葉桜琴乃には彼氏がいる。

ブリル・バーナード

葉桜琴乃には彼氏がいる。

 

 葉桜はざくら琴乃ことの。高校二年生。

 我が学年のアイドルだ。顔立ちは整っており、パッチリ二重。睫毛が短いことを気にしているようだが、そんなことは些細なことだ。

 身長は156センチ。ある程度胸の膨らみもあり、腰回りはくびれ、バランスのいい身体をしている。

 本人曰く、胸はDに限りなく近いCだと。

 明るく元気な性格で、友達が多く、皆から好かれている。黒髪でボブカット。ちょこまかと動くことから、小動物として愛でられている。

 綺麗系よりも可愛い系。当然、男子からモテる。よくモテる。とてもモテる。

 毎週必ず告白の噂が流れるほど男子から告白されているらしい。でも、成功した話は一切聞かない。男子たちの悲惨な玉砕記録が更新するだけだ。

 彼女は絶対に彼氏を作らない。そんな素振りも見せない。そのことが、学校の七不思議の一つとなっているらしい。

 まあ、幼稚園も小学校も中学校も違い、葉桜琴乃とはクラスも違う俺、阿僧祇あそうぎ けいからすると、どうでもいいことだが。


 ▼▼▼


 金曜日の放課後。誰もいない教室。シーンと静寂に包まれている。

 そんな教室の後方の隅に座って読書をしていると、廊下からパタパタと室内靴の足音が響いてきて、ガラガラッと前方のドアが開いた。入ってきたのは気配からして男女のペアらしい。

 気まずい。超気まずい。もしかしたら、このままイチャイチャし始めるのだろうか? そうなったら困るんだけど。

 出て行こうかと思い、立ち上がろうとする瞬間、彼らが喋り始めたことでタイミングを失った。


「誰もいないよな?」

「いない…みたいだね」


 ここに俺がいますよー。アピールしてみるけど、二人は影が薄い俺なんかに気づかない。お互いのことしか見ていない。

 チラッと見ると、男のほうは身長が高いイケメンだった。名前は確か極載ごくさいみのるだったはず。部活は入っていないが、外部のサッカークラブのレギュラーをしているらしい。今日は練習はしなくていいのか?

 そして、女子のほうは、極載と同じクラスで、あの噂の葉桜琴乃だった。

 まさかな。彼女と極載ができているなんて。大スクープだ。

 野次馬根性でドキドキと興奮していると、イケメン君が緊張した声で話し始めた。


「葉桜さん。今日はありがと」

「ううん。いいよ」


 も、もしかして、二人は学校で何かをしたのか!? ヤッてしまわれたのか!? 別の場所に人が来たから、人がいないこのクラスに避難してきたのか? まさか今から続きを!?

 お年頃の俺は、イケナイ想像をしてしまう。妄想が膨らむ。

 でも、興奮はしない。なんだろう。この喪失感は。


「それで? 用件は何かな?」


 おぉ? 何やら俺が想像した展開じゃないぞ?

 チラッと覗くと、顔を赤くしたイケメンボーイと、笑顔を張りつけた美少女が向かい合っていた。琴乃から、あぁまたか、と諦めのオーラを感じるのは気のせいか?


「は、葉桜さん! ずっと前から好きでした! 俺と付き合ってください!」


 おぉー! イケメン君は恋する純情少年だったようだ。何とまぁベタな告白ですこと。

 初めて告白の現場に遭遇したが、こっちまで緊張して興奮するな。そして、恥ずかしい。女子たちがキャーっと歓声を上げて盛り上がる気持ちがよくわかる。叫ばないとどうにかなってしまいそうだ。

 叫んだらバレるから声は出さないけど。

 イケメンから告白された美少女は、少しの間沈黙している。考えているのか? 何故悩む? もちろんオーケーだよな?


「……ごめん」


 琴乃の口から漏れたのは、俺やイケメン君が予想していない拒否の言葉だった。


「「えっ?」」


 うわっあっぶね。思わず声を出してしまった。丁度イケメン君と声が被ったからバレてないはずだ。琴乃の綺麗な瞳が、一瞬こっちを向いたのは気のせいのはずだ。


「えーっと、ごめんってことは……」

「私は、極載くんとは付き合えない。本当にごめんなさい」

「理由を聞いても良いかな? 葉桜さんには彼氏はいないって聞いてたんだけど」


 自ら傷を広げようとするとは…さてはドМか? イケメンなのに被虐趣味があるのか? 告白よりも大スクープだな。

 あはは、と琴乃が申し訳なさそうに微笑む。


「面倒だからいないことにしてたんだけどね。本当は彼氏いるの」

「「えっ?」」


 また驚きの声を上げてしまった。声を被せてくれてありがとうイケメン君!


「だから、私は極載くんとは付き合えません。ごめんなさい」

「……そ、そっか。そうだよね。葉桜さんなら彼氏いるよね。ごめんね。彼氏がいるのに告白しちゃって」

「ううん。黙ってた私が悪いの」

「そっか。そうなんだ…。じゃあ、俺はもう帰るね。また来週」


 見事に玉砕した純情少年イケメン君は、ショックを受けた震える声で一方的に言うと、足早に教室を出て行った。遠ざかる足音がだんだんと消えていく。

 頑張れ少年。また別の出会いがあるさ! 今は大いに泣け! 泣くことで男は成長するぞ!

 ポツーンと残された美少女は、しばらく無言で立っていた。

 五分ほどして、ふぅー、と大きく息を吐く。


「私も帰ろうっと」


 そう呟くと、静かに教室を出て行った。

 シーンと静まり返る教室。俺は教室の隅で興奮を抑えていた。


「そっか…葉桜琴乃に、あいつに彼氏いたんだ。これは大スクープだ!」


 物凄い情報を手に入れたのに、心に広がるこの喪失感は何だろうか?

