SS6.最悪のゴールデンウィーク?

 なんだかんだでバイトも学業も上手くいって、無事に大学二年生となった。そうして迎えたゴールデンウィークだ。

 そして、ゴールデンウィーク初日の今日。蓮也は風邪をひいた。


「三十九度五分、ですか……大丈夫ですか?」

「だいじょうぶだ……あんまり近づくと、うつるぞ」

「構いませんよ」


 そう言いながら、遥香は汗ばんでしまった蓮也の服を脱がして濡れタオルで拭いた。熱い体が適度に冷やされていく。


「蓮也くん、ちょっと筋肉がつきましたね」

「筋トレは……してるからな……」

「あ、ごめんなさい。喉を痛めていてはいけないので、ちょっと黙っていてください」

「はい……」


 別に遥香が嫌々でやっているわけではないということはわかっていても、ただ黙って看病をさせるのは申し訳ない。だからせめて少しくらい話してやれたら、と思ったのだが、蓮也の体調を慮ってそれすらもやめさせられてしまった。


「口開けて。あー」

「あー」

「……うん、喉は腫れてませんね。頭痛だけなら、ストレスからですかね。二、三日安静にしてくだされば治るはずです。はい、喉が腫れてませんのでもう話しても構いませんよ」

「ん……ありがとな」


 ぽんぽんと頭を軽く叩いてやると、遥香は嬉しそうな表情で、でも申し訳なさそうにして蓮也の手を突き返してきた。


「医者みたいだな……」

「いえ、素人の知識にすぎませんよ。それが役に立ったならよかったという程度です」

「でも、助かった」

「そ、そうですか……ほ、ほら、安静にしててください。寝てください」

「ん……」


 照れているのか、蓮也を半ば無理やりベッドへと押し倒して、遥香は布団に顔を埋めてしまった。


「蓮也くんの匂いがします」

「なんかごめん」

「好きなのでいいです」

「……恥ずかしいからあんまり嗅ぐな」

「えぇ……」


 心の底から残念そうな声を出して、それから遥香は何かを閃いたように蓮也のベッドの隣のベッド、つまり遥香のベッドの枕を取った。

 それから遥香は蓮也の枕を回収して、代わりに自分の枕を入れた。


「これでどうでしょう」

「なにが?」


 なにも大丈夫じゃない。

 同棲を始めてから、蓮也の浴室には蓮也の使うものと遥香が使うものがある。シャンプーや石鹸は各々が使っていたものを引き続き使うようにしているのだ。当然、遥香の髪から香る金木犀の香りは変わらない。抱きしめたりすることも多くなったが、それでもこの匂いにドキドキしてしまうことは変わりない。

 当然ながら、遥香の枕には遥香の髪の匂いだって残っている。鼓動が激しくなっているのが、自分でもわかる。


「はぁ……はぁ……」

「あ、あの……蓮也くん? その、私の匂いで興奮とかは……その……いえ、嬉しいのですが……」

「ちが……う……」

「えっ?」


 脳の処理が追いつかなくなってしまった蓮也は、そこで意識を手放した。





 頭痛に苛まれて、蓮也はようやく目を覚ました。日が傾き出していて、今が夕方であるのだと理解する。

 頭の下が枕ではなく人の足であることに気づいて、蓮也は素直にお礼を伝えた。


「ありがとう」

「い、いえ……その、ごめんなさい。おはようございます」

「気にしなくていい。足、痺れないか?」

「ええ、大丈夫です。こうしているのも、もう慣れてきましたので」

「照れることも本当に少なくなったよなぁ……」


 そう言ったところで、さっき遥香が照れていたのを思い出す。どうやら風邪の時くらいは蓮也も素直になれるようで、遥香もそんな蓮也の前では無防備になってしまうのだろう。あんな遥香が見れるなら、いっそずっと風邪でも構わない。

 だが、こうして遥香にずっと迷惑をかけるわけにもいかないので、治すことに専念しよう。


「そろそろ本当にうつると駄目だから、離れてろ」

「構いませんって」

「俺がよくない。それに、風邪が治ったら二人でちゃんとゴールデンウィーク楽しまないとだろ」

「……風邪の時の蓮也くんは、扱いづらくて困ります」

「普段は扱いやすいみたいな言い方だな」

「ええ。それはもう、掌の上でころころと」

「そんなにか!?」


 だが、納得はいかないものの最近の蓮也は確かに遥香に翻弄されている。あれ以来一度もしてはいないが、行為をしたときも結局遥香にうまく乗せられていた。


「あまり頭を使わないでください。疲れますよ?」

「遥香を照れさせる手段がキスくらいしかない……」

「けど、うつるからできないと。そもそもそれ、わりと蓮也くんの顔も赤くなってるんですよ」

「うっせ」

「はいはい」


 そんなやりとりの間に、遥香は体温計を蓮也の脇に突っ込んでいる。


「ごめんな」

「はい? なにがです?」

「看病とか、ずっと任せっぱなしになって。自力で治すべきなのにさ」

「好きでやってますので」

「……久しぶりに聞いたかも」

「最近は蓮也くんも自分のできる範囲でだけ手伝ってくれますからねぇ」


 無理をする必要も、気を遣う必要もないからだろう。もちろん、遥香がすべてを受け入れてくれるからと言ってその厚意を無下にするようなことはしないが、それでも遥香が一人でできることはわざわざ手伝おうとはしなくなった。


