第14話「いろんな攻防戦」

 魔素の瘴穴から人型モンスターの群れが流れてきて以降。

 エスト伯領北東に位置するオナ村は、すっかり領内に流入してくるモンスターとの戦いの最前線と化している。


 備えの必要を感じた俺は、村の柵を強化し大砲を一門備えた石造りの小塔も建てた。

 若い衆二十人からなる村の自警団は鉄砲も扱えるようになったので、冒険者ギルドやエストの街の衛兵の手を借りなくても防衛力は十分といえた。


 それ以前に、近代兵器の威力に触発されたらしいルイーズが、戦士隊にさらに二人加えて馬に乗って常に偵察に当たっているので滅多なことはない。

 ルイーズはなぜか銃器を好まないらしく小弓を使ってるが、部下のシュザンヌ、クローディアたちは馬上でも鉄砲を扱えるようになったので無敵の竜騎兵(騎馬鉄砲をそう呼ぶのだ)小隊になっている。


 女の子ばっかりで騎馬とか大丈夫なのかと思ったら、騎手は小柄な方がいいらしく割とすぐ馬に乗れるようになっていたので驚いた。

 まあ本当に馬乗で騎士として戦えるのはルイーズだけだろうけど、基本偵察だから遠距離攻撃だけで問題ない。

 やっぱり、子供のほうが順応性が高いんだな。


 ちなみに本当の騎士に任命されている俺はというと、ちょっと練習してみたが馬に乗るのは諦めた。

 馬車のほうが楽なので、もう移動はそっちでいいと思っている。


 今日も俺はライル先生と幌馬車に乗って、オナ村で作っている石鹸と火薬を取りに来たのだ。

 モンスターの攻撃で牧畜業にだいぶ打撃を受けたオナ村だったが、うちの商会の指導で新製品の製造を手伝うようになって前よりも賑やかになってきている。

 うちの儲けのために利用しただけだが、自分の管理している村が豊かになるのはいい気分だった。


「ご領主様、敵襲です!」

「いや、俺は領主じゃなくて……えっ、ルイーズたちが向かったんじゃないのか」


 村の若い男が鉄砲を抱えて、慌てて俺たちのところまで走ってきた。

 俺はあくまで村の代官で領主ではないんだが、そう村人に説明してもいまいち分かってもらえない。

 年上の人に、ご領主様とか言われるとむず痒いものがある。


 しかし敵襲って、さっき村の郊外にオークが出たという報告で、ルイーズたちが馬に乗って見に行ったのだが、こっちに襲ってきたのか。

 村人が指差す方向をみると、草原の向こう側から土煙をあげて大部隊が近づいてくるのが見えた。

 まだ小さいから判別つかないが、またオークだろうか。かなりの数だ。


「たぶん陽動ですね」


 村が襲撃を受けてるというのに、ライル先生が爽やかな笑顔で言う。

 もう付き合いが長くなってきたんで分かるけど、面白がってるよこの人。

 先生は文官なのに、意外と戦争とか好きなんだよなあ……。


「オークってそんなに賢いんですか」

「長い年月でオークロードにまで成長する個体が稀にいます、ちょっと手強い相手になるかもしれません」


 ライル先生は、オークの大隊の方向に足止めの魔法をかけると、自警団を何人かつれて砲台のある小塔に登っていった。

 先生、大砲の角度を毎回計算してる手帳を持ってホクホク顔だったな。

 村が攻められているというのに、ちょっと不謹慎すぎて引く。

 まあ、俺の方は先生の作戦に従うだけだ。


「とにかく、集まって戦うんだ!」

「おー!」


 火縄銃をかかえた村の自警団がどんどん俺の周りに集まってくる。

 俺は、すかさず幌馬車に積んであった紙薬莢を配っていく。

 火縄銃の命中精度は高くない。

 だから集まって敵の群れに向けて、まとまった数を撃ち込まないと効果が出ない。

 弾幕ってやつだ、「弾幕薄いぞ」とか男なら言ってみたいセリフだよね。


 うちの奴隷少女たちほどではないが、自警団にも集団戦闘の訓練はしている。

 横一列に整列して、すでに村の柵を乗り越えてこっちまで迫ってきているオークの大隊を待ち構えた。

