉で焼くガレットのようなものなのですね」


 コレットが言う、ガレットというのはこの国の庶民料理でそば粉を薄く焼いたものだ。

 素朴な味がして俺は割と好きだが、お菓子として食べるものではない。

 たしか、クレープはフランス料理だったはずなので、探せばこの国のどこかでも作ってるかもしれない。

 だが、エストの街では見かけないし、生クリームを挟むクレープを作ったのは確か日本だったので、おそらくどこにも存在しないだろう。


 俺は手早く焼いたクレープに、生クリームを挟んで一口食べてみた。


「美味しいけど、ちょっと甘味がまだ足りないかも」


 俺にとっては、懐かしい故郷の味だ。

 ジッーと、こっちの方をコレットが物欲しそうな顔で見つめているので、すぐにもう一枚焼く。

 甘味を加えようとおもって、砂糖に漬けた桃があったので生クリームと共に挟んでみた。

 桃をくるんだんだクレープを、コレットに差し出す。

 一口食べて、コレットは茶色い瞳をキラキラ輝かせた。

 すごい笑顔。


「おいふぃい……です」

「そうか」


 子供は美味しいものを食べさせた反応が、素直で見てて気持ちが良い。

 俺は一人っ子だが、妹がいたらこんな感じだったのかもしれない。

 何だか、見てるだけでこっちも笑顔になってしまう。


「ご主人様、これほっぺたが落ちそうです。生まれて初めてです、お店に出したら絶対売れると思います!」

「それはいいな、どんどん焼いてロールたちにも食べさせてみるか」


 他にもナッツを挟んだり、シナモンをかけたり、ミルクレープケーキにしてみたり様々な食感が楽しめるように加工して、夕食のおやつに出したらすこぶる好評だった。

 生クリームの大量生産はまだ難しいが、なにもクレープに挟むのは生クリームじゃないといけないってわけじゃない。

 甘味なら、ちょっと高めだが砂糖漬けのフルーツはあるし、生クリームの代わりに卵白からメレンゲを作って使ってもいい。

 塩味のクレープ生地に、ハムやチーズを挟んでサンドイッチみたいにして食べるってやり方もありだ。

 そういやサンドイッチもこの国にはまだないらしいから、ハンバーガーを作ってみるのもいいな。


 商会には屋台をやりたいって言ってる娘もいるので、そういう食べ歩きできる料理をどんどん教えて街で売れば、エストの街から立ち食い文化が生まれるかもしれない。

 商品としてさほど大きな利益は生まないが、料理は人が生きる糧だ。

 ただ銃や大砲を広めるよりは、よっぽど良い影響を残していけると思うんだよな。


     ※※※


 綺麗な王国の押印が入った手紙を持って、ライル先生が俺の部屋に入ってきた。


「失礼します!」

「あ、どうしたんですか」


 礼儀正しい先生が、ノックもしないで入ってくるなんて珍しい。

 いつも日焼け一つ無い、真っ白い肌をしているライル先生だが、今日は白いを通り越して蒼白な顔色だった。

 あまり良い知らせではないなと思う。


「シレジエ王国からです。鉄砲と大砲の配備提案が、退けられました……」

「あー、ダメだったんですね」


 悔しそうなライル先生には悪いが、ちょっとホッとしてしまう。

 あまりにも世界にコントロール不能な激変を与えるのは、怖いと思っていたから。


「それとは別に王都から、私とタケル殿に緊急の召喚命令が来ています。どうか、私と一緒に王都まで来ていただけませんか。今すぐに!」


 なんで、鉄砲と大砲の提案を退けたのに、俺たちが王都に呼ばれるんだ。

 あまりに唐突な召喚命令とやらに、俺はちょっと悪い予感がした。

 杞憂ならいいんだけど……。

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