GODS SOCIAL NETWORK
一ノ瀬 水々
第1話 裁済の時
僕たちはあの日思い描いた英雄になれただろうか。絶対に滅ぼさなくてはならないと信じていたあの頃の純粋な背中に言えるだろうか。それでも進まなくてはいけない。これまでを振り返ることはできても決して、二度とあの頃に戻れはしないのだから。
21世紀の終わりに差し掛かる現代、世界も終わりを迎えようとしていた。いや、正確に言うならば一部の存在によって統治されつつあった。この話を説明するためには4年前に起きた世間的には些細な、でも僕にとっては忘れることができない出来事から説明していくべきだと思う。
「ゴッドソーシャルネットワーク」、このサイトは約4年前の今頃唐突に現れたもので、一部の若者の間で話題となりその後世界中の人々が注目するサイトとなった。なぜそこまで注目されたかというと、そのサイトに使われていたすべての文字があらゆる世界中のどの文字、言語、また数字にも一致しないものだったのだ。適当な文字を羅列しただけだろうと思うかもしれないが、そもそもインターネット上の文字なんかはあらかじめコンピュータのプログラム上登録されたものしかブラウズする(見る)ことができない。そうであるにも関わらずそんな得体のしれない文字列を表示させているサイトということで人々の関心を集めていた。もちろん解読しようとする人は大勢いたものの、言語学者や考古学者なんかがかかってもまるっきりお手上げだったらしい。
ところがサイトが出現してから数ヶ月経った時、アメリカの大学の研究者がサイトの解読に成功したと世間に衝撃が走った。その研究者は工学系の分野では著名な権威だったらしく、発表が待たれたが、「この件について発言は慎重を期する」との声明を残して行方不明となってしまった。謎が謎を呼び、サイトのトップに掲げられた特徴的なロゴマークを崇拝する者まで現れ、世間はたった一つのサイトに夢中であった。そう、僕もその一人だった。4年前の当時僕は大学の工学部2年の学生でパソコンオタクそのものだった。
「あの白ヒゲ教授、また厄介な課題を思いつくものだなぁ…」
オープンテラスになった潮風の吹く、大学のカフェテリアで僕はノートパソコンと睨めっこしながら、昨日ゼミの教授に出された課題と格闘していた。
「秋太郎なら楽勝だろ、早く終わらせて提出してきな」
「この有効ビット数の計算はそんなすぐ終わらないよ、むしろ遼介はもう終わったの!」
僕の横で涼しげにアイスココアを飲んでいるのが、友達の黄城遼介だ。僕と遼介は同じ工学部の機械工学科に所属している。遼介はいつも気だるげだからやる気ないヤツって誤解されがちだけど、余裕があって友達思いの優しい奴だ。
「教授の部屋にあった専門書を何冊かこっそり見てたらすぐできたぞ」
「こっそりって、昨日のゼミの後教授は出張でどこかに出かけて行ったよね」
「ああ、だからこっそり忍び込むには楽勝だった」
「えー!!」
「なんなら、今から教授室に行こう。ドアの電子パスワードは昨日のうちに解析してあるからさ」
「ダメだよ、時間をかけて地道に終わらせるのが一番だから部屋に缶詰めして頑張るよ」
「まったく、秋太郎は俺並みに賢い頭してるんだから、あとはもう少し要領の良さを覚えないとな」
「どうもありがとう、でも…」
僕が言葉を続けて遼介に抗議しようとしたとき、カフェテリアの入り口の扉がバーンと勢いよく開いてダダダっとこちらに近づいてくる音がした。嫌な予感がした。
「いたーー!もう、すっごく探したんだから!それでね、聞いて聞いて!」
「はぁぁぁ、いつも突然すぎてびっくりするじゃないか赤里、落ち着きなよ」
「まあ、いつものことだろ、それで今日は、ってああっ!!」
