22.ハロウィン
子どもたちが随分とはしゃいでいる。それもそのはず、今日は十月三〇一日、怒濤の勢いで過ぎていった九月と十月の締め括りであり、ハロウィンだ。学校もお菓子を持ち寄ったりして賑わっていた。そんな中でも、遥香は蓮也の傍をぴったりと引っ付いて近づかないでというオーラを放っている。そのオーラをすり抜けられる人は、遥香ではなく蓮也が気を許している人だけである。
「私たちもなにかしますか?」
「なにかって?」
「仮装とか」
「それはちょっと興味あるな」
元がいい遥香には普段ならそういうことを求めたりしないのだが、せっかくの機会なのでそれも悪くないかもしれない。
「もちろん、仮装するのは蓮也くんですが」
「誰が嬉しいんだよ」
「私は喜びますが」
「……ならやらんでもない」
「えっ」
返答が意外だったようで、遥香は固まっている。否、固まっていたのは遥香だけではなく、クラス中が固まっていた。ところどころから蓮也が仮装に対して乗り気なことが意外だという声が聞こえてくる。
「……俺ってどう見えてんだ」
「男子からは地味だったくせに遥香から離れない邪魔なイケメン。女子からはかっこいいけど遥香が隣にいて声をかけられないクラスメイト」
遥香のオーラをすり抜けられる人の一人である悠月が、そんなことを言いながら近づいてくる。
「どこ情報だよ」
「男子の方はソース無し、女子は結構言ってるよ」
「なるほど。どっちにしろ迷惑な話だ」
遥香以外から好意を向けられようが、蓮也はどうするつもりもない。男子に関してはただの嫉妬だ。もちろん、蓮也は遥香の傍から離れるつもりなんてないので勝手に嫉妬してもらうだけなのだが。
「まあ、仮装は別にしなくてもいいんだけどさ。うちでハロウィンパーティーでもしない?ㅤ四人でお菓子でも持ち寄ってさ」
「お菓子を持ち寄って……ですか。楽しそうですね」
「俺はいいけど」
「蓮也くんが行くなら私も行きますよ」
予定はハロウィンパーティーへと変わり、それぞれお菓子を持ち寄ることになった。
「悠月ちゃんの家、知ってたんですね。前から知りたかったんです」
「本人に聞けばよかっただろ」
「バイトとかで忙しそうにしていたので」
「ああ、確かに」
悠月はバイトだったりデートだったりでばたばたしている事が多い。周りからも多忙だと思われることも多いだろう。
「三駅先でしたっけ」
「そうだな。そこで降りてすぐだ」
「楽しみですね」
「ちゃんとお菓子持ってるか?」
「それを忘れだしたらさすがに……」
もちろん、蓮也とて本気で心配してる訳では無い。が、小物はなくしやすいと言っていたことを思い出したので聞いてみただけだ。
そうこうしているうちに、目的の駅に着く。翔斗と悠月が改札の向こう側で待っている。
「悠月ちゃん!ㅤわざわざ来てくれたんですね!」
「結城がうち来たのとか何年も前だし、道迷っても困るでしょ」
「と、いいつつ早く月宮に会いたかったとか」
「ないから。結城じゃあるまいし」
「まるで俺がいつも遥香の傍に居たいかのように言うな」
「私は蓮也くんの傍に居たいですけど……」
「……あっそ」
そんなことをさらっと言ってしまえるのだから、遥香はやはりもう少し自分の発言に責任を持ってほしいと思うのだ。
悠月の家は三階建て住宅ということもあり、周囲の住宅よりも少しだけ目立つ。
「お邪魔しまーす……」
「お、蓮也じゃねーか。元気してたか?」
「はい。お久しぶりです」
「お父さんちょっとうっさい」
悠月の父はフレンドリーで、蓮也が急に遊びに行ったときなんかもいろいろも準備をしてくれたりした。
悠月は蓮也たちを自分の部屋に招き入れてくれた。
「ごめんね、急にお父さん帰ってきて。なんか早く仕事終わったとかって」
「全然構わない」
「面白い方ですね」
「そう言ってくれると物凄く助かる」
ため息をつきながらも本気で嫌っているようには見えないことから、家族間の仲が窺える。
「まあ、お母さんは今日は多分帰ってこないから」
「あ、なら晩御飯は悠月ちゃんが?」
「ん、そう」
「作らせてもらっても?」
「えっ、マジ?ㅤそれ普通に助かるんだけど。遥香がいいんなら全員うちで食べてったらいいし」
「私は構いませんよ。オムライスで良ければ簡単に作れますので」
「遥香ってオムライス好きだよな」
