俺、悪役令嬢に転生しましたが、魔法少女になります!
桂詩乃
第1話 Q&Aから始まる物語
「うぼあぁぁぁっ!」
その日、麗しの令嬢であったイグジスタ・パンデュール嬢(10)は、奇っ怪な悲鳴を上げて倒れた。
10歳にして大変ふくよかで恰幅がよろしすぎた為に、使用人たちが何人か集まってようやくベッドまで運ぶことができたが、それ以降イグジスタ嬢が使用人達の手を煩わすことはなくなった。亡くなった訳ではない。ちょっといろいろとコンパクトになったのだ。脂肪的な意味で。
(はぁーっい!皆、元気してる?サブカルクソ野郎だょ~!!お約束異世界への転生ですよ(笑)。…マジかよ。嘘だろ、絶望するわ。
前世はコンプライアンスを根底から奈落に投げ込んだブラックを超越するフ○○キン違法企業で三六協定無視(どころか協定ちゃんと結んでるかしら怪しい)IT土方に従業。無様な敗残処理にすらにならないデスマーチに放り込まれて見事、英語で通じる日本文化『カローシ』を決めた、ぽっちゃり系色白不摂生喪男でした…言ってて悲しくなってきたな。これでも昔は筋トレ大好きマンだったのに…。
ついでに純潔を守って30年だったので立派な魔法使いですよ、やったな!…虚しいぜ。ちきょうめぇ!
しかし、気がついたら仰々しいフリル天蓋(しかも色はピンク!)のベッドに倒れ込んでいました。
…あぁ、思い出したんですよ。俺が誰だったか。俺は俺だ。
オーケー、俺。まずは現状を把握しよう。インターネットの全能智に相談…は出来ないから、とりあえず起き上がって紙にQ&A(質問と回答)を書き出そう)
『Q&A』
(Q:ここは何処。
A:クワルツ王国の王都ラーヴ(ラーヴは溶岩という意味らしい)。
文化レベルは近世?中世とまではいかない気がする。現代と比べてインフラはまだまだ(電気もねぇ!ガスもねぇ!車も電車も走ってねぇ!)。だけど上下水道完備で結構衛生的だし、首都の近くには高い山(8,000m級かな?そのぐらい高い)があって、その山が休火山らしく温泉もある(日本人的に重要。入浴施設もあるよ!)。
その高山と、その近くにあるもう少し標高の低くて森林が豊かな連峰を水源にして、平野を大きな川が流れてるから穀物の生産量も高いし、食料事情も悪くない。
気候は春夏秋冬があるが、いずれも暑すぎず寒すぎずと穏やかな気候で、それに比例してか、割りとのんびりとした人が多いかな。
そして、なんと魔法的なものがある!(個人的に凄く楽しい)
『水晶錬金術』という魔力を持った水晶を触媒に行う錬金術らしい。まぁ、シンプルに錬金術でいいや。俺も専門的な知識持ってないから、自分自身ふわっとした概要として『大体錬金術』とでも思っておこう。
Q:私は誰。
A:自分の名前は…なんだったか…本当の名前は思い出せない。一時記憶領域が消えたのか?フラッシュメモリみたいなもんなのかね?仕方ないね。
今の名前は『イグジスタ・パンデュール』だ。この身体の記憶によるならば。
いい知らせと悪い知らせがあるけど、どっちから聞きたいかな?(などと一人で洋画ごっこを楽しんでいるが、単にとち狂ってるだけです。はい。)
いい知らせだが、俺はこの世界を多分知ってるんだなぁ…
時間がないから簡単に言うと、俺の記憶が正しければこの世界は『恋のロシニョル 闘いを讃える春告鳥』というスマートフォンゲームの世界に酷似している。ちなみに乙女ゲームだ。なんで男が男を口説かれる乙女ゲームやってるの?夢男子?みたいな疑問があるかもしれないが、自分はそうでもない。(乙女ゲームやってる時点で説得力はないが、と言いますかゲームするなら好きな種類を好きなようにやったらいいよね)まあ俺の話を聞いて欲しい。
元々、このゲームを出してるゲーム会社は据え置き機(…ってわかるかな?テレビと繋げてやるタイプの、携帯端末ではできないのゲーム機ね)で良いゲーム出してる優良ゲーム会社なんだ。アクションとかシミュレーションゲームとかが俺のお気に入り。しかし、今の時流に乗って遂にスマフォゲームをリリース!御祝儀持って参戦するぜ!と、おっとり刀で駆けつけたところがこれですよ。
今まで乙女ゲーリリースしたことないじゃん?!ノウハウあんの?!新規参戦市場に新規ジャンルで殴りこみとはチャレンジャーだなおい!その意気やよし!