僕と遼介が使っていた丸テーブルに突進してきた(実際に軽くぶつかってアイスココアがかなりこぼれた)女の子は遠仲赤里、中高一貫校の中等部で僕と知り合い、高等部から編入してきた遼介とは高校からの友人なんだけど、いつもなんだかテンションが高くておてんばというのか、明るいというのか、僕とは正反対な性格をしている。そしてそんなところにどうしても惹かれてしまう自分がいる。
「ふふーん、そんなに聞きたいというなら教えてあげないでもないよ~」
「いや、聞きたいなんて一言も言ってないじゃないか、一方的にそっちから突っ込んできたんだろ」
「そう邪険にするな、赤里なりに大切な用事を打ち明けに来たんだ。俺は聞きたい。」
「さすが遼ちゃん!話が分かる!それに比べて秋太郎はいっつもノリ悪すぎー」
「そこまで言わなくても、、、そもそも僕だって、ちゃんと正面から打ち明けられた話は」
「うるさい!では本題のビッグニュースを発表いたします!・・・なんと、私が開発していた例のアレがさっき完成しましたー!!イェーイ!!」
僕と遼介は思わず顔を見合わせて、お互いに信じられないという表情をしたあと、もう一度赤里が言った言葉の意味を理解しようとした。驚いた顔のまま遼介がゆっくり口を開いた。
「ほんと・・・なのか?」
「あったりまえじゃん!嘘つく意味ある?ていうか完成品今から見においでよ!」
半信半疑のまま僕たちは赤里が所属する生命工学科の研究室に向かった。歩いている時も赤里はウキウキしながらこれまでの自分の努力をアピールしていたけど、僕も遼介も本当に赤里がアレを完成させたのかと聞くもんだから赤里も最後はふくれっ面で黙った。
「信じなくても結構です!百聞は一見に如かずだもんね、でも二人とも見たら絶対腰抜かしちゃうから!おほほー、さあいらっしゃいませー!」
ぷんすかして眉毛をぴくぴくさせながら研究室の中に案内され、奥に進むと例のアレらしきものが三つ置いてあった。それはいわゆるメレンゲとかをかき混ぜる泡立て器の先がほどかれてクラゲの触手みたいな装用を呈している。
「これなの?」
「これなのか?」
僕と遼介が双子のように同じ感想を述べた瞬間、赤里の顔がにんまりとゆるみ、なぜか黙ったまま口元に指を押し当てて泡立て器に手を伸ばす。そして自分の頭にクラゲの触手部分を装着した。同じく黙ってそれを見ていた僕と遼介に、ジェスチャーで残った2つを頭にはめるように示している。遼介は迷わず装着した。僕は不覚にもその時の赤里の表情に見とれていたせいでワンテンポ遅れて、迷いながらおずおず装着した。一呼吸おいて指を口に押し当てた赤里がウインクして目を閉じた。
〝おーい、聞こえてるかー・・・?〟
「おわっ!!!」
思わず僕は首をすくめて頭を抱えてしまった。横にいる遼介も、大きな反応こそしなかったものの、指先がパーの形で固まっていたから相当びっくりしたんだろう。だってその声は確かに僕らの脳に直接語り掛けてきたのだ。少なくともそんな形容しかできないほどこれまでの人生で感じたことのない感覚に襲われた。
〝ふふん♪どうだ、私の発明に恐れ入ったか!ていうかどう!感想は!何かそっちも話してみてよ!〟
「やめてくれー!このやり方でいつもの調子で話されると頭が変になりそうなんだよ!」
「確かに面白い感覚だな。これはつまり、赤里は…前から言っていた技術をついに確立したんだな」
赤里が泡立て器をバッと取り、髪を直しながらやや恥ずかしそうに、でもいつもの明るい笑顔をこちらに向けた。
「そう!これがたぶん人類初の脳波通信機だよ!すごいでしょ!」
「すごいどころの騒ぎじゃないな、これはある意味革命に近い発明だ」
「まだ頭がグラグラする、、、でもすごいと思うよ」
「情けないなぁ、秋太郎はー。でも嬉しいよ、二人ともありがとう。じゃあさ、じゃあさ、二人にも詳しい脳波トークのやり方を教えるね!」
赤里は人の新たなコミュニケーションを再発明するんだと入学式の時に息巻いていたけど、脳波に目を付けたという話を最後に開発の話をしなくなっていたからてっきり飽きたか、失敗に終わっているものだと思っていた。でも人知れず研究を続け、完成させていた。