「簡単に作れますし、私が知りうる限り蓮也くんが一番美味しそうに食べてくれるのがオムライスなので。飽きてきましたか?」
「いや、全然」
確かに、オムライスは蓮也の好物の一つだ。毎日ならまだしも、月に三回くらいのペースなので飽きることも無い。
「ま、晩飯のことは後でいいんじゃねーの?ㅤとりあえず遊ぼーぜ?」
「だね。じゃあ遥香、ちょっと来て」
「はい?ㅤ構いませんが…」
「蓮也はこっちなー」
「お、おう」
半ば強引に翔斗によって隣の部屋に移動させられる。電気が付いていないので、なにがあるのかもわからない。
「暗っ!ㅤ電気付けろよ」
「強制的に連れてこられてそれはない」
「まあまあ。とりあえず服脱げ」
「は?」
「そこにヴァンパイアの仮装用の、悠月の力作がある」
「……おい、まさかとは思うが?」
「お前が着るんだよ」
「やめてくれ。絶対に嫌だ」
「月宮の前ではやらんでもないとか言ってたろ。ほら、諦めろって」
「くそ……」
言い逃れする術もなかったので、仕方なく服を脱いで衣装を手に取る。
「設計的にひとりじゃ着れないらしいから、俺が着せなきゃならんらしい」
「あー、なら頼む」
手に取った衣装をそのまま翔斗に手渡す。高校生にもなって他人に服を着せてもらうのも変な感覚だが、遥香が見てみたいというのならどんな羞恥にだって耐えられる。
そこまで考えて、ひとつの不安がよぎる。
「……遥香に微妙な反応をされたら俺はどうすればいい?」
「安心しろ、それはない」
「何を根拠に」
「悠月の衣装作りのセンスだよ」
蓮也は知らなかったが、悠月には衣装を作る才能があるらしい。
そのまま翔斗の指示に従って着替えて、鏡で姿を確認する。悠月の衣装の完成度の高さは確かに高く、サイズも蓮也に合わせて作られているようなので、仮装としては完璧だった。
「似合ってんじゃねーの?」
「俺もそう思う。天宮って凄いな」
「でしょ。正確な寸法は調べてないから、ちょっと大きめにはなってるんだけどね」
いつの間にか部屋に来ていた悠月は少し誇らしげに胸を張っている。
「そうなのか。ぴったりだけどな」
「それならよかった。じゃ、戻ろ」
「あ……いや、ちょっと心の準備が……」
「情けないなぁ……遥香も準備終わって待ってるんだから」
「わかったよ……」
なんの準備かはわからないが、遥香が待っていると言われると蓮也は断ることができない。意を決して隣の部屋へと戻ると、そこには魔女の衣装に身を包んだ遥香が俯きながら座っていた。
「あ……」
「私は血を吸われるんですか?」
「吸った方がいいのか?」
「蓮也くんなら構いませんけど」
「なら、俺も遥香になんかの魔法でもかけてもらうか」
「私の料理無しで生きていけないようになる魔法、なんてどうですか?」
「それならもうかかってるから」
「あら、そうでしたか。ふふっ」
可笑しそうに笑う。遥香は楽しそうにしているが、蓮也は目の前にいる遥香に魔女の衣装が似合っていて、会話を続けていないとどうにかなりそうだった。
「相変わらず、俺たちは何を見せられてんだろうな」
「作ってよかったぁ〜」
しばらくお菓子を食べたりしつつ談笑を楽しんだ後、遥香以外の三人で飲み物などの買い足しに行っていた。どうやら、今日はそこそこ遅くまではしゃぐ予定のようだ。
遥香は一人でオムライスを作ってくれているが、手伝おうとしても邪魔になりそうだったので大人しく買い物に行くことにした。当然、蓮也も遥香も服は着替えている。
「こんなにいるのか?」
「どうだろうね。まあ、足りないよりは余った方がいいでしょ」
「細かいことは気にしないでこーぜ」
「まあ、それでいいか」
蓮也と翔斗で一・五リットルのペットボトルを数本持っているので、少なくとも飲み物が足りないことはないだろう。お菓子も、悠月が抱え込む程度には買い足してある。
一応、買い忘れがないかどうかを確認しつつ歩いていると、いつの間にか悠月の家にまで戻ってきていた。
「足りなかったらまた買いに行けばいっか」
「だな」
家の中に入ると、バターの香ばしい香りが漂って食欲をそそる。もう既に準備は出来ているらしい。
「ただいま。ありがとね遥香……ん?」
「どうした?」
「あ〜れんやくん〜おかえりなさ〜い!」
「ん!?」
リビングに踏み入れるなり、遥香が飛びついてきた。そのまま頬をすりつけたりしてくる。
「は、遥香!?ㅤてか、酒の匂い……?」
