5

 夜、寝ていた俺は寒くて目が覚めた。

 リモコンから空調の電源を入れて、部屋が暖まるのを寝ながら待った。

 殺される不安が無いかと言われると、余りにも現実離れしていて実感が湧かない。

 でも恐怖は感じる。

 幼い時に”早く寝ない子は襲われるぞ”と母に脅された。

 ホラー番組を見て、それが現実に起こるものだと子供ながら勝手に想像した。

 暗い空間、張り裂けそうな空気、現実にも起こりそうな恐怖の出来事。

 現実には起こらない、現実には起こらないと自分に言い聞かせながらホラー番組を見た。

 分かっていても怖かった。

 起こる出来事も怖いけど、起こる前の雰囲気が怖くて堪らなかった。

 夜の静けさと音が怖い。

 家の中は安全だ、と勝手に決め付けて意識をしていると、何故か音に敏感になる。

 夜トイレのドアを開ける音、部屋を歩く音、シンクから聞こえる水の音、窓から聞こえる風の音。

 現実だと分かっているのにホラー番組の世界と混同する。


 何故か主人公と同じように襲われることを想像した。


 現実には起こらないと分かっているのに夜の静寂は俺を恐怖のどん底へ落とそうとする。

 今はだいぶ大人になってそんな事も気にならないようになった。

 きっとこの恐怖は、そのホラー番組と一緒。

 一緒だから大丈夫……。

 

 ”ずしん、ずしん、ずしん”


 夜の音に聞似合わない音が外から聞こえる。

 もしかして、本当にやって来るのか?

 俺の恐怖が少し大きくなった。

 気になって良く聞こえるように、部屋の窓を開けてバルコニーに出た。

 外は冬の厳しい寒さが針の様に刺さる。

 すぐに窓を閉めて部屋に戻ろうとすると、ふと足下を見るとミノムシの抜け殻を見つけた。

 何故かわからないけど、気になった。

 ミノムシの抜け殻を手に取った瞬間、激しい音が聞こえた。

 本当に来るわけがない。

 俺は勝手にそう思った。

 いや、そう思いたかった。


 部屋の中に入り窓を閉めて、簡単な外着に着替えて、部屋から出た。

 ある人が住んでいる場所に向かった。

 夜は怖い。

 大人が両親が恐怖から守ってくれる。

 大人になればそんな怖さは消え、立ち向かうための勇気が芽生えると思った。

 でも大きくなってそんな感情は抱かなかった。

 この年になって俺は気づいた。

 いつか俺もそうならなくちゃいけない。

 何かを守らないといけない。

 怖がっている暇なんてない、自分の大切なものが奪われないように守らないといけない。

 

 そして俺は律儀だ。

 受けた恩を返したい。

 まだ、恩も返してない。

 手遅れになる前に俺が出来る事をするしかない。

 酷く滑稽に見えても、もがく事しか出来ないから。

 わがままだけど、俺はそのわがままをどうしても守りたかった。


 自分の部屋を飛び出し、ある人の部屋の前に着いた。

 部屋のインターホンを連打しても住人が出てくる様子がない。

「瞬さん、瞬さん」

 声を出してドアを叩いても返事はない。

 魔力を循環した。

 俺がわかる範囲に瞬さんがいれば問題ない。

 一緒に修行もした、魔力の波長は覚えている。

 いない。

 この七階建のマンションに瞬さんと思わしき人の気配がない。

 まさかと思った俺は、志津河の部屋のインターホンを押した。

 そうすると志津河がすぐにドア前に現れた。

「そんな焦ってどうしたの?」

「瞬さんがいない! ちょと外が騒がしいから多分戦っている。頼む瞬さんのことを探してくれ」

「落ち着いて、約束はどうするのよ」

「破る」

 幼馴染みなら分かってくれると思った。

 止められたら時間がかかるけど自分で探しに行こうと思った。

 だけど、大丈夫そうだ。

 俺の思いが伝わった。

「周一もしょうがないな、調べるよ」

 志津河は魔術を展開した。

 そして、問題にならないようにすぐ魔術を消した。

「そっちよ」

 志津河は目的の方角に指を向けた。

「ありがとう」

「どういたしまして」

「じゃあ行ってくる」

 そう言って俺はマンションを駆け下りた。

 

 走った。

 がむしゃらに。

 距離の事はあえて考えない。冷たい現実が待っている。

 冬の寒い夜は気にならない。

 焦りともどかしさが俺の体を熱くする。

 魔力を循環する。

 魔力を循環しても魔術は自由に使えない。

 強化魔術に色をのせたところで、素早い移動はできない。

 何としても研魔けんまを完成する必要がある。

 魔力を一気に58本に分けた。

 俺が分けれる最大の数。

 58本の手でまとめて仕上げる。

 少しずつ、少しずつ魔力の素を削る。

 俺が最適に魔術を使うための準備をする。


 「回れ」


 言葉は寒空に消えた。

 何も起こらない。

 大事な時に使えない魔術。

 俺は自分が情けなかった。

 こんな大事な時に魔術が使えない自分が。

 

 「回れ」


 研魔が終わらない。

 自分ができる精一杯の早さで仕上げる。

 間に合わない、間に合わない。


 「回れ」


 三回呟いても現実は変わらない。

 右手と右足には円が浮かび上がっている。

 それでも、何も起こらない。

 