その後30分ほど赤里から自慢交じりの説明を受け、人生初となる脳波での会話をやってみると意外にも簡単で、ただの会話なのに3人で夢中になって遊んでいた。ふと時計を見ると午後6時になろうかという時間になっていて、赤里が夕ご飯に連れて行けと言い出した。
「なんで僕のおごりなんだよぉ、同い年なんだし自分で払いなって」
「なんでもよ!私の大発明記念日なんだし、それに秋太郎!忘れてないでしょうね」
「え、何?」
「かなり前に言ってた約束のことか、これは高くついたな秋太郎」
「そう!その約束!3人で行く沖縄旅行2泊3日の旅!すぐ連れてって!明日いこ!」
「あ、、、そんな約束してたな、、まさかほんとに実現しちゃうなんて思わなかった…」
「私の沖縄旅行に対する執着を甘く見てたわね、甘い!甘い!甘―い!」
「そう考えると秋太郎はこの発明の影の立役者ってわけだ、立派だぞ」
いつだったかの飲み会で少し酔っぱらった勢いでしてしまった約束がまさか実現する日が来るなんて、ケーキをおごるぐらいにしておけばよかったと後悔していたけど、一つ大切なことを思い出した。
「悪いけど、ゼミの面倒な課題があるから今週と来週は時間が取れないよ」
「なにー!そんなことぐらいで私との約束を反故にするつもり?課題なんて1日あれば終わるでしょ!そう思うでしょ遼ちゃん!」
「そうなんだ。さっきもせっかく俺が早く終わらせる裏技を教えてやったのに断るんだからなあ」
「ほらー!やっぱりすぐ終わるレベルの課題じゃないの!遼ちゃんに裏技を教えてもらって、チャチャッと終わらせてしまいなさい!」
「余計な事を言ったな遼介、そのやり方は僕のポリシーに反するものだからやらないってさっき言ったよね」
「ほほーん、秋太郎は私との約束よりも自分のポリシーのほうが大事なんだ~」
「いや、そうは言ってないけどさ、、り、旅行は来月行っても楽しいと思うよ!そう、今月はじっくり計画を立てる時間に当てるべきじゃないかな!」
このあたりから遼介は慌てる僕と、それを問い詰める赤里のやり取りをニヤニヤ見ているだけでフォローしてくれる気配もなくなった。
「ダメ!沖縄は今しかない!来月は沖縄ではない!ね?いこ?」
「無茶苦茶じゃないかぁ・・・」
正直最後のところで上目遣いでねだってくる赤里の顔を見たら沖縄に気持ちが持っていかれてしまった。我ながら情けない…そんな僕の気持ちの変化を感じ取ったのか遼介が切り出した
「決まりだな。よし、今から教授の研究室に忍び込むぞ」
「決まりだー!」
「大丈夫かな・・・」
こうして僕たちは旅行に行くためにあろうことか教授の研究室に忍び込み、課題の内容についてのカンニングをすることを決定してしまった。バレたら単位を落としてしまうかも、いや最悪の場合退学になるのか、なんて不安の色を濃くする僕と対照的に赤里と遼介は脳波での会話を無邪気に楽しんでいた。最終的には僕もその会話に参加したんだけども。そうこうしているうちに僕たちの担当教授である殿村仁研究室の前に到着する。
〝よーし、パスワード変更なし!入れるぞ〟
〝ナイス!遼ちゃん!私たち、大泥棒参上!って感じだね!〟
〝何ひとつも盗むつもりはないんだから変なこと言うなよ!誰かに聞かれたらどうするんだよ!〟
〝んもう、早く慣れてよ~、今私たちがしている会話は絶対他人に聞かれないの!〟
〝あ、そうか〟
〝じゃあさ!早く済ませて晩御飯に行って、沖縄旅行の計画を立てましょー!計画開始―!〟
周囲に気を払いながら、教授の研究室のドアを開け中に入っていくと、ズシリと高く積まれた本棚の中の本たちが迎えてくれた。このどれかが目的の本なのだ。遼介のことをずるい奴だと思ったけど、こんな本の山から参考になりそうな本をピンポイントに探し当てたられたんだと内心感心してしまった。
