35.遥香の誕生日

 以前遥香に聞いたが、誕生日は三月十日らしい。卒業シーズンだったり、冬休み入り前だったり期末、学年末テストと被るとかであまりいいタイミングの誕生日とは言えないとぼやいていた。

 しかし、蓮也の最大の悩みがある。まだ日があるにも関わらず、少し焦っているのはこのせいだ。


「……なあ遥香、欲しいものとかないの?」

「中華鍋です」

「この前通販で買った。今日か明日あたりに届くと思うぞ」

「あ、そうなんですね。ありがとうございます」

「そういうんじゃなくてだ。なんかないのか?」

「もう欲しいものは揃っていて……楽しく話せる友達に、ずっと傍に居てくれる彼氏さん。十分ですよ?」

「……お前なぁ」


 なんでそういうことをさらっと言えるんだ、と言おうとしてやめる。蓮也も似たようなことを言ってしまいそうだったからだ。

 蓮也の悩みというものは、蓮也が遥香の好みをほとんど知らないことだ。情けないことに、遥香は蓮也の好みを把握しているのに対して、蓮也はそういうことを全くと言っていいほど知らない。だからプレゼントに迷っているのだ。


「ところで、どうしてですか?ㅤ誕生日だから?」

「当然。祝いたいんだよ」

「なるほど……うん、なら一緒に見に行きますか?ㅤ見てるうちに欲しいものが見つかるかもしれませんので」

「そうするのが無難か……ごめんな、サプライズとかにしてやれなくて」

「いえいえ。全く問題ないですよ。楽しみですね」


 本当に楽しそうにする遥香を見て、それでもいいかなと思ってしまう。サプライズにしたかったのだが、それも難しいので仕方ない。


「〜〜♪」

「楽しそうだな」

「ふふっ、そりゃまあ。十日で問題ないですか?」

「大丈夫だ」

「こんなに誕生日が楽しみなのは、久しぶりです」






 三月十日、遥香の誕生日だ。既に四つのプレゼントが郵送されていた。翔斗、悠月、橘花、そして父、勇次郎の分らしい。


「まさかお父さんが誕生日プレゼントを贈ってくるなんて思いませんでしたよ」

「可愛い娘がどうでもいいなんて、そんな父親じゃないだろあの人は」

「……そうなんですかね」

「そうに決まってる」

「ふふっ、蓮也くんがそう言うならそうかもしれませんね」


 長年蔑ろにされてきたからか、勇次郎への信頼は薄いらしい。しかし、悪い人ではないことを蓮也は知っているので、あまり邪険にしないでほしいというのが本音だ。


「では、行きましょうか」

「だな。欲しいもの、見つかるといいな」


 この辺りで十分に買い物ができる場所となると、隣町のショッピングモールまで行く必要がある。そこまでは電車で移動になる。

 駅まで歩いて、切符を買う。最近出かける機会も増えたので、少しICカードが羨ましくもある。


「私たちもこう、楽に改札を通りたいですね」

「もうちょっと出る機会があれば、いっそ割り切って買えるんだけどな」

「これは、次のデートは遠出しようと誘われてますか?」

「そこまで深い意味は無い」


 とは言ったが、たまには二人で遠出するのも悪くないかもしれない。考えてみようか。

 改札を通り、ちょうど来ていた電車に乗り込む。


「空いてますね」

「座るか」

「次でかなり人が来ますよ。高齢の人も多かった気がします」

「なら空けとくか」


 立ったまま迷惑にならない程度に話をしつつ、目的の駅を待つ。本当にかなり人が乗ってきたので、座っていなくてよかったなと思う。

 揺られること十数分、話をしていると思ったよりも早く着いた。


「暖かくなってきましたね」

「そうか?ㅤまだだいぶ寒いけど……」

「うーん……?」

「まあ、どっちでもいいか」

「寒いなら、手を繋ぎましょう」

「繋ぎたいだけだろ?」

「バレちゃいましたか」


 笑いながら遥香は手を伸ばしてくるので、蓮也もその手をとる。遥香が暖かく感じるのがわかるくらいに、遥香の手は暖かい。顔を見ると、やはり顔を赤くしていた。


「そりゃ暑いわ」

「うぅ……家に出る時から手を繋ごうって言おうと思ってたのに、なかなか言い出せなくて……」

「それは……ごめん。俺が言い出すべきだったな」

「い、いえ!」


 もう少しスマートにデートを進行したいなと心の底から思った。






 結局、一日歩き回ってみたが、なかなか遥香の欲しいものは見つからなかった。ただのウィンドウショッピングだ。それでも、遥香は楽しそうにしている。


「さて、蓮也くん」

「ん?」

「鞄の中を見せてください」

「……はい?」

「私に隠し事が出来ると思ったんですか?ㅤ蓮也くんのことは誰よりも知っていますよ、気づきます」

「バレてたのかよ……」


 あまり自分でも意識していたわけでもないので、蓮也はバレてしまっていたことに少し驚いたのと同時に、恥ずかしくなる。実はプレゼントを用意はしていたなんて。


「……これ。なんか、方針が決まらなくて迷走した」

「……指輪、ですか」

「違うから。結婚指輪とかじゃなくて、普通にアクセサリーだから」

「わ、わかってます!ㅤそんな勘違いは……もしかしたらしていたかもしれませんけど……」

「しないでくれ。結婚指輪はもっとちゃんとしたの買うから」


 言い訳をしたかったのはそういうことじゃない。結婚指輪じゃないというのはまだ結婚なんて考えてないということであって、値段とかそういうことじゃないのだ。

 それでも、遥香は笑ってそれを受け取る。


「もう、なんでこんな素敵なプレゼント準備してるのに黙ってたんですか?」

「……いや、なんか重いだろ」

「そんなことありませんけど……」


 そう言いながら、遥香は右手の薬指に指輪をつける。


「左手は、まだなにもつけないでいますね」

「……はい」


 いつかちゃんと蓮也くんがつけてください、と。そう言っているように聞こえたのは気の所為じゃないだろう。

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