29.報告

「幸せです……」


 遥香は蓮也の膝に頬を擦り付けながらそんなことを言う。蓮也もそれに応えるように頭を撫でる。付き合い始めてから、遥香は遠慮なく蓮也に甘えるようになっていた。


「遥香って、結構甘えてくるよな」

「迷惑ですか?ㅤならやめますよ?」

「迷惑じゃないし、続けてくれて大丈夫」


 蓮也もこの状況は幸せだと思っているので問題ない。むしろ、ずっとこのままでも一向に構わない。

 ふと、こうして家でのんびりと過ごしていて気づく。


「遥香の部屋って見たことないな」

「そういえばそうですね。蓮也くんになら部屋を見せるくらい構いませんが、来ますか?」

「また今度でいいんじゃないか?」

「蓮也くんがいいのなら、そうしましょう」


 今日は特に予定も入れてないので遥香の部屋にお邪魔してもいいのだが、蓮也は今、こうして遥香を撫でていたい気分なのだ。そういうときもある。


「なんか、前までは恥ずかしかったのにな」

「不思議ですね。お互いが好きだってわかったら遠慮がなくなっちゃう」

「そうだよな。まあ、誰も見てないからいいんじゃないか?」

「そうですね」

「いやよかねーよ」

「えっ……?」


 声のする方、玄関の方へと目を向ける。そこには翔斗と、申し訳なさそうにする悠月が立っていた。


「お前ら勝手に……」

「一応言っとくけどインターホン鳴らしたからな?」

「何回か鳴らしつつ二十分近く待ったけど開く気配無かったから、ごめん入った」

「それは悪かった」


 どうやら蓮也も遥香も二人だけの世界のようなものに入りこんでいて気づかなかったらしい。この季節に外で二十分も待つのは辛かっただろう。


「遥香、ちょっと退いてくれ」

「あ、私が準備するので大丈夫ですよ」


 そう言って遥香はパタパタとコップの準備をする。顔が赤いのは、きっと膝枕をされているのを見られたからだろう。そして、蓮也も膝枕をしながら頭を撫でるというところを見られ、とても恥ずかしい。


「えっと……付き合ってないんだよね?」

「あー……えっと、だな……」

「あ、うん。おめでと。そっか、やっとか」

「長かったなぁ……半年くらいか?」

「……そうだな。俺が遥香を好きになったのってそんくらいか」

「見ててもじれったいしさ。お互い好きなくせに結城がヘタレなせいで」

「遥香が俺の事好きって知ってたのかよ……」

「そりゃ聞いてるし、見てればわかるし。ね、遥香」

「……たまにからかってくると思ってましたが、ほんとに蓮也くんが私を好きとは思いませんでしたよ。こんな素敵な人は私には勿体ないです」

「何言ってるんだよ。俺の方こそ遥香に釣り合ってないし」

「そんなことありません!ㅤ蓮也はとってもかっこよくて優しい人です!」


 遥香にしては珍しい声量でそんなことを言われ、嬉しくなる。ただ、遥香も面倒見が良くて他人の悪い所を責めるわけでもなくカバーしてくれる可愛らしい子なのだ。


「この空気辛いわ……」

「なんかすまん」






 クリスマスの事を二人に話した。なんだかんだでこの二人にもいろいろと迷惑をかけていたらしい。


「にしても、クリスマスに告白ねぇ……」

「文句あるか?」

「いや?ㅤえらくロマンチックな告白の仕方だなと思ってさ。上手くいったから良かったものの、失敗してたらものすごい恥ずかしいやつじゃん」

「うっ……」


 告白の直後、勝手に勘違いしていたことを思い出す。蓮也本人はどちらかと言えば恥ずかしいよりも虚しくなったが、確かに失敗していれば恥ずかしい話だ。


「それにしても、ほんと良かったよね。お互い好き同士なのに、それが伝わってないって嫌じゃん?」

「ほんとにな。俺らみたいに楽にいけたらよかったのにな」

「あれ?ㅤあたしあんたにちゃんと好きって言ったことあった?」

「……あれ?ㅤない?」

「うそうそ、ちゃんと好きだよ」

「……他人の家でイチャつくのやめてもらっていいか?」

「あんた、それさっきの状況を思い出しても言えんの?」

「俺たちはいいんだ」

「そうですよ」


 お盆の上にお茶の入ったコップを乗せて戻ってきた遥香は、蓮也の隣に座る。前までよりも、その距離は少しだけ近い。


「見てるこっちが恥ずかしいわ」

「悪いか」

「いや、もう俺ら遊びに来たけど居心地悪いから帰るわ」

「今度いろいろ聞かせてよ」

「はい。また来てくださいね」


 悠月たちが帰って、すぐに遥香は何かを思い出したように電話をかけ始めた。


「もしもし、お姉ちゃんですか?」


 どうやら、電話の相手は橘花らしい。はっきり聞くのも申し訳ないので、とりあえず付き合い始めたという報告をしていること以外はわからない。

 しばらくして、遥香の顔から笑顔が消える。が、また次第に笑顔になって蓮也のことを話していて、少し照れくさい。


「ふふっ」

「楽しそうだな」

「あ、いえ……その、結婚の話はまだなのって」

「……まだちょっと早いけど」

「早いですよね。って、これだと結婚する前提の話になりますけど」

「駄目か?」

「駄目じゃないです」


 蓮也も我ながらなんて恥ずかしい会話だと思ったが、遥香も受け入れてくれたので少し安心する。未来のことなんてなにもわからないけど、それでも今は遥香と未来の事を話せるのは幸せだ。


「で、なんかあったか?」

「あー……バレちゃいますか」

「まあ、あれだけわかりやすかく表情変えればな」


 遥香はまた表情を曇らせて、それでも話してくれた。


「三が日、帰らなきゃいけなくなりました」

「そっか。そりゃ正月くらいは帰らなきゃだよな」


 といいつつ蓮也は夏に一度帰省しているので、帰るつもりは無い。


「お正月は一緒に過ごせますが、残り二日は無理ですね……」

「そっか。まあ、たった二日なんだしさ」

「そうですね。たかが二日だけです」


 そんな風に笑う遥香は、どこか無理をしているように見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る