〝俺が言ってた参考文献はー、確か・・・あった、これとこれと、これだよ〟
〝うっ、全部分厚い専門書じゃないか、、、それに・・・全部英語だっ!!〟
〝遼ちゃん帰国子女だもんねー、どう?秋太郎は解読できそう?分かる?〟
〝・・・とてもじゃないけど無理。それに日本語で書かれてたとしてもたぶんすぐには理解できなさそうなんですけどね…〟
〝しょうがない、俺が直接課題の重要なポイントを教えてやる〟
〝遼ちゃん優しい!秋太郎はほんといい友達をもった!自分の幸せを噛みしめなよー〟
〝いやいやいや、それなら忍び込む必要なかったじゃないか!〟
〝俺もずっとそう思ってたんだが、秋太郎のためにも出来る限り自分でやり遂げてほしかったんだ〟
〝ぐぅぅ、心が痛い、僕のために許容できるリスク大きすぎて逆に感動してきたよ〟
「あっははははは!あ、やば」〝おぽんちな秋太郎と、どこかずれた完璧主義者の遼ちゃん、うん、今日も二人は通常運転だね!〟
忍び込むという緊張感から、ゆるんだ空気に変わり赤里が笑い声をあげたその時、
『侵入者!侵入者!外部から侵入者あり!侵入者!侵入者!』と警報音が鳴った
「うわあっ!」ドンッ、バサバサバサ「えああーー!」
〝?!!・・・!落ち着け秋太郎、大丈夫だ、落ち着くんだ〟
〝終わった終わった僕の大学生活が終わった退学になってもう僕は二度と社会復帰できないテレビにも名前が出てお母さん家族、お母さんにも迷惑ががが・・・〟
〝考えていることがダダ漏れだ、落ち着け秋太郎、大丈夫だ〟
〝ちょっとびっくりしちゃった、でも確かに大丈夫そうね〟
〝え?〟
〝音のする方向をよく見てみろ、俺も一瞬ヒヤッとしたよ〟
遼介に言われた通り、落ち着いて部屋をじっくり見渡してみると警報音を発しているものの正体が僕にも分かった。やかましく僕たちに敵意をむき出しにしていたのは、明らかに固定電話だった。その電話のディスプレイが点灯するたびに警報音が鳴っていた。
〝つまりこの音ははた迷惑なことに、着信があるたびそれを侵入者として知らせてくれるってわけか〟
〝タイミング良すぎ!にしてもこの教授着信音のセンス最悪じゃない!何よもう!〟
〝あの白ヒゲ教授、変人でかつ重度の軍事オタクだからやりかねないけどね…〟
殿村教授に対して口々に文句や悪態を発していると、長い間かかりっぱなしだった着信が止み、留守番電話に切り替わって誰かの声が聞こえてきた。
『殿村か、もうこっちに向かっていたら入れ違いになるが、取り急ぎ伝えておくことがある。例の計画に不可欠なあの人物が協力してくれると表明してくれた。これによって計画はより前倒しで進めていけるだろう。殿村のほうもそのつもりで準備を進めておいてくれ』
そうメッセージを残して着信は切れた。
〝何の電話か知らないが、まったく、寿命が縮まる思いだよ〟
〝そんな風に見えないよー!遼ちゃんってほんと感情を抑える才能ある!すごい!〟
〝どうせ学会の仲間か誰かが研究について定時連絡しただけだろうね、僕も寿命が三年ぐらい縮まっちゃった気がするよ〟
〝秋太郎はほんと情けないなー、遼ちゃんを見習いなよー!〟
〝なんでだよ!遼介と内容的に同じこと言ったのに!〟
〝同じこと言ってもやっぱり秋太郎の言葉は情けなーく聞こえちゃうんだよねぇ〟
〝秋太郎は確かにすごいびっくりしてたな。ほら、本棚にぶつかって上から何冊か落ちてきてるぞ。元に戻しておかないと〟
〝うわぁ、こんな本でぎっしりの本棚が秋太郎の突進でちょっと動いてるじゃない!大丈夫かね、本棚くん?〟
〝僕の心配もしてよ…でも確かにこの本たちは戻しておかないといけな・・・〟
床に落としてしまった本を元に戻そうとしゃがんで手に取った時、僕は固まってしまった。手に取った本の横にあったノートの表紙に描かれていた、手書きの絵に引き込まれてしまったのだ。
〝どうした秋太郎?〟
〝ごめんごめん!私心配してるよ!すねちゃダメ!〟
〝・・・〟