と、迷わずインストール。結果は上々。いつもの安心クオリティで、最初はゲーム内容については横において話すけど、まず素晴らしいのはストレスの無いUI設計、素早いレスポンス、バグの少なさとバグの改修、リリースの速さが感動的。プロジェクトマネージャーしっかりしてんのかな、システムエンジニアかプログラマに優秀な人がいるのかなど、つらつらと考えながら、アプリを逆コンパイルかけてコードを読んだりしてもまた素晴らしい!設計しっかりしてんだなぁ…と品質管理の点から感心などして楽しんでたわけです!なぜか会社でのプレゼン口調になったことはお許しいただきたい!(ちなみに逆コンパイルしたコードをそのままコピペして使うと捕まるので、個人の学習の域を越えないようにね、ピー○君との約束だよっ(ハート))
そしてゲーム内容もなかなか良かった。乙女ゲーでありつつ、シナリオは王道RPGに近く、敵を倒したり、ダンジョンを攻略したりして最後は国を救ってハッピーエンドだ。王道は王道であるがゆえ難しい。味付けを間違うと、賞味不可能なキメラが出来上がるからだ。ここが破綻した作品がクソゲーオブザイヤーにノミネートされるわけだが、個人的にはこのシナリオは嫌いじゃなかったし、総合的に良かったと思う。美しい音楽、盛り上がるべき所で盛り上がる演出、苦闘を乗り越え成長する仲間達と主人公…良いんじゃないか?疲れてる時にはこういうスッキリする話を読みたくなるものだ。
全体的なシステムも及第点だ。パラメータ上げはこのメーカー得意のRPGと同様に。戦闘によって経験値を稼いでレベルを上げるタイプだが、戦闘システムが攻撃とガードの概念があるリアルタイムアクションシステムで、簡単な操作で動かせるわ、堕落したレベル上げ用の戦闘オート機能もあるわ、敵のレベルバランスもいいわで、RPG慣れした人間にも心地よい。まぁ、多少難しいという批判もあったようだが、助長な感じもなかったし、俺個人は★五点満点中五億点だすね。判定ガバガバ上等です。
そして乙女ゲーの本質的な部分だが…俺が御座なりにしている各キャラについて言うなら、攻略対象男子達にはどちらかというと、友達目線で見てしまうためトキメクということはなかった。だが…実は、主人公たるヒロインに惚れてしまっていたのだ!
わりと友達にするにしてもめんどくさそうな男達を時には厳しく、時には優しく助ける姉御のように凛々しく美しい女性…そして、時には弱さを見せる彼女の姿…いや~他の人はどう思うかわからないが、守ってあげたくなるタイプというだけでなく、強さをもった女性って俺は好きだなぁ。自立してるっていうの?自分がだらしないタイプだから憧れるんだよなぁ~。と、つらつら話したことが、いままでのがいい話だ。喋りすぎて長くなったので要点をまとめると「俺はこの世界を知ってる」ということだ。良い知らせだろ?予備知識ゼロからスタートするより、アドバンテージがあるからな。
で、ここからが悪いしらせだが…俺、いや『私』こと『イグジスタ・パンデュール』は主人公をメタくそにいじめて、最後は死ぬ『悪役令嬢』です…)
イグジスタはそこまでノートに書きなぐった後、ペンを置いてノートを閉じた。軽く頭を振って顔を上げ、部屋にある化粧台の鏡を覗きこむ。朝の日が昇りきっていない今の時刻、窓から滑り込んだ薄明りで満たされている部屋の鏡の中、憔悴しきった眼差しの栄養過多・肥満体型の少女がいる。白い肌にまるまる太った体…小さくてへの字の口に、横に細くて頬に埋もれた目…
「ははは…めっちゃお相撲さんに似てるわ。あ、お相撲さんに対してに失礼だな…すまん」
