42.甘えたい日

 時が経つのは早いもので、もう六月の下旬に差し掛かっていた。


「……っ、あー……」


 飽きた。言ってられないのはわかっているが、勉強することに飽きてしまった。

 元々それほど勉強するのが嫌いというわけではないので、それほど苦痛ではなかったのだが、飽きたものは飽きた、仕方ない。


「遥香ー……って、来てないか」


 遥香も自分の勉強があるからと言って、食事を振る舞うときは来るのだがそれ以外はあまり蓮也の部屋にいることはなかった。些か寂しいが、それは仕方ない話だ。そもそも、無理に来なくていいと言ったのは蓮也の方だった。

 が、今無性に遥香に甘えたい衝動に駆られている。そんなことをすれば文句のひとつも言わずに甘やかしてくれそうなものだが、あくまで蓮也は遥香を甘やかす側でいたい。


「……よし、寝よう」


 昼寝、という時間ではないが、とりあえず寝ることにした。寝て勉強しよう。それがいい。

 ベッドに入ると、思ったよりもすぐに睡魔が襲ってきた。






 そして一時間後、ちょうど二十時に目が覚めた。

 起きてしまったので、また勉強を再開しようとベッドから抜け出す。この時期はベッドの魔力があまり働かないので助かる。


「さて、と……」


 しかし、喉が渇いた。まずは水分補給だと思って、蓮也は部屋を出てリビングへと向かう。と、ソファーでは遥香が眠っていた。気持ちよさげにすやすやと眠っているので、起こさずそっとしておいた。

 冷蔵庫から水を取り、コップに注ぐ。先程から視界の端で遥香がだんだんとソファーから落ちていってるのが心配である。

 とりあえず起こさないように元に戻して、蓮也はコップの水を飲み干す。


「……可愛いな、やっぱり」


 普段からわかりきっていることではあるが、やはり遥香は可愛い。しかし、今口にしたのはそういうことではなくて、若干頬が染まるのを見て蓮也は遥香が起きていることを確認する。


「なにしてんだ」

「……その、膝。空いてますよ」

「だから?」

「だから、その……無防備にしてたら、甘えてくれるかなって」

「で、慌てて寝たフリを?」

「どうして嘘だってわかったんですか?」

「髪、ボサボサだろ。どういう状況になったらその髪のままうとうとするのかわからないからな」


 そういいながら、蓮也は遥香の髪を整える。遥香も目を瞑ってされるがままの状況だ。


「甘えてもいいんですよ?」

「なんで」


 なんで甘えなきゃいけないんだ、と言おうとしてやめる。寝る前までは遥香に甘えたかったからだ。

 遥香のことだから、きっと蓮也の些細な行動の変化なんかに気づいていたのかもしれない。ありえない話ではないだろう。


「なら、まあ」

「えっ?」


 戸惑う遥香を他所に、蓮也は遥香の膝に頭を乗せる。


「あ、えっと、えっ?」

「甘えてもいいんだろ?」

「あ、甘えるんですか!?」

「甘えてみる」

「え、えぇ……」


 まさか本当に蓮也が甘えてくるとは思っていなかったようで、あわあわと手を振ったりしている。が、すぐに平然を装い、蓮也の頭を撫でる。かなり強ばっているが。


「他には何をしてもらおうかな」

「は、はい!?」

「問題あるか?」

「ありません……けど……」


 とはいっても、もうして欲しいことなんかない。蓮也も必死に頭を回して、してほしいことを探す。そうして思いついたのは、下手をすれば拒否されるようなことだった。


「抱き枕がほしい」

「え、えっと……あ、買って欲しいんですよね。そうですよね」

「違う」

「……うぅ……あ、あの、私そこまで抱き心地良くないですよ?」

「えっ、いいのか?」

「駄目なわけないじゃないですか。構いませんよ、別に」

「えっと、じゃあ……」


 蓮也は起き上がって、代わりに遥香を横に寝かせる。その隣に蓮也も寝転び、そっと遥香の背中に手を回す。


「……蓮也くん、うるさいです。ドキドキしすぎですよ」

「うっせ。仕方ないだろ、可愛いんだから。ていうか、なにが抱き心地良くないだ」

「そんなに褒めないでください……」

「……ほんとに、落ち着く。ありがとな」

「いえ、私もこれ、好きです」

「そっか」


 それから、そのまま二人揃って寝てしまい、起きた頃にはもう日が昇りかけていた。

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