「お父さん、まさかとは思うけど……」
「あれ、これアルコール入ってたか。いやーすまんすまん。悪かったな!」
テーブルの上にジュースのような見た目空き缶が置いてある。おそらくそれを飲んで遥香はこうなってしまったのだろう。悠月の父は陽気に笑い飛ばしているが、未成年の飲酒は当然問題だ。そんなことよりも、蓮也にとっての問題は当然ながら別のところにある。
「ふふっ!ㅤれんやくんいい匂いしますね〜」
「知らん!ㅤ離れろ!」
「れんやくんは、私にベタベタされるの嫌ですか?」
「嫌じゃない!ㅤ嫌じゃないけど今は離れてくれ!」
「嫌じゃないならいいじゃないですか〜」
完全に壊れている。たかだか缶一本でここまで酔っ払うものなのかも甚だ疑問ではあるが、現に遥香はこうなってしまっている。
「……うわぁ、なんか、とりあえず結城、頑張れ」
「傍観してないで助けろ!」
「なんか今月宮に近づくとすごく怖い。俺らオムライス食べてるわ」
「いただきまーす」
既に食べ終えていた悠月の父はどこかへ去って行き、翔斗と悠月は本当に止めようとはせずにオムライスを食べ始めた。
「ぷにぷにですね〜」
「やめてくれ!」
「だいすきですよ〜」
「は?ㅤいや、それはどういう意味で……」
「そのままですよ〜何言ってるんですか〜?」
「いや、なんでもない。なんでもないけどとりあえず落ち着け落ち着いてくれ!」
遥香の「だいすきですよ」の真意はわからないが、今はそれを考えていると蓮也の理性が削られていくので後回しにすることにした。
「今日はありがとな。楽しかった」
「あはは、途中ほんと災難だったね」
「お前らが止めてくれればもうちょっと早く終わったけどな……」
「まあまあ。嫌じゃなかったんだろ?」
「……まあ」
「ならいいじゃねーか」
「良くない」
翔斗は泊まるそうなので、蓮也は背中で眠っている遥香を連れて帰ることにした。時間が遅いとはいえ、遥香を背負ったまま切符を買うのは大変なので歩いて帰ることにする。幸いにも歩いて帰れる距離ではある。
遥香が言っていた言葉を思い出す。あの大好きの真意は一体なんなのだろうか。友人としてか、それとも異性としてか。今はそれ以外のことを考えられなくなっている。
「あー! カップルだ!」
「カップルじゃないぞ。ていうか、初対面の人にいきなりそれか」
「えーラブラブじゃん。まあいいや。トリックオアトリート!」
「おう。あいにく手が離せないから、鞄から好きなお菓子を持って行ってくれ」
時間は遅いが、今日がハロウィンということもあり子どもたちはまだ外を彷徨いていた。離れたところに保護者の姿も見えるので、心配はしなくてもいい。
「じゃーこれ!」
「それだけでいいのか?」
「うん! ぜいたくしすぎるなってとーちゃんいってたし!」
「そっか。ならそれだけにしとこうな」
「うん!」
声をかけてきた子どもは楽しそうに走り回っている。その様子を見てか、近くにいた子どもたちも集まってきた。僕も私もとお菓子を求めて集まってくる子どもたちに、手が離せないので鞄のお菓子を取らせる。
しばらくすると、近くにいた子どもたちはお菓子を取り終えてきゃーきゃーと騒いでいる。
「……お兄ちゃんみたいですね」
「起きてたのかよ」
「さっきですよ」
「大丈夫か?」
「頭が痛いです。少し吐き気が……」
遥香は苦しそうに唸りながらも話を続ける。
「無理すんなよ。ちょっと休んでから帰るか?」
「いえ……二度とお酒は飲みたくないですね」
「俺もお前に二度とアルコールを摂取して欲しくないな」
「……あの、もしかして私がなにかしてしまいましたか?」
「だいすきって言ってた」
「なっ……それはほんとですか?ㅤ嘘じゃないですか?」
「嘘ついてどうするんだよ」
「いえ……その、大好きではあるんですよ?ㅤただ、大好きにもいろんな大好きがあるので、えっと…」
「わかったから落ち着け。頭痛いなら無理して喋るな」
「はい……」
少なくとも、どんな意味であれその「だいすき」は蓮也にとって嬉しい言葉でしかないのだ。それで構わない。
「俺も、お前のことは大好きだからな。多分」
「……馬鹿」
唐突の罵倒を受けつつも、蓮也は極力遥香を揺らさないようにしながら歩くのだった。
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