23.隣の距離

「あー、席替えしますけど、先生時間ないから集計とかやってくれる人いるか?」

「あ、はーい。あたしやりまーす」


 二学期も半分を終えたということで、少し遅い席替えになる。他のクラスではこんな面倒な仕事を引き受ける人なんていないのだろうが、このクラスには遥香がいるので、男子は必死にその役目を貰おうとしている。その中で、いち早く声を上げたのは悠月だった。


「あーいいけど、八神と隣とかは駄目だからな?」

「しませんしません。あたしそんなことしません」

「なら天宮に頼もう」


 遥香の人気ぶりを知っているため、もともと男子にやらせるつもりなどなかったようだ。ちらりと悠月を見ると、明らかに悪巧みをしている顔をしていた。


「何考えてるんだ……」






 昼休みには全員が用紙に名前を書いたようで、悠月や翔斗、あと何故か今永や蒼弥も手伝って集計をしていた。ちなみに、決め方はクラスの人数分の数字を選ぶという簡易的なものだ。

 何故か蓮也と遥香が手伝おうと断られてしまうので、ひとまず昼食をとる事にした。


「蓮也くんは食堂でしたっけ」

「そうだな」


 普段は蓮也は翔斗やその他の男子と、遥香は悠月と食べるので、学校で二人の昼食は体育大会以来になる。やはり蓮也への視線は痛い。


「席取っておきますから、注文してきて下さい」

「わかった」


 ラーメンを注文して、少しだけ待つ。別段ラーメンが好きというわけではないが、定食なんかを頼んでしまうとどうしても遥香の料理と比較してしまうので、最近はよくラーメンを頼む。

 ラーメンを受け取って遥香を探す。蓮也に向かってふりふりと可愛らしく手を振っていたので、簡単に見つけることができた。


「おまたせ」

「ラーメン……ですか。好きなんですか?」

「いや、そういうわけじゃない。ただ、食堂の人たちには悪いけど、遥香の料理の方が美味しいからさ」

「なるほど。それじゃあ、私がラーメンを作ったらどうしますか?」


 遥香はそんなことを悪戯っぽく聞いてくる。しかし、ラーメンなんて作る人によってそんなに変わるものなのだろうか、と蓮也が考え込んでいると、遥香が可笑しそうに笑う。


「意外と変わるんですよ?」

「そうなのか。一回食べてみたいな」

「ふふっ、お昼はどうするんですか?」

「あ……忘れてたな」


 そんなことを言いながらラーメンを口に運ぶ。遥香が作ったラーメンにはかなり興味があったが、これ以上舌を肥えさせると後々困るので、しばらくはやめてもらおう。

 適当な話をしながら、二人とも昼食を食べ進める。


「そういえば、なんで席替えのとき悠月ちゃんあんなに元気だったんですかね」

「さあ。確実に翔斗と隣とかにすれば怒られるけどな」

「ですね。まあ、私としても他の男子が担当するよりはずっと安全ですけど」

「そうだよなぁ。お前も大変だな」

「今は蓮也が隣に居ることが多いので、あまり男子は来ませんけど」

「男子ってか大半の人が寄り付かないぞ」


 それは蓮也がいるから、というよりは遥香が謎のオーラを放っているから人が寄ってこないのだろうが、前にそれを伝えてみると無自覚だったらしくきょとんとされたので、蓮也のお陰ということにしておく。


「「ごちそうさまでした」」

「まだ時間もありますね……」

「とは言ってもやることもないし、教室に戻るしかないだろ」

「まあ、そうですね。最近はクラスのみんなの視線が変に温かくてやりにくいんですけど……」

「同感」


 教室から一歩出れば嫉妬の目は相変わらずだが、蓮也に対するクラスメイトの男子の視線が、最近は柔らかくなっている。柔らかいを通り越して温かいので非常にやりづらい。

 教室に戻ると、黒板に席順が書かれていた。クラスによって席の替え方は違うが、蓮也のクラスは荷物だけを移動させる。さすがに揃っていないので動かしている人はいないが、その席順を見て大半は納得をしている様子だった。

 蓮也と遥香も自分の席を探す。


「あ、蓮也くんの席は……あれ?」

「隣だな」

「そ、そうみたいですね……」

「……不満か?」

「そうじゃないです。そんなわけないんですけど……いいんでしょうか、私ばかり蓮也くんの傍に居ても」

「逆に誰が俺の隣の席なんか好き好んで居たがるんだよ」


 そう伝えてもまだおろおろとしていたので、軽く頭を撫でる。驚いたような声を一瞬あげたものの、心地よさそうに目を細める。


「少なくとも、俺は隣の席が遥香で嬉しいぞ」

「なら良かったです」


 おそらく仕組んだであろう悠月たちに心の中で少しだけ感謝しつつ、遥香の頭から手を離す。「あっ」と一瞬声が漏れているが、先程から周囲が生温かい視線を向けてくるのに気がついて、非常に居心地が悪いのでもう一度撫でるような真似はしない。


