学校の人気者の彼女が、地味な俺のお隣さんになりました。
神凪柑奈
1.新学期の出会い
「騒々しい……」
高校二年生の新学期初日にも関わらず、教室の片隅で
「そう言ってやりなさんな。同じクラスになれて嬉しいんだろうよ」
蓮也のクラスメイトの
「なんでこんなクラスに……憂鬱しかない」
「あの子と同じクラスになれてそんな様子なの、お前だけだぞ」
「どうでもいいしな」
あの子、というのは人だかりの中心にいる
「すげーよな月宮。ありゃ確かにモテるわって感じだよな」
「そうだな。彼氏はさぞイケメンなのでしょうね」
「お前はそういう願望ないのな」
「当たり前だろ。そりゃ、多少羨ましいとは思うけどそもそも月宮のお眼鏡にかなう人間じゃない」
「なるほど」
蓮也としては喋るか喋らないかわからないクラスメイトよりも、顔を合わせる可能性が高い隣人の方が気になっていた。長らく空き部屋になっていた部屋に、ようやく人が住むらしい。
「まあ、俺には関係ないか」
「俺にも関係ないわ」
翔斗には彼女がいる。蓮也とも関わりがあり、気さくで話しやすい方だ。少なくとも、蓮也とはそれなりに気が合う人ではある。
「彼女持ちは気楽でいいな」
「お前も彼女作ればいいだろ。顔は悪くないんだし」
「性格が悪い」
「あー……」
「納得すんなよ」
とりあえず背中を叩いておく。そんなことをしている間に、教室には先生がやってきて、喧騒はすぐに収まった。
放課後、蓮也は特に寄り道もせずまっすぐ家に帰った。そもそも寄るところもない。
「せめてお隣さんはまともな人であってくれ」
平凡な顔で、人当たりがよく、名前は佐藤なんかでいて欲しい。もう普通の人ならなんだっていい。
という理想は、すぐに潰えた。
しばらくしてインターホンが鳴り、恐らくお隣さんだろうと察した蓮也はチェーンを掛けずにドアを開ける。そして、そこに居たのは平凡な顔とはかけ離れた美少女で、確かに人当たりはいいが、名前は恐らく月宮であろう人物だった。
「……最悪だ」
「は、はい?」
「いや悪い、こっちの話」
ぼそりと呟いた蓮也の一言に、遥香はさぞ不思議そうに首を傾げる。どうやら遥香は隣人が蓮也ということを知っていたようで、動揺は全く見えなかった。
「クラスメイトの結城蓮也くん……ですよね? 今日隣に引っ越してきました、月宮遥香と申します。よろしくお願いします」
ぺこっ、と頭を下げ丁寧に挨拶をする月宮に対して、蓮也は無愛想に「どうも」と返す。
「つまらないものですが……」
「ああ、そういうのいいよ。同級生にそういうのされる方が面倒だし」
「……そうですか、わかりました」
「じゃあまあ、関わることはそんなにないだろうけど、一応よろしく」
「は、はぁ……? よろしくお願いします」
人気者の遥香と、地味で目立たない蓮也に接点はない。たとえ隣人になったとしてもそれは変わらないだろう。
「じゃあ、用がそれだけならこれで」
「あ、は、はい!」
近所仲は良かろうが悪かろうがあまり関係ない。向こうとて、クラスの片隅にいる地味な奴と下手に関わろうとはしないだろう。
「飯でも作るか」
少し早いが授業もなく、復習の時間も必要ないので晩飯を作ることにした。
「いただきます」
こうして一人暮らしを始めてはや一年、もう自炊は問題なくこなせるようにはなっている。問題といえば掃除くらいだろう。昔から掃除だけは出来なかったが、それは今も変わらない。
「我ながら美味い」
野菜炒めだが、まともな味付けはできたと思う。
「気のせいだな。過大評価はよくない」
そもそも自分自身で作ったものは、妙に美味しく感じるものだ。
こうしてのんびりと夕食を取っていると、ふと今日引っ越してきた隣人のことを思い出す。いたって平凡な造りのマンションだが、うまく使えているだろうか、とかどうでもいいことを考えてしまう。
それでも、蓮也としては、あまり遥香のような人気者と関わりたくない。それで自分まで日の目を浴びるのはごめんだと思っているからだ。
「ほっとくに限るな」
うんうんと、一人で頷いてみた。
翌朝、いつも通りの時間に家を出ると、ばったり遥香と鉢合わせた。
「おはようございます」
「ああ、うん。おはよう」
それだけの挨拶をして、蓮也はスタスタと歩いていく。それに合わせて、何故か遥香も隣について歩いた。
「……なんで隣に?」
「……あ、ごめんなさい。無意識です」
「ならいいけど。迷惑だろ、俺と歩いてると。他の男とか、いろいろあるだろうし」
「確かに、男性からの評判には影響があるかもしれませんね」