 かなりの数の群れだから、本当なら脅威なのだがまったく負ける気がしない。


 ボコっと音を建てて、オークの群れの前列が落とし穴に落ちた。

 たしか『アース・トラップ』だったか、わりと初歩の土魔法だが、広範囲に地崩れを起こさせる。

 大人数での戦闘は、単なる柵とか、普通の落とし穴がどんな攻撃魔法よりも有効だったりするのだ。

 勢い良く攻めていただけに、オークの部隊は落とし穴にはまって足止めされる。


「よし、撃て!」


 そこに鉄砲の一斉射撃が襲う。

 激しい鉛の雨の衝撃と、何よりも大きな炸裂音に狼狽して、オークは敗走を……始めなかった。


「グゥゥゥガガガァァァゴゴゴォォオオオ!」


 ちょっと形容しがたい身を震わせる叫び声が、オークの群れの後ろからあがり、敵陣の狼狽を押し留めたのだ。

 群れからノッソリと前に出てきたのは、普通のオークと比べて身の丈が二倍もある巨大なるオークの王。

 大きなツノを付けた兜をかぶり赤いマントまで翻して、身体よりもさらにでかいストーンハンマーを抱えている。


 なるほど、あれがオークロードか。

 こちらを睥睨するその威容なる肉体は、巨大な暴力そのものだった。

 一声叫ぶだけで、敵には本能的な恐怖を与え、オークの群れの動揺を沈める。

 凶暴かと思えば、その濁った瞳に怒りだけでなく邪悪なる知性の色までたたえている。

 眼があっただけでゾッとする化物。


 まともに相手をしたくない、というか絶対しない。

 そろそろ来るなと思って、俺は耳をふさいで頭を伏せた。

 その瞬間、激しい衝撃と共に爆炎が上がり、敵味方ともに恐怖させるほどのオークロードが土煙の中に消えた。


 ドッカーン! と、大気を震わせる発射音が遅れて鳴り響く。


 ブルブルと震える地面、衝撃が来ると分かっていたから耐えられたものの。

 こっちも揺れと爆風に耐えるのに必死だった。


「ふう、味方ながら怖い……みんな弾込めしてどんどん撃って」

「はい!」


 土煙が収まると、オークロードが居たところに残ったのは、ぽっかりと開いた穴だけだった。

 オークロードの珍しい肉も皮も、どっかに吹き飛んだだろう。

 ルイーズが聞いたら残念がるだろうな。

 オークロードがどんだけ強くて凄い存在か知らないけど、大砲を前にでかい図体でしゃしゃり出て来るからこうなるのだ。

 所詮は、サル山の大将レベルの知性だった。


 至近距離での大砲の炸裂。


 来ると分かって備えていた味方ですら、爆風と衝撃でダメージを受けたぐらいなのだから、指揮官を失ったオークの群れは為す術もなくバラバラに敗走していく。

 そこに追撃して、なるべく数を減らしておいた。

 死者はゼロ、怪我人も薬草とポーションで治しておいた。

 殺したモンスターは、落とした装備品も肉も皮も余すところなく資源になるので、戦えば戦うほど村は豊かになっていく。


「さすがですね、ライル先生」


 俺は、小塔から降りてきた先生に労いの言葉をかける。

 先生が砲台を指揮して撃ち込んだのはたった一発。

 それだけで、敵指揮官に命中させて勝利を確定させてしまったのだ。


「なあに、大砲は魔法を使う要領と一緒ですからね」

「なるほど、そういうものですか」


 とんでもない人に、とんでもない新兵器を与えてしまったのではないかと俺は少し怖くなってきた。

 大砲を自分で上手く扱えるだけでなく、村の自警団に操作させて戦術まで教え込んでいる。

 オークロードより、ライル先生の方がこの世界にとって脅威なのではないか。

 まあ、味方なら頼もしいけどね。


     ※※※


 商売の方はすこぶる順調だ。

 エスト伯領に張り巡らせた商売網が完成して、何台も幌馬車を所有できるようになると、俺がわざわざ出向かなくても奴隷少女たちだけで、製造・販売・行商まで全て行えるようになってしまった。

