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育子いくこ、早くご飯食べちゃいなさい。学校遅れるわよ」



朝からバタバタ忙しそうなお母さん。


「なんだ、育子。全然食べてないじゃないか。具合でも悪いのか?」


新聞をたたみながらあたしを見るお父さん。


具合悪くなんかないけど……。


わたしの目の前に置かれている、トーストとサラダとヨーグルト。


手をつけてない。



「育子が食べないなら、オレ食べよっと」


弟の翔平しょうへいが、ひょいっとわたしのトーストを取った。


「こら、翔平っ。自分のもまだ食べてないでしょ!それに『育子』じゃなくて『お姉ちゃん』て呼びなさいっていつも言ってるでしょっ」


知らんぷりしてトーストをかじる翔平。


ぐぅ。


かすかにお腹の虫が鳴った。


「なんだ、腹減ってるんじゃないか。ほら、育子。お父さんの食べなさい」


「いらない」


ふいっと横を向く。


「どうしたんだ?ホントに」


コーヒーを飲みながら、お父さんが不思議そうにわたしに聞く。



だって。


だって。



「今日は、体重測定の日なのよね、育子は」


「!!」


黙ってヨーグルトを食べていたお姉ちゃんが口を開いた。


「体重測定?」


「それでご飯食べてないの?」


同時にわたしを見るお父さんとお母さん。


もぉ……。


お姉ちゃん、言わなくていいことを……。


「育子、言っとくけどね。これ食べたくらいじゃ体重なんてそんな変わんないんだから。あとでお腹空くからちゃんと食べた方がいいよ」


お姉ちゃんがわたしの肩を叩いた。


「そうよ、育子。ちゃんと食べなさい」


お姉ちゃんもお母さんも、自分が痩せてるから。


わたしの気持ちなんてわかんないんだよ。


「……ごちそうさま」


あたしは席を立った。


そして2階に駆け上がり、カバンを持つと家を飛び出した。





ピチチチ……。


わたしの心とは打って変わって、空は雲ひとつない快晴。


学校、行きたくないなぁ……。


いつも行きたくないけど、今日は特別に行きたくない。


足取りも重い。


なぜかと言うと、それはさっきお姉ちゃんが言ってたとおり。


今日は、身体測定の日だから。


クラスの女子の前で体重を計らなきゃいけない、とてもイヤな日だからだ。


わざわざみんなと一緒に体重測定なんてしなくていいのに。


わたしは心底憂鬱だった。


その理由は単純明解。


それは、どこからどう見ても、誰が見ても。



わたしが、〝デブ〟だからーーーーーー。



ちょっと太ってるとか、ぽっちゃりしてるとか、そんな可愛らしいものじゃなくて。


正真正銘の本物のデブ。


家族の中で太っているのは、あたしだけ。


この春から中学生になった翔平も、今まさに食べ盛りで人の倍くらい食べてるけど、全く太る気配もない。


上にどんどん伸びてるカンジ。


大学生の直子なおこ姉ちゃんも、小さい頃から痩せてておまけに美人。


お父さんもお母さんも、健康的でちょうどよい標準体型。


そんな中で。


なぜか、わたしだけがデブだった。


物心ついた時から、自分が周りの友達よりひと回り大きいことには気がついていた。


『〝育子〟って名前だから、名前どおりスクスク育って大きくなったのかな?』


なんて、イトコのおじさんにからかわれたこともある。


そういうことを言われる度に、わたしは悲しくなった。


笑って見せてはいたけど、心の中は傷ついていた。


わたしだって、好きで太ってるわけじゃない。


人より大食いなわけでも、暴飲暴食をしているわけでもない。


それでも、キレイだキレイだと、いつもみんなから褒められる姉。


男らしくなってきたと可愛がられる弟。


わたしは………。


わたしは、褒められたことなんてない。


自分でもわかってた。


褒めるところがないんだから仕方がない。


顔だって、まるまるデカくてちっとも可愛くない。


そんな顔に、似合うヘアースタイルなんかもあるハズもなく、いつも肩くらいまでただ中途半端に伸ばしているだけの髪の毛。


この春から、近くの県立高校に入学し、晴れて花の女子高生になったものの、わたしには〝花〟の〝は〟の字もない。


街で評判の可愛いセーラー服も、あたしだけは特注サイズ。


太い足を少しでも隠すために、スカートの丈も中途半端な長さ。


どこからどう見ても、可愛い女子高生じゃない。


そんなわたしだから、好意を持って話しかけてきてくれる人もいなくて。


わたしは、いつもひとりだった。


でも、それは今に始まったことじゃない。


自分でも、太ってることを気にしていたし、内気な引っ込み思案の性格なこともわかっていたから、小さい頃から自分はひとりぼっちでもしょうがないとーーー。と、諦めていたから。


だから、学校での休み時間はいつもひとり本を読んだり、ひと気のない屋上の隅などで時間をつぶしてして過ごしていた。


今のクラスでも、休み時間もお昼も全部ひとり。


明るくてオシャレで楽しそうなみんなのその輪の中に、わたしが入っていける隙などあるわけもなかった。


たぶん、クラスの中でもひとり孤立して浮いている存在。


わたしがいなくなっても、きっと誰も気づかない。


体はデカくても、存在感はまるでない。


時々ふっと思うんだ。



わたしは、なんだろうーーーーーって。



学校に来ても、友達なんて誰もいない。


ずっとひとりだし。


だったら学校なんて来る意味ないんじゃないかと思う。


そう思うんだけど………。


ひとつだけ、わたしが学校に行く理由があるの。


それがあるから、わたしはなんとか毎日学校に行けているんだと思う。


わたしが学校に行けている、ひとつだけの理由。



それはーーーーー……。







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