過去と今の幸福について

 俺たちの世代はとにかく最悪だった。14歳のときに酒鬼薔薇聖斗が事件を起こして、同年代の俺たちはヤバい世代みたいなレッテルを貼られた。高校生の頃にバスのハイジャック事件の犯人も同い年で、まるでイカれたクソのような目で大人からは見られた。世の中は耽美と派手な殺人、愉快犯、馬鹿を作るゆとり教育に片足を突っ込んだ世代。そうそう宇多田ヒカルも同年代だ。俺たちは異常だった。多くの場合は悪い意味で。まさに中二の頃にエヴァンゲリオンが流行ってて俺たちはいつも憂鬱でイカれたふりをしていた。中学生はキレてイカれたのがかっこいいと思うんだ。全く恥ずかしい話だよ。サイコパスな主人公が暴れるようなショッキングな漫画も流行ってたな、そう言う時代だったんだよ。暴力と理不尽と鬱屈、不自由さ、そう言うものが渦巻いて、とにかくダークで陰鬱な世界観が俺の周りには渦巻いていた。青春なんて、あるのは孤独感と懊悩だけだったよ。


 それでもいい思い出もある。1995年のThe Stone Rosesストーン・ローゼズの来日公演。俺たちはまだ小学生だったけど、兄たちの影響でこのバンドが大好きだった。折しも五年ぶりのアルバムSecond Comingセカンド・カミングを引っさげてのライブだった。もちろん俺たちはデビューアルバムを後追いで聴いたから、リアルタイムで新しい音楽が届けられて、それに胸を踊らせるという体験自体が初めてで凄く興奮したのを覚えている、それはお前もだろう。


 その来日は兄たちに言わせれば散々なものだったなんて言ってた。1stファーストアルバムのような革新的な音楽は消え失せて、マンチャスタームーブメントの流れを汲んだダンス・ミュージックを踏襲した内容とはいえ、その主だった楽曲のブルージーで男臭いグルーヴが古臭さをリスナーに感じさせた。


 でも俺もお前も興奮していた、そうだろ。初めての熱気、耳がおかしくなるかと思うようなデカい音量で演奏される音楽、ドラムは、レニじゃなかったけど、腹に響く音が気持ちよくて、体が自然と動いたよな。そうなんだ、俺はでもそれ以外にもういい思い出ないんてない。


 お前もそうだったのか、そうじゃなかったのかは知らないよ。


 お前が覚醒剤のキメセク中に死ぬなんて本当にらしいというか、その情けなさが俺は愛おしい。告別式が終わって帰路についている俺にこんなことを思い出させるのはお前だからだ。お前以外の死だったら、しめやかに偲んで、それで家に帰って風呂に入って明日の仕事のことを考えて死ぬほどダルい気持ちになるだけだったろう。


 だが、お前の死は俺に強い郷愁と自分の生まれて生きてきた時代に深刻なホームシックを呼び起こした。「人間の一番の幸福は過去を回想しているときだ」みたいなことを書いた作家がいた。海外の作家だ。誰だか忘れちまったけど、プルーストか、もっと前のフランスロマン派の連中の誰かだったかだと思う。あいつらが言いそうなペシミスティックな言葉だろ。でも俺はずっとそれが心の中で染み付いて、まるでカビみたいに取り除けないような仕方で心臓にこびり付いてしまっているのさ。


 お前が仕事でワリと儲けてったのは知ってたよ。俺は見ての通り万年窓際の、趣味に金を使えるだけマシな低取得者で出不精だ。いつも家でインターネットの前で時間が過ぎていく。時々本や映画を見るけれど、俺は記憶力が悪いから新しいのに触れるとところてんみたいに古いのがこぼれ落ちていくんだ。


 お前は俺の本棚を見て、「これだけの世界をお前は読んで、自分の思い出にしてきたんだな、俺は本をろくに読まないから憧れるよ」なんて言ってたけれど、そんなことは無いんだ、ただ俺はそのときの虚無感を少しでも忘れるためにフィクションの感情の揺れ動きに身を任せて、泣いたり笑ったり、傷ついていたかっただけなんだ。だって俺はいつも下らない仕事のとき以外はインターネットを眺めているだけの無為で無感情の時間を過ごしていたから。感情が動くのが欲しかったんだ。特に俺は傷つきたかった。お前は快楽を欲していたようだけれど。俺はかさぶたを弄るのが好きなんだ。