〝ごめんってば!今日の晩御飯は半分私も出すから!ね!〟
〝あのロゴマークだ・・・〟
〝え?〟
〝あのサイトのロゴマークが書かれてる・・・〟
〝ん?ああ、あの謎のサイトに使われているマークだな・・・ウソだろ!〟
〝そうなんだ、これおかしいよね・・・〟
〝二人して名に深刻な顔してるの?その変なマークがどうしたの?教えて!〟
〝赤里はこのマーク見たことない?最近話題になってるサイトに使われてるロゴマークなんだけど〟
〝あー、知ってる!意味不明な文字がズラズラ並んでるサイトだよね!でもそれがどうしたの?〟
〝そのサイトが話題になったのはここ最近のことなんだよ、少なくとも一年前には誰もその存在なんて知らないはずなんだ。なのに・・・〟
〝なのに?〟
〝なのに、そのノートの色落ち加減やホコリのかかり方を見ると五年は昔のものに見受けられるな〟
〝そうなんだよ!あの謎のサイトのことをこの本の持ち主はそんな前から知ってたってことになる!〟
〝そーかなー、ロゴマークなんていっぱいあるじゃない?だから五年前に存在してた何かのロゴがこのノートと、サイトには使われたんだよ、きっと!〟
〝いや、それはないんだ。僕はありとあらゆるロゴマークやサインなんかを調べてみたけど、どれも一致しないし類似すらしてなかったんだよ!〟
〝そういえば秋太郎、最近熱心にあのサイトについて調べてたよな、気味悪いぐらい〟
〝だってあのサイトは謎の文字もそうだけど、それを表示させるインターフェースの技術的にもとんでもないものなんだ!同じものを作ろうとしてみたけど何回やっても全く再現できないんだ〟
〝秋太郎でも全然分かんないサイトなんだね、それは謎だぁ…〟
〝そのノート少し読んでみたらどうだ、もっとヒントがあるかもしれない〟
まさかな、そんな訳ないと頭ではわかっているけど、これまで自分を含めた全人類が全く理解できないサイトに繋がるかもしれない何かを知れるワクワク感が僕の背中を押していた。誰もノートかは知らないけど、少しだけごめんなさい、と心の中で謝っておいて僕はページを開いた。
〝これは・・・まさか・・・本物・・・なのか〟
〝どうやらそのまさかみたいだな〟
〝ウソでしょ!って何が?また私だけ置いてかないで!教えなさい!〟
〝どうしよう、このページからあの文字の解読方法が書かれてる〟
〝えーーーー!大発見じゃない!でも私の脳波技術の方がすごいけど!たぶん!〟
〝それにしてもややこしい、というか俺も見たことない数式が並んでいるな〟
〝僕もさっぱり分からない、見たところそれぞれの文字に複数の変数を与えて解いていくのかな…けど一つ一つじっくり解読していけば全部分かるよ!〟
〝じっくりってどれくらいなの?二時間ぐらい?〟
〝分からない、けどこれは何日徹夜してでもなんでも絶対にやり遂げるよ!〟
〝ダメ!それじゃ明日から沖縄に行く計画がパーになっちゃうじゃない!〟
〝ごめん!でもこれを見つけたことはもう運命なんだ!今やらないといけないんだ!〟
〝うぅ・・いつになく真剣な顔してる・・ねえ、遼ちゃんも何か言ってやってよ!〟
〝許してやってくれないか、赤里。秋太郎は沖縄旅行に行きたくないわけじゃないんだ。むしろ行ってもいいと考えているはず。でも今はその気持ちを大幅に上回るぐらい興奮する研究対象への糸口が見つかったんだ。この脳波装置を発明した赤里と同じぐらい、没頭できる研究対象をな〟
〝それは何となく理解できる状況だけどさぁ、頑張った私をもっと祝ってほしいのよ〟
この言葉を聞いて僕は脳波装置を外して赤里に直接切り出した。
「こんなすごい発明をして本当に尊敬してる。赤里との約束は絶対に守るよ。でも、今はこの解読に全力を傾けさせてほしい。全力で取り組んで、終わったらすぐに赤里と沖縄に行くから!」
遼介も面白そうに笑いながら装置を外して僕たちを交互に見て言った。
「決まったな、秋太郎」