そんなに正直に言われるとすこし釈然としないが、と思ったものの、言い出したのはあくまで自分なので黙っておく。明日からは時間をずらそう。
「……仲良くしたかったのですけど」
遥香が呟いた言葉は、蓮也の耳には届かなかった。
「……で、だ」
「駄目でしょうか……?」
「いや、まあ……駄目とは言わんけど……」
帰り道、何故かまた隣を歩いてきた。
「「…………」」
決して親しくはない二人の間に会話など生まれる筈もなく、互いに沈黙を保ったままただ歩き続けた。
先に口を開いのは遥香の方だった。
「おひとりで暮らしてるんですよね?」
「ああ。そういう月宮は?」
「……一人です。もう母もいませんから」
「……そっか。悪い」
「いえいえ、先に聞いたのは私なので」
ニコニコと微笑んではいるが、その瞳に一切の光は感じられなかった。
「「…………」」
気まずい雰囲気になってしまい、また会話が途絶える。
「そういや、行きは評判に関わるって言ったのに、これまたどうして俺たちは一緒に帰ってる?」
「隣人と仲良くしておいて損はないかと」
「まあ、それは確かに」
要は隣人としての交流ということだろうか。まめな人だ。
「女の一人暮らしでなら、男手が必要なこともあるだろう。そんなときは遠慮なく呼んでくれて構わない」
「……あ、はい。ありがとうございます」
そんな申し出をされるとは思っていなかったようで、遥香はパチクリと瞬きをして、それから微笑みながらそういった。
「結城くんも、私に出来ることがあればなんでも言ってくださいね」
「……おう」
蓮也にとってはとくになんでもない申し出だったが、その微笑む様に少しだけどきっとしてしまった。
「さてと……」
遥香と別れ(と言っても隣だが)家に帰った蓮也はまだ授業が始まらないため、暇を持て余していた。
「暇だし、ランニングでもしてくるか」
部活にも入っておらず、体育の成績も良くも悪くもない蓮也だが、健康のために運動は欠かさずしている。主に夜中に少しランニングをするのだが、あまりにも暇なためこの時間を有意義に使うことにした。の、だが。
「……あ、月宮……」
「結城くん。ちょうどいい所に」
玄関先で会った遥香はどうやら蓮也に用があったらしく、蓮也の姿を見るとすぐに反応した。
「これ、作りすぎてしまったのでどうぞ」
「ああ、サンキュ」
おすそ分け、ということらしく、タッパーを手渡された。中身はチキンライスに卵をかぶせた、所謂オムライスと呼ばれる代物だった。少なくとも蓮也は作らない。
「結城くんはどこかへ出掛けるんですか?」
「ちょっとランニング。体動かさないとだし」
「そうですか。頑張ってください」
ガッツポーズを取りながら「ファイトです」なんてニコニコと言うから、少しだけ狼狽する。
「気をつけてくださいね」
「おう。いろいろとサンキュな」
貰ったオムライスを置くために一度中へ入ろうとして、部屋の中身を見られてしまった。
「待って」
「……なにか?」
「その部屋で生活してたんですか?」
「……まあ。悪いかよ」
「悪くはありませんが……勝手な申し出ですが、少し掃除させてもらっても?」
どうやら、遥香の目には蓮也の部屋はゴミ屋敷のように見えているらしい。確かに、床には雑誌や衣類が散らばっていた。
「いいけど……いいのか? 晩飯までもらって、挙句掃除まで」
「晩御飯はそれだけじゃ足りないでしょう……食べ盛りの男の子なんですから」
「俺は少食だからわりと十分だ」
「そうなんですか。そのくらいなら毎日追加で作れますけど」
「そりゃさすがに悪い」
第一、言い方は悪いがまだ食べていないうちから判断はできない。
「とにかく、掃除しておきます。合鍵を借りてもいいですか?」
「もちろん」
玄関横の見えないところにかけてある合鍵を手渡す。
「入っちゃいけない部屋とか、ありますか?」
「いや、特には……」
翔斗が遊びに来た時に何も置いて行っていなければ、特に何も無いはずだ。
「それでは、いってらっしゃい。もし、ありえないと思いますが結城くんが帰ってくる前に掃除が終われば鍵は一度私が持って帰りますね」
「……はい。どうもすません……」
「申し出たのはこちらなのでいいですけど」
遥香の目は、ランニング程度の時間ではこの部屋は片付けられないといった目をしていた。
「……お前はなんかのプロか?」
ランニングから戻ってきた蓮也は、部屋の鍵が開いていることを確認してそのまま入った。
「今日のところはここまでですかね……」
遥香の納得のいかないといった表情を見て、蓮也は日頃から掃除をきちんとしようと心に決めた。