 つまり、俺はちょっと暇になってしまったのである。


 こんなに商売が順調なのも、商会に陣取って商売全体を切り盛りしているシャロンの手腕によるところが大きい。


「シャロン、たまには店番代わるから、遊んできなよ」

「はあ、では買い物したいものがありますので行って参ります」


 シャロンに、珍しいという顔をされてしまった。

 まあ、暇つぶしの気まぐれなのだが、たまにはシャロンも骨休めしてほしい。

 俺だって行商ばかりでなく、たまには自分の商店の軒先に立って、自分の店の繁盛っぷりを楽しみたい。

 といっても、うちの商会が扱っている商品は石鹸と洗剤と花火だ。

 あとディスプレイの飾り程度にヴィオラが採ってきてくれる薬草と野花が置いてあるだけなので、それほど忙しくもない。


 店に立ち寄ってくれる街の奥様方や、エストの城のお手伝いさんと雑談しながら、石鹸や洗剤の効能を説明して売りつけるだけだ。

 そういや、現代世界で高校生をやってた頃は、模擬店とかやったよなあと懐かしく思い出す。

 俺はあまりクラスの催し物には積極的に参加しなかったのだが、知らない人に食い物を作って売るのは楽しかった。

 まだ異世界に来てから、半年ぐらいしか経ってないのに、まるで遠い昔の出来事のように思える。


「なんだか、久しぶりに平和だな……」


 ……客が来ない。

 爆竹とかんしゃく玉は、せっかくオモチャとして作ったのに、完全に戦闘用だと思われてて、勧めても街の市民には全然売れないのが残念。

 やっぱりもう少し、商品のレパートリーを増やすべきかな。


「ああーっ! 居ましたわ!」

「いらっしゃい……」


 白地に青のラインが入ったローブをきた若い女性が、突然店に押し入ってきて俺を指差す。

 知ってる人ではないよな。


「お初にお目にかかります、わたくしアーサマ教会から参りました、シスターステリアーナです」

「教会の『方から』参りましたって詐欺ではないですよね……」


 白地に青はアーサマ教会のシンボルカラーだ。

 俺だってそれぐらい知ってるし、教会の名を語る不届き者がそう居るとは思ってない。


 もともと宗教家ってあんまり好きじゃない。

 教会の人間と知ってて当然みたいな態度が鼻につくので、思わず混ぜっかえしてしまった。


「違いますわ、正真正銘の伝道修道女です。妹のシスターでもありません。本物のシスター、ステリアーナです!」

「はあ、それはどうも……」


 フードを目深に被ったシスターは、微笑みながらやたら豊かな胸元に輝く白銀のアンクを掲げる。

 冗談のつもりで言ったんだが、まともに受け取られたか。


「何度お店を訪ねても、『噂の』サワタリ様にお会いできなかったので困っていました。ここで出会えましたのも運命、創聖女神様のお導きと申せますでしょう、ああっ、アーサマありがとうございます!」


 十字架っぽいけど、頭の部分がちょっと広がっているアンクを掲げて祈っている。

 いきなり店の前で、祈られても困るんだが……。


 ちなみにアーサマ教会ってのは、この国にも大きな教会がある世界宗教だ。

 これも勉強だと思って、世界創聖伝説の書かれた聖書をライル先生に借りてナナメ読みしてみたことがあるが。

 この世界は、八千年前に始原の混沌からアーサマという創聖女神が創ったそうで、女性の神様だけあって男女は平等で、種族の差別を禁止して、全ての生き物を慈しむのが善というとてもありがたい宗教である。


 そんな素敵な信仰が世界宗教なのに、奴隷制度があり、力の弱いもの貧しいものが虐げられて、ニンフみたいに公然と迫害される種族がいたりするのは、皮肉といえる。

 まあ、建前と本音ってやつだ。

 リアルファンタジーなんてそんなもんだろう。

 それでも変に狂信的な邪教が広がっているよりは、無力で平和的な女神様の方が、だいぶマシだとは思う。


 ちなみに俺が使える(ということになっている)神聖文字が世界中で広まっているのも、アーサマ信仰のおかげであったりする。

 異世界人の俺は、当然ながら信仰心もないし、神聖魔法にも用がなかったので教会には行ったことがない。


 待てよ、シスターが言った「噂の」ってなんだ。


「『噂の』、ですか?」

「ええっ、『噂の』です。何処いずこよりエストの街に来られて、瞬く間に大商会を組織し、オナ村を凶悪なモンスターの襲撃から救って、伯爵様より騎士の称号と代官の地位を授かった今イチオシの英雄サワタリ様……」

