69.引越しと最後の隣人関係
両方の親から認められたこともあり、遥香はせっせと荷物をまとめていた。明日には完全に蓮也の部屋に移れる段取りになっているそうだ。
久しぶりに入らせてもらった遥香の部屋はやはり綺麗で、家具からは遥香の髪と同じ金木犀の香りがほんのりと漂う。
「手伝ってもらってすみません。蓮也くんも疲れてるでしょうに……」
「いや、もうちょっと言い合いになる覚悟はあったから大丈夫だ」
「というか、私はあの人を説得するなら何日かかかるものかと思っていましたよ」
「俺もだ」
小物は一旦ダンボールに詰めて今日中に移すらしく、まだ日は高いものの遥香は休もうとはしない。
蓮也もそれを手伝うために来ているので、許可を取りつつ整理を手伝う。
「ベッドとかはどうしましょうか」
「その辺は明日翔斗たちに手伝ってもらおうと思ってる」
「ああ、心強いですね」
「だから、今日のうちに移動できるものは移動してしまおう」
「はい、そうしましょう」
言っている間にも荷物をまとめている遥香を横目に、蓮也も遥香に許可を取りながらではあるが荷物を整理する。
とはいっても、あくまで人の私物なのであまり勝手に扱うことはできないので、ほとんどやることがない。
「あ、そうだ。私の部屋のもので必要なものは全て移動させていますので、そちらの処分を任せてもいいですか?」
「わかった。ただ処分するだけなら大丈夫だ」
「はい、よろしくお願いしますね」
言われた通りに遥香の部屋へ向かうと、本当にほとんどの荷物は移動されていて、残っている荷物はほんの少しだけだった。
少しと言っても元々片付いているため少なく見えるだけで、やはりそれなりに荷物はある。その辺は蓮也の部屋とは違う。
「俺の部屋も片付けないとな……」
遥香が通うようになってからは多少片付けているが、それでも蓮也の生活力の低さが出た部屋にはなっている。
明日には遥香のベッドなんかも部屋に置く予定だと言っていたので、早めに片付けておかないとまた遥香に苦労をかけることになってしまう。
なにせ部屋自体は2人どころか、なんなら3人でも過ごせるくらいの間取りにも関わらず、遥香にゴミ屋敷と言わせるくらいには汚くしていたのだ。蓮也の少しは遥香にとってはかなり散らかっているはずだろう。
「ゴミ屋敷、か」
「ひとりでなにぶつぶつ言ってるんですか?」
「いや、なんか懐かしいなって。初めて会った頃はちょっとお互い愛想悪かったのに、今じゃ笑って、同棲とか言ってるんだぞ」
「そういえば、あの最悪だって第一声はなんだったんです?」
「あー、いや。正直苦手だったんだよ。スクールカースト上位みたいな、そういう感じの奴」
「ということは、私のことも嫌いだったと?」
「嫌いというよりは、関わりたくなかったかな」
「……なんか、ごめんなさい」
「や! 今は違うからな!?」
「ほんとですか〜?」
悪戯っぽく笑う遥香にしてやられたと思ったときには既に遅くて、にやにやと笑う遥香は蓮也の手をしっかりと握っている。
「どうなんです?」
「今は好きだよ。当たり前だ」
「ほんとに?」
「当然だろ。柔らかい笑顔とか、わりとなんでもできるのに威張らないところとか、周りには見せない照れた顔とか好きだ。俺のわがままに文句も言わず付き合ってくれるところも、素直すぎてたまに自分で勝手に赤くなったりしてるところも、頭撫でたら当たり前みたいに目を細めてくれるのも、あとさらさらして甘い匂いのする髪も全部好きだ。あとは……」
「も、もういいです!」
思いつく限りの蓮也の好きな遥香を伝えると、顔を覆い隠して蓮也に近づいてきて、それから蓮也の胸に顔を埋めて唸り声をあげる。
「もう……もう!」
「あんまり疑うもんだからなぁ……」
「だからって、そんなに言わなくてもいいじゃないですか! いいんですか!? 私も褒めますよ!? あなたを世界で一番褒められる自信ならあるんですからね!」
「俺は多分宇宙一」
「子どもみたいな張り合い求めないでください……まあ、私は宇宙二つの中でも一番ですけど」
「しっかり対抗してんじゃねーか」
負けず嫌いというよりただ乗っかっただけの様子なのでツッコミを入れると、子どもみたいに笑う。
そろそろ再開しようかと机の上を見ると、いつか勝手に読んだら怒られた日記が置いてあった。
「これも捨てるのか?」
「えっ? ああ、はい。初めの何冊かとクリスマスのときのは置いておきますけど……どうかしましたか?」
「いや、もったいないなって。もらっていいか?」
「嫌ですけど」
「だよなぁ……」
日記なんて人に見せるものでは無い。それでも、なんだか捨ててしまうのはもったいないように感じた。
「そもそもなんで捨てるんだ?」
「蓮也くんに見られるからです」
真剣な顔で、きっぱりと言い張った。
それもそのはずだ。遥香の日記は基本的に蓮也のことを書いていることが多い。悠月や翔斗の名前がない訳でもないが、それでも『蓮也くん』という文字がほぼ毎日綴られていた。
「まあ、どうしてもって言うならいいけど」
「……そんな顔しないでくださいよ。わかりました残しますから。蓮也くんも読めばいいですから」
「えっ?」
残すのは嬉しいが、なぜ蓮也も読むという話の流れになったのか。読まれたくないから処分するという話だったはずなのに、おかしい。
「別に、読まれたくないというわけではないんですよね。いつも蓮也くんが私を照れさせてくるみたいに、私の日記で蓮也くんが悶えてるのを見るのは楽しみですし。ですが、それはそれなんです。やっぱり恥ずかしい」
「まあ、恥ずかしいよな。大丈夫、どんなことが書いててもちゃんと受け止めるから」
「そんな変なこと書いてませんけど。はいはい、それは置いておくので早く掃除しますよ」
遥香が部屋を出ていこうとするので、とりあえず一番上の日記に手をつける。一番最初のページは丁寧な文字で、日記とは思えない内容だった。
『これからもよろしくお願いしますね、蓮也くん』
そのまるでメッセージのような内容に驚いて振り向くと、遥香はしてやったという顔でにやにやと笑っていた。
今日は蓮也が照れる日だったらしい。
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