第18話 おいちいい
小さくした家屋は小人が住むにも小さすぎたので、彼らの体格に合うよう少しだけ大きくする。
「ハンスさん、修理……修繕できそうな家屋はありますか?」
「あ、あわ。しばし、お待ちを」
俺から声をかけられ、彼はハッとしたように焼けただれた家屋を観察し始める。
「ハンスさん、できれば、この赤い屋根の家を先に見ていただけますか?」
「はい。これでしたら、何とかいけそうです」
お、おおおお。
その赤い屋根の家はアメリアが住んでいた家だ。
思わずアメリアと顔を見合わせうんうんと頷き合う。
「アメリア!」
「ぜ、ぜひ、お願いできませんか? ハンスさん」
喜ぶ俺たちに対し、ハンスは柔和な笑顔を浮かべ拳と手のひらを胸の前で当て頭を下げた。
「お安い御用です。ですが10日ほどお待ちいただけますかな?」
「分かりました。10日後、ここに戻ってきます」
「ついでといっては何ですが、これとこれ、あとこの家も修繕しておいてもよろしいですかな?」
「いいんですか!? 是非ともお願いします!」
いやあ、まさかここで大工に出会えるとは思ってもみなかった。
何よりの収穫はアメリアの家が再び住むことができるようになるってことだ。
ずっと一人で暮らしていた彼女の大切な思い出が詰まった赤い屋根の家。
家具は燃えてしまったけど、家は再び蘇る。
焦げてボロボロになって俺の目から見たらとてもじゃないけど、修繕ができそうにない。
だけど、ハンスはできると言ってくれた。困難なのかもしれないけど、やってくれると言ってくれただけでも嬉しいさ。
「あ、あの。ハンスさん」
「何ですかな?」
「も、もちろん、わたしのお家は、む、無理して全部完璧に修繕なんてできないと思ってます。できるところだけでも構いません、お願いします」
「ははは。小人の大工の腕前、とくとご覧になってくださいな。時間は頂きますが」
ハンスは自分の胸をドンと叩き、口髭をにやりとばかりにあげる。
アメリアも俺と考えていることが同じだったみたいだな。
助けてくれた俺たちの手前、ハンスが無理にでも「修繕する」と言ってくれていると。
彼女もハンスの「気持ち」がありがたいと思っていた。俺と同じように。
彼女と俺の「思い」が同じだったことを、嬉しく思う。
「ハンスさん、修繕して頂ける家はここに置いて、でよいでしょうか?」
「はい。この場で修繕いたします」
「ありがとうございます。では、この四家屋はここに置いていきます」
指先で赤い屋根の家を含む家屋を都合四つ、地面にそっと置き、残りの家屋は元のように仕舞い込んだ。
ハンスはじっと移動する家屋の様子を眺めている。
一方でパトリックはニカッと白い歯を見せ、俺に向けてググっと腕を突き出す。
「頼りなさそうな父ちゃんだけど、僕が生まれる前からずっと大工をやっているんだぜ」
「こら、パトリック。この方たちを不安にさせるようなことを言うんじゃあない。父さんだけで何ともならなくても、父さんには友人がいるんだ。何の心配もしなくていい」
「そんなこと言うから不安になるんだよ。父ちゃん」
「何を言うか。一人じゃあどうにもならなくても、二人、三人でやれば何とかなるもんだ。分かるか、パトリック」
「うん! 足りないところは補いあえばいい。人数集めれば何とかなるだろ? 父ちゃん」
「ああ、そうだ。よくわかっているじゃないか。パトリック」
パトリックの頭を撫でるハンス。
パトリックは口では「もう」なんて言いながらも、悪い気はしていない様子で口元を綻ばせていた。
何だかいいな。こういうの。
俺も爺ちゃんにこうして頭を撫でてもらったこともあったなあ。小さい頃だけだったけど。
「エリオさん、アメリアさん。誤解しないでいただきたいのですが」
「分かってます。俺もアメリアもハンスさんの腕を疑っているわけじゃありませんよ」
「は、はは。頼りがいのある雰囲気を出せていればよいのですが、いかんせん」
「いえ。分かります。俺は素人なので詳しくは分かりませんが、その、職人さん独特の目というか真剣さというか。家屋を見るハンスさんからそう感じました」
「これはこれは嬉しいことを」
「あ、父ちゃん。母ちゃんと姉ちゃんが来たよ!」
ハンスと俺の会話にパトリックが割って入る。
彼は「ねえねえ」とハンスの腕を引き、後方を指さす。
確かにアンゴラネズミが台車を引っぱっている姿が見える。
台車に乗っているのがミーシャと彼女の母親なのか? 母親にしては若すぎると思うのだけど……。
彼女の見た目は人間にしたら、二十代後半くらい……いやもう少し若く見えるかも。
ミーシャは十五歳前後くらいに見えるから、どうみても年齢が合わないのだよなあ。
この辺はハンスもそうだけど、人間との種族差として捉えておこう。
しっかし、アンゴラネズミって存外力持ちなんだなー。
台車も引っ張るし、人も乗せて走ることができる。鼻をヒクヒクさせてたまに立ち止まるところが、馬とは違うけど、農業もお手伝いできそうだし人間でいうところの馬や牛の役目を果たしているようだ。
いや、それだけじゃない。あの長い毛を刈れば、羊毛みたいに服だって作ることができる。ふわふわで暖かそう。
コンチュ村の特産品として他の村で販売したら結構な儲けを出せるかもしれない。
もちろん、小人サイズだから
さて、ミーシャたちも俺たちのところまで到着したぞ。
母親の手を引き台車から降りるミーシャ。
「エリオさん、アメリアさん、お待たせしました!」
「子供たちが随分とお世話になったとお聞きしています。私は二人の母のパームです」
布を被せた一抱えほどある荷物を持つミーシャに続き、彼女の母親がペコリと頭を下げた。
やっぱり、姉じゃなくて母親なのね。
「エリオットです。こちらはアメリア」
「アメリアです。はじめまして!」
右手を差し出す仕草だけして、こちらもパームと同じように会釈を行った。
「エリオさん、これ、パイです! 焼き立てです!」
ミーシャは抱える円形の荷物を上にあげ、満面の笑みを浮かべる。
お、おお。
ではさっそく。
広げた布の上にミーシャが抱える荷物を置いてもらい……。
「
ぐんぐん布の包みが大きくなり、直径三十センチほどまで大きくなった。
包みを開いてみると、甘い香りが鼻孔をくすぐる。
「わああ。おいしそう!」
「だな!」
包みから出てきたパイは、赤い野イチゴみたいな果物とたっぷりのハチミツが乗っていて自然と口内に涎がでてきた。
甘い物なんて久しぶりだ!
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