「いや、褒めすぎですよ」


「死にかけの奴隷の子供たちを救って、仕事を与えている慈善事業家とも聞いています。ご近所に評判いいですよ」

「いやあ……」


 そこまで褒められると、こそばゆくなってくる。


「そこまでの強くお優しい方なのに、残念なことにアーサマへの信仰心がない!」

「はあ……」


 なんか、褒めてくれると思ったら、面倒な話になってきた。


「しかし、他ならぬサワタリ様です。このシスターステリアーナ、細かいことは申し上げません。信仰は今後ゆっくりと深めていただくとして、本日はサワタリ商会に当教会へのご寄進を勧めに参った次第です」

「ご寄進ですか?」


 どうせ魔法力ゼロの烙印を押されている俺は、回復魔法は使えないんだろうし、信仰を深めるつもりはまったくないのだが。


「ここだけの話ですが、街の他の商会にはたくさんのご寄付を頂いております。街の方は皆様、それはそれは信仰深い方なので、助かっております」

「ああ、なるほど、そういうことでしたか」


 ようやく話が読めてきた。この世界でも、教会は王権と並ぶ権力者だ。

 街で商売する上で、ショバ代を払えってのはまあ真っ当な要求だろう。


 エストの街が襲われた時には、教会の神官たちも出てきて治療に当たってたしな。

 寄付を求められれば、税金と思って払うしかない。


「それで、おいくらほどご寄付すればいいんでしょうか」

「それはもう、御心ばかりで結構でございます」


 とりあえず、金貨一枚を差し出してみた。

 あれ、受け取らない。


「御心ばかりで結構でございます!」

「……」


 じゃあ、金貨もう一枚。


「御心ばかり結構でございますぅぅぅー!」

「……」


 足りないのか。じゃあ、あと金貨五枚ぐらい追加する。

 ジャラッとテーブルに置いた金貨が、あっという間にシスターのローブの裾に吸い込まれた。


「ご寄進ありがとうございます! 海よりも深く山よりも高いサワタリ様の信仰深い行いに、きっと慈悲深きアーサマもご満足されていることでしょう!」

「はい、ありがとうございました」


 寄付ぐらいは必要経費と諦めてもいいんだが、このテンションに付いて行くのがきつくなってきた。

 もう帰ってほしい。


「是非、今度お暇なときに一度教会の方にもお越しください、このシスターステリアーナ、それはもう誠心誠意、手取り足取り、お接待させていただきます」

「そうですか……」

「ああ、えっと……親愛を込めてリアと気楽に呼んでください。親しい人はみんなわたくしをそう呼んでおります。私もタケルとお呼びますので、是非もなしです」

「はあ……そうですか」


 なんでいきなり呼び捨てなんだよ。このシスター距離感がおかしい。

 だんだんと近づいてきて、店のカウンターのこっち側に向かって身を乗り出してきている。

 おいおい、オッパイをカウンターに乗せるな!