 教室に、沈んだため息が消えていく。



 ▼▼▼



 俺は家に帰ってもボーっとしていた。放課後の教室のことがあまりに衝撃的過ぎて、何も手につかない。

 家族からは『どうしたんだ? 喧嘩か?』と誤解されてしまった。こういう時の家族は興味津々でウザい。とてもウザい。俺は当然無視した。でも、何故喧嘩? 誰と?

 お風呂に入って少し冷静になった俺は、髪を乾かし、ラフなパジャマ姿でリビングのソファに座る。

 映っていたテレビをボーっと眺め、隣に寝転がっていた奴に連絡事項を述べる。


「葉桜さん。次、お風呂いいってさ」

「……名前。ここ学校じゃない」

「へいへい、琴乃様」

「様はいらない」

「じゃあ琴乃。お風呂どうぞ」

「はーい。ちょっと待って。今良いところ」


 Tシャツに短パンという肌を露出した私服姿の葉桜琴乃が、手に持った携帯ゲーム機をピコピコしている。

 膝を曲げて組んでいた足を伸ばし、俺の太ももの上に乗せる。

 俺の足はお前の足置きじゃないんだが。触って揉んでやるぞ?

 そう。現在ウチのソファに寝転んでゲームをしている少女は、学年のアイドル葉桜琴乃本人だ。

 幼稚園も小学校も中学校も違い、高校になっても違うクラスである俺と琴乃。俺たちは一切接点がなかった。なのに何故彼女が俺の家にいるのか?

 別に、お隣同士や義理の兄妹になったというラノベ的展開ではない。

 俺たちには接点がない。しかし、親同士は接点があった。親が仲良しなのだ。

 俺の両親と琴乃の両親、計四人は幼馴染で幼稚園から大学までずっと一緒だったらしい。昔から、葉桜家の両親が忙しいときは、琴乃を我が阿僧祇家で預かっているのだ。それは、高校になっても変わらない。

 今日は金曜日。琴乃は週末ウチに泊まっていくらしい。


「そんなに私の足を見つめてどうしたの? 触るなら触ってどうぞー」


 ゲーム画面から一瞬だけ目を離して、琴乃は悪戯っぽく微笑んだ。学校では絶対にしない素の琴乃だ。本当の彼女は小悪魔でちょっと横暴。


「触らねーよ。琴乃の『触れ』は『マッサージしろ』だろうが!」

「そうしか言わなーい」

「そこは『そうとも言う』だろうが!」


 少しイラッとしたので、ムダ毛が一切ない綺麗な美脚をぺちっと叩いてやる。でも、琴乃は何も言わない。いつの間にかゲームに集中している。


「なあ?」

「なーに?」

「お前、彼氏いるんだってな」

「うん、いるよー」


 あっさりと答えやがって。聞き辛いことを質問して、俺の心臓はバクバクしているのに。

 何とも言えない怒りを感じたので、再び美脚をぺちっと叩いてやる。

 彼氏がいるなんて俺は知らなかった。水臭いぞ。俺に教えろよ!


「そう言えば、今日の告白覗いてたね」

「ぐっ! やっぱり俺がいること知ってたな?」

「当たりまえー。だからあの教室に行ったし」

「お前…まあいいや。まさかあのイケメンを振るとはなぁ。相手は誰だ? 俺が知ってるやつか?」

「京が一番知ってる男」

「はぁっ? いつも一緒にいるのは……山田か? いや、田中? 鈴木?」

「………」


 こいつ! ゲームに夢中で何も聞いてねぇな!

 美脚をぺちっと叩くと、不機嫌で面倒臭そうに睨んできた。


「なぁに? 今良いところなんだけど」

「少しは話を聞け。というか、彼氏持ちなら足を退けろ!」

「は? なんで?」

「は? 彼氏持ちなら他の男に馴れ馴れしくするのはダメだろ」

「いいのいいの。だって私の彼氏は京だし」

「………はぁ?」


 おい。今琴乃は何て言った? 俺が彼氏とか言わなかったか?


「もう一回言ってくれる?」

「私の彼氏は阿僧祇京」

「同姓同名?」

「今、私の足を無意識に触っている男」

「……えっ? えっ? えぇっ!? ちょい待ち! 全然理解できねぇんだけど! そんなの全然身に覚えはねぇし、一言もそんなこと聞いた覚えもないんだが!」

「そりゃそうだね。今言ったし」

「はぁ!?」


 意味わからん。全然意味わからん。揶揄ってるのか?

 混乱している俺を余所に、ゲームを終えた琴乃は俺から足をどけ、ソファから立ち上がると、両手を天井に向けて大きく伸びをした。

 んぅ~、と可愛らしい声を出した琴乃は、少しドヤ顔をしながら俺の頭に軽くチョップを落とす。


「京は私の彼氏。私は京の彼女。異論反論認めません。気づけ馬鹿」


 ぐちゃぐちゃと俺の髪を撫でた琴乃は、お風呂お風呂~、とご機嫌に口ずさみながらリビングから出て行った。

 気づけって、そういうこと……? 俺って馬鹿なの?

 俺は呆然とソファに座ったまま固まっている。頭の処理が追い付かない。


「京? あんたどうしたー?」

「母さんか……俺、琴乃の彼氏らしい」

「何を今さら。ずっとそうだったでしょ? 眠いならさっさと寝なさい」


 呆れた母さんがぺしっと俺の頭を叩いてどっかに行く。

 えぇー。嘘でしょ。知らなかったのは俺だけ?

 学年のアイドル葉桜琴乃。彼女にはずっと彼氏がいたらしい。



《完結?》




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如何だったでしょうか?

スランプ脱却のために、短編を書いてみました。

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