口の端がひきつりながら上がり、独りごちて吐き捨てても、体と現実は変わらない。この顔をそのまま育て上げれば、間違いなくライバル悪役令嬢、巨漢のイグジスタに育つだろう。
「どうしたもんか…」
掌を広げてしげしげと眺める。小さく、幼い子供の手だ。
「確か、ロシニョルでイグジスタが死ぬのは、18歳の時…そう考えるとまだ時間はある。未来を新しい顔に変えてやるしかない…明日は、これからは、俺の、俺だけの人生だ!」
俺は広げた掌をぐっと握りしめた。爪が食い込み、拳が形作られる。ぎりっと食い縛った歯の軋みを感じた時…イグジスタは急に我に返った。驚愕に見開かれた小さな瞳が、鏡の中で己を覗き込んでいる。
「…というか俺、これからどうしたらいい?」
イグジスタは慌ててQ&Aを記したノートを再度開くと、さらにペンを走らせた。
*****
そのころ、悲鳴を上げて倒れたイグジスタの父、フィリップ・パンデュール辺境伯は新たに迎える妻を慰めていた。
「すまなかった、アニック、私がイグジスタにきちんと説明しておかなかったばかりにこのようなことになってしまって…」
「いいえ、…いくら大きくなられたとはいえ、まだオデット様が儚くなって二年ですわ…」
「イグジスタは君に良くなついていたから良いかと思ったんだがな…」
「…私もオデット様の娘であるイグジスタ…様は実の娘のように思っているのですが…」
南国の海に似た澄んだ青の、穏やかな垂れ目を弛ませている知的な紳士は、少し白髪の混じる赤色の髪を撫で付けながら、哀惜を滲ませる、深海に似た蒼の瞳を慎み深く目蓋に閉まった麗人の肩に手を置いた。項垂れる彼女の肩から、ほどいた金髪が力なく滑り落ちる。イグジスタが倒れてから、二人とも寝室のベッドに腰掛けたまま眠れず、昔話をしたり物思いに耽ったりして時を過ごしているのだ。
元々この女性、アニック・パンデュールはフィリップの弟の妻だったが、夫を早くに亡くし、未亡人となっていた。
身分が低い子爵の生まれで後ろ楯のないアニックと、伯爵であった弟の忘れ形見である一人娘フロールの後見人として彼女を養っていたフィリップだったが、妻オデットの死後、献身的にイグジスタやフィリップを支えてくれるその姿に心を動かされ、晴れて正式に籍をいれようと決めたのだが…フィリップとオデットの一人娘イグジスタにその事を伝えた途端、彼女は悲鳴を上げて倒れてしまったのだ。
「フィリップ様、やはりイグジスタ様が成人されるまで、籍を入れるのは待ちましょうか?」
「う~む…だがな、フロールのこともある…」
弟の一人娘でありフィリップの姪であるフロールも、今年9歳だ。教育を受けるにしても、社交界にデビューするにしても、『子爵未亡人の娘』より『辺境伯令嬢』の方が、より良い扱いを受けることができるのは間違いない。例え、フロールが将来成人した後、今はフィリップが治めている、元々は弟の領地の領主となって侯爵に叙されるとしてもだ。
それに、パンデュール家令嬢の身分を得ることで、オデットとフロールを暗殺して弟の領地を掠め取ろうとする輩にも牽制になる。
「なら、フロールだけでも養子にしていただくとか…」
「…それはフロールが納得しないし、私も納得出来ない」
最初、その案もあった。しかし、フロールが母から籍を抜くこと嫌がったのと、フィリップ自身の愛する人と結ばれたいという気持ちから、やはりアニックと籍を入れようという話になったのだ。
「ですが、イグジスタ様を思うと…」
アニックが瞼を押さえる。普段美しく弧を描く唇が震えて、零れるのは嗚咽のような息ばかりだ。
沈黙が積もる。カーテンの外は、夜明けの日が差すのにまだ、ほんの少しだけ遠い時刻だった。