 そんなサービスしても寄付金は増やさんぞ。

 ちょっとデカイとおもって、いい気になってるんじゃないだろうな。

 まさか、布が厚い修道女のローブのほうが、やけに胸の大きさが強調されるというエロスを計算しているのか。


 うーん。なんかちょっと、このシスター雰囲気が危うい感じがする。

 深く関わっちゃいけないような……。


 俺が、初対面の女と話すのが苦手なコミュニティ障害を患ってさえなければ、適当な理由つけてすぐ追い払うんだが。


「何か困ったことはありませんか、女神様のお子である信者の皆様をお助けするのがこのリアのお仕事です」


 現在進行形で困っているのだが……。

 商売の邪魔だし帰ってもらえないだろうか。


「あのシスター様、特にはありませんので、今日のところは」

「まあっ、リアと呼んで下さってかまいませんのに、タケルは奥ゆかしいですね。慎み深い男の子ですね!」

「……」


 だから、なんでいきなり初対面で友達気分になってるんだよ。

 ぜんぜん親しくなってないし、距離感おかしい。


 この世界の常識を知らないのはこっちのほうだから、いろいろ言動がおかしくても、安易には突っ込めない。

 ファンタジーだから、アーサマ教ってのがこういうフレンドリーな教えなのかもしれない。


 確かに色気ムンムンで迫って来たほうが、寄付金は集まりやすいのかも。

 初対面の女と話すのが苦手な俺には、拷問に近いんだが……。


「あーそうだ、フードを脱いで差し上げましょう。普段は、信徒の方が血迷われるといけませんので顔を隠しているんですが、タケルには特別サービスします」

「えっと……」


 いきなり、目深にかぶっていたローブのフードを脱ぎ始めた。

 どうだと言わんばかりに、瞳をキラキラ輝かせてこちらを見てくるシスターリア。

 いや、普通……。


 普通というか、確かに柔らかい透き通るようなブロンドで、碧い瞳も綺麗ではある。目鼻立ちは整ってるし、白磁のような肌も十分に美しいとは思うが、こんなの西洋ファンタジーなら当たり前だろ。

 いくら美人でも、こんな大げさな前フリで見せられて、コメントしろとか言われても困るよ。


「えっと、あのもしかしてローブの方も脱いだほうが良かったのでしょうか。そっち系の流れなら、わたくし是非もありませんね」

「いやいやいや、ちょっと待ってくださいシスター!」


 普通に脱ぐなよ!

 リアは、こんなものは邪魔だとばかりに、ローブの胸元を開こうとした。

 見たくないと思っても、つい胸の谷間を見てしまう男の気持ち考えたことあるのかよ!

 どうせ「あいつ私の胸見てたギャハハ」とか後で笑うつもりなんだろ。


 俺は一連の行動に鑑みて。

 これは宗教上の理由とかではなく、このシスターの個性だなとようやく理解した。


 いきなり脱ぎだすとか、こんな頭のおかしい宗教があったとして、どこのファンタジーでも世界宗教になれないだろ。

 カルト宗教もいいところだ。


「なんか、タケルの反応薄いですし……脱ぐのは是非もないかと」


 なんだ、脅迫か?

 褒めろってことか、しょうがない。


「えっと……。リアはすごく美人ですね! 思わずエルフかと思いました!」

「フヒッ、やだタケルったら褒めすぎですよ。エルフなんて……でもでも、残念ながら、耳は尖っていないんですよね」


 褒めたのが正解らしく、満面の笑みでリアは、自慢げに金髪を掻き上げると尖ってない耳をチラチラと見せつけてくる。

 確かに耳元も綺麗だけどな。


 でも、ちょっとウザいんだよ。

 そんなアピールされても、もう褒めないぞ。


 だいたい初対面のシスターがエルフだとか、エルフじゃないとか。

 自分で言っといてなんだがあんまり興味ない。

 とりあえず、俺の店の前でのストリップはやめて欲しいだけなんだ。


「あとタケルに一つ忠告なのですが、シスターは貞節の誓いがあるので、わたくしに惚れてはいけませんよ」


 惚れないよ、今の会話のどこに惚れる要素があったんだよ。

 一体何なんだ、この人は……。


 あれだな……、客商売ってすごく大変なんだな。

 こんな変なお客さん来ちゃったら、対応のしかたわかんないわ。


 シャロンをあとで褒めてやるべきだな。


「シスター様、美しいお顔も拝見したので、今日はこのあたりで」

「そうですね。では、ついでと言ってはなんですが、タケルにアーサマ教の凄くありがたいサービスをおまけしましょう。聖水とかその場で作っちゃいますよ、わたくし?」


 いやもう帰ってくれよ。

 聖水とかあんまり需要ないから教会に行かなかったんだし。


 いや待てよ、何が役に立つかわからない。

 少なくとも商品サンプルは、貰っといたほうがいいのかな。


「えっと、聖水といいますと」

「おおおっ、タケルも乗って来ましたね。敬虔なる信徒に、そこまで頼まれては是非もありません。ポーションの空き瓶か何かで結構ですので、お水を汲んで来ていただけますか、ダッシュでお願いします」


