68.説得

「じゃあ、まあ」

「はい、行きましょうか。お父さんのところ」

「だな……」


 あまり遥香は乗り気ではないようだが、おそらくそれ以上に蓮也も行きたくはない。

 当然だろう。遥香の父、勇次郎は遥香から聞いている話と違い、娘を溺愛している。そんな人に、娘さんと同居させてくださいなんて言いに行くのはなかなか覚悟がいる。


「大丈夫ですか?」

「ちょっと大丈夫じゃないかもな」

「私が頼んできますけど……」

「いや、こういうのは俺がやるべきだ」


 そんなことはわかっているから、ちゃんと覚悟も決めている。

 先に橘花に連絡を取り、今日蓮也たちが行くことは知っている。話があるとも伝えているので、誤魔化してさりげなく伝えるなんてことも出来ない。というより、したくない。


「戸締りはしておきますので、先に降りててください」

「待つから。そもそも今はまだ俺の部屋だからな」

「おや、もう認めてもらったような言い方ですね」

「絶対認めさせる」

「その意気ですよ。ファイトです」


 何故か少しだけ楽しそうな遥香の声援を受ける。

 その声援を受けて、蓮也もやる気を出してみることにした。






 インターホンの音が響き、真っ先に出てくるのは橘花だった。


「あ、久しぶりだね〜」

「お久しぶりです」

「えっと、お父さんに話があるとは伝えてくれましたか?」

「うん。で、話って? 結婚?」

「だから、違いますって……」


 照れたような表情で橘花を叩く遥香は可愛らしい。

 橘花に以前遥香が使っていた部屋に案内され、一旦そこで気持ちを落ち着かせる。


「お父さん、いつでも大丈夫だって」

「そっか。ならすぐ行くよ」

「えっ?」


 驚いたような声を出して、それからすぐににっこりと笑う。


「はい、行きましょう」


 並んで歩いても少し余裕がある広い廊下を歩いて、勇次郎が待っているという部屋へと向かう。

 緊張していないかと言われればそうではないものの、あまり強ばってもいない。

 部屋の扉は開けっぱなしにされていて、勇次郎がティーカップを3つ準備してくれていた。


「あ、ありがとうございます。お久しぶりです」

「そう固くならなくていい。それで、話というのはなんだい?」

「えっと、遥香、さんと一緒に住みたいなと思いまして……」


 言葉がまとまらず、曖昧な状態で口から出てしまう。

 その言葉をしっかりと受け止めた勇次郎は、短く唸って、そしてその剣幕な顔からは考えられないような笑顔を浮かべた。


「もちろん、構わない」

「「えっ?」」

「どうして二人してそんなに驚いているんだ……私に許可を取りに来たのだろう? いい、好きにしてくれれば。ああ、生活費云々の話もあるから、結城くんのご両親とも話はしておきたいけど」

「そのあたりは今度話し合わせてもらうつもりでしたけど……いいんですか?」

「構わないよ」


 蓮也の驚く表情を見て、勇次郎は苦笑して話を続ける。


「それが結城くんと、遥香の決めたことなんだろう? なら私は別段反対する理由もない。むしろ、こうしてわざわざそれを言いに来てくれたことに少し感心すらしているよ」

「は、はぁ……」

「ま、まあなにがともあれ、よかったじゃありませんか。さて、卒業までには蓮也くんの家に馴染むんです。帰って荷物をまとめましょう」

「お、おう……」


 思ったよりもすんなりと話が進んだことに驚きながらも、蓮也たちはとりあえず帰ることにした。






「案外あっさりでしたね」

「なんか覚悟を決めた時間が無駄だった気がする」

「まあまあ、いいではないですか」

「いやまあいいんだけど」


 それでも、なんとなくもう少し難航すると思っていただけにかなり戸惑っている。


「私は嬉しかったですよ。多少なりと、お父さんも蓮也くんのことをわかってくれようとしてるのが伝わりましたので」

「それはまあ、確かにな。あんまり歓迎されてないと思ってたし」

「おや、そうなんですか。あの人結構単純なんでそんな事ありませんよ、大丈夫です」

「おう。今日話してみて安心した」


 そうですか、と呟いて、上機嫌に笑みを浮かべる。


「さて、帰って引越しです」

「えっ、今から?」

「早い方がいいじゃないですか〜」

「いやでも、ちゃんと準備とかした方が良くないか?」

「準備とは?」

「家の準備、とかか?」

「いや不可能でしょう……しばらくは私が蓮也くんの部屋に住みつきます。とはいえ、あくまで蓮也くんの部屋ですから私の物は蓮也くんが勝手に移動させてくれて構いません」

「その辺の心配はしてない。多少狭くはなるだろうけど、あの部屋無駄に広いしさ」

「そうですか。それは安心ですね」


 遥香は上機嫌だ。

 蓮也もこれからの生活が楽しみだった。

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