その頃、容態を案じられているイグジスタの私室には、カリカリとペンをひた走らせる音と、ほんの少しのランプの明かりが満ちていた。
*****
『Q&A』
(Q:ゲームの内容で思い出せることは。
A:シナリオはこうだ。主人公のフロールちゃんは王都にある学園に通っていたが、学園のすぐそばを流れる川から水が減っていき、川の上流からは水ではなく『望まれざる物』…モンスター達が降りてくるようになってしまったのだ。
学園はモンスターの襲撃を受けてんやわんや、王国の騎士団はモンスター達への対応で手一杯の時…そんなとき一人の予言者の娘によって学園から選ばれた生徒達がモンスターの現れた原因と、水源の様子を探りに旅立つ…ゲームはモンスター達の襲撃を挟む形で学園パートと旅パートの二つに別れており、学園パートでは授業をこなしながらレベル上げやイベントを楽しみ、モンスター襲撃を経て旅パートではオープンフィールドを動き回りながらシナリオを進めるという形だ。
…ちなみに、俺こと『イグジスタ』は学園でのヘイトが高かったせいで、モンスター襲撃時に普通に見捨てられて死ぬ。世知辛いね)
「…となるとだ」
イグジスタはペンで苛立しげにノートを叩きながら、誰に聞かせるでもない言葉を発する。
「イグジスタは見かけ倒し横綱体型のお陰で、逃げることも戦うことも出来ずに襲われてジ・エンドなわけですよ」
カーテンから零れる朝日が次第に強まっていく。夜明けが近い。イグジスタが投げたペンがノートを走って壁に当り、パチンと跳ねて止まった。
「…やることが決まったな」
言って立ち上がると、広々とした窓の前に立ち、分厚い遮光カーテンを一気に引っ張った。幕を上げるように。
東からの光が綾なす小さな窓ガラスを越えた向こうには、色とりどりの花が溢れる整備された庭と、澄んだ空気の世界が広がる。その先。
イグジスタは睨み付けるように先を見つめた。そこには高い山が見える。もちろん、イグジスタの住むパンデュール家の領地からでは小さく、ほんの切っ先だけしか見えないが、イグジスタの記憶が間違いないと教えくれる。
この世界の水源で、イグジスタを殺した魔物の巣『モンクリスタ』。
朝焼けの赤に焼かれた世界の果てに、悠々とした顔で寝そべるそれは『死の山』なのだ。
「…やってやらぁ…」
低い声で唸るのは決意か呪いか。それを知る人はいない。
しかし、少女だけが世界に立っていた。
*****
パンデュール家の一室で、音もなくその少女は目を覚ました。いまだ人の起き出す気配のない時間である。貴族というのは大体、使用人が起こしにくるまで起きないものだが、少女は昨日の就寝が遅かったにも関わらず、目が冴えてしまったのだ。
ゆっくりと体を起こし、長く豊かな髪を手櫛で整える。燃えるような赤い髪は実の父譲りで彼女の自慢だ。それにしても、なぜこんなに早く起きてしまったのか…彼女、フロール・パンデュールはまだ眠い目を擦りながら布団から抜け出し、音のない部屋に溜め息をついた。
(イグジィはもう起きたかな…)
ぼんやりと考えながら、昨日倒れてしまった従姉のことを思い返している。少し肌寒い部屋の中、そろそろと足音を殺して歩き、部屋の扉を開けた。
(どうしてイグジィは倒れてしまったのかしら…)
フロールは一つ歳上の従姉であるイグジスタのことを慕っていた。家族であり、友人であった。唯一の遊び相手といっても良い。父のいないフロールと、母のいないイグジスタ…二つが一つになれば、丁度良い。だから母のアニックと叔父さんだったフィリップが父になることは良いことだ…フロールはそう思っていた。
(…だけど、イグジィにとってはそうではなかったのかしら…?