「そういえば、結城くんは、私を変な目で見たりしないですね」
「別に興味もないし。俺が付き合ってって言えば付き合ってくれるのか?」
「嫌ですね」
「ほれみろ。普通に考えて、月宮のことを何も知らない人間が月宮に寄って集って、おこがましいにも程があるっての」
淡々と悪態を吐く蓮也に目をパチクリさせていた遥香は、自分のことでもないのにそんなふうに怒っているのがおかしくなったのか、急に吹き出した。
「えっ、なに」
「いや、面白い人だなって。そんな風に言ってくれたの、結城くんが初めてです」
「普通だろ。てか、お前もあんま男の部屋とか平気で入らない方がいいぞ。不埒な輩は腐るほどいる」
「結城は不埒な輩なんですか?」
「阿呆か。今自分で確認してたろ」
「なら大丈夫です。きっとこの先も結城くんの家くらいしか入りませんよ」
「……そうですか」
その、少しだけの特別にやっぱりどきっとしてしまう単純な自分を誤魔化すように呟いた。
冷めてしまったオムライスは、レンジで温めたら美味しく食べられた。というか、今までで一番美味しいオムライスだった。
翌日も、遥香は掃除をしに来た。昨日はよく見ていなかったが、ジャージを着て掃除をするのも様になっている。
「なんか悪いな」
「お隣がゴミや…………ゴミ屋敷なのよりマシです」
「濁そうとして言い直したよな今。ゴミ屋敷と言わざるを得ない状態ってことか?」
「……すみません」
「自覚あるからいいけど」
確かに、見る人が見ればゴミ屋敷だっただろう。否定はできない。
「ところで」
「ん?」
「晩御飯の件ですが、結局どうしますか?」
「あれ本気だったのか」
蓮也が冗談で流していた会話は、遥香にとっては本気の話だったらしい。
「申し出自体はありがたいけど、さすがに毎日は申し訳ない……」
とは言ったものの、蓮也は昨日のオムライスで遥香の料理の腕を知ってしまった。正直、毎日でも食べたかった。
「私は構わないのですけど、そういうことなら日を決めますか?」
蓮也の苦悩を悟ったように、遥香はひとつの提案を持ちかけた。一日ごとに夕飯を作ることにしよう、それなら負担も少ないというものだった。
「俺は全然構わないけど……ほんとにいいのか?」
「構いませんよ。あと、できれば出来てすぐ食べて欲しいのでこの部屋のキッチンを借りたいんですけど……さすがに迷惑ですか?」
「いえ全く。願ったり叶ったりというか」
「そうですか。ありがとうございます」
「こちらこそ」
まさか学校一の美少女に晩飯を作ってもらえるとは全く思ってもいなかった。
「手伝えることは手伝う」
「料理はできますか?」
「まあ、一応はできると思う」
蓮也も全く料理が出来ないという訳では無い。が、遥香の料理を食べた今、胸を張って出来るとは言えなかった。
「調味料が使用済なのと材料が中途半端に使ってあるから、多分できるんでしょう」
「なんで聞いたんだよ……」
「念の為ですよ」
なんの念があるのかは理解できなかったが、遥香は満足しているみたいなので良しとしよう。
それから一応蓮也も手伝いながら(ほとんど雑用だが)夕飯のムニエルができた。
「いただきます」
早速一口食べる。美味い。細かいことはよくわからんけど美味い。
「美味い。ありがとう」
「いえ、そう言っていただけると助かります」
「……お前は食べないのか?」
蓮也の分は用意しているが、遥香自身の分を用意していないことに疑問を抱いたので、尋ねる。
「自室に持ち帰って食べようかと。さすがにここで食べるのは迷惑なので」
「そんなことないぞ。ていうか、それだと週の半分お前が一番美味しい状態で食べれないだろ」
「はぁ……」
というか、純粋に蓮也は遥香と一緒に食べたかった。下心があるわけではないが、せっかくなら一緒に食べたい。
「いいんですか?」
「もちろん」
「……それじゃあ、失礼します」
戸棚の茶碗をひとつ持ってきて、ご飯をよそう。その姿はとても綺麗で、新妻のように見えて、それが照れくさくて慌ててムニエルを頬張った。
「……どうしたんですか。なに慌ててるんですか」
「なんれもない」
「そうですか。いただきます」
あまり気にしてはいなかったらしく、何事も無かったかのように食べ始めた。
「ったく……」
誰に言うわけでもなく、そう呟いた。
学校一の人気者の美少女はクラスの片隅にいる地味なやつの隣人で、蓮也と遥香のちょっと変わった関係は、もう少しだけ続くらしい
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