 俺に魔術を使うための力が欲しい。

 今まで何のために修行をしてきたのか分からない。

 出来ることを考えた。

 すぐに出来る強化魔術の色のせだと移動は出来ない。

 研魔が終わらないと移動のための魔術は使えない。

 今魔術で出来ることは、ちまちま削って、磨いて、仕上げるために必要な手順を追わないといけない。

 俺の中にあるのは分かっているのに、必要なことをしないといけない。

 考えろ、考えろ。


 ふと何かが頭の中をよぎった。

 華燐から以前言われた事を思い出す。

 "円だったよ、でもその中に模様があった"

 俺がこだわっていた魔術の形。

 円。

 それが美しく一番輝くと思った。

 いや、思っていた。

 

 自分の右手、右足に目を向ける。

 一本じゃ駄目だ。

 自分の体の中に意識を向ける。

 石のような物が浮かび上がる。

 俺は今その石を必死に磨いている。

 自分が出来るすべての技術を使っても、研魔は終わらない。

 研魔が終われば俺の中に一つの円が出来る、そうすれば自由自在に魔術が使える。

 だけど、それじゃあ間に合わない。

 この形じゃ間に合わない。

 駄目もとだけど、俺が知っている

 円を描くだけなら俺にも出来る。

 俺は複数に重なり合う円を描いた。

 58本使って綺麗に、輝くように、強くなるために願いを込めて。

 体の内にある魔力の源に、それを描いた。


 俺は俺に願った。

 

 魔術を使わせてください。

 強さをください。

 形を教えてください。

 そして、俺に輝きをください。

 泣きそうになりながら俺は俺に願った。

 

 俺は自分を否定する。

 きっと実現しない。

 才能はない。

 輝きもない。

 強さもない。

 守りたいものも守れない。

 

 そう思った。

 

 突如どこからか、ぱきぱきと音が聞こえてくる。

 何かが崩れる音が聞こえてくる。

 その音は次第に大きくなってくる。

 やがて音は消え、俺の中にある石から光が現れた。

 その光は俺の体を飛び出して、この現実に漏れる。

 

 輝きは収束して俺に一つの景色を見せる。

 神秘を見た。

 目の前に一つの宝石がある。

 宝石の図鑑に載っていた、ダイヤモンド。

 

 ガードルと呼ばれる外周部分も鍛錬に磨きこまれた至高の一品。

 輝きの魔術がそこには込められている。

 

 目の前にそれは現れた。

 手を伸ばせば、届く距離。

 そして、手を伸ばした。

 怖くない。

 これの正体を知っている。

 俺は魔宝まほうに触れた。


 瞬間、俺の中で全てが輝き出した。

 あれまで手こずっていた研魔が一瞬で終わる。

 俺の中にある石は、触れている魔宝と同じ形になった。

 俺が目指していた形に磨きあがる。

 ラウンドブリリアントカットと称される形に仕上がった。

 師匠と同じように一瞬で。

 輝きを最適に見せるための答え。


 魔力を循環する。

 俺の中から輝きが溢れ出す。

 魔力がより分散して圧倒的な力を生み出す。

 俺の中に輝きが生まれる。

 輝きは一つの円になる。

 そして、円は無数に広がり、俺の足下を輝きの世界に書き換える。

 足下に円が浮かび上がる。

 俺はその様子を静かに見守った。

 出来上がった一つの円を外周に、再び俺の足下から次々と円が波のように現れる。

 円は広がり外円に触れるとそこで止まる。

 29の楕円が出来上がった。

 それは花のような形に見える。

 

 輝きが広がる。

 俺が追い求める最高の輝きが目の前に広がる。

 輝きを感じる、匂いも、味も五感全てで。

 慣れない言葉で紡いだ。

 「るてん――」


 足下の円が呼応するように全てを輝きで包み込む。

 瞬さんの波長を見つけた。

 志津河が教えてくれた場所にも一致する。

 

 「――


 俺の知っている世界を回した。

 全てを飛び越え、そして目的の場所にたどり着いた。

 

 ***

 

 周一と”口”の距離は約十五メートル。

 ”口”の近くには瞬がうずくまっている。

 

 「るてん――――回せ」 

 慣れない言葉で周一は呟いた。

 足下の円から暴力的な輝きが生まれる。

 周一は二人を輝きで包み込んだ。

 輝きが収まると周一の近くに瞬が移動していた。

 

 ”口”は目の前で起こった事に歓喜する。


「それだ、それだああああ。俺達と手を組まないか周一?

 どうだ、なあ? なあ?」

 

 それを聞いた周一は、怒りを含んだ言葉で返す。

「そんなつもりはない」

 周一は右手を”口”に向ける。

 

流転るてん、輝け」 

 右手には花の形をした魔術。

 58にも及ぶ接点から生まれる輝きの光弾。

 その光弾が一気に掃射される。

 

 ”口”も自身の魔術を使う。

 周一が回してもなお、”口”は魔術を使った。


 「カチ」


 だが、周一をかみちぎることは出来ない。

 周一の魔術は全てを輝きに変えた。

 匂い、味、見た目、音、ありとあらゆる感覚を輝きに変貌させる。

 暴力的に全てを否定する。


 「カチ」


 ”口”は引きちぎる。

 運命と呼ばれる未来を。

 一度に58の光弾を無効に出来ないと判断した。

 目の前に輝きがあろうと、”口”は受け入れない。

 ”口”は全力で輝きを食いちぎる。

 全てを食いちぎることは出来ない。

 運命を食べるには、その”口”は余りにも小さかった。

 

 光弾が炸裂する。

 眩しい光ではなく、輝く美しい光。

 周一が生み出す輝きが周囲を包み込んだ。

 優しく包み込むように見えて、とてもわがままで暴力的に見えた。

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