「これからしばらくは、教室でも隣なんですね」

「そうだな」


 嬉しそうにしているのは蓮也の気の所為ではないと思いたい。






 下校時には雨が降っていた。蓮也は予め予報を確認していたので、傘を持ち合わせている。


「雨降ってんじゃん。どうしよ」

「折りたたみ使うか?」

「助かる。翔斗も忘れたって言ってたから二人揃ってずぶ濡れになるのはやだし。でもなんか悪いな」

「まあ、今日のお礼というか」

「あ、やっぱバレてた?」

「さすがに偶然にしては出来すぎてるからな」


 蓮也は基本折りたたみ傘を持ち歩いているので、こういう状況でもある程度は対処出来る。しかし、蓮也は今、隣の席に座る遥香が机に突っ伏していることの方が気になっていた。


「遥香?」

「先に帰っててください……雨が止んだら帰りますから……」

「いや、今日はずっと降ってるらしいけど」

「そうなんですね……この学校って宿泊可能でしょうか……」

「それはやめた方がいいな。俺の傘使えばいいから」

「傘三本もあるんですか? 変わってますね」

「さすがに二本しか持ってないけど。まあ、俺は濡れても構わないけど、遥香は濡らさせたくない」

「……馬鹿」

「最近よく馬鹿って言われるな」

「馬鹿です蓮也くんは。傘がひとつあるなら自分が使えばいいのに。本当に馬鹿です」

「馬鹿馬鹿言うなよ傷つくぞ」

「あ……ごめんなさい、私の為に言ってくれてるのに……」

「いや、大丈夫。こっちこそごめん」


 お互いに本気にしていたわけではないにしろ、微妙な空気になってしまった。傘が増える訳でもないので、どうすることもできない。


「……あの、提案が」

「なんだ?」

「相合傘……なんてどうでしょうか?」


 思いもよらぬ提案だった。もちろん、蓮也は構わないのだが、遥香からその提案をされるとは予想もしていなかった。


「駄目ですか?」

「い、いや、誰も濡れない平和な方法だな。そうしよう」

「……大丈夫ですか?」

「大丈夫だ」


 机に突っ伏していた遥香はいつの間にか立ち上がって荷物をまとめていた。それを見て蓮也も慌てて荷物をまとめる。

 下駄箱で傘立てから自分の傘を取り、遥香の隣へ急ぐ。傘のサイズは少し大きめなので、遥香を濡らすことはないだろう。


「な、なんだか緊張しますね……」

「言うなよ」

「そ、そうですね。意識するから疲れるんです」


 傘を遥香の方によせ、蓮也は少しだけ肩が濡れるような位置で歩く。特に会話もなく、雨の音だけが辺りに鳴る。

 そのまましばらく歩いていると、遥香が肩がぶつかる距離にまで近づいて来る。


「近くないか?」

「肩、濡れてますよ」

「まあ、遥香が濡れてないならそれでいい」

「良くないですね。全く良くないです」

「いや肩濡れたくらいで風邪なんて……」

「もし風邪を引いたら私が責任を持って看病しますが、そういうことじゃないんです」


 何故か少しだけ恥ずかしそうにしながらそんなことを言う。何か言いたいことがあるのか口をもごもごとさせているが、なかなかその先は聞けない。


「まあ、遥香がそこまで言うなら」

「そうしてください。もっとこっちに来てください」

「お、おう……」


 蓮也が一歩近づくと、途端に遥香は上機嫌になる。多少肩が濡れたくらいでは風邪なんて引かないのだが、心配してくれることは嬉しい。


「明日から、お弁当作りましょうか?」

「それはさすがに申し訳ない」

「申し訳なくないですよ?ㅤ条件としては、四人で一緒にご飯を食べる、でしょうかね」

「翔斗も食堂だけど」

「この提案を八神くんにしてみたら快諾してくるたので、何か案があるのでしょう」

「そっか。なら、お願いしようかな。たまに今永とかも来そうだけど」

「それは問題ないですよ」


 にこにこと楽しそうにする遥香を見ていると、自然と蓮也まで楽しくなるのだから参ってしまう。そんな遥香と今日の晩御飯の話をしながら帰路についた。

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