 仲の良かった縁でお前の親御さんから遺品をいくつかどうぞって言われてさ、俺はお前が大事にしてたレコードを何枚かとiPhoneを頂戴してきたよ。


 酒が足りなくなってきたな、チョット待ってくれ。見ろよこれ、ブラックニッカだぜ、しかも四リットルのクソ安いやつ。俺はこういうのをハイボールにして飲むだけで満足なんだ。旨い酒なんてもう何年も飲んでないよ。お前はきっとまたアブサンをオシャレに飲んだりしてたんだろうな。アブサンは良いよな、俺も好きだよ、高いから買わないけれど、ロマン派って感じがするだろ。アニスのいい香りが癖になるよな。


 さて、お前のiPhoneだ何度やってもロックが外れねえ。中身を見てお前の恥ずかしいこと全て見てやろうとか思ってたんだけどな。ちょっとまってくれ、そうだな、もっと知りたいんだよ、俺は過去に囚われたままの俺と違って充実した日々を過ごしてたっぽいお前の人生がどんな彩りを持っていたのか。羨みたいんだ、俺はお前のことが好きだからさ。


 いや、嫌いだったかも知れねえ。お前はいつも俺が分岐点に立たされるときに、俺を煽てて間違った道をいつも示してた。猿もおだてりゃ何とやらってやつだ。俺はまんまと人生を間違えたよ、そのたびにお前はなんか上手く手堅くやてってさ、俺はその度に嫉妬したもんさ。だから俺は実のところお前を親友として見ると同時に憎んでもいたんだ。ここ数年連絡もしなかったろ、俺は自分の置かれた状況とお前の華やかな生活のギャップに耐えきれなかった。だって俺たちはもういい大人だ。いい大人は可能性なんてもう無いんだよ。無いんだ。


 若い頃俺たちには常に可能性があった、いくらでも選択肢があって、好きに無茶をする機会だってあった、遊びまくって違法なことだってバレなきゃ平気だった。いつもネオンが光ってて、家に帰る頃には死ぬほど疲れてるんだ。そういう死ぬほど疲れる遊びっていうのは人間の血肉になる、そうだろ。でも俺はサボっちまった。適当にみんなに合わせてクールなふりをして距離感を保ってたんだ。何もかもが中途半端さ。


 おいおい、お前のiPhone、開いちまったよ。俺はお前が常に現在を生きていると思っていたんだ。でも1995。ああ、畜生、最大の幸福は過去の思い出。お前もまた、俺と同じように過去が離れられなかったのか? お前にとってもあの時間が、今の自分を作り出したと思っていたのか?


 俺とお前の人生は随分と違うものになったな。小中学生の頃は同じものが好きでつるんでいたのに。なんでだろうな。家庭環境か? それともどこかで差異のある個人の経験積み重ねが人間を違うものに作り変えるのか? 俺にはわからねえ、同じ人生が良いとは言わねえけれど、俺はそれが謎だよ。なんで人間は互いに違うものになってしまうんだろうな。そして離れていくんだろうな。


 お前のiPhoneの中身は華やかなものと同時に多くの苦労が見られたよ。疲れるよな、人間関係ってのは、俺はそういうのが無いから気楽さ、ただ虚無なだけで。


 なんだこれ小説か? こんなもんメモ帳に残してたのかよ、お前は。小説は読まないなんて言ってたくせに。


 お前の小説、web小説サイトに全部アップしたよ、そのまま日の目を見ないのは寂しいからな。お前はきっと嫌がるだろうけれど、俺はやっぱりお前の残したものを自分の手で保存したいんだ。愛憎だよ。嫌がらせでもあるんだこれは、ざまあみろ。


 お前の小説は人気がないよ。閲覧履歴も全然残らないし、ブックマークもない。才能がなかったな。こんなにたくさんの文章を書いていたのにな。でもそれで良かったのかも知れない。誰のためでもなく何かを書くのは悪くない。人生の中心になりうるものだよ。俺も書いてみようかなんて気になるけど、文章はきっとお前より上手くない。俺の頭の中はもう虚無が居座って空っぽだから、何も人に伝えたいものなんて無いんだ。


 本をたくさん読んでいても、本人が空っぽじゃあ何にもならないな。でもそうだな、俺も才能がないのを一緒に証明したら、1995年の頃みたいに、俺達は同じ感情を共有できるかも知れないな。ああ、文章なんて、酒が足りないよ。俺はお前がやっぱり好きじゃない。親友だよ。お前は才能がないけど、幸福だったよ。俺は酒が足りないよ。文章を書いてみるよ。


【完】

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お題:数列

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