佐曽利功
今日も二科目の試験が終わり、日直の号令で生徒たちは解散した。
双太さんは教師としての仕事を片付けると、すぐにでも病院関係者として昨日の一件について色々と処理しなければならないらしく、職員室で慌ただしく後片付けをしていた。
当然ながら、満雀ちゃんと遊ぶ時間もない。私と玄人は、すぐに戸締りを始めた双太さんと満雀ちゃんに別れを告げて、学校を立ち去るのだった。
玄人はそのまま帰るつもりだったようだが、私は心に決めていたことがあった。
虎牙の家へお見舞いに行くことだ。
あれから一度も連絡を寄越さず、チャットも既読にならず。
心配するなと言う方が無理な話だった。
玄人を説得し、私たちは一路、佐曽利家を目指した。秘密基地へと続く林道の前。ぽつりと一軒建っているのが佐曽利家だ。
玄人は、永射さんの水死体を発見した際、鬼封じの池からここまで戻ってきて、佐曽利さんに助けを求めたという。外が雨だったので、しばらく家の中に留まらせてもらったそうだが……虎牙が在宅していても、分からなかったものだろうか。
家の中に虎牙はいなかった。玄人はそう答えたけれど、確証はない。
佐曽利さんがあえて隠した可能性は拭えなかった。
……その理由までは推測できないが。
佐曽利さんの家に辿り着くと、玄人は玄関扉をトントンと叩いた。この家はインターホンがないので、来訪を知らせるときは扉を叩くしかないのだ。
しばらくしてから、佐曽利さんが出てくる。彼は私たちの姿を見てもむすっとした表情を全く変えず、ほんの僅かにお辞儀をして、挨拶をするのみだった。
「……こんにちは、真智田くん、仁科さん」
「どうも、佐曽利さん」
佐曽利さんはいつも作業着だ。ただ、私も玄人も彼がどんな仕事をしているのかは知らない。何か道具を作る職人であることくらいは察せられるのだが、具体的にどういうものなのかは聞いたことがなかった。
満生台の外へ販売している感じではないので、街のどこかで使われているものなのだろうけれど。
私たちは、佐曽利さんへ虎牙が心配でお見舞いに来たことを伝えた。彼も、私たちが訊ねてくることは予想できていたようだが、最初から会わせるつもりがないようで、
「連絡を入れるのが遅くなってしまったが、もう杜村くんへ電話はしておいた。虎牙は、少し体調を崩しているだけだから、安心してほしい」
と、取り付く島もないような言葉だけをこちらに告げてきた。
「お見舞いしちゃ駄目ですか?」
無理を承知で聞いてみたが、佐曽利さんは首を振って拒否を示す。
安静にさせているから、また今度にしてほしい。彼の意思は頑なだ。
双太さんへ連絡したという言葉が本当かどうか、ここでは確かめられない。けれど、何れにせよ佐曽利さんが玄関から動いてくれる気はなさそうだった。
残念だが、諦めるしかないようだ。
私たちは形式的な礼を言い、戻ってくるのが遅かったら今度こそお見舞いにくるからという忠告じみた言葉もぶつけてから、佐曽利さんと別れた。彼は終始気難しい態度で、どことなく不気味さすら漂っていた。
――まさか、あの人が虎牙に何かしたわけじゃないわよね。
そんな不安も感じないわけではなかったが、虎牙は佐曽利さんに信頼を寄せていた。私に彼らの家庭事情は分からないけれど、そんなことは多分、しないはずだ。
「駄目ね。本当だとは思えないけど、これ以上聞けなさそうだわ」
「そうだね。でも、少なくとも佐曽利さんは虎牙がどこかにいるって分かってそうだったけど」
「それくらいが収穫かしら。不安が減ったような、増えたような」
「僕としては、減ったと思いたいね」
「そりゃ、私もよ」
永射さんの事件もあり、気が滅入っているけれど。
たとえ行方が分からずとも、虎牙はきっと無事だ。すぐに私たちの元へ戻って来てくれるだろう。
そう信じたい。
というわけで、得られた情報は少なかったものの、これ以上はどうにもならないし、私たちは帰宅することにした。別れ際、玄人に気を付けてと言われたが、それはお互い様だ。
私も大概だが、玄人だって危なっかしい。
転びそうになる彼の後姿を見送りながら、私は呆れたらいいのか笑えばいいのか、複雑な気持ちになってしまうのだった。
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