42.5.翌朝

「……んん」


 鳥がうるさい。もう少しで蝉もうるさくなる時期に入るだろう。そんなことよりも、腰が痛い。

 腕の中ですやすや眠る遥香を見つめる。蓮也の腕にすっぽりと収まるサイズで、細くて折れてしまいそうだ。


「……なにやってんだ、俺」


 昨日のことはしっかりと鮮明に覚えてしまっている。出来れば、遥香には忘れていてほしい。

 決して間違いがあったりしたわけでなく、ただうとうとして寝ていたらこうなったのだ。今は五時前、普段起きるのよりも相当早い時間だ。

 それにしても、体が痛い。


「よっと……」


 遥香を起こすことのないように、遥香に下敷きにされている方の腕をそっと抜く。

 とりあえず時間があるので勉強しようかとも思ったが、遥香の寝顔が可愛らしかったためそこにいることにした。

 そっと遥香の頭を撫でると、寝ているはずの遥香の表情は緩む。頬をつつくと、眉間にしわが寄ったりする。


「起きてるだろ」

「……なにしてるんですか、朝から。おはようございます」

「おはよう」


 案の定、遥香は起きていた。遥香も起き上がると、蓮也の手を引いて隣に座らせる。


「にしても、よく寝れた」

「それはよかったですね。私もです」

「抱き枕、本格的に買おうかな」

「なっ、駄目です!」

「なんで」


 抱き枕があったから、というよりは抱き枕が遥香だったから心地よく眠れたのだろうが、ないよりはあった方がいいだろうと思って言ったのだ。しかし、なぜか遥香が少し怒っていた。


「だって……それは……」

「おう」

「……私が抱き枕になれなくなるじゃないですか」

「……そうだな」


 理由が可愛い。別に抱き枕を買ったからといって遥香を抱き枕にしなくなるわけではないのに、こんなことを言ってくるのだ。


「わかった。じゃあ、毎日遥香を抱いて寝よう」

「ま、毎日はちょっと……恥ずかしいかも……」

「冗談だ。さすがに毎日は俺もキツい」

「私を抱いて寝るのがそんなに苦痛ですか……?」

「違う、そっちじゃなくてだ。その、俺も毎日目が覚めたとき遥香が腕の中にいるのは、ちょっと精神的にな……」

「つまり、ドキドキすると?」

「……はい」


 今日の遥香はいつもより少しだけ攻め気だ。というか、天然に蓮也を照れさせてくる。いつも通りといえばいつも通りではあるのだが、頭が回っていないのか些かやりづらい。


「ふふっ、それならそうと言ってくれればいいのに」

「そういうことだ」

「最近の蓮也くんは、甘えたり照れたりして大変ですね。そんな蓮也くんが好きなんですが」

「……そういうとこ」

「今のはわざとですよ」

「……遥香は天然に俺を照れさせてくるくせに、後で気づいて自爆してるよな。そういうとこも可愛くて好きだぞ」

「うぅ……それ普通に気にしてるのでやめてください……」

「ごめん」

「ちゃんと蓮也くんをドキドキさせたいんですよ」


 どうやら遥香もいろいろと考えているらしい。


「俺は、普段通りの遥香が好きだけどな」

「……なら、いつも通りで。あと好き好き言わないでください」

「でも、好きだからなぁ」

「……ああ、もう本当にこの人は……!」


 と言いながら遥香は立ち上がり、台所へと走っていく。遥香は気づいてないだろうが、耳まで赤くなっているので蓮也には丸わかりである。


「朝ごはん、どうする?」

「まだちょっと早いですが、食べたいですか?」

「腹減ってるから食べたいかな」

「そういえば晩御飯食べずに寝ましたね、私たち。準備するので待っていてください」

「わかった」


 かなり長い時間をソファーで、それも片手は遥香を腕枕しながら寝ていたので、体が痛い。とりあえずストレッチが必要だろうと思い、軽くストレッチをする。

 そうしていると、遥香は蓮也の方へとやってくる。


「背中押したりしましょうか? 私、下敷きにしてましたもんね……」

「遥香の腕枕より、ソファーで寝たことがな……遥香こそ大丈夫か?」

「私は、蓮也くんに抱かれていたので全然大丈夫です」

「そっか。なら頼む」


 座って足を伸ばし、遥香に背中を押してもらう。全身がパキポキとなって、かなり固まっていた事が実感できる。


「ポキポキ……」

「どうした?」

「痛そうだなって……ごめんなさい」

「ああ、俺が言い出したことだし、なんだかんだ俺も、まあ……な」

「ふふっ、心地よく寝れましたか?」

「……おう」


 遥香の「ポキポキ」の言い方が可愛らしくて、痛いとかなんとか、全てがどうでも良くなる。むしろ、体を痛めた意味すら感じる。


「蓮也くん、柔らかいですね」

「そうか? 普通だと思うけど」

「私が硬いのかも」

「なんか、遥香ってなんでも完璧だと思ってたけど、最近弱い面が見えてきたな」

「完璧な人なんていないんですよ。私だって、弱点なんていっぱいありますから」

「まあ、そうだな。それに……」


 蓮也は振り向いて、遥香にそっとキスをした。


「こういうのに弱すぎるからな」

「……ずるい。ずるいです」

「なにが」

「不意打ちは駄目ですから……ほんとに……」


 と言いつつも、遥香の表情はとても嬉しそうに見える。そんな表情を見てると、さすがに蓮也も恥ずかしくなってくる。


「何恥ずかしがってるんですか」

「いや、嬉しそうにしてるのがなんか……」

「……そんなふうに見えましたか?」

「嬉しくない、か……?」


 てっきり、また嫌ではないと言われるものだと思っていたので、少し不安になってしまう。が、遥香はにっこりと微笑んで、今度は蓮也にキスをする。


「そんなわけないじゃないですか」

「……ずるいのはどっちだ」


 こんなことをしていたら、いつの間にかいつもと同じような時間になっていた。

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