…私は自分が嬉しいばかりで、イグジィのことを考えてなかった…)
朝の冷えた空気で、指先がかじかんでしまう。手を擦りながら廊下に出ても、西側にある通路に差し込んでくるのは、昇りきらない陽光の朧気な灯りのみだ。フロールの目的地は一つ。隣にあるイグジスタの部屋。扉の前に立ち、ノックをしようとして…立ち竦む。そこには、昨日までなんの感慨も衒いもなく開けていた扉が、重く立ちはだかっていた。
目の前にあるのに腕が動き出さない…子供らしいフリル仕立てのネグリジェの胸元を手繰り、フロールは寝ている間も着けたままだったネックレスを握りしめる。小さくカットされたスクエアの水晶がペンダントヘッドに飾られたネックレスだ。薄明かりの中でも虹色の光を放っている。
…イグジスタからの誕生日プレゼントだった。お揃いだと言って渡されたネックレスは、フロールにとってはお守りに近い…大切はものだった。
ぎゅっと目を瞑り、息を吸って、フロールはドアを叩く。
*****
とんとんとん、静謐な部屋に控えめなノックの音が響いた。
(んおっ?誰だこんな時間に…)
吃驚してドアを振り返ったイグジスタの耳に、愛らしい少女の声が届く。
「イグジィ…まだ寝てるの?お部屋に入ってもいい?」
(なな、だにぃ?!幼女?リアル幼女の声がするぞ?!こ、これはまさか…)
「…フロール?起きてますわ。どうぞお入りなさいな」
イグジスタがそう言いながら慌てて服の乱れを整え、髪の毛を手櫛で直していると、ドアノブが回って扉が開いた。
そこに立っていたのは…注ぐ朝の光を浴びて紅蓮に輝く髪、母親譲りの深い蒼の瞳、陶器のように白く滑らかな肌、幼いながら整った鼻筋と天使の弓を描く唇は、まさに画家が絵筆を持って丹精込めて描いた端正さを持つ、美しい少女だ。
イグジスタはもちろん、彼女が誰かを知っている。
(ロリの推しキャラじゃあああああっ!フロール可愛いいいいいいいっ!
推しが妹!?イェア!妹!!イェアッ!!!!)
「イグジィ!」
「ひゃぁん!」
顔は無表情ながら脳内テンションぶち上げ状態で興奮した犬になっていたイグジスタだったが、少女の突撃タックルをくらい床にあえなく転倒した。
「な、なに?フロール?」
(うおおおっ?!まさか俺が脳内でサイリウムをブン回しながらオタ芸を決めていたのがバレたか?!恥ずかしい!)
顔には余り出ていないが相当に驚いているイグジスタの胸元を掴み、想像を超える力でギリギリと締め上げてくる妹の姿にやや腰が引けながら、宥めるように恐る恐ると肩を叩く。
(いや待て!可愛い幼女に飛びつかれる&抱きつかれるなんて俺の人生にあったか?!否、ない!(反語)お金払ってもアウト&お巡りさーんだ!というか金払ってでも触りたいとか言うやつは紳士の風上にもおけん!市中引き回しの上極刑磔刑!イエスロリ、ノータッチ!どんなに可愛い幼女でも本人がOKと言ってもけっして赤の他人は触れてはいけない!つーか、どんな人も勝手に触れてはいけない!
しかし!今は可愛い推しの俺は家族だ(ドヤ顔)。つまり全ては合法!イエス合法!プライスレス!なんたる行幸!!)
おかしなテンションで混乱した思考のまま、ここはやはりぎゅっと抱き締めてあげるべきか…などと考えていると、ふいに微かな嗚咽が聞こえてきた。幻聴ではない。あどけない声の主は、胸の中にいる。
「どどど、どうしたの?なぜ泣いているの?どこか痛いの?」
(うおおお?!ど、どうしようどうしょう??!俺なんか悪いことした?俺のやましい心が見透かされてる?!
うおおおん!おっさん『イグジスタ』ちゃんじゃなくてごめんねぇぇぇっ!
こういう時どうしたらいいんだぁぁ!)