〝忘れないでよ、沖縄…早く終わらせてよね…頑張れ、ちょっとかっこいい顔した秋太郎〟
「あれ、今もしかして脳波で返事した?もう一回言ってくれない?着けるから」
「いいよ!って言ったの!分かったらさっさと晩御飯行くわよ!もちろん秋太郎のおごりでね!」
「晩御飯の半額は払うんじゃなかったの!全面的に僕の負担が増しただけのような」
「残念だったな、高い交渉代になったみたいだ」
「さあ、早く祝勝会に行くわよー、あっ、そうだ、晩御飯が終わるまではこのノートは没収します!食事の間くらいは集中して私のことを祝うのです!」
「ちょっと、返してよー!」
「私が今日満足出来たら返しますー!さ、行きましょー!」
赤里の機嫌も直ったところで、殿村教授の部屋を出て晩御飯を食べに行くことになったんだけど、遼介は電子ロックの解除ログを消すために少し時間がかかるからと先に行くよう僕と赤里に言った。赤里は脳波装置を自分の研究室に戻してくるからと言い、僕は僕でカフェテリアに忘れ物をしてきたことに気付き、一旦三人はバラバラに行動することにして、すぐに校門前に集合ということで解散した。はずだった。
「秋太郎!あなたにこの大切な脳波装置の輸送任務を与えます!忘れ物は私が代わりに取りに行ってあげます!」
「それって、この装置を三つ運ぶのが面倒なだけだろー、ずるいよ」
「もう時間も遅いし、分業体制でサクッと終わらせるべきだよ!適材適所!ね!」
「よかったじゃないか秋太郎、力仕事を任せられる男だってちゃんと認識されてる」
「そういうこと!頼もしいぞー!男の子!じゃあ先に行きまーす!」
「そんなに重くないじゃないか、これ」
「もう!しつこいなー!そんなに言うなら一個分減らしてあげるよ!帰ってから細かい動作テストもしたいし一つは持って帰る!」
「ありがとう、助かるよ」
というわけで行き先変更の研究室に向かう途中にも僕はあのノートのことを考えていた。一体誰があのノートを書いたんだろうとか、ノートを元にあの謎の文字の解読方法が分かったとしてあのサイトには何が書かれているんだろうとか、今考えても仕方ないことなんだけどどうしても興奮が収まらなかった。
ドッカーン、ボガーン、ガガガガ
赤里の研究室の前に到着した時、外で大きな爆発音がして窓ガラスがビリビリと震え、立っていられないほどの振動に襲われた。
「なっ、なんだろ!地震かな…」
周りを見渡すと、消火器や色々なものが倒れていた。床に落としてしまった赤里の発明品が壊れていないか急いで確認するため、頭に装着してみた。
「大丈夫かな・・・壊したなんて言ったら赤里メチャクチャ怒るだろうなぁ」
『校内の皆様に緊急警報です!本校海沿いのカフェテリアで爆発及び、不審者侵入との通報あり!校内におられる方はカフェテリアに近づかないことと、落ち着いて避難してください!』
「なんだって!さっきの音は爆発!?ウソだろ!」
突然の校内放送に気が動転しながら、僕の忘れ物を取りに向かった赤里のことが頭をよぎった。
「赤里は大丈夫なのか!そうだ・・・」
〝赤里!赤里!無事なら返事をしてくれ!赤里!〟
「返事がない・・・そういえば半径30メートル以内しか使えないんだったか」
爆発と不審者の情報は恐ろしかったけれど、赤里の安否を知りたいという気持ちが足を動かした。脳波で赤里に呼びかけ続けながら一目散にカフェテリアに走った。
〝赤里―!返事してくれー!どこにいるんだよー!〟
〝・・・秋太郎…〟
〝!!赤里!そっちにいるんだね!大丈夫なのか!〟
〝来ちゃダメ…逃げて!〟
〝どういうこ〟
ドカーン
目の前のカフェテリアへつながる扉が爆発した。僕は爆風に飛ばされて五メートルほど後ろにふっとんだ。
「痛い・・・また爆発した・・・ううう、足が、痛ったいよぉ、折れたのかな…」
吹き飛んだ扉の向こう側が煙でぼやけつつも見えてきたところで、僕はまた赤里のことを思い出した。また爆発したけど無事なのか?
