SS6.after.懐かしい場所に
「こんなところに遊びに来るのも、久しぶりですね」
「そうだな」
「どうです? 今日はどきどきしてますか?」
「よくそんなこと覚えてるよな、遥香って」
「それは、まあ」
結局ゴールデンウィークに遊びに行くことができなかったため、蓮也と遥香は一日だけ遊んで帰れる遊園地に遊びに来ていた。
長期休暇ではないがそれでも子連れの客が多く、蓮也たちもはぐれないようにしっかりと手を繋いでいた。
「どうします?」
「遥香は遊園地、二回目だっけ」
「ええ、そうですね」
「じゃあ、のんびり行くか」
「そうですね」
園内の地図を見る。蓮也個人の意見としては、できれば観覧車が最後になるようにまわりたいところだ。
「あ、あれなんてどうでしょう」
「ん? ああ、そういえば前は乗らなかったっけ」
遥香が指で指し示したのは、コーヒーカップだった。
以前来たときは翔斗たちもいて、蓮也と遥香の仲も到底良いとは言えなかった。だから、ある程度距離のあるものでしか遊ばなかったのだ。
係員の指示に従って小さなカップの中に座る。
心做しか遥香の手が熱い。遥香の顔を見てみると、緊張した面持ちでこぢんまりと座っていた。
「どうした?」
「い、いえ。なんだかんだで初めてですので、ちょっと緊張してるだけです」
「そっか。ちょっと手、離すぞ?」
「えっ? ああ、はい……?」
遥香の手を離してハンドルを思いっきり回す。可愛らしい見た目のわりに身体への負担が大きい。自分で回しているが、蓮也も目が回ってくる。
「ちょ……れんやくん……!」
「わるい、きこえない!」
「……気分が……」
「えっ」
急に回してしまったから酔ってしまったようで、頭を抑えて蓮也を制止させようとしてきた。気分を悪くさせてしまってはせっかく遥香に楽しんで貰えたらと思っても空回りにしかならない。
逆方向に力を入れて回転を止めて、そのまま手を離す。
「……なーんて」
「えっ」
遥香は悪戯っぽい笑みを浮かべてハンドルを回し始めた。蓮也が回していたのとは逆の方向に力いっぱいハンドルを捻り、ぐるぐると回している。
このままだと蓮也が酔ってしまいそうなので、遥香の顔を見つめてやり過ごすことにした。当の本人は回すことに夢中で見られていることに気づいてはいないようだった。
しばらく揺られ続け、ようやく揺れが止まる。遥香は楽しそうだ。
「おっと」
「大丈夫か?」
「あ……はい。ありがとうございます」
「掴まってろ。ふらついてるから」
「すみません」
ずっと遥香の顔を見ていた蓮也とは違って、遥香は回すのに夢中だった。そのせいで、かなりふらついていた。
遥香は恥ずかしそうに蓮也の服を掴んで、近くのベンチまで千鳥足のまま歩いていく。すぐに自販機で水を買って手渡すと、ゆっくりと飲み始めた。はしゃぎすぎた子どもみたいで、とても可愛い。
「ごめんなさい……」
「全然、気にしなくていい。先にやったのは俺だし」
「では……はい。わかりました。お互い様ということで」
「そうしよう」
「少し休んだら次に行きましょう」
「だな。無理はするなよ?」
「ええ。今更蓮也くんに遠慮なんてしませんし、変な気も遣いませんよ。その辺は大丈夫です」
それからしばらく遊んだ蓮也たちは、子どもみたいに疲れ切るまで楽しんだ。
「日が暮れてきましたね。そろそろ帰りましょうか」
「わかった」
「観覧車に乗ってから」
「だな」
二人で並んで観覧車に。係員の生暖かい目にはいい加減慣れたが、それでもやはり居心地は悪い。そもそも、蓮也はこれが普通のカップルの距離だと思っている。
「あっちは空が綺麗で、あっちは星が見えます。金星でしょうか?」
「そうだろうな。良い時間帯に乗れた」
「ですね。あ、あの空のグラデーション、ビーナスベルトと言うそうですよ」
「へぇ……ほんと、よく知ってるよな」
「だって、綺麗でしょう?」
「遥香の方が綺麗だと思う」
「………………」
無言で、呆れたように首を振られた。
「本当に、外でそういうこと言うのやめた方がいいですよ?」
「そういうことって言われてもなぁ……」
「私がそういうこと言われるとすぐに照れるの、いい加減わかってますよね。外でそうなるのは恥ずかしいんですが」
「誰も見てないから」
「そういうことではなく……はぁ、もういいです。もう言いません」
「なんか、ごめん」
「怒っては、いません。嫌でもありません」
微妙な表情を浮かべながらではあるが、そこに笑みを重ねてくれた。確かに、相変わらず遥香はすぐに照れるので少し自重すべきかもしれない。
「それはそうと、ほら、見てくださいな。下です」
「もう一番上まで来たのか……なんか、早いな」
「こうして見ると綺麗ですね。どう考えても私より綺麗ですよ」
「それはない」
「はいはい」
恥ずかしそうにしながら、それでも嬉しそうな笑みを浮かべて遥香は軽く蓮也の言葉を流した。
「……蓮也くんも、かっこいいんですけどね」
ぼそりと呟いたその言葉は、聞こえないふりをしておいた。
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