「三十九度……下がりませんね」

「ごめんな」

「謝らないでくださいって。謝るくらいなら、早く治して一緒にどこかへ遊びに行きましょうよ」

「ん、そうだな。じゃあ今のうちにどこ行くか決めとくか」

「寝てください」

「はい」


 本当に掌の上で踊らされてるようだ。遥香に言われてしまえば、蓮也は反論することもできない。逆もまた然りと言ったところだろうが。


「食欲、ありますか?」

「ないけど、食べたい」

「うーん……? とりあえず、お粥を作ってきますね」

「ありがとう」


 にっこりと笑って、遥香は部屋から出ていった。

 ずっとここにいてくれたのだろうか。だとしたら、遥香はずっとなにも食べていなかったことになる。蓮也は食欲がなかったから別に気にならなかったものの、遥香は蓮也の看病で動き回ったりしていて、疲れも溜まればお腹だって空くはずだ。

 申し訳ないが、しかし今の蓮也にしてやれることもない。

 もどかしさに身を焦がしていると、十分程度で遥香が戻ってきた。


「すみません、時短レシピで作ったので味に問題があるかもしれませんが……」

「多分大丈夫だから」

「またそうやって……」


 これは本音だ。遥香がミスをしたときは大抵大したことは無い程度なのだ。まして今は蓮也も病気で寝込んでいる中なので、それほど味の変化もわからないかもしれない。

 ふー、ふー、と息を吹きかけて冷ましてくれた粥をゆっくりと蓮也の口に運んだ遥香は、水を入れたコップを差し出してきた。ゆっくりそれを繰り返して、茶碗一杯程度の粥を食べ終える。


「ご馳走様でした」

「お粗末さまです。では、ちゃんと寝ていてくださいね」

「……あー、その。無理はしなくていいから」


 その言葉を聞いた遥香は、可笑しそうに笑ってしまった。


「大丈夫ですよ。強いて言うなら、蓮也くんとずっと一緒にはいれないのが無理になりますから、早く治してね」


 そんなことを言いながら、遥香は悪戯っぽく笑った






 結局、蓮也の風邪はゴールデンウィークの最後の日まで続いてしまった。


「治って良かったです」

「いろいろとごめんな……看病もさせたし、結局ゴールデンウィーク丸々潰れてるし」

「いいんですよ。元はと言えば、バイトも勉強も全部頑張ってる蓮也くんをちゃんと労いもせず、わがままばかり言った私のせいですから」

「それは俺が勝手にやってるだけだ。それに、いつわがままなんて言った?」

「それは……その……えっち、とか?」

「……あれは確かにわがままだったかもしれない」


 けれど、それはお互い様だ。というか早く忘れたいところだから、できれば話題に出さないでほしかった。


「ふわぁ……」


 大きく欠伸をした遥香は、珍しく本気で眠そうに見える。休むときはちゃんと休むことができるし、気が緩むとよく寝るがこうして人と会話しているときにはあまり欠伸なんてしない方だ。

 そんな遥香が会話の途中に欠伸をしてしまうほど、遥香に負担をかけてしまっていたようだ。


「ごめんな」

「もう、執拗いですよ」

「でも、疲れてるだろ」

「……嘘は、怒りますよね」

「怒る」

「はぁ……わかりました。では、休みます。またわがまま、聞いて貰ってもいいですか?」

「もちろんだ」


 ここまでしてもらっておいてなにもしてやらないというのは、人として有り得ない。


「私が寝るまで、抱きしめておいてくれませんか? 寝たらもう、大丈夫ですから。その、蓮也くんが熱を出している間はあまりベタベタしても駄目だと自分を律していたのですが……やっぱり、無理ですね」

「……おう」


 蓮也の了承を得た遥香は、ベッドに寝転んで手を広げた。そこに身体を入れて、背中に手を回す。

 すぐに寝息が聞こえてきたが、蓮也が遥香を離すことはなかった。



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 ゴールデンウィークは終わっていますよ、皆さん。ごめんなさい。

 次回はゴールデンウィークの代わりに遊びに行きます。尚、この物語は当然ながらフィクションですので、自由に外出することができますので。

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