「赤里―――!大丈夫かーーー!」
「なんなのよ!もう!なんで私なの!」
「赤里・・・?」
爆風の煙が消えて視界がクリアになった瞬間、目に飛び込んできたのは赤里の背中と、赤里の前に立つ人型の黒い物体だった。それは一目で異様と分かる存在だった。そこには黒いマネキンが武装して立っていた。いや、僕にはそう形容するしか思いつかなかった。その黒いマネキンは顔がなく中央部分が赤く発光していて、人ならざる雰囲気を発しながら動き出した。
「赤里、に、にげろ」
叫びたいのに喉が渇いて声がかすれる。もどかしい。足が痛くて立ち上がれない。這いつくばりながら少しでも赤里に近づくけれども、同じように黒いマネキンが赤里に一歩ずつ近づいていた。
〝赤里、逃げるんだ!何してるんだよ!走って逃げるんだ!〟
声でも、脳波でも反応しない赤里を不思議に思った。見たところ赤里は目立ったケガもしていないし、怯えて動けない様子もない。なのになぜかゆっくり後ずさりするだけで、こっちも見ようとしない。ただ黒いマネキンの正面に立ち続けていた。
「!!!」
僕はその場の状況を理解した時、ただ泣きたくなった。赤里は背中越しに怪我をして逃げることができない僕を、黒いマネキンの視界から消しているんだ。僕が襲われないように、ターゲットにならないように考えて直線状から動けないんだと。骨折の痛みで意識が朦朧としてきた。赤里、僕に構わず逃げてくれたらいいのに。
黒いマネキンが赤里の目の前に立った。すると背中の部分の洗濯機のような装甲が開き、中からアームが飛び出してきて赤里を大きなツメで掴んだ。そのままゆっくりと赤里は洗濯機の中に入れられてしまった。その一連の流れはまるで僕と赤里の永遠の別れを伝えるかのようにスローモーションに見えた。詰め込まれる瞬間、赤里がこちらに顔だけを向けて、そして、笑った。
〝ずっと大好きだったよ、秋太郎〟
その言葉を残して、赤里を捕らえた黒いマネキンは強烈な光を放った。直視できないほどの光を浴びて僕は顔をそむけた。次にそちらに顔を戻すと、そこにはもう何もいなかった。最後の瞬間まで僕をかばって逃げなかった赤里。一緒に沖縄に行こうと食い下がる赤里。大学入学式ではしゃいでいた赤里。色んな思い出が巡りながら僕に悲しみをもたらした。
「うおおぉおおお」
声にならない声を上げながら、意識が途切れていくことを感じた。赤里に
もう二度と会えない。この事実は僕の精神を参らせるには十分過ぎたのだ。そしてもう一つ残念なのは、赤里は例のノートをもっていたということだった。僕が自力で例のサイトの謎に近づくチャンスも二度と無くなったのだ。
話を現在に戻そうと思う。日本近海のとある島にそびえる建造物が全てを変えようとしている。いつしか人々はその建造物に様々な意味を込めて「バベル」と呼ぶようになった。バベルとは?この質問に一言で答えることはできないだろう。どんな大国でも敵わない軍事力を持ち、ノーベル賞級の天才が何人集まっても越えられないような高い技術力を持つ、そんな信じられないほど非科学的な存在であるのだ。もはや人知を超えた科学のレベルに達していることは明らかで、もう一つ明らかなことは、明確に人類を滅ぼす意思を持っているということだ。
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