短編「Licht」

奈都

Licht

「お前の名前は何だ」

と、聞いてみたものの訝し気に首を傾げるだけで返事もしない。

その亡羊とした瞳はまるで生気の無い人形のようだ。


「なまえってなに?」


この少女を含め多数の子どもたちが閉じ込められていたのは真っ白な施設。

精神を壊し死んでいくものもいたという監視施設の中で

子どもたちは暗殺者として訓練を積む組織に管理されてきた。

この白い大きな檻のような建物の中で生きるには名前など不必要で

あっただろうと気付いた。


「わたしは2035番」


そうか、では私がつけるぞと言うと別にどうでもいいという顔をした。

我々の組織がこの施設を壊滅し偶然にも彼女を保護したのは、抜きんでた殺人能力を使えると判断したから。


その他の子どもたちは既に我々が侵入するほんの前に暗殺候補者を世に出すことを恐れ処分されていた。

たった一人彼女だけが生き残った。


突入した硝煙の中、施設の管理者たちの返り血を浴びたどす黒い赤にまみれて彼女は立っていた。たった一本の血まみれの小型ナイフを握りしめて。

隊長としての私の判断で彼女を生かすと決めるにはあまりにも凄惨な現場過ぎたため反対する者もいたが、

私は彼女を生かしたかった。

基地に戻ってその身を清めさせたのちに対面した。

(もちろん我々に殺意が無いこと、そして保護することを重々に噛んで含めた上で更には隊員の中でもひと際経験豊富な者をつけた上で)



「お前の名前はリヒトだ」


「リヒト?」


「そうだ。これからはリヒトの下で生きていくのだから」


それがどうしたとでもいうような表情ではあったが特に不満ではないようだ。

リヒト、お前は私たちの仲間だ。

そう言って敵意が無いことを示す笑顔を私は見せた。

決して彼女のこれからが明るいものとも言い切れぬが、

それでも昔の私のように誰かが掬い上げて生まれる人生もある。


少女はほんの少し頬を窪ませた。

それが彼女の微笑みらしきものだと気付いたのは随分経ってからのことだった。

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短編「Licht」 奈都 @vidafeliz123

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