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エリー.ファー

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 マンションの最上階に住んでいると、人と会うのが億劫になる。

 一つは地上に降りるのに時間がかかること、もう一つは地上から自分の階に戻るまで時間がかかること。

 面倒なものだから通販で生活に必要なものを買ってしまうと、ますますエレベーターに乗って地面の上に足を乗せる意味を見出せなくなる。

 当たり前のことだと思う。

 野生動物だってそうだ。自分が一番住みやすい場所で寿命を消費しようと思うものである。

 私は、このマンションの最上階が一番性に合っている。

 実際、私の収入はかなり良いし、今からあくせく働く意味もない。貯金と投資、それだけでほぼ自分の人生は上手く回ることは分かっている。

 二十代に自分が積み上げてきたものが形になると、このような人生が待っているということなのだ。別に私は特別な努力をしたわけでもないし、自分より収入の低い人間を馬鹿にしている訳でもない。

 ただ。

 自分はこの生活に落ち着くことが夢だった。

 そして。

 叶った。

 そういう事なのである。

 ただ。

 最近なのだが。

 気になることがある。

 最上階であるはずなのに、天井から何かを叩く音がするのである。

 耳を澄ますと、それは不規則かつ一定の音量なのである。

音が何に近いかと言えば、キーボードを叩く音に近いのだが。

 それだけである。

 音の正体は分かっても。

 音の秘密は分からない。

 一週間、二週間、三週間、四週間、五週間。

 それくらい続くものだから管理人にも言ったのだが、残念なことに謎を解明することはできない。屋上に何かがある訳でもないし、屋上と私の部屋との間に何かがある訳でもない。

 私がその音を聞いて、管理人に連絡する。

 管理人が部屋に来る。

 その頃にはもう音は止まっている。

 短い間だけなのだ。

 しかし。

 確実に聞こえてくるのである。

 余り文句を言うと、何か精神的に問題があるのではないかと疑われる可能性があるため何度も何度も管理人に相談するわけにもいかない。

 ある日。

 また、音が聞こえ始めた。

 しかし。

 その日はいつもと様子が違かった。

 音は短いというのが当然であったのに、その音は長時間にわたって鳴り続けたのである。

 よくて二十秒くらいであるのに、一分、二分、五分、十分と長く続いている。

 管理人を呼ぼうか、しかし前のように呼んだと思ったら急に止まったらどうしよう。

 そんなことばかり思っているうちに。

 音は一時間以上続いた。

 不思議なものである。

 その頃には管理人のことばかり考えていて、今現在音が鳴っているのかどうなのかなど全く気にも留めていなかったのである。

 気が付くと、音は二時間をこえ、三時間、四時間、五時間に突入した。

「よく続くものだ。」

 私は自分の中にあった正直な思いを呟くと、その音を聞きながら香川県の名産品を特集している雑誌を読み始めた。最近、インターネットの動画サイトで見て旅行に行きたいと思っていたのだ。

 私は。

 そんな風に。

 聞こえているその音を。

 日常の中に溶け込ませてしまった。

 いつからか、いや明確な日付は割り出そうと思えば割り出せるのだが別に意味もない。

 私の人生の中の音として定義された。

 雑音だったはずなのに。

 ずっと忘れようとしていたはずなのに。

 きっといつかこの音は止まってしまうのだろう。

 けれど、それも悪くないと思ったりしている。

「この音は結局、何の音なんだ。キーボードを叩く音に聞こえるんだが。」

 私は一度だけ。

 天井に向かって。音の聞こえてくる方に向かって。

 そう尋ねた。

 返事はない。

 音は今日も続いている。

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