宙の旅人

今角 雄誠

第零一話

かじかんだ手の傷はまだえていない。結局ボロボロのくつのままここまで来てしまった

しかし、しかしだ


とうとうこの日が来た

しかも二度と来ないであろう絶好の好機チャンス

不安や焦燥感しょうそうかんよりも期待感を含んだ胸の高鳴り

午前0時の無音の点鐘てんしょうからおそらく30秒は経った

迫りくる警備の足音は、まだ遠い

侵入者を四方八方から照らす明かりもスポットライトに思える

口の中が渇く…水筒は鞄の奥の方、時間がしい我慢だ

待っていてくれ…そのままそこにあってくれよ

紺青こんじょうの星よ…


5年、いや8年もかかった

生まれてからじゃない、思い立ってから8年だ

この星を出ると決めてから


生まれてから最初の感情は失望だった

最初に見た景色は灰色の空

それも曇天ではなく悪意をのある排気ガスだった

母の温もりのようなものもなく、気づけば乾いた布で包まれていて、近くを通る者みな冷たい目で見下していた


孤児みなしごの俺は扶養してくれる大人もおらず

日のささない路地に決まって置いてある濁った水を飲み、開けた空き地にある黄色い花を食べ飢えを凌いでいた。この知識は同類から得たものだ

よく誰かの怒号やすすり泣く声が聞こえる砂ぼこりの街で俺は暮らしていた



10才になった頃、彼女と出会う

名はサイアと名乗っていた

彼女の服や髪はいつも綺麗だった

傷んだ所や虫食いもない白い服、そして不思議と良い香りがした


彼女はよく俺の近くにいてくれた

親という人物の話をしたりごっこ遊びをしたり


彼女はいつも俺の手を引っぱった

引っぱるせいで俺は路地にも開けた空き地にも行けなくなった

その変わり見たことも想像したこともない場所に来た

大きな建物と透明の水が常設された場所であり、建物の中では10年で培った語彙力では言い表せない味の食べ物をサイアが持ってきてくれる


彼女はとても何かに対して用心深く一緒に建物に入ることはない

先にサイアが入り数分後の彼女の笑顔と手招きの合図で入る流れだ


たまに2階に上がることがある

そこには、また違う世界がある

どこかの場所を示した地図、大きく重たい古めかしい鞄、それと変わった横長の帽子、網の揺れる寝床など

あとから聞いたが横長帽子は海賊帽、網の揺れる寝床はハンモックというらしい。

一体何が何だかという感じだか、そこでは彼女はこんな話をしてくれた。


あの空のずっと向こうに別の星があり

いつかその星に冒険に行くのが『夢』らしい

夢とは寝ている間に見るものでは…?

少々謎だったが彼女との日々や、彼女の空へ向けた羨望の眼差しは見ていて心地よかった


同類から聞いたことはないが

これをああいう風に言うのではないだろうか


「確か…幸せ…だったか…」



















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