Third Chapter...7/21

オリジナル

 彼女のことで私が知っているのは、両親が話してくれたことだけだ。 

 それ以上のことを、私は知ることが出来ない。 

 どんなに知りたいと願ったところで、それを彼女に直接訊ねることは、永遠に不可能だった。 

 彼女はもう、この世界には存在しないのだから。 

 私は、彼女に近づこうと生きた。 

 私は、彼女に成り代わろうと生きた。 

 だって、それこそが私の、生まれ変わった理由だったから。 

 それだから、私は必死になって走ってきたのだ。あの道を。 

 今ではそのことが、懐かしくすら思えるけれど。 

 学校で試験を受けるたび、家で机に向かうたび、習い事に向かうたび、私は彼女の影を感じた。 

 少しでもそれに近くならなければと思いながら、努力した。 

 両親は、喜んでくれた。 

 彼女に近づく私を、喜んでくれたのだ。 

 ……ねえ、あなたは、今の私を許してくれるかな? 

 私はまた、そんな風に死者へ想いを馳せる。 

 私は、今みたいに私らしくってもいいんだろうか。 

 代わりにはなれなくなったけど……いいんだろうか。 

 ねえ……竜美たつみ。 


 

* 



 この頃、昔のことをよく思い出しているような気がする。 

 重たい瞼をなんとか開いて、だらだらと着替えを済ませている間、私はそんなことを思った。 

 あの事故のこともそうだし、さっきまで見ていた夢だって、遠い過去の記憶だ。 

 思い出すのは、全て物悲しいもので。 

 そんなことばかりが私の幼少期だったのだな、と苦笑してしまう。 

 満生台へ来て、ようやく私は取り戻そうとしているのだろう。 

 子どもらしい、恵まれた日々を。 

 身なりを整え、洗面所で洗顔と歯磨きをしてから、私はリビングに向かった。朝食は全てテーブルの上に置かれているようだけど、席に着いているのはお父さんだけだ。お母さんの姿はない。 


「おはよう。お母さんは?」 

「ああ、おはよう。母さんなら、奥の和室にいるよ」 


 ということは、またお線香をあげているのだろう。当たり前だが、それが母さんの日課だ。 

 ……今日の夢のこともあったし、せっかくだから私も一緒に、手を合わせておこうかな。 

 リビングの奥に、ちょっと場違いな襖がある。その先が和室になっていて、仏壇が置かれている。私は静かに襖を開いて、そっちに入っていった。 


「あら、おはよう龍美」 

「うん、おはよう。もう終わっちゃった?」 

「私はね。……龍美も、お姉ちゃんと話す?」 

「そうする」 


 私が言うと、母さんは微笑んで、それまで座っていた座布団から退いてくれる。私はそこへ座り込んで、仏壇と、……お姉ちゃんと顔を合わせた。 


 ――私を私にしてくれて、ありがとう。お姉ちゃん。 


 鈴を鳴らしてから、目を瞑り、手を合わせる。この言霊がお姉ちゃんに届くといいなと、そんなことを思いながら。 

 ……仁科竜美。それが、お姉ちゃんの名前。 

 一度も重なり合わなかった存在。 

 私の、オリジナル。 


「……さ、ご飯にしましょうか」 

「うん」 


 またね、と心の中で呟いて、私は座布団から立ち上がる。そして母さんとともに和室を出て、リビングの食卓に着いた。 


「……珍しいな、お前が竜美のところに行くのは」 

「そうかな? まあ、確かに今は久々かも」 

「昔は、毎日してたものねえ」 

「そんなこともあったっけ」 


 そうだ。初めの頃は、しょっちゅう色んなことを話したっけ。私が経験したこと、頑張ったこと、色んなことを聞いてほしくて。認めてほしくて。 

 私がタツミでいられることに、感謝を伝えたくて。 

 話をする頻度は減ったけれど、その思いは、ちゃんと今も変わらずにある。 

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