そろそろと遠慮がちに腕を回し、なんとか慰めようとフロールの背中をゆっくりぽふぽふ擦れば、ようやく落ち着いたのか、フロールはイグジスタから体を離した。
神聖すら感じさせるサファイアブルーが潤む瞳に滲む、強い感情にイグジスタが気圧されていると、わなわなと震えたフロールがガシッと両手でイグジスタの腕を掴んだ。
「ふわっ?!」
「ねぇ、イグジィ…」
あまりの力強さに身をすくめたイグジスタに気付くことも出来ないのだろう、今にも零れ落ちそうなほど瞳に涙を貯めたフロールが口を開く。
「イグジィは…私が妹になるのはいや?私のお母様がイグジィのお母様になるのはいや?」
少し震えた声にフロールの嘆きと戸惑い、苦悶が潜んでいるようだった。
(う、う~ん…)
「誰が…そんなことを言ったの?」
「お母様と…おと…フィリップ叔父様が…」
「そう…」
(あ、あぁ~…そう、そうなんだよなぁ…。
何を隠そう、このフロールの母親とフィリップの父親の再婚がきっかけになってイグジスタとフロールの関係が拗れちゃったんだよな。
人の心っちゅうのは繊細なもんだ。それまで仲が良かった二人だが、両親が再婚することに喜んだフロールと違い、イグジスタはそれが受け入れられなかった。
二人の気持ちが擦れ違ってしまった結果、イグジスタは両親の手から離れ、学園に入ってからフロールを虐めるようになるんだが、フロールの方は理由を察したがために抵抗できずにいる…。
…イグジスタが死んだ後、フロールが彼女の遺体を発見した時、イグジスタがフロールとお揃いのネックレスを見えないように服の下に隠して身に付けていたことに気づくわけだが…その時彼女が応えることのないフロールに向かって「イグジィ…どうしてネックレスを持ってくれていたの…?」って言うシーンが前半のハイライト。ここでその時点で一番好感度の高いやつがフロールを慰めにくるんだ。「きっと家族だったからだよ」って。
しかーし!)
「…大丈夫よフロール。私にとって貴女はもう妹よ…フィリップお父様のことは、『お父様』と呼んでさしあげてね。
アニック様のこと、『お母様』ってお呼びしても、フロールは怒らない?」
イグジスタは手を伸ばして、愛しい妹の頬を濡らす水晶の滴をそっと優しく拭う。
イグジスタの言葉にフロールが瞳を目一杯広げたのに相反して、イグジスタは細い眼をさらに糸のように細めて笑みを造った。
(しかし、俺は今や妹を愛する兄…いや、姉として爆誕したのだ!この天使を守るため、ここに!
自分正直いい年齢だし、ご両親が幸せならそれでオッケーです!!俺には訪れなかったライフイベントをお楽しみ下さい!
つか両親、俺と年齢差そんなにないぞ!たっは~っ!つっら!とにかく、もう心配する必要はないぞ!妹よ!)
「イグジィ!」
「ぎゅう」
喜色満面のフロールが、見かけによらない強靭さを持つ両腕でイグジスタを締め上げたのはご愛嬌というもの。
ここからイグジスタの妹可愛いハッピーライフが始まる…はずだった。
ふと、落ち着いたフロールが顔を上げて、イグジスタをしげしげと眺める。へらへらと笑っていたイグジスタも笑うのを止めて、どうしたの?と問うた。
「イ、イグジィ…」
「うん?何かしらフロール」
「か、髪が…」
「髪?」
(また髪の話してる…)
と謎の単語が脳裏に浮かんだイグジスタを余所に、慌てたフロールが起き上がって鏡の前にイグジスタを立たせた。
「ほらっ!」
「えっ?」
ゲーム内でイグジスタの髪の色は、パンデュール一族のトレードマーク、紅蓮の赤毛だ。…しかし、鏡に映る少女はどうだろう。父親譲りのクリアなライトブルーの瞳は問題ない。
だが、頭皮を覆う長い髪は…色素が完璧に抜け落ちて一点の曇りもなく、新雪のように真っ白だった。
(な、な、な、なんじゃこりゃぁああああ!!!さっき鏡で見た時からこんなんだったっけ?え、記憶にございません!)
脳内で絶叫するものの…口を押さえて悲鳴を閉じ込めるだけの冷静さがあったイグジスタが、ダイアモンドばりにかっちかちに固まったと見てとるやいなや、フロールが、
「私!お父様とお母様を呼んでくる!」
と叫んで部屋から飛び出して行った。
「あわ、あわわわわ…まじか…」
脱力感でずりずりと床にへたりこんだイグジスタを嘲笑うかのように、窓の外の世界では光が美しく反射し、鳥達が軽やかに囀ずっている。
波乱の夜明けだ。
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