 人使いが荒いシスターだなと思いながら、新アイテムには興味があったのでポーションの空き瓶十本ほどに水を汲んで戻ってくる。


「これでよろしいですか」

「十本もですか……まあ、いいでしょう。初回サービス特典としておきましょう」


 なんか、軽いシステムだなアーサマ教会。


「創聖女神アーサマの忠誠なる信徒ステリアーナが祈り奉ります。その聖なる秩序の輝きの一端をここに指し示し、アーサマの慈悲深き恩恵をお与えください!」


 ポーションの空き瓶とアンクを重ねて、シスターリアが祈ると、中の水がふわっと白銀に光り輝いた。


「おおー」

「まあ、このお祈りは特に創るのには必要ないんで以下省略」


 だったら言うなよ。

 最初の長ったらしいセリフは一回だけで、あとはポコポコと白銀をアンクで水に光を与えた。

 どうも、あのアンクが聖水製造の媒介アイテムっぽいな。


「えっと、聖水が九本に霊水が一本出来上がりました」

「すごいですね」


 俺は魔法が使えないので、その能力は凄いと思う。

 ……性格はともかくとして。いや、性格も凄いけどこの人。


「えへっ、神聖錬金術は得意なんです。もっと褒めてかまいませんよ。ちなみに聖水は、アイテムに振りかけると呪いを解いたり、事前にかけて呪いの予防ができます。アンデッド系にかけて攻撃するなんてこともできます」


 リアは、白っぽい水の瓶を指して親切に説明してくれる。

 最初からこういう普通のサービスをしてくれるなら、こっちも嬉しかったのだが。


「ちょっとやってみましょうか。何かお手元で、普段使ってるアイテムはありませんか?」

「えっと、これなんかはどうですか」


 便利に使っているマジックアイテム『火球の杖』をテーブルにおいた。

 そこにリアは、さっと聖水を一本降りかける。


「これで『聖なる火球の杖』になりました。アーサマの加護がかかって、燃費が心持ち良くなるのと。呪いが掛かり難くなるはずです」

「なるほど……」


 続いて、白銀色に輝く水の瓶を指して説明してくれる。


「この霊水は、そのまま飲んでも滋養強壮、状態異常の回復に効果があります。回復ポーションと合成して霊薬エリクサーを作るのがポピュラーな使い方ではないでしょうか」

「ふむ、勉強になります」


 確か回復ポーションの上位互換みたいなのにエリクサーってのがあったけど、そうやって作るのか。

 やっぱ回復系は、神聖魔法が絡んでるんだな。


「今回は本当に特別なんで、他所でシスターに聖水作ってもらったとか言わないでくださいね。本来なら教会に来てもらって、それなりのご寄進と共に交換するものなんです」

「それはどうも、ありがとうございます」


 なんだか思ったんだけど、この人はシスターというより商売人みたいだな。

 その点は、ちょっとシンパシーを感じる。

 伝道修道女というと、教えを伝え歩いてる感じだから、自然と行商に近くなるのかもしれない。

 さっきの寄付を求めるやり方も堂々たるものだったからな。


「あと、わたくしの顔を見たってことも内緒にしておいたほうが良いですよ。タケルがわたくしのファンに恨まれてしまっては大変です」

「そうですか」

「恨まれて呪いをかけられても、聖水が守ってくれますけどね」

「……」


 上手いけど、誰が上手いことを言えと言った。


「なんだったら今から教会にご案内してもよろしいんですよ。是非もありませんよね」

「今は店番がありますので、すみません」


 聖水はありがたかったから、もういい加減帰ろう。


「やっぱり、フードだけでなくローブも脱いで見せたほうがよかったのでしょうか」

「いや、それはもう十分ですので」


「タケルは男の子だから、そっちのサービスをお望みでしたか?」

「いや、もう本当に結構なんで……」


 頼むからもう帰ってくれ!


 結局、シャロンが店に戻ってきて追い払ってくれるまで、シスターリアがこの調子で居座って商売にならなかった。

 一言で店番といっても、苦労してるんだなと改めてシャロンの偉